1.日本省庁初のインハウスデザイン組織
新型コロナウイルス蔓延を契機とした世界的なデジタルシフトへの要請を背景に、デジタル庁は日本社会全体のデジタル化推進を担う新たな省庁として2021年9月1日に新設されました。
デジタル庁は「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」をミッションに掲げ、徹底的な国民目線でのサービス創出やデータ資源の利活用、全ての国民にデジタル化の恩恵が行き渡る社会の実現に向けた取組を推進するとともに、デジタル社会形成の旗振り役として官民のデジタルインフラを今後5年で構築することを目指しています。
この目標を達成すべく、デジタル庁は職員600名のうち250名が民間企業出身という前例のない全く新しい組織を組成し、組織内にプロジェクトマネージャーやエンジニアなど多様な専門人材チームを抱えた組織体制で活動を開始しました。
行政サービスのプロダクト開発やアクセシビリティ確保などに関わるデザイン専門職員は、組織横断の専門人材チームのひとつである「サービスデザインチーム」に所属し、複数のプロジェクトに有機的に参画しデザイン支援を行っています。日本省庁初のインハウスデザイン組織として立ち上げ段階ではありますが、IT企業やデザインコンサルティング会社出身のメンバーが所属し2022年4月時点で10名規模のチームまで拡大しています。
2.デジタル庁で注力するデザイン領域
デジタル庁は新しい組織であり、多様なバックグラウンドを持つ専門家が協業しプロジェクトを推進しています。このような組織においてインハウスデザイン活動を円滑に進めるにあたり、行政におけるデザインの位置付けと注力すべきデザイン領域を明確にする必要がありました。
まず、行政におけるデザイン領域については、様々な観点がありますが、各国のデジタルガバメント推進におけるデザイン活動を参考にしたうえで、デザイン領域を大きく3つ領域に分類しました(図表1)。
図表1 行政におけるデザイン領域
(出典)デジタル庁提供
1つ目が行政における戦略フェーズであり、制度や法律などを含む政策をデザイン対象とした「政策デザイン」領域。2つ目が行政における実装フェーズであり、システムや業務などを含む行政サービスをデザイン対象とした「行政サービスデザイン」。3つ目が行政における提供フェーズであり、プロダクトやコミュニケーションを含む利用者との接点をデザイン対象とした「インタラクションデザイン」。
これら3つの領域に分類することにより、行政におけるデザイン組織の関わり方とデザイン対象を明確化しました。これらを明確にすることで、組織内において、行政におけるデザイン領域をどこまでと捉えるか、何をデザイン対象とすべきかの共通認識を図りやすくなります。
また、注力すべきデザイン領域については、まずは効果を実感しやすい領域の優先度を上げ、短期間で小さく成功体験を積み上げられるようなプロジェクトに注力して活動を開始しています。上述のデザイン領域で説明すると「インタラクションデザイン」領域のプロジェクトから積極的にデザイナーの参画やデザインアプローチの導入を行っています。
具体的には、デジタル庁設立3ヶ月でリリースした新型コロナウイルスワクチン接種証明書アプリ(図表2)や、デジタル社会実現に向けた重点計画の紹介資料(図表3)が挙げられます。これらは、インハウスデザイナーが参画し生活者視点のアプローチを導入することで、いままでの行政機関が提供するアプリやコミュニケーションとは異なる価値提供を実現できました。これらの実績を通じてプロジェクトにデザイナーが参画する意義やデザインアプローチを導入する必要性について理解が進みつつあります。
このようにデザイン注力領域を定義することにより、大小含め100以上のプロジェクトが実施されているなかで、優先順位を明確にしながら組織戦略的にデザイン活動を行うことを目指しています。
図表2 新型コロナウイルスワクチン接種証明書アプリの各種実績
(出典)デジタル庁提供
図表3 デジタル社会実現に向けた重点計画の紹介資料の各種実績
(出典)デジタル庁提供
3.行政サービスデザインを推進する5つの取組
直近においてはデジタルプロダクトやコミュニケーションなどの「インタラクションデザイン」に注力しつつも、デジタル庁全体で「行政サービスデザイン」があたりまえに行われるようになるために、5つの観点からデザイン活動に着手しています(図表4)。この5つの観点は、令和3年12月24日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」、ならびに情報システムの観点から方針を定めた「情報システムの整備及び管理の基本的な方針」にもとづき定義しました。
図表4 デジタル庁におけるデザイン活動推進に係る5つの観点
(出典)デジタル庁提供
(1)推進体制の強化
持続的にサービスデザインを推進するためには、組織の枠組みを超えてサービスデザインを牽引する体制を整える必要があります。サービスデザインチームは、デジタル庁において部門やプロジェクトを横断して課題解決を取り組むクロスファンクショナルチームとして設置されています。サービスデザインチームのメンバーはデジタル庁の戦略にもとづきプロジェクトにアサインされ、生活者視点のサービス実現に向けた活動を牽引します。現在、プロダクトデザイナー、コンテントデザイナー、アクセシビリティ専門家、デザインコミュニティマネージャーなど専門職の採用を計画的に進めています。
(2)プロジェクトへの実装
サービスデザインのアプローチが各プロジェクトに実装されるためには、サービスデザインチームが戦略的にプロジェクトに関与する必要があります。体制整備の初期段階では、人的リソースも活用できるデザインアセットも限定されることから、関与するプロジェクトについて優先順位づけを行います。具体的には、利用者数やアクセス数が多い、一般市民が直接利用するサービスなど、多くの利用者が品質向上を実感しやすいサービスから着手します。また、短期間で品質向上や効果を計測しやすいサービスであることもプロジェクト選定において重要な観点となります。これらの観点を踏まえたうえで、サービスデザインチームは複数のプロジェクトに関与し、行政サービスデザイン、プロダクトデザイン、およびコミュニケーションのデザイン支援を行っています。
(3)プロセスとガイドライン整備
各プロジェクトにおいて効率的かつ効果的にサービスデザインを実行するためには、そのプロセスやガイドラインを整備する必要があります。大規模なプロセスとガイドラインの整備は時間を要するため、小規模かつ短期間で成果を確認しやすい領域から着手をしています。具体的には、デザインシステムとウェブアクセシビリティ導入ガイドラインの整備を実施しています。政府の標準ガイドラインという観点では、2018年に政府から「サービスデザイン実践ガイドブック(β版)」が発行されましたが、まだまだ多くのプロジェクトで活用が進んでいない状況です。ガイドラインの整備においては、標準ガイドラインの整備だけでなく、どのように現場で利用されるかということも考慮しながらガイドラインの普及も含めて推進していきます。
(4)庁内文化の醸成
サービスデザインを組織的な活動として定着させるためには、デジタル庁内の職員全員がサービデザインの意義や基本的な概念を理解するとともに、自主的に学び実践する文化を醸成することが重要となります。各国のデジタルガバメントの先行事例を踏まえたうえで、デジタル庁では、サービスデザイン文化醸成の中心的役割を担うコミュニティマネージャーを設置して、デジタル庁内のコミュニティ形成に着手しています。また、デジタル庁内においてサービスデザインに関する勉強会の実施や相談窓口を設け、プロジェクト単位の知見やノウハウの共有を進めるとともに、今後は、基礎知識の習得に向けサービスデザイン教育プログラムの導入を実施したいと考えています。
(5)外部コミュニティとの連携
行政サービスデザインにおいてはステークホルダーとの連携は必須です。とくに、各府省庁、地方自治体、民間事業者との連携は重要であり、情報連携にとどまらずサービスを共創するという観点から連携を推進する必要があります。そうすることにより、生活者視点の行政のサービスをより円滑により多くの場で実現することが可能となります。今後、各府省庁、自治体、各種デザインコミュニティ、海外デジタルガバメントとの連携の場を整備し、サービスデザイン推進に向けたオープンコミュニティの形成を実施していきます。
4.デザインの品質向上・効率化のための取組
行政サービスは多岐にわたる申請、手続き、機能から構成されていて、行政サービスの設計に携わる部局も多様です。各部局が、多様な利用者がいることを想定し、ユーザビリティに優れたシステムを構築するのは、それだけでも大変なことです。
さらに、システム間で機能や操作に一貫性を持たせておかないと、利用者が他のシステムに慣れているために、新しいシステムの使い方が非常に分かりにくくなってしまう問題があります。例えば、ある部局では「検索」の意味で使われていた「虫眼鏡」アイコンが、他の部局では「拡大縮小」の意味で使われていると、ユーザーは混乱してしまいます。サポートのコストが上がってしまい、さらに運営費用や開発コストも膨らんでいってしまうのです。
そこで、サービス(システム)のデザイン原則を定め、原則にもとづいた一貫性の高い設計を効率的に実現するためのしくみを用意するのが「デザインシステム」の考え方です。「デザインの解決策」を集めたものと言ってもいいでしょう。スタイルガイドやUIコンポーネント、申込のような頻出する画面のデザインテンプレート等を用意しておくことで、サービスの企画者は最初からサービスの利用の流れをある程度想定しておくことができるので、デザイナーやエンジニア等とのコミュニケーションコストが下がりますし、デザイナーやエンジニアも、既にあるコンポーネントを使うことで、開発コストを下げることができます。
デジタル庁ではこのようなしくみを用意することで、政府が提供するサービス全体の一貫性を保ちながら品質を向上させ、開発コストや開発チームの負担軽減を目指しています。
5.アクセシビリティの推進
様々なユーザーが、色々な環境からウェブサービスにアクセスすることがあたりまえになっているので、行政サービスはより多様な利用方法に応える必要があります。利用端末、年齢、障害の有無や程度などに関わらず、行政サービスを利用できることが強く求められているのです。障害者に限っても支援を必要とする人は少なくとも559万人以上います。加齢で文字が読みにくい方等を含めれば、相当な割合の利用者が適切なサポートを必要としています。
対面でのサービス提供であれば臨機応変に補助を行うことで、補助を必要としない人向けに作られた申請や手続きの枠組みでも、柔軟に対応することができますが、ウェブサービスはそうではありません。最初から多様な使い方があることを想定した実装をしておく必要があります。ただ、ウェブに焦点を当てたアクセシビリティ、ウェブアクセシビリティの向上に取り組むには必要な前提知識が数多くあり、きちんと実装できる専門家の数も限られています。
そこで、デザインシステム等の導入によって最も恩恵を受けるのが、アクセシビリティの領域です。ウェブアクセシビリティに配慮されたデザインシステムを採用することで、システムの提供者、利用者双方の負担を減らし、公正なサービス提供を目指すことができます。
デジタル庁では、障害当事者を含むインハウスのウェブアクセシビリティチームが組成されており、日々デジタル庁内でのレビュー(チェック)や助言、デザインシステムを始めとした原則・ルール作りの推進等の活動を始めています。開発の最後にアクセシビリティチェックをするのではなく、開発の企画当初から多様な背景を持った人材が関わるプロセスを定めることで、よりよい行政サービスを実現することにつながると考えています。
6.行政に求められるのはサービスデザインのしくみ化
デジタル庁に日本省庁初のインハウスデザイン組織が組成され、持続的な行政サービスデザインの推進を目指すなか、デザインシステムの整備やアクセシビリティの推進など、少しずつではありますが具体的な成果が出始めてきました。
デジタル庁でインハウスデザイナーとして活動してきて感じているのは、行政サービスの構想や提供において欠けているのは、生活者視点ではなく「サービスデザインのしくみ」であるということです。行政に関わる職員の方々は常に生活者のことを考え、生活者のために最善のサービスを提供することを目指して日々業務を行っています。しかし、その想いや考えやコンセプトを具現化するプロセスやツールが定式化されておらず、組織の知見やノウハウとしても共有と蓄積が行われていないため、結果として生活者視点が行政サービスに反映されないという事象が生じていると感じています。
生活者視点のサービスを提供するための定式化されたプロセスやツール、知見やノウハウの共有が「サービスデザインのしくみ」であるとするならば、行政にこそそれが求められていると実感しています。まずは、デジタル庁のインハウスデザイナーがサービスデザインのしくみ化を行い、生活者視点の行政サービスを少しずつ実現することにより、多くの行政機関でサービスデザインのしくみ化の必要性が認識されるでしょう。
デジタル庁だけでなく多くの行政機関でサービスデザインのしくみが定着し、行政職員があたりまえのようにサービスデザインを実行することで、日本社会全体のデジタル化推進と「誰一人取り残されない」社会の実現に近づくと考えています。