1.はじめに
EUは近年、最優先課題の一つとしてデジタル化を強力に推進している。経済分野から始まったEUでのデジタル化の動きは、レジリエンス強化の名のもとに、行政分野を含む社会全体に波及。特にコロナ禍以降は、医療分野でのデジタル化が急務とされている。
EUの行政執行機関である欧州委員会が、デジタル化においてまず取り組んだのが、「デジタル単一市場」の構築である。EU域内の人、モノ、サービス、資本の自由な移動を実現した単一市場は、EUの強みであるとされる。一方で成長著しいデジタル経済においては、加盟国間にデジタル分野特有の障壁があることが指摘されてきた。そこで、欧州委員会は2015年5月、こうした障壁を取り除き、域内のデジタル市場を統合する「デジタル単一市場戦略」を発表した。こうした政策を引き継ぐ現行の欧州委員会は、2050年までに温室効果ガスの排出実質ゼロを目指す「欧州グリーン・ディール」とともに、欧州デジタル化をEUの最優先課題に位置付けている。2020年2月には、経済分野だけでなく、欧州社会のデジタル化を進めるべく、新たな「欧州デジタル化戦略」を発表。デジタルソリューションを活用することで、EU経済の競争力の向上に加えて、民主主義や持続可能性など社会全体のレジリエンス強化を目指すとしている。また、新型コロナウイルスの流行を機に、特に医療分野のデジタル化を重視。2021年6月に運用を開始した、新型コロナウイルスのワクチン接種などの証明書に関するEU共通の枠組みである「EUデジタルCOVID証明書」は、社会のレジリエンス強化における、デジタルソリューション活用の一例である。
そこで本稿は、社会全体のレジリエンス強化に向けて、行政分野に焦点を当てながら、EUが推進するデジタル化政策を解説する。デジタル化政策の概要や2030年に向けた今後の方向性を説明した上で、既に審議が始まっている、域内の国境を越えた電子処方箋や患者情報のやりとりを実現する医療データ空間に関する法案や、すべてのEU市民や企業を対象にデジタルIDの利用を可能にする法案など、デジタル化における具体的な取り組みを紹介する。