1.オンラインだからこそ価値を発揮した全国発表会
令和2年12月21日に、沖縄から東北まで全国の地方自治体の皆さまにより、「行政へのデータ活用成果発表会」をオンラインで行いました。オブザーバと発表者を含め、10団体にライブでオンライン参加頂き、実際の行政課題に「データ」や「データ分析」を活用し、問題解決などの提案プレゼンテーションを、2時間にわたり7ケース行って頂きました。
内容をご紹介するに先立ち、今年度初めてこの発表会を私が企画するに至った背景をご紹介させて頂きます。
私は、民間企業のクライアントに加え、全国の地方自治体や国の組織の職員の皆さまを対象に、「データ分析活用」のスキル育成をサポートさせて頂いております。いわゆる職員研修の形で、集合研修を半日~ 1日行うことに加え、ここ数年はその受講者を対象に、「研修で身に付けたことを実践する」ことに重きを置き、後日数回にわたり「実践ワークショップ」を行っています。このワークショップでは、参会者それぞれが常日頃、行政実務の中で向き合っている問題やテーマに対して、実在のデータを用いて結論を述べることを目指します。「頭で理解すること」と「自分でアウトプットを出すこと」の間には、それなりのギャップがあるためです。そこを少しでも埋め、成功体験と具体的な勘所を持って頂くことが狙いです。
これまでは、対面でワークショップを進め、各自治体内で、複数グループが発表することで完結していました。ところが、令和2年度に入り、軒並み対面での研修やワークショップがコロナにより困難になったのです。他の研修同様、オンラインにてプログラムを継続するという意思決定をされた自治体は少なくありませんでした。実際にオンライン(主にZoomを活用)で実施すると、研修だけでなくワークショップにおいても、横浜から接続する私と、各自治体とのコミュニケーションは(100点満点とは言わないまでも)大きな問題には一度もなりませんでした。むしろ、受講者にとってより質問しやすい環境であったり、発表する資料が画面共有機能により詳しく共有できたりするといった恩恵を感じることが想定以上に多くありました。
「距離や場所の壁が完全に取り払われた」
これが私が抱いた前向きな印象です。そこで、距離を気にせずに双方向でリアルタイムにコミュニケーションができるのであれば、これまで各自治体内で留めていた価値の高い資産(活用ケース)をもっと広く同時に共有することで、更にその経験価値を高められるのではと考えました。また、せっかく時間とエネルギーを割いて努力、工夫された受講者の皆さんのモチベーションアップにもつながることを期待しました。
すぐにサポートさせて頂いている自治体に打診すると、いずれもとても前向きに快諾頂き、発表会当日を迎えることができました(図表1、写真1)。
図表1 発表自治体と発表テーマ
(出典)筆者作成
写真1 オンラインでの全国発表会の様子
2.EBPMの成果を挙げられない理由
ここで、本発表会および私が日ごろから目指しているところが、「データ分析」ではなく「データ分析“活用”」であることに注目下さい。
データ分析活用とは、既存のデータから何かを読み取るのではなく、自分の言いたいことをデータという客観的な情報で示すことに他なりません(一方で、前者だと認識している人が多いことも残念ながら事実です)。私が提供するプログラムで大事にしているポイントは、目的や問題を明確にした上で、そのために何を調べるか、どんなデータが必要かを考え抜いた上に分析作業を行い、結論を出すことです。
「いつも見ているデータを色々いじって(分析して)いたら、こんな発見がありました」という発見披露会でもなく、「斬新なひらめきアイデアを支えるデータを都合よく集めて可視化する」アイデア大会でもありません。皆さんにも、色々なグラフや表にデータを纏めてみたものの、そこから単に過去の実績や結果がわかるだけで、何ら筋の通ったストーリー(結論)を見出せないアウトプットを目にした経験はないでしょうか。
端的に言えば、次の2つの違いです。
地方創生やEBPMの取り組みの中で、特に「斬新なアイデア」が強調され過ぎるようなケースには注意が必要です。斬新なアイデアは大切で貴重ですが、「今何に困っているのか」「それはなぜ起こっているのか」「どう解決するのが最適か」といった検証手順を(データを活用して客観的に)踏まずに、アイデアの良し悪しだけで勝負すると結果がついてきません。
私のプログラムでは、分析の手法や統計知識の積み上げよりも、むしろ多くの人が陥りがちなこの落とし穴を意識して避け、正しいプロセスで結論を導く考え方にフォーカスを当てます(図表2)。そしてそれをまず愚直に守って一旦成果を出してもらうことで、その効果を実感してもらうのです。
これらのスキルは場数と経験を踏めば踏むほど積み上がります。自らやってみることだけでなく、他者の取り組みや考え方、失敗例などを真剣に見ることも大事なスキルアップの場となります。
今回の発表会はその機会を、1自治体に留めることなく、より広く共有することで参加者全員がそのメリットを享受する仕組みが実現できたと感じています。
図表2 研修やワークショップで用いられるフレームワーク(分析前に具体化する内容とその流れ)
(出典)筆者作成
3.発表事例の紹介
全ての発表内容とケースをここで網羅することはできませんが、その一部の概要を私の解説と併せてご紹介致します。各人が取り組んだ期間は①と②は約2か月、③は6人のチームで約4か月です。
① 和歌山県紀の川市 教育総務課『紀の川市には学校が多い?』
【データで確認したいこと】
2005年の合併に伴う、公立小中学校の数や配置が現状、最適化されているか否か
まずは闇雲に学校数関連のデータを集めてグラフにするのではなく、「最適化されているか否か」をどのような指標やデータで示し、現状を何と比較することで評価できるのかをしっかり考えてからデータ収集、分析作業を進められています。この一連の考える内容とプロセスは事前の研修内容に実直に倣い、成果を出されています。
本ケースでは、諸々検討された結果として「可住地面積あたりの学校数」を指標として分析を進めています。単純に自分の地域の学校数比率を出すのではなく、比較によりその比率が相対的にどう評価できるのかが明確に示されています。単に地理的に近い市町村ではなく、人口密度が同程度の市を比較対象としているところが工夫ポイントとして素晴らしい点です。
図表3 人口密度が同程度の市との可住地面積100㎢当たりの学校数比較・評価
(出典)紀の川市作成資料
図表3によると、数値上必ずしも「紀の川市では(面積当たり)学校が相対的に多い」という結論は出ませんでした。一方、数値を見るだけで終了ではなく、学校同士の地理的な近接度合いについて具体的な例で検証を進めています。
ここでは、市内に存在する川や山に着目し、直線距離の近さから“道のり”の長さに視点をシフトします。
そのために、「徒歩での交通の便の悪さ」と「学校の密集具合」の関係性をデータで検証することにしました。「徒歩での交通の便の悪さ」を指標化、定量化しようというと、多くの人は、「そんなデータはないのですが、どうすれば良いのですか?」と思考停止してしまいがちですが、ここでは粘り強く、精度は落ちても同等の情報を得られる指標として、「林野率」を用いてその関係性を散布図で描き、紀の川市の位置づけを確認しています(図表4)。
図表4 林野率と可住地面積100㎢あたりの学校数との関係
(出典)紀の川市作成資料
分析結果から、当初の「最適化がなされていないのではないか」という問題意識(仮説)自体は否定されましたが、仮説が否定されたこと自体は全く問題ではありません。データで客観的にその事実を確認できたことに価値があります。
更に、「やっぱり違いました」で終わらせることなく、将来につながる提言を結論に盛り込めたのは素晴らしい点であると言えます。
本ケースは次のような結論と提言に繋がりました:
【結論】
・ 紀の川市には近距離で配置された学校があるものの、土地的隔たりを考慮すれば妥当な配置であり、密集具合を他市と比較しても突出した数字ではない。
・ 林野率の高い市町村は学校が密集する傾向がある。
【今後に向けた提言】
・ 地形を考慮して学校等施設の配置を考える必要がある。
・ 配置を見直す際にはスクールバスなど交通手段の見直しも同時に行う。
行政が関わる様々な課題やテーマについて、「そういえば、現状はどうなっているんだろう?」という疑問や発想は誰もが持ちうるのですが、ではそれをデータで客観的に確認してみよう、という動きはほとんど取られていないことが実状ではないでしょうか。
難しい統計や、高価な分析ツールなど無くても、これらに対して客観的にアプローチすることは十分可能なことがわかります。
② 新潟県長岡市 中心市街地整備室『まちなかで若者の居住人口を増やすには』
よくあるケースは、確認したいことを「中心市街地活性化」などと定義してしまうことです。
データという極めて具体的なツールを使いこなすには、目的や問題をより具体的にすることが必要です。
本例もその鉄則をしっかり守りながらスタートを切っています。
【データで確認したいこと】
中心市街地活性化の3つの目標指標の内、3番目(集う若者)を今回の目標と定めました。
1.まちを「歩く人」を増やす
2.まちで「起業する人」を増やす
3.まちに「集う若者」を増やす
その上で、現状把握をデータでしっかりと行いつつ、「知りたいこと」を推測として明記するところから始めています。データ分析で何を知りたいのか(確認したいのか)を具体的に定め、そこに必要なデータと分析を考えてから作業する手順がしっかりと守られています。
データによる現状把握に続き、仮説が立てられました:
(1) 39歳以下の若者は、今どのあたりに住んでいるのか?
👉若者が多く住んでいるところに規則性は?
👇
同じような環境が整えば、若者の居住は増えるのだろうか?
(2)39歳以下の若者が住みたいと思う街は?
👉若者の意見を調査して、今のまちなかと対比してみたら…?
まずは「若者が住んでいるところ」と、「物件機能の良さ」「築年数」との関係性をデータで調べてみます(図表5)。ここでも、「物件機能の良さ」というデータは入手できません。同等の傾向を示すデータとして「売買価格」を用いています。こういった工夫ができないと、「データがない」という壁ですぐにストップしてしまいます。
図表5 若者が住む物件と物件機能や築年数との関係
(出典)長岡市作成資料
本分析の良いところは、単に各分析結果を提示するだけでなく、その結果から「結局何が言えるのか」という結論を端的に纏めているところです。結論が書けるか書けないかは、その分析者が分析の目的を分かっているかいないかの目印になります。本発表は図表5の「新しいマンションだから若者が居住しやすいという判断にはならない」のように、結論が明確に書かれています。
続けて、若者(学生)が求めるものは何か、そしてその求めるものが実際に若者を十分に引き寄せていない現状のどこにボトルネックがあるのかをアンケート結果と地域の実態とをすり合わせながら深掘りしています。
【新潟県に移住(Uターン含む)するとしたら、求める機能は?】
①仕事について
┗ 働く場があること、テレワークできること、
起業支援を受けられること
②子育てについて
┗ 子どもが遊べるところ、親子で遊べるところ、
無料で入れる施設
③コミュニティについて
┗ 移住した先で同世代の人と交流できる環境があること
いずれの要素も長岡市にはこれらを満たす機能や施設が存在することを確かめました。ところが別に実施したアンケートからは、これらの機能や施設の存在を知らない人が一定の比率でいることが確認されました。
ここまでの流れ(論理的な筋道)からたどり着いた結論をまとめています(図表6)。いずれも、ここまで分析してきた論理展開に基づいた結論(提案)であるため、受け手は腹落ちがします。
図表6 長岡市の分析結果のまとめ(結論)
(出典)長岡市作成資料
③ 新潟県燕市・弥彦村『「高齢者の移動手段」問題~これから求められる公共交通の在り方』
【データで確認したいこと】
地域の高齢者の公共交通機関利用についての問題の特定と将来への提言
図表7に見られるように、こちらも、結果だけではなく『今後「車が運転できなくなる高齢者」が急増する可能性がある』のように結論をしっかりとハイライトして書いています。この分析の目的と、「ここで何が言えるのか」が明確になっている証です。
免許返納の現状を把握する場合にも、自らの地域のデータだけで言えることは過去からの増減くらいでしょう。本ケースでは返納率の変化を全国や新潟県と比較し、燕市の返納率は県よりは若干高いものの、全国比では低いことが確認できました。
更に、返納率の現状だけでなく、その背景や要因として“車の必要度”との関係を調べています。ここでも“車の必要度”というデータは存在しませんが、そこをあきらめずに「保有台数」のデータを用いているところが素晴らしい点です(図表8)。
続けて、各交通機関の利用状況実績データによる数字上の利用状況と、地図上の地理的な状況を多面的に調べ、問題点をあぶり出します(図表9)。
いくつもの分析結果を単独で見るのではなく、それぞれがストーリー(筋道)の上で意味を持った結論として繋がっていきます。そこから最終的に結論や提言に導く流れを作ることができました。
【現状】
・ ほぼすべての地域で公共交通の利用ができている
・ 免許非保有高齢者は家族や知人の送迎や、徒歩、自転車などで移動する人が多い傾向
⇒公共交通の利用率は2割程度
【今後の課題】
免許非保有高齢者の5割近くは移動に不便、特に病院への移動困難を訴える傾向
【今後求められる対応】
特に病院へのアクセスの充実
図表7 新潟県燕市の高齢者の運転免許保有状況
(出典)燕市作成資料
図表8 自動車保有台数と65歳以上免許返納率との関係
(出典)燕市作成資料
図表9 高齢者の人口分布図と交通機関利用者分布図との比較
(出典)燕市作成資料
4.おわりに
以上、3ケースの一部概要をご紹介しました。(一部だけであるため、全ての流れや詳細はお伝えしきれないことご容赦下さい)
いずれも、以下のように研修でお伝えした大事なポイントをしっかり織り込み、説得力のある内容になっていることを感じて頂けたでしょうか。
「目的や問題を具体的に定義する」
「定義に合ったデータや指標を使う」
「結果、実績表示ではなく、比較して評価する」
「複数の要素の関係性に着目する」
「 分析結果単独で考えるのではなく、全体としての筋道を意識しながら最終結論に繋げる」
データ分析作業のやり方、ではなくデータやデータ分析を“活用”するための考え方を中心に実在のテーマに挑戦頂きました。結果だけみるとサラッとできたように感じますが、実際にはこういった取り組みは初めてだという方が多く、とても苦労され工夫された上でのアウトプットであることは間違いありません。
オンラインによって、同じ取り組み方で、様々なテーマや課題に取り組んだ成果を手軽に自治体間で共有できるようになりました。
今後もこのような取り組みを続け、もっともっとたくさんの方の知恵と成果を共有し、みんなで更なる高みを目指していきたいと考えています。
柏木吉基(かしわぎ よしき) データ&ストーリーLLC代表 多摩大大学院客員教授・横浜国立大学非常勤講師 日立製作所、日産自動車にて長年グローバルビジネスに携わり、その後独立。「データを武器にした課題解決人材」育成のためのプログラムを提供している。組織における実務経験、数多くの経営課題解決プロジェクトをリードした実績に基づいた実践的な内容は高く評価を受けており、民間企業、自治体などを広くサポートしている。多くのビジネス書著者でもある。 https://data-story.net |