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2020.08.07

2020年08月号トピックス 住民サービス向上とAI―青森県におけるAI音声認識の活用とアノテーションの取り組み―

ITコーディネータ
澤田 徳寿

1.業務削減から住民のための活用へ

AI音声認識技術は、多くの自治体で実証実験や試験導入が進められているが、議事録作成の文字起こし作業を軽減する目的に限定して使用されているのがほとんどである。何故そのような使い方が広まっているかと言えば、自治体ではIT導入を検討する場合、既に実施しているIT活用に関して他の自治体に照会をかけ、その結果を参考に計画を立てるため、先例を踏襲した形となってしまうためだ。一方、それぞれの自治体が抱えている行政経営課題は地域によって異なり、その課題解決のアプローチも当然異なるはずだが、課題解決のために導入検討するIT活用が他の自治体と横並びであるため、地域の課題解決に即した内容になっていない現状がある。
青森県庁では平成30年度AI音声認識サービスを活用した議事録自動作成の内部実証実験を行い、議事録作成への業務削減効果や運用課題についておおよそ把握することができた。平成31年度にも同様の取り組みを行うことになったが、その中では議事録作成以外の、より広範囲の行政課題に対し、AI音声認識技術を活用できないかを検討することが重要であった。何故なら、自治体が掲げる目的の最も重要な部分は住民福祉の増進にあり、AI音声認識技術を導入運用するのであれば住民福祉に役立つことが求められるためである。

2.AI音声認識の本質機能

AI音声認識技術は、人間の音声をAIが即座に自然言語の文章として認識し、文字情報に変換して表示する。変換時に同時翻訳も可能であり、出力表示した文章の自動要約も行うことができる。これは、人間の五感機能に置き換えると「聴覚を視覚に変換する」機能と言える。AI音声認識技術の元々の機能名称であるSpeech to Text は、健常者と聴覚障害者とが同じ研修を一緒に受講するために開発が進められたという話もあり、このような感覚機能の不便を埋めるための技術と理解するのが妥当である。
一方、自治体が行う住民サービスの中で聴覚を必要とするものは多岐に及び、会議体の文字起こし以外にも、電話住民相談やヒアリング、セミナーや授業等の講演、面談や診察がある。これら住民サービスの中で、聞こえないもしくは聞き取りにくいことに不便を感じている住民のため、AI音声認識技術によってサービス内容を改善することができ、更に日本語が不得手な外国人について自動翻訳を用いたコミュニケーション支援を加えると、幅広い住民層の不便を解消しサービスを向上することができる。これを基に自治体内部でヒアリングを行ったところ、AI音声認識技術の活用に関して下記の要望があった(表1)。

表1 AI音声認識要望ヒアリング結果(一部)

・聾学校で手話の代わりとして活用できないか
・高齢者セミナーで講演内容を文字表記できないか
・ 外国人労働者からの労働相談対応に自動翻訳が活用できないか
・電話対応部門で受話音声を文字化ができないか
・外国人観光客対応に自動翻訳が活用できないか
・ 医療部門で外国人患者との意思疎通に活用できないか

(出典)筆者作成

このうち聾学校と高齢者セミナーでは、講演スライドの横に字幕用スライドを設置し、講師の発言内容を表示する方法で実証実験を行った。AIによるリアルタイム文字変換は、発言者の発声とほぼ同時に仮名入力と文字変換が行われ、そのスピードは速く全く問題がない。事前に資料を学習したことで約95%の認識精度で文字変換が行われた。これにより聾学校では健常者と聴覚障害者の合同会議がバリアフリーに実施され、高齢者セミナーでは耳の聞こえにくい受講者にも字幕表示によって理解しやすい講義となった。
一方問題点として、手話と違い意訳せず全発言を文字表示するため、文章を目で追うのが疲れるとの意見があった。AI文章自動要約は既に完成している文章を要約するもので、リアルタイムに自動変換したものを即座に要約できず、意訳や短文化は不可能だ。今後技術の進歩によりリアルタイム要約ができるようになれば負担も減っていくものと思われる。もしくは、文字表示支援が一般化することで、適宜飛ばして読み大まかな理解で済ませることに利用者の側が慣れることもあるだろう。このように今後の改善ポイントはあるものの、これまで会議の度に手話通訳者を手配しなければならず、その手配や費用の工面に手間がかかっていたことを考えると、いつでも使用できるクラウドサービスのAI音声認識技術によって、聴覚障害者や高齢者支援ができることは非常に大きな意味を持つと考えられる。

また同様の取り組みを技術系専門校でも実施した。同校では毎年一定数発達障害のある生徒が入学し、中には話し言葉を理解できない症状があるとのことだった。そのため教師の話す講義内容が理解できず、その対策として授業終了後に講義資料を配布し学習支援を行っていた。AIで講義内容を文字化すれば、授業時間中に文字によって学習理解ができるようになると期待された。
実際に授業で使用したところ、一般的な日本語部分は問題がないものの、数式部分に関しては「エーイコールビー」のように仮名表示されてしまう問題があった。数学的公式は事前に登録学習させたが、数式と通常会話との区別が出来ず、数式表示になる部分もあれば、仮名表示になる部分もあり、間違った文字変換ではないものの期待する文字認識精度は得られなかった。この辺りは今後の技術的改善が待たれるところである。
発達障害の生徒は技術学校以外の普通学校にも在籍しているため、AI音声認識による学習支援が一般的に行われるようになれば授業内容の一層の理解を促すことができ、同時に授業内容が文字化されるため、講義資料作成に時間や手間を費やすことは少なくなる。

これらの取り組みはいずれも文字表示用のスクリーンを設置するという非常に簡単なものだが、それによって不便を解消される人は多い。昨今全国的に行われている首長会見においても同様の方法か画面下部に文字表示することで、より多くの不便が解消され情報が正しく伝達される。発想の転換が費用をかけずに利便性やサービスレベルを向上させる一例ではないだろうか。

3.アノテーション業務による雇用改善

AIに関する社会問題への取り組みとして、青森県南地方の八戸市では、AIのアノテーション業務を首都圏より受注し、その業務を障害者や高齢者に従事してもらう取り組みが行われている。アノテーション業務は、AIの機械学習の際に必要となる教師データといわれる正しいデータを人間がAIに入力することによって、ラーニングの認識精度を向上させるものであり、民間企業の製造検品ラインなどで広く導入されている画像認識機能や、音声認識機能のうち特に日本語の認識精度の向上には不可欠な業務である。これまでアノテーション業務は地方で行われることはあまり無かったが、八戸市の企業経営者が自社の従業員である高齢者や障害者にアノテーション業務をしてもらうことを考え、受注を掛け合い成立させた。
この取り組みは新聞にも大きく取り上げられ、AIに関する先進的な取り組みとして注目を浴びている。高齢者や福祉事業者の全国協議会によると、このような取り組みを始めている例は他になく全国的にも非常に珍しいとのことだった。一般的に高齢者は仕事が丁寧であり、障害者には数値や漢字、画像といった特定の分野に並外れた集中を示す人が多いため、作業が非常に丁寧で正確であると発注企業から高い評価を受けている。同事業所ではこの取り組みを青森県内はもとより函館市などにも広め、より多くの高齢者、障害者に社会参画してもらいたいと今後の経営ビジョンを掲げている。
このように、AIに関する業務に携わることによって障害者や高齢者といった社会的弱者の活躍の場を広げ、経済的に自立する道を開いていることは非常に興味深い。この事業が企業、従業員、地域社会にもたらす効果は表2のようになる。

表2 AIアノテーション事業による効果

(出典)筆者作成

AIは人間から仕事を奪い、AIにとって替わられることで失業者が出ると懸念されることが多いが、そのAIを活用する過程で新しい業務もまた次々と生まれている。今後も様々な分野でAIが広く活用されることで、この傾向はますます強まってくるものと考えられる。この新しく生まれた業務によって、障害者や高齢者といった、これまで社会的弱者と見られていた人々が安定した仕事と経済的に自立できる賃金を得られると共に、重要な仕事に従事していることで自信が育まれ、積極的な社会参画に結び付いていくことは非常に大きな意味を持つ。また、このような取り組みを広く実施することは地域経済の振興につながり、地方の停滞した労働環境の改善や求人数の増加などに発展する可能性がある。

現在のところ一部の企業や事業体の取り組みとして行われているものであるが、雇用問題、社会保障問題、地域振興の問題など効果の大きさから見ると、非常に行政的な意味を持つ取り組みである。IT先進技術に関わる産業を地域に育成発展させることによって、様々な地域社会問題をより良い方向に導くという目的と見事に合致している。それらを考える時、同様の取り組みを周辺地域に拡充するために、自治体が何らかの支援を行い、早い段階で産業化することが求められているのではないだろうか。

以上のように、AIの機能や関連した業務によって、これまで不可能だった行政課題にアプローチできることは多い。IT先進技術を自治体で導入する場合には、内部業務課題への活用ばかりではなく、その技術が地域の行政課題全体にどのような効果をもたらすのかを検討し、行政経営戦略を構築することが重要になっている。

4.積極的なIT先進技術活用を目指して

(1)組織全体での検討
自治体でのIT活用は「AI音声認識技術=議事録作成業務」のように、一機能を単一目的にしか活用できていない現状があり、これは照会による先例主義の他にも次のような組織的な要因があると考えられる。
自治体内部は部門によって細かく区切られているため、一部門の課題を他の部門に共有することが難しい。実際にAI音声認識技術での課題改善を試した部門を見ても、福祉部門や教育部門、観光部門、相談業務を抱える部門と多岐に渡ったが、それぞれの課題の実情はIT導入を推進する企画・総務部門からは見えにくい。そのため行政課題とそれを解決するITソリューションとのミスマッチを避けるために、自治体組織の各部門を横断する会議体が不可欠である。
部門横断会議の中で充分な検討がなされなかった場合、現場部門は何のために活用するのか理解できないままIT利用を促され、一方IT導入推進部門ではIT利用を他部門にお願いしても進まず、終いには無理なIT活用で通常業務を邪魔する厄介者扱いされるなどの残念な結果となることが多い。そのような事態にならないために、IT導入によって多くの行政課題が解決できるという目的を、関係部門にしっかり理解してもらった上でITソリューションの導入運用に踏み切ることが重要である。とかく部門間の調整が複雑になりがちな自治体にあって、部門横断会議のリーダーは、行政課題の解決とIT活用の両方に見識と責任を持つ必要があり、IT活用戦略を、その達成に至るロードマップと数値指標を交えて示し実行することが求められる。

(2)行政課題解決へのアプローチ
名前が示すようにITソリューションは課題解決のために存在する。それはIT導入を検討する場合はまず経営課題や業務課題を特定し、その解決プロセスとしてITを導入するということだが、自治体はその管轄範囲が幅広く、課題の全体像を把握することは非常に難しい。手順は逆になり本来の進め方ではないが、ITソリューションの本質的機能から、それに関わる部門を導き出す方が検討は早いように思われる。例えばAI音声認識の本質機能は「聴覚を視覚に変換する」ことであるから、聴覚理解に課題のある部門は全て課題解決について検討する余地がある。聞こえない、聞き取りにくい、理解できないなどが含まれ、機能から課題への逆アプローチであってもその範囲は非常に広く横断的に取り組まなければならない。
一方、現在のIT先進技術は組織全体の在り方を変容させる存在になりつつある。それを踏まえた時、ITソリューションの本質的機能からの課題解決の検討であっても、他の自治体ではAI音声認識技術を議事録作成に活用しているという理由だけで文字起こし作業に限定して使うということではなく、翻訳や自動要約といったAI音声認識技術の全ての機能を十二分に活用するために関連する全ての部門で充分に検討を行い導入・運用を進めるのが良い。
また、組織全体の在り方を変容させるということは、これまでの業務手順や住民サービスの在り方も根底から変化することに等しい。従来の手順や手法を基準に考えるのではなく、最適な在り方をゼロベースから新規に構築していかなければならない。

5.IT活用と暮らしやすい社会

話し言葉を文字に自動変換するSpeech to Text機能は、聴覚障害者と健常者が同じ講義を受けられたらという発想から生まれた。文字を話し言葉に変換するText to Speech機能も同様に視覚障害者と健常者の壁を取り払っていくことになり、Web会議サービスによって移動の必要が無くなることで身体障害者の社会参画も大きく前進する。更にAIアノテーション業務によって難しかった障害者や高齢者雇用に明るい兆しが見えつつある。

「こんなこといいな、できたらいいな」というマンガの世界は既に夢物語ではなく、現実社会で実際に実現することができる。言い換えると、従来解決できなかった行政課題をテクノロジーによって変革できるようになっているということだ。昔の夢物語を、IT技術を活用して社会システムとして実現する仕事を自治体は行っている。それはとても取り組み甲斐のある素晴らしい仕事であると同時に、行政課題を一つ一つ解決していかなければならない重大な責務だ。
そのような時代に自治体職員に求められていることは、横並び主義から脱し自由な発想に基づいて新しい住民サービスを新しく構築し行政経営課題を解決していくことではないだろうか。技術的に可能な時代になっているとは言え、自治体が進めていかなければ、住民はその恩恵を受けられず、不便が解消することもない。
IT活用は従来のような単一的な業務改善ではなく、広範囲の行政課題を解決するための重要な要素になっている。そのことを認識し、今後のIT活用戦略と行政経営戦略とを連動させ、住民福祉を増進し、暮らしやすい社会を創り出していくことが、今の自治体には強く求められている。

澤田 徳寿(さわだ のりひさ)
NPO法人ITCあおもり理事
ITコーディネータ、上級システムアドミニストレータ、中小企業支援アドバイザー、電子政府推進員。経営戦略目標達成、経営課題解決のための経営支援・IT活用支援や 経営者向けIT経営セミナーの講師を務める。
2017年9月から2020年3月まで青森県庁総務部行政経営管理課でIT行革を担当。AI音声認識技術の自治体活用の推進、IT業務改善、IoT自治体事例セミナー、クラウド活用セミナーなどを実施。

 

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