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2023.08.10

2023年8月号 特集 Web3.0が日本の公共部門に与えるインパクト

慶應義塾大学 総合政策学部
教授
國領 二郎

取材/狩野 英司(行政情報システム研究所)、小池 千尋(同)、平野 隆朗(同)
文/岡田 浩之

 GAFAMに代表されるビッグ・テック企業にデータやコンテンツが集中するWeb2.0の次に到来するとされるWeb3.0。ブロックチェーン技術にもとづき分散化やトークンベース経済の実現が加速すると予想されている。行政の分野における活用に向けても国レベルでの検討が動き出しており、行政の現場でもWeb3.0への関心や期待が高まり始めた。

 とはいえ、まだ具体的な活用例や実装への道筋などは明確には見えてきていない。Web3.0は行政において何を可能にするのか。Web3.0時代に向けて行政は何を求められるのか――。デジタルとネットワークを基盤とするマネジメントについて研究を続ける慶應義塾大学総合政策学部教授の國領二郎氏に話を聞いた。

 

1.NFT・トークンで行政サービスの何が変わる?

- Web3.0をめぐっては、さまざまな技術や活用例が登場してきていますが、行政での活用という面において、國領先生はどのように捉えるべきだとお考えですか。
國領:Web3.0というのは流行り言葉にもなってしまっていて、人によって意味合いが違ったりするのですが、行政との関わり、行政での活用という分野では、ある地域の中における共助の仕組みの潤滑油のひとつとしてWeb3.0の技術が活用されるということが想定できます。実際、NFT(非代替性トークン)やDAO(分散型自律組織)などを地域おこしに活用しようとする事例が国内に出てきていますね。

- Web3.0の基盤となるテクノロジーの方向性としてブロックチェーンや分散化などが挙げられますが、こうした技術や、NFTやDAOといった新たなサービスは、行政にどのような影響を与えていくのでしょう。
國領:Web3.0を構成する技術やサービスには、今おっしゃったように数多くの要素がありますが、地域の活性化という文脈において一番意味があると思われるのは、「デジタル・トークン」です。
 トークンというのは証票のことで、チケットとかクーポンみたいなもの。ブロックチェーン技術によって本物であるということを第三者が証明してくれる証票、検証可能な証票のことです。暗号通貨もデジタル・トークンですし、NFT(Non-Fungible Token)のTもトークンの略で、やはりデジタル・トークンということになります。このトークンは行政にとっても活用の道がさまざまに考えられます。たとえば従来の地域振興券のような紙のクーポンや、町内のゴミ掃除に参加した住民への謝礼などをトークンとして発行、配布するというのも、そのひとつです。
 デジタル・トークンは、ブロックチェーンによって本物であることを証明されるので、個人の間で受け渡しする場合でも、いちいち中央の登録機関に確認したりする必要がありません。紙幣と同じようにやりとりできますが、紙幣と違うのは、紙幣の場合、価値を保証するのは日本銀行であるのに対して、トークンの場合はブロックチェーンによって保証される点です。集権型と分散型の違いですね。
 こういうトークンが自由に使えるようになると、個人的なお礼や、お祭りのときに寄付をした人に名入れ提灯を飾るような感謝の印としてのやりとりがしやすくなってきます。トークンの発行と流通が拡がっていけば、流通性が高まってきて、地域通貨のような使い方にも道が開けてくる。

 

2.国としての課題はデジタル資産を健全に育てること

- NFTというとデジタルアートが本物であることの証明に用いられる技術として紹介されることが多いのですが、行政にとってもさまざまな利用が可能になりそうです。
國領:アートに用いられるNFTでは、「スマートコントラクト」という、もうひとつの要素を付け加える場合もあります。これはたとえば作品を転売した際に、元々の著作権者にも自動的に印税が入るといったプログラムをトークンに埋め込むことです。NFT技術が特にアートの世界で注目を集めているのは、このスマートコントラクト機能による部分が大きい。

- トークンが真正なものであるかの証明に加えて、そうした機能まで付加できるとなると、NFTの行政による活用にも幅が出てくるでしょうね。NFTやトークンを利用した行政の取組には、日本と海外とでは進捗などに差がありますか。
國領:ブロックチェーン技術のうちプライベート・チェーン1については、国家レベルの取組として、もう10年以上前から税関システム、特に船荷証券のデジタル化といった国際物流に関わる分野で実用化されています。シンガポールが筆頭で、中国も香港、杭州などの珠江デルタにおいて活用している。
 また、韓国では新型コロナ感染症のワクチンパスポートの発行の際にプライベート・チェーン技術を利用していました。日本のワクチンパスポートに関しても、Web3.0技術を活用しようという意見はありましたが、結局、採用されませんでしたね。
 日本では、国レベルでは具体的な適用事例がまだ出ていません。デジタル通貨を発行するという話はありますが、あれは既存の電子マネーに近いものになっていてWeb3.0デジタル資産とは言いがたい。デジタル資産への国の関わり方という点でいえば、国はデジタル資産を健全に使えるようにするための環境整備を進めている段階ではないかと思います。
 デジタル資産に関しては、投機的になりやすかったり、マネーロンダリングに使われたり、射幸心を煽るように使われたりする危険性があるので、やはりルールをちゃんと整備しておかないといけない。また、ルール整備と並んで、税制などの面で難度が高い現状の改善も進めるべきです。デジタル資産が健全に育つよう国に何ができるかというのが今の焦点ではないでしょうか。

1 プライベート・チェーンとは、特定の管理者がいて、限られたユーザーのみが利用できるブロックチェーンのこと。一方、管理者がおらず、誰でも参加できるのがパブリック・ブロックチェーン。

 

3.実は「冬の時代」にあるWeb3.0だが……

- Web3.0についての取組、制度設計について国としての検討は進んでいるのでしょうか、あるいは停滞しているのでしょうか。Web3.0に携わる方々からは国の制度整備にかなり厳しい評価も出ていますが……。
國領:日本は世界の中でそんなに遅れてはいないんじゃないでしょうか。
 ただ、税制の部分で不満が多いことはよくわかりますね。デジタル資産を金融資産として扱うかどうか、分離課税の対象にするか否かなどといった点です。NFTを商品と捉えるか金融資産と捉えるかで考え方は相当違ってきます。以前はNFTの発行母体が期末に保有し続けているものが時価で評価されて、それに税金負担が重くのしかかるという状態でした。政治主導の取組でだいぶ変わってきましたが、このような事案をひとつひとつ検討して改善していかないといけない。議論を少しずつ深めていくにせよ、ある程度のスピード感を持つことが必要です。

- 国レベルではなく、国内外の自治体レベルでのWeb3.0への対応については、どのように見ていますか。
國領:地方自治体の行政の現場でコミュニティの活性化のためにトークンを使った制度を作って運用していこうといった動きは世界各地にあることはあります。
ただ、正直なところWeb3.0は今、世界全体としては「冬の時代」に入っています。2022年に仮想通貨取引サービスのFTXが破綻してステーブルコイン2が少しもステーブルでないことが露呈してしまいましたし、ブロックチェーンを法定通貨に活用するという考え方もほとんどなくなっています。
 そんな中でしぶとく生き残っているのが、デジタル・トークンをさまざまなサービスに用いようとする取組で、特に地域活性化に結びつけようとしている日本は世界の中で面白い存在です。Web3.0で実現できる仕組みを素直に受け入れる素地が日本にはあるなと感じられますね。海外ではラディカルな人がラディカルに取り組んでいるという印象なのですが、日本は“普通の人”が素直に参加する意欲を持っていますね。

- 国内での取組に関して特筆すべき地域や企業など、ありますか。
國領:地域でいうと地方創生にNFTやDAOを活用している新潟県の旧山古志村(現長岡市山古志地区)ですね。それ以外にもふるさと納税への返礼としてNFTを使った返礼品を提供している自治体が結構あって、これはずいぶん増えてきました。

インタビューを受ける國領氏(行政情報システム研究所撮影)

2 法定通貨や現物資産の値動きなどと連動することにより取引価格が安定するように設計された暗号資産

 

4.DAO=分散型自律的組織が必要になる理由とは?

- NFTと並ぶWeb3.0についてのもうひとつの大きなキーワードがDAOです。DAOについてはどのように捉えていますか。
國領:Web3.0の世界というのは非常に個人主義的なところがあって、すべてのものが誰の所有物であるかが明確化されています。個人の権利を保証しながら、同時に情報の管理も最大限、個人に任せる。そういう原則の上でコラボレーション――この場合は共助ということになります――を成立させるためには、共同の資産も必要となってきます。そうした個人の権利の保証や共同の資産のマネジメントが、特定の所有者や管理者を設けなくとも可能になり、参加者たちが自律的に事業を進められる組織がDAOです。
 ただ、DAOについての実例を私はあまり知りません。たとえば地域の中で構成員の健康情報を共有しようとか、暗号資産でカンパしあった資金をどのように地域の中で運用するのかというような話があった場合、ガバナンスが必要となりますね。地縁でつながっていたり、株式会社のようなプラットフォームのもとにあったりするなら、構成員によるガバナンスは有効です。しかし、個人の名前を明らかにしないままに参加している人がいるとか、国の垣根を越えて参加している人がいるようなネットワーク――これはWeb3.0の世界そのものですが――の中では、いかに民主的に共同体としての意思決定を行うのかが最大の問題となります。ガバナンスを担う元締めのような存在がいませんからね。そのため、DAOという形態が必要とされます。

- なるほど。では、プラットフォーマーが中央集権的に管理するWeb2.0から分散的・自律的なWeb3.0への移行は、どのようになるとお考えでしょうか。インターネットの世界がWeb3.0に置き換えられるのか、それとも今までになかった新しい領域が生まれて、そこがWeb3.0になるのか。
國領:私は後者だと思っています。Web2.0からWeb3.0
ってそんなに簡単には置き換わらないですよ。ただ、Web2.0のプラットフォーマーに全部のデータを預けてしまうことへの抵抗感は強いですし、もうひとつ、国境を越えてつながるネットワークでは特定の権力に依存せずに成立するあり方が求められるという事情もある。実際、無政府状態になっているような紛争地域でもビットコインだけは通用するというような経済圏がすでに成立しているというような事例もあります。これはWeb3.0を象徴するような出来事です。

- Web3.0的な領域は今後、どのように拡大していきますか。
國領:デジタル・トークンの世界とブロックチェーンは拡がっていくと見ています。ただし、先ほどもお話ししたように、暗号通貨についての未来は厳しいと思いますね。

- その拡がりの中で行政にはどのような影響が及んでくるでしょう。
國領:たとえば市役所からデジタル・トークンの形で住民票を取り寄せて、それを本人がどこかへ転送できると一番楽なんです。ところが今はA市とB市が私自身の住民登録情報を交換するような場合でもすべてマイナポータルを経由しなければならない。これを、デジタル・トークンとして取り寄せた情報を個人が直接、どこにでも提出できるようにしたいですよね。NFTを使えばできるはずなんです。
 ただ、今はそのアーキテクチャにいろんな問題があって実現できていません。この事態の戦犯のひとりは私かもしれない。10年くらい前は目標を「バックエンド連携」においていました。すべての処理をバックエンドでやれるようにするという意味で、それはつまりある人がA市からB市へ引っ越した場合、住民登録情報の移動は個人を介在させることなく、A市がB市へ直接行うという動き方です。これを私たちが推進してきた。
 一方、デジタル・トークンは、かつて紙だけでやっていた世界を再現するような面があって、引っ越す個人が証明書を自分で取得して自分で送ればよいという仕組み。この設計思想の差が今、行政システムの場に出ています。今は法体系も含めてすべて、バックエンド連携を前提として、その上でセキュリティを守るためのシステムを作り上げているので、変更は簡単な話ではありません。
 デジタル・トークンの運営を民間ベースでやることもありうるという話は出ています。民間企業が提供している「xID(クロスID)」や前橋市が展開している「めぶくID」は、マイナンバーカードの公的個人認証の機能を使いながら別のIDで証明書を作ることができて、個人が自分でコントロールして自分の情報を送りたいところに送れるという仕組みを作ろうとしている取組です。公的個人認証と民間のIDを連携させながら、Web3.0で言われる自己コントロールに近い形での受け皿を作っていく状態が少し見えてきているというところですね。

 

5.行政にとってWeb3.0は「共助」推進の大きなツール

- ブロックチェーンを基盤とするデジタル・トークンが行政の分野でも活用される時代に向けて、行政に携わる方々は今、Web3.0についてどんな点を特に強く認識しておくといいでしょうか。
國領:Web3.0を健全に育てるという発想をしていただけるとうれしいですね。たとえば、地域活性化のためのNFTを配布する際には、「このNFTはいずれ値上がりするから儲かりますよ」みたいなことは言わず、「NFTはあくまで感謝の印として差し上げるものです」という言い方にとどめておいた方がいいということです。NFTを使って地域おこしをやるような場合には、行政の関わりが限定的であることを明示しておくのが賢いやり方で、地域の中における共助のツールとして前向きに捉えて立ち上げるのがいいでしょう(図1)。

図1 コミュニティの信頼とNFTの感謝の印で共助社会を作る

(出典)國領氏作成

- Web3.0も含めたデジタル技術が今後、行政にどのような影響を与えていくのか、それによって社会にはどのような変化がもたらされるのか。こうした点について展望をお聞かせ願います。
國領:デジタル技術は、単に業務の効率化のための道具だと考えてはいけないのですが、効率化の道具として活用することが急務であることも事実です。2040年までのスパンで考えると、行政から支援を受ける必要のある人は何割か増える見込みである一方、少子化や採用難のため、対応すべき行政の側の人は半分に減ってしまいかねませんから。
 それでも、業務の合理化がデジタルやWeb3.0の本質だと考えていると間違えてしまいます。Web3.0の本質はひとりひとりの人に柔軟にサービスができるような仕組みを、デジタルを用いて構築していくところにあります。たとえば今話題のLLM(大規模言語モデル)を使えば、「こんなことで今困っているんだけど、この悩みの解消にピッタリなサービスはありませんか?」と質問するとAIが答えを探して最適なサービスを提供することもできます。機械に質問して問題を解決するというシステムが浸透すれば、行政の窓口で対応してきた人の時間や手間が目に見えて減っていくでしょう。
 サービス提供の対象である住民の側、社会の側も大きく変化しています。働いてほしい世代と子育てする世代というのは重複していて、この世代の人たちをいかに支えていくかが社会全体の課題となりますから、行政はデジタルを使って、ひとりひとりに合った仕事環境や子育て環境を柔軟に提供していくことを考えていく必要がある。
 行政が住民にサービスを提供するというモデルはもう古くて、みんなが助け合うためのプラットフォームを提供することが行政の役割になっていきます。その役割を効率的に果たすためのツールとして、Web3.0を含めたデジタル技術を活用していくというのが今後の望ましい姿であると考えています。