1.技術システムの進化
連載第1回1で、「経営情報システム分野においては、“システム”といったらソシオテクニカルシステムを指すのが一般的である」と述べた。ソシオテクニカルシステムとは、社会システムと技術システムを一つのシステムのサブシステムとして捉える考え方だ。社会システムは社会を構成する人や組織、構造などを、技術システムは社会システムが持つ目的を達成するためのテクノロジー、科学技術や情報技術を指している(図表1)。
図表1 社会システムと技術システム
(出典)『ソシオテクニカル経営』p.24
ソシオテクニカルシステムにおける技術システムは、必ずしもデジタル技術とは限らない。古くは人間同士がコミュニケーションするために発明した言葉やジェスチャーも技術システムと捉えることができる。人類の長い歴史の中で、人間はさまざまな技術システムを生み出してきた。かなりざっくりとしているが、トフラーの文明論の各文明における主な技術システムを図表2にまとめた。
図表2 各文明における社会システムの目的と技術システムの進化
(出典)著者作成
狩猟・採取社会から農耕社会になると、人間は定住するようになる。ここでの人類の大きな目的は、食料の生産であった。自然のサイクルの下で農業を的確に行うための暦や数学、農具などが開発された。その後しばらく間があいて産業革命では、人間の生産活動が工場で行われるようになる。蒸気機関に始まる新しいエネルギー源が現れたことで、工業生産力が飛躍的に高まった。工場における生産の大規模プロセスをコントロールするために、エネルギーシステムが活用されることになる。
1960年代から始まる情報革命では、ビジネスプロセスの効率化に焦点があたる。コンピュータシステムの登場やハードウェア、ソフトウェアの進化があり、コンピュータを使って情報を記録することが可能になった。情報システムは、情報の記録・分析のために活用され、ビジネスプロセスが大幅に変わることになった。 私たちが今生きているデジタルパラダイムの始まりを1990年のインターネットの登場からと捉えると、この30年間あまりで技術システムそのものが複雑系化していったことがわかる。複雑系化について詳しくは拙著『ソシオテクニカル経営』(文末参照)をご覧いただくとして、ごく簡単に説明すると、インターネットによるネットワーク革命により、全てのモノ・コト・情報がつながることで技術システムが複雑系化することになる。
技術システムが複雑系化したデジタル社会では、人々の多様なニーズにきめ細やかに対応することが可能となる。これがネットワーク革命の恩恵の一つであり、ソシオテクニカルの文脈において大変重要な意味を持つ。結果として、「デジタル技術を駆使しながら時代の変化にいかに自分たちを適応させていけるのか」という問いが組織の価値や競争力に直結する社会が到来することになる。
1 https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20210813/202108_13/
2.デジタルパラダイムにおけるガバナンスの変化
本連載の第1回で、デジタル社会のデザインプリンシプルについて次のように述べた。
“(中略)デジタル社会の前と後で、デザインの方向性はどのように変わるだろうか。従来の経営情報システム研究は、主にITによる組織のトランスフォーメーションを対象としてきた。デジタル化が一組織の領域を超えて、産業全体、ひいては社会全体に影響を及ぼすようになると、プラットフォームやエコシステムといった、外部との関係性を示唆するキーワードが多用されるようになった。ビジネスプロセスそのものがトランスフォームして、消費者とのエンゲージメントが重視され、消費者とのインタラクションが分析対象となっていった。”
図表2で示したネットワーク革命が私たちの社会にどのような変化をもたらしたのかについて、この記述をもとにもう少し深掘りしたい。記述の中で(システム)“デザインの方向性”とある部分をITのガバナンスの観点から整理してみる。組織がITによるトランスフォーメーションを目指している時には、ガバナンスの目的は組織内で運用されている情報システムの保守・管理となる(図表3)。
図表3 デジタルパラダイムにおけるITガバナンスの変化
(出典)『ソシオテクニカル経営』p.40
情報システムの保守・管理は、自治体の組織でいうと昔は電算担当、現在であれば情報システム課などと呼ばれる部署が担ってきた。情報システムの専門家を内部で育て、自前でシステムを構築していた自治体もあるが、ほとんどの自治体で“ベンダー”と呼ばれる委託業者と契約して、情報システムの保守・管理が行われている。
このようなITのガバナンスは機能別ITガバナンスと呼ばれている。機能別ITガバナンスにおける組織の価値は、「いかにビジネスプロセスを効率化するか」あるいは「コントロールするか」に左右される。企業の競争原理にも特徴があり、垂直型に競争が展開される。垂直型とは例えば同じ製品を作っている同業の会社同士を指す。車であればトヨタvsホンダという構図となる。
ネットワーク革命によって、ITのガバナンスは機能別からプラットフォーム型へと進化する。従来のようにITの保守・管理を担う役割は組織から消えることはないが、プラットフォーム型ガバナンスでは、機能別ITガバナンスで重要とされていた価値観が変化する。価値の源泉は、“コントロール”から“組み合わせ”に変わる。
3.ネットワーク革命により“組み合わせ”“連携”の価値が上がった
“組み合わせ”とは、異なるデジタルサービスの組み合わせ、外部人材との連携、組織内外の横断的なチーム、デジタルプラットフォームによる連携など、指し示す範囲の広い言葉となる。今まで垂直型で業務を遂行していたところ、水平型になると表現するとわかりやすいだろうか。
企業の競争原理の例でいうと、トヨタvsホンダの構図からトヨタvsグーグル(あるいは他のIT企業)に変わる。これまで高品質なエンジン、丈夫な車体、車内の設備などで競争していたところに、OSや人工知能のクオリティという新しいレイヤーにおける競争が生まれている。このような新しいレイヤーの特徴はオープンシステムであるという点である。
オープンシステムについて詳しくは連載第1回をご参照いただきたいが、システムの境界線を越えたリソースや価値の交換を行うものをオープンシステムという。反対に、境界線の内部のみでインプットからアウトプットまで行うものをクローズドシステムという。
垂直型の競争で競っていたのは、工場出荷時点におけるクローズドシステムの品質をいかに高められるかであったのに対し、水平型の競争で競われるのはいかに外部のリソース(データなど)を取り込み、システムそのものの品質を上げ続けていけるのかとなる。
もちろん自治体のシステムが全てオープンシステムになるわけではない。個人情報などは完全にクローズドな世界で運用されているわけだが、自治体の多くの業務においてネットワーク革命の影響は不可避のものとなっており、プラットフォーム型ガバナンスの遂行能力が問われるのがデジタルパラダイムの特徴といえる。
“組み合わせ”や“連携”を志向する究極的な目的は、システムそのものをアジャイルに、そしてレジリエントにしたいからである。前述した「デジタル技術を駆使しながら時代の変化にいかに自分たちを適応させていけるのか」という大きな時代の目標に向かうためには、組織の適応能力=アジリティとレジリエンスを高めなければならない。レジリエンスと、それを実現するためのフルーガル概念については過去の連載「レジリエントなスマートシティのためのフルーガル情報システム」2に詳しいので参照されたい。
本稿では、組織の適応能力を上げるための5つのデザインプリンシプルについてご紹介する(図表4)。デザインプリンシプルは5つに限らないはずだが、あくまで一つの考え方として参考にしていただきたい。
図表4 ソシオテクニカル経営の全体像
(出典)『ソシオテクニカル経営』p.27
2 https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20201009/202010_10/
4.DX時代のソシオテクニカル経営に必要なデザインプリンシプル
本連載では今後数回に分けて5つのデザインプリンシプルについてご紹介していく予定であるため、今回は各項目について簡単に説明して終わりにしたい。
それぞれのデザインプリンシプルに共通することは、「つながり方の変革」である。つながり方というのは、人と人、組織と組織、組織と消費者(ユーザー)の場合もあるし、システムとシステム、データ同士のつながり、あるいはユーザーとデータの場合もある。図表1の社会システムと技術システムのつながり方のあらゆるパターンを指すとお考えいただきたい。
デザインプリンシプル①エコシステムを作る(協働)
産業革命以降の経営では、極力計画通り、理論通りに仕組みを動かすことが至上命題だった。結果として生まれたのが大企業による高度に統合されたサプライチェーン管理システムや、多様な商品を統一的なブランドで販売する多角化企業だった。これに対して、複雑系化した社会では多様な個人や企業が生み出した製品やサービスが有機的に連結されることで成長していく。これを生態系になぞらえて経済システムのエコシステムと呼ぶのが一般的だ。
デジタルパラダイムでは、プラットフォーム型ガバナンスの能力が組織や企業の競争力につながる。
デザインプリンシプル②消費者とのエンゲージメントを高める(体験価値の提供)
消費者(あるいはシステムやサービスのユーザー)とのつながり方を変革することも重要なテーマである。本連載第2回3で、アーキテクチャナレッジという言葉を使って、まちづくりの文脈における住民との関係性の再構築について述べた。
ソシオテクニカルの考え方では、テクノロジーは社会システムの質の向上のために使われる。テクノロジーの道具的な目的を実行するだけではソシオテクニカルが目指すアジャイルでレジリエントな全体システムは構築できない。一組織や一部門の“効率化”という価値を超えて、デジタル活用によって消費者との関係やつながりを変えていくことが、新しい価値創出の第一歩となることを覚えておきたい。
デザインプリンシプル③情報とサービスの個別最適化を図る(文脈化)
社会システムと技術システムのつながり方を変革させるうえで、このデザインプリンシプルは最も本質的なメッセージを持っている。
技術システムが進化したことで利用者の個別ニーズにきめ細やかに応えることが可能となった。社会システムには元来多様なニーズがあったのだが、技術システムの能力に限界があり、一つ一つの個別ニーズに対応することは難しかった。ペルソナや平均的な人物像を掲げて、架空の“平均値”に向けたサービス展開を行ってきたのがデジタルパラダイム以前のやり方だった。
デジタル時代には、サービスの対象は人の数だけ、組織の数だけ存在する。多様性を活かすソリューションを生み出すためにも、消費者の「文脈」を理解したい。
デザインプリンシプル④モジュール構造で顧客にカスタマイズしたサービスの弾力提供
ソシオテクニカルの実践に大切なことは、「最小限のリソースで最大限の価値を生み出す」ことである。そのためにも、既存の仕組みを積極的に活用したい。何か新しいサービスを立ち上げる時にゼロからシステムを構築するのではなく(これは多くの自治体でやりがちなことである。特に災害用のアプリなどを新しく作ってダウンロード数が伸び悩むという話が多い)、私たちが普段使い慣れているツールをベースに議論を進めたい。
システムをモジュール(部品)化して組み合わせを容易にすることで、サービスの機動力が向上し、ソシオテクニカルが目指すアジャイル、レジリエントにつながることを覚えておきたい。
デザインプリンシプル⑤ データセントリックによるデータの資源化
システムがモジュール化され多様なサービスの連携が実現しても、各サービスに必要な情報をその都度入力する必要があるようではレジリエントにならない。行政サービスでは自分の名前や住所の情報を何度も入力しなければならないことが従来課題とされてきた。
社会システムと技術システムをアジャイルに、そしてレジリエントにするための技術システム側の最も重要なプリンシプルは、データの標準化である。マスターデータを一か所に持ち、各システムが当該データを参照しあうことでデータセントリックな構造となる。この設計思想はシングル・ソース・オブ・トゥルース
(SSOT)と呼ばれる。
モジュール構造とデータセントリックに基づいたサービスの組み合わせとデータ連携により、ユーザーの多様なニーズに応えることができる。このようなシステムの設計が、データを“資源化”することにつながる。
3 https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20211216/202112_14/