1.はじめに
「災害大国」と呼ばれる日本において、従来の予防力に回復力(災害を乗り越える力)を加えた総合的な防災力、すなわち「災害レジリエンス」参考文献1)2)を高めることは喫緊の課題である。ひとたび災害が発生すれば、道路、鉄道、空港、港湾、電力、通信、ガス、水道、医療、消防、行政サービスなど、我々の生活・社会を支える基盤(以後、「社会インフラ」と呼ぶ)である様々な仕組みに支障が生じ、それが避難、応急対応、支援活動、復旧活動などに影響を及ぼす。逆を返せば、これら社会インフラの災害レジリエンスを高めることは、災害時の活動を円滑に実行でき、被害の低減や早期の復旧につながることになる。気候変動の影響によるハザードの巨大化・深刻化、少子高齢化等による都市の脆弱性の増大により、災害の規模がより大きくなっていくことが想定されている中、災害レジリエンスを高め、いかに効果的・効率的な防災を行っていくかを、これからさらに議論していかなければならない。
一方、近年急速に進化・浸透が進むデジタル技術により、我々の生活・社会そのものが変わりつつある。インターネットに接続するモバイル端末としてのスマートフォンの保有率は、2010年の9.7%から、2021年には88.6%にまで大幅に伸びている参考文献3)。これにより、個々の端末でやりとりされる通信が膨大なビッグデータを生み、それが人工知能(AI)技術の飛躍的な発展へとつながっている。さらには、2020年以降、新型コロナウイルス蔓延による影響で、これまで当たり前であった出勤や会議という概念が大きく変わり、デジタル技術を活用したリモート出勤、リモート会議という形態が通常の選択肢として確立されつつある。したがって、防災においても、このような社会構造の変化を考慮しつつ、その技術の効果を最大限活用することが求められてきている。
そこで、本稿では、災害レジリエンスの考え方を整理した上で、デジタル技術を活用した社会インフラの災害レジリエンスの向上について、国としてのデジタル政策と防災政策の動向、災害対応を支える情報基盤とその活用事例、今後の展望と課題について述べることとする。
2.災害レジリエンスの考え方
災害レジリエンスの考え方について、参考文献1)および2)をもとに簡潔に解説する。
災害レジリエンスは図1に示す「レジリエンスカーブ」と呼ばれるグラフに基づいて説明されることが多い。横軸を時間、縦軸を社会の機能とし、平常時は機能が維持されている中、災害が発生するとその機能が落ち込み、そこから次第にもともと維持していたレベルに機能を戻していくという様を示している。そして、災害レジリエンスとは、ここで生じた三角形を小さくするための「力」、すなわち、災害が起きても凹まない力、凹んでも落ち込まない力、落ち込んでも早く戻る力である。さらに、2015年の第3回国連防災世界会議において、「仙台防災枠組2015-2030」参考文献4)に盛り込んで日本から世界に発信した「より良い復興(ビルド・バック・ベター)」の考え方も、もともとの水準より良い水準を目指すことで、三角形を小さくすることに作用する。
図1 レジリエンスカーブ
(出典)参考文献1)2)をもとに筆者作成
大事なことは、この4つの力どれか1つで三角形をなくすことができるわけではないこと、つまり、それぞれには限界があり、だからこそ、これらの組み合わせ、総合力が重要であるということである。従来の「予防力」による「凹まない力」や「落ち込まない力」を高めるとともに、「早く立ち直る力」「元より良くする力」といった「回復力」を同時に高めていくことが、災害レジリエンスの向上には不可欠なのである。
3.国としてのデジタル政策と防災政策の動向
ここでは、現在国が打ち出しているデジタル政策の中での防災政策と、防災政策の中でのデジタル政策について、その動向を解説する。詳しくは参考文献5)を参照されたい。
(1)デジタル政策の中での防災政策
2022年6月7日に2つのデジタル政策が閣議決定された。1つは「デジタル田園都市国家構想基本方針」参考文献6)、もう1つは「デジタル社会の実現に向けた重点計画」参考文献7)である。いずれにおいても、我が国がこれから向かう先にはデジタル技術が必要不可欠であり、これを最大限活用することが、豊かで、快適で、魅力的な社会の実現につながるとされている。その中で、「多くの人が地方で暮らす上で不可欠な要素は、巨大災害に対する重要な機能の維持を含め、災害への十分な備え」、「防災・減災、国土強靭化の強化等による安心・安全な地域づくり」、「防災情報のアーキテクチャ」、「地方公共団体等の防災業務のデジタル化」といった文言が盛り込まれており、防災や災害レジリエンスに関する政策がデジタル化とともに進められるべきとされている。
(2)防災政策の中でのデジタル政策
(1)より約1年前、2021年5月25日に、内閣府防災担当が「防災・減災、国土強靭化新時代の実現のための提言」参考文献8)を発表した。デジタル防災技術、事前防災・複合災害、防災教育・周知啓発の3つの分野で提言がされているが、本稿が着目すべきは当然デジタル防災技術である。ここでは、「デジタル防災新時代」として、2つの提言がなされている。1つは「直ちに可能となる生命を守る災害対応力の飛躍的向上」として、日本版EEI(Essential Elements of Information)の策定・進化、個人情報取り扱い指針の策定・徹底活用、防災情報の収集・分析・加工・共有体制の進化が掲げられている。もう1つは「遠い未来のデジタルを極限まで活用した真に先手を打つ災害対応と絶対的な行政機能の堅持」として、防災デジタルツインによる被災・対応シミュレーション、リアルタイムの情報共有、究極のデジタル行政能力の構築などが示されている。
この2つの提言に共通して重要視されているのが、図2に示される概念図である。
図2 防災政策の中でのデジタル政策の方向性
(出典)内閣府防災担当「防災・減災、国土強靭化新時代の実現のための提言」 参考文献8)
デジタル技術を活用した防災というと、先端技術を盛り込んだアプリケーションに注目が行きがちである。しかし、それらが乱立しないようにすることや、単発的・短期的に終わらないようにするためには、根幹となる防災デジタルプラットフォームが存在することと、これを軸に情報が栄養のように循環することが重要となる。その結果として、様々なアプリケーションが実や花として次々と生まれ、それが国民に享受されるような流れをつくるべきという方向性が示されている。
4.災害レジリエンス向上を支える情報共有基盤とその活用事例
この防災デジタルプラットフォームの要素の一例として、SIP4D(基盤的防災情報流通ネットワーク)とその活用事例としてのISUT(災害時情報集約支援チーム)活動について紹介する。
(1)SIP4DとISUTの誕生の経緯
何らかの行動を実行する上で、そのために必要な情報を得ることはその第一歩である。災害時には同時並行で活動する組織間での状況認識の統一が不可欠であり、そのために必要となるのが情報である。しかし、災害時には、自らに必要な情報がどこにあるのか、あっても自らが取り入れ可能な形式か、そうでなければそれが可能となるような処理ができるか等、情報1つとるにも様々な制約がある。災害時に必要な情報は複数にわたるため、そのための負荷は倍々と積み重なる。それが複数機関で別々に行われるのだから、全体で考えれば極めて大きな人的リソースと時間を費やすことになる。そこで、各組織が保有するシステム同士を連接し、相互に情報を共有できるようにすることで、情報収集・変換・統合に費やすリソースを全体で大幅に効率化しようとする技術がSIP4Dである。
SIP4Dの技術的な内容は参考文献9)を参照されたい。ここで重要なことは、SIP4Dはシステム間同士を結びつける技術ではあるが、その技術だけで全てが解決したということではない点である。予め各システムで生成・共有を予定していたデータであれば、SIP4Dを介して自動流通・自動共有可能であるが、災害現場で新たに生まれた情報はそうはいかない。また、システムによっては災害現場でそのまま活用できないシステムもある。さらには、災害現場では複数の異なる組織のメンバーが一堂に会することが多く、そういったとき、それぞれのメンバーがそれぞれの所属する組織固有のシステムを使っているのでは話しにくいという面もある。このあたりを災害現場で活動する中で目の当たりにし、内閣府防災担当と筆者が所属する防災科研は、SIP4Dを活用して各災害対応機関の活動を情報面で支援するチームISUTを立ち上げた。
(2)SIP4DとISUTによる災害時の情報共有フロー
SIP4DとISUTによる災害時の情報共有のフローを図3に示す。災害時には、ハザード情報、被災関連情報、災害対応情報等といった情報があり、これらに該当する無数のデータが存在する。それに加えて、ISUTが災害現場に入り、そこで入手した情報もある。
図3 SIP4DとISUT
(出典)内閣府防災担当「ISUTについて」 参考文献10)
SIP4Dは、これらを各組織のシステムに届けることで、情報が組織間を流通することを目指した技術である。一方で、システムを保有していない機関、あるいは多組織が一堂に会する会議等では、SIP4Dで流通する情報を閲覧できる共通ビューアが必要であるというニーズが生まれたため、これを受け、行政機関や指定公共機関にIDとパスワードを発行し、限定した組織だけがアクセスできるISUT-SITE(ISUTサイト)というビューアを提供している。
ISUTは、SIP4Dにデータを投入するだけでなく、SIP4Dで流通するデータを複数活用し、災害対応機関の意思決定に有効な地図を作成する。これもISUT-SITEを通じてオンラインで閲覧できるようにするとともに、現場では紙に印刷することでも有効に活用されている。
ISUTは2018年から試行し、同年の大阪府北部地震や西日本豪雨、北海道胆振東部地震での経験を経て、2019年に防災基本計画に記載され、正式に稼働している。その後も、2019年の房総半島台風や東日本台風、2021年の熱海市での土砂災害などで活動を行っている。SIP4Dもこれらの災害時に活用されながら高度化を続け、2021年に防災基本計画に記載されたところである。
(3)社会インフラの災害レジリエンス向上に関する事例
このような取組の中で、各種社会インフラを担う機関や企業が関与し、情報を応急対応や復旧に活用した例がある。
2018年の北海道胆振東部地震では、ブラックアウトという停電の問題が大きくクローズアップされたが、携帯電話の通信も不通エリアが発生し、その早期復旧に期待がかけられた。その際、ISUTは図4に示す通信復旧活動用地図を作成し、通信会社に提供することで、通信復旧の優先順位の検討等に活用された。
図4 通信復旧活動用地図
(出典)内閣府防災担当「災害時の官民の情報共有の取組について」 参考文献11)
2020年の令和2年7月豪雨では、球磨川で大きな水害となり、球磨村の多くの集落が孤立状態となった。そこで県災害対策本部に集まる府省庁・関係機関で協議がなされ、図5に示す通り、孤立した集落ごとに、道路・電力・通信の復旧状況をアイコンで示した孤立集落支援地図をISUTが作成したことで、各機関が予め状況把握した上で対応に向かったり、これら社会インフラを効率的に復旧させるためにはどこからどう対処したら良いかを検討したりする場面で活用された。
図5 孤立集落支援地図
(出典)内閣府防災担当「ISUTサイトの機能・構成紹介ページ」 参考文献12)
このように、災害時の情報共有と、そこで流通する情報を活用した意思決定支援地図により、組織間連携で行われる災害対応は効率的・効果的に実施できるようになりつつある。この流れを全関係組織に拡張した上で確立し、このような対応が標準的に行われるようにすることが、社会インフラの災害レジリエンスの向上にとって極めて重要であると考える。
5.今後の展望と課題
これらの経験を経て、政府では「広く多様なデータを活用して新たな価値を創出するために、データ連携基盤(ツール)、利活用環境とデータ連係に必要なルールを提供するプラットフォーム」を2025年までに実装することが決定した参考文献13)。この一環で、災害発生時に災害対応機関が共有すべき情報を検討するべきということになり、災害対応基本共有情報に関する協議が、内閣府防災担当とデジタル庁を中心に開始されている。SIP4DとISUTが数年間災害対応支援を行う中で、災害種別が異なっても共通して必要となる情報があることが明確となってきたが、それは1章で前掲した、道路、鉄道、空港、港湾、電力、通信、ガス、水道、医療、消防、行政サービスなどの社会インフラの状況であることも見えてきている。これと、米国ですでに検討が進んでいるEEIを参考に、3章(2)で前掲した日本版EEIを構築しようという流れが災害対応基本共有情報に関する協議である。デジタル庁では「政府相互運用性フレームワーク(GIF:Government Interoperability Framework)」が検討されてきており、防災以外の分野も視野に入れた形で検討が進められている。
これらが確立されてくれば、今後は情報を共有するだけでなく、共有された情報を自動解析し、その変化から次に実行するべき行動や意思決定を提示していく技術の適用に展開することが可能となる。これについてもすでに多くの技術が開発されてきており、デジタルツイン、サイバーフィジカルシステム、防災IoTなど、さらなる発展が期待されているところである。
一方、今後の大きな課題としては、国と地方公共団体間での情報共有と、官と民間企業との協働がある。前者については、地方公共団体においては、人数不足、経験不足、情報基盤・情報環境の扱いにくさ、情報の過多、地方自治としての防災の難しさなどが課題としてあげられる参考文献5)。人的にも技術的にもリソースの厳しい地方公共団体、特に市町村といった基礎自治体に災害情報の入力を依存している社会構造自体、大きな課題があると考える。そして、後者については、個人一人ひとりがデジタル技術を活用した災害レジリエンス向上のためのサービスを享受する上で、民間企業が展開する防災サービスやアプリケーションには大いに期待するところがあるものの、そのためにも、3章(2)で示したように、それぞれの良い取組が単発的・短期的に終わらないよう、根幹としてのプラットフォームの位置づけがますます重要になってくる。それには、官民協働に基づくプラットフォームづくりが必要であり、国・地方公共団体と民間企業、さらには民間企業同士も積極的に協議を行い、協調領域を明確にする場が必要となる。
6.おわりに
本稿では、デジタル技術を活用した社会インフラの災害レジリエンスの向上について、災害レジリエンスの考え方を踏まえた上で、国としてのデジタル政策と防災政策の動向、災害対応を支える情報基盤とその活用事例、今後の展望と課題について述べてきた。
デジタル田園都市国家構想しかり、デジタル社会の実現しかりであるが、デジタル技術が今後の社会を形作る極めて重要な位置づけになることは間違いない。ただし、技術はあくまで技術であり、それを扱うのは人である。本稿で述べてきた災害時の組織間連携も、SIP4Dを技術として活用するISUTを含めた人と人とのつながりがあり、それがなによりの社会インフラであるということを、常に肝に銘じておきたい。
【参考文献】
1) 林春男「災害レジリエンスと防災科学技術」, 京都大学防災研究所年報, No.59, 34-45, 2016.
2) 「レジリエンス社会」をつくる研究会・高島雄哉「しなやかな社会の実現 きたるべき国難の先に」, 日経BPコンサルティング, 2022.
3) 総務省「令和4年情報通信白書」, 2022.
4) 第3回国連防災世界会議「仙台防災枠組2015-2030」, 2015.
5) 臼田裕一郎「防災におけるデジタル技術の方向性と地方行政の抱える課題」, 都市問題, Vol.113, No.9, pp.54-62, 2022.
6) 内閣官房「デジタル田園都市国家構想基本方針」, 2022. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20220607_honbun.pdf
7) デジタル庁「デジタル社会の実現に向けた重点計画」, 2022. https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program/
8) 内閣府防災担当「防災・減災、国土強靭化新時代の実現のための提言」, 2021. https://www.bousai.go.jp/kaigirep/teigen/index.html
9) 臼田裕一郎「災害時情報共有システムの最前線-SIP4Dによる災害対応支援-」, 通信ソサイエティマガジン, Vol.15, No.3, pp. 192-199, 2021.
10) 内閣府防災担当「ISUTについて」, 2022. https://www.bousai.go.jp/oyakudachi/isut/gaiyo.html
11) 内閣府防災担当「災害時の官民の情報共有の取組について」, ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会(第52回)資料, 2021.
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/resilience/dai52/siryo1-2.pdf
12) 内閣府防災担当「ISUTサイトの機能・構成紹介ページ」, 2022. https://www.bousai.go.jp/oyakudachi/isut/kinou_kousei.html
13) デジタル庁「データ戦略の推進状況」, データ戦略推進WG第4回, 2022.
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/b565c818-75f4-4990-9125-dd43af8362ba/afe23c36/20220906_meeting_data_strategy_outline_01.pdf