1.はじめに
神戸市が、2018年に本格始動させた地域・行政課題をスタートアップ(成長型起業家)・ベンチャー企業と市職員が協働して解決するプロジェクト「Urban Innovation KOBE」(以下、UIK)ですが、運営開始1年の間に、13件の課題解決に取り組み7件の課題解決・6件の随意契約をするに至っています。
こうした成果が様々な自治体に評価いただき、共に課題解決に取り組みたいとお声がけいただいたことから、2019年11月には神戸市は姫路市や兵庫県など9つの自治体と連携し、「Urban Innovation Japan」(以下、UIJ)を始動するに至りました。
この取り組みにより、それぞれの自治体による試行錯誤が共有され、より納税者たる市民へ便益を還元できることを目指しています。
本稿では、成果を生み出したUIKの仕組み、また様々な自治体との連携をするUIJの枠組みについて紹介します。
2.UIKが誕生するに至った背景
(1)神戸市も直面する人口減少
日本全体の人口は2008年にそのピークを迎えましたが、政令市である神戸市も2011年のピークを境に人口減少局面に入っています。神戸市の人口減少の要因としては、他の自治体同様に①合計特殊出生率の低下(表1)②若年層の東京都をはじめとした首都圏への流出が近郊の自治体からの流出を大きく上回っていること、これら2点からなります。因みに、人口流入の多い東京都といえども、2025年をピークに人口減少局面に突入する(表2)とみられています。
表1 神戸市の合計特殊出生率
(出典)兵庫県HPより https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf02/hw07_000000009.html
表2 東京都、区部、多摩・島しょの総人口の推移
(出典)東京都HPより http://www.toukei.metro.tokyo.jp/kyosoku/ky-data.htm
こうした、日本全国が直面する社会課題に対処すべく、神戸市は、多様で活力ある地域社会を維持し、魅力あふれる都市として発展するために、次代を担う若者が集まり、交わり、彼らの希望が実現できるための様々な施策により、まちを活性化し、全ての市民に施策の効果が波及していくことを目指しています。現在、私たちの基本政策として、「健康・安全を守る」「輝く子どもたちの未来をつくる」「街と地域を創る」「神戸経済を伸ばす」「陸・海・空の拠点を作る」「市政改革を進める」といった6点を掲げていますが、これらの基本政策のハブ機能を担うのが情報技術、ITです。
神戸市は、2014年からロンドン・ニューヨーク・サンフランシスコをはじめ様々な行政の取り組みを視察していますが、その中でキーとなっていたのが「行政によるオープン・データ」です。日本国内の自治体でも「オープン・データ」に取り組む自治体は多いですが、行政による情報公開の域に留まっています。その一方で、海外での「行政によるオープン・データ」はオープン・ガバメントを目標としており、行政の保有するデータを活用した行政の変革(デジタル・トランスフォーメーション)を実装していたのです。
(2) 米国における行政によるオープン・データとその成果
2009年に当時のバラク・オバマ大統領が、その覚書(Memorandum on Transparency and Open Government)の中で、オープン・ガバメントには
① 「透明」:行政が自治体全体の資産であるデータを開示し、行政の取組・責任を明らかにする
② 「参加」:市民・民間事業者が参加し、行政の取組をより効果的かつより質の高いものとする
③ 「協働」:市民・民間事業者と協働するために、行政が積極的に先端の技術を活用する
の3つの要素が不可欠であると明記しています(図1)。
図1 オープン・ガバメント
(出典)the White House PRESIDENT BARACK OBAMA
https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/transparency-and-open-government
こうした思想を実際に体現していたのが、2014年にサンフランシスコ市で始まった「Startup in Residence(STiR)」でした。STiRとは、行政職員とスタートアップが行政の課題に取り組み、サービスの開発・実証実験をしたのちにその成果を発表するプログラム、いわば行政によるオープン・イノベーションです(図2)。高度に技術化が進展し、課題が複雑多岐にわたる現在では、一つの組織が課題を解決するためのすべての知識や技術を独占していることは非常にまれです。
図2 オープン・イノベーションの概念
(出典)筆者作成
成果の一例としては、サンフランシスコ市の社会福祉担当部局とBINTIというスタートアップが手掛けた、身寄りのない子供と里親を結びつけるためのプラットフォームの事例が挙げられます。手続きをデジタル化することで里親を希望する市民の手間を減らし、離脱率を下げる等の工夫により里親への応募数が3倍以上に伸びたほか、米国内の40の自治体で導入されるに至っています(図3)。
図3 BINTIのサイトページ
(3) 神戸でのオープン・イノベーション、UIK始動
こうした海外での先行事例を参照し、神戸市は、2018年より本格的に行政職員とスタートアップが協働し地域課題の解決サービスの開発にあたる、Urban Innovation KOBEを始動させました。神戸市によるオープン・イノベーションです。
なお、神戸市は本取り組みに際し、外部人材を積極的に活用しています。これは、利害関係者である行政職員とスタートアップを理解し、双方の利害をマネジメントするためには民間企業出身者の方が、より適正であるためです。いかに、行政職員として様々な企業を支援していたとしても、スタートアップの利害関係者(支援する投資家・想定する顧客・従業員・競合他社)やその戦略などについても、熟知しかつネットワークを有する人は少ないでしょう(図4)。
図4 スタートアップのステークホルダーマップと外部人材の意味
(出典)筆者作成
3.UIKの仕組み
こうした外部人材が、ハブとなり、行政職員から課題を抽出し一般に公開、さらに、スタートアップを公募・選考し、実証実験を主導しているUIKですが(図5)、そこにはいくつかの特徴がありますので、ここではいくつかの要素を紹介します。
図5 UIKの仕組み
(出典)筆者作成
(1)調達の改革。仕様書からの解放
行政のオープン・イノベーションであるUIKは、実証実験にとどまらず、開発に成功したサービスを少額随意契約(表3および表4)しています。これにより、行政職員はこれまでのサービスの調達プロセスである調達仕様書の作成・入札といった手順ではなく、課題の公開・協働の実証実験による開発といった新たなプロセスを経て調達をすることができます。なお、2019年11月には、少額だけではなく様々な案件においても随意契約をできる制度(※1)を実装いたしました。
そもそも、私たち行政職員はシステムの専門家ではありませんから、世の中の技術動向一般を理解した適切な仕様書を作成することは非常に困難です。また、システム自体が非常に良いものであったとしても、行政内のオペレーションにうまく実装することができなければ、高価なシステムであっても宝の持ち腐れとなってしまいます。
こうした、課題を解決するための手段、いいかえれば仕様書の作成自体不要であり、かつオペレーションを想定したサービス開発を協働できる場に、UIKはなっているのです。
表3 2018年度上期取組課題一覧
(出典)筆者作成
表4 2018年度下期取組課題一覧
(出典)筆者作成
(2)「千三つ」と「5割」。ある程度失敗を許容する
大企業の従業員でも行政職員であっても、大きな組織に所属する職員は、誰でも失敗を恐れるものです。これは、実施にあたって要した人的・金銭的な投資を考えれば当然のことです。しかし、現実に目を向ければ、「千三つ」の言葉のとおり新たな商品開発で当たるのは千件のうち三件程度といわれています。これまで多くの行政職員が課題解決に取り組みそれでも残っている課題を活用する、行政のオープン・イノベーションにおいても、何ら工夫をしなければ、その割合は余り変わるものではないでしょう。
しかしながら、UIKはKPI(重要業績評価指標)として、「5割の課題解決」を置いています。これは貴重な市民からの税金を活用している事業としては妥当な課題解決率であると、神戸市は捉えています。逆に言えば、5割弱は失敗することを許容しており、この寛容さにより、挑戦的な課題(例、従来型給与システムと大幅な経費削減など)にも果敢に取り組むことができているのです。
(3)7割の課題解決率。兎に角、課題を解決する
上記のとおり、5割の課題解決を目標としている一方、2018年の課題解決率は7割に達しています。
これには、いくつかの工夫がなされているのですが特徴的な要素としては以下3点です。
① モチベーションの高い職員の関与:庁内で課題を公募することで、組織内のモチベーションの高い職員を発掘する。
② 課題の選考:スタートアップが参加したくなる、解決可能でありかつ市場性が高い課題を選定。2018年度の実績は、課題件数15件に対し103社の応募。
③ 参加企業の質の担保:応募企業の公募にあたっては、神戸市内外の企業を対象とし広く参加を募ることで量を確保し、選考基準(会社規模・市場での評価など)と面談により企業の質を確保。2018年度の実績は、103社の応募のうち14社採択。
なお、こうした工夫は過去の経験から実装しているものであり、単純に前出のSTiRを導入するだけでは、課題の解決率は非常に低いものとなっていたでしょう。
(4)スタートアップ・フレンドリーなコミュニケーション。SNSと地元メディアの活用
前項では、参加企業の質を量により担保すると記載していますが、具体的な方法として挙げられるのがメディアの積極的な活用です。スタートアップの多くがFacebookやMessengerなどをメディアとして情報収集/発信のツールとして活用していることから、UIKにおいても、課題・実証実験の公開には市のHPだけではなくFacebookも有効活用し、連絡手段も旧来のメールではなくMessenger等を最大限活用しています。これにより、スタートアップはわざわざ市のHPを閲覧せずとも、またわざわざメーラーを立ち上げなくとも、情報に触れることができます。
また、もう一つの工夫として、UIKの事務局に地元メディアである神戸新聞が参画していることが挙げられます。この体制により、実証実験に際して地元紙への露出を行うことで、実証実験へ市民の参加を促すこと、また、採択されたスタートアップの認知度向上を実現できるのです。スタートアップがその認知度を向上することは、資金調達・従業員確保・利用者数の確保に直結しますので、非常にフレンドリーな工夫の一つであるといえるでしょう。
写真1 スタートアップと行政職員が打ち合わせ風景
(5) 参加企業による見本市。GovTech Summit(ガヴテック・サミット)
これまでは、行政職員にとってのメリットに言及してきましたが、次代の若者が集まる街づくりを実現するためにも、参画したスタートアップが事業を拡大できる機会を提供(※2)する、起業家の支援をする必要があります。そのための一つの場として、参加スタートアップによる行政職員への見本市、GovTech Summitを開催しています。
幸い、昨年度のイベントには連休の中日ながらも、300名を超える多くの方々にご参加いただきました。今年度も3月21日(土)に神戸での開催を予定しておりますので、よろしければお越しになられてはいかがでしょうか。
写真2 GovTech Summit 写真
(※1)スタートアップと神戸市が共同開発したアプリやシステムをスタートアップから随意契約で調達できる新たな制度
(※2)これまで2社が本社機能の移転、もしくは新たに事業所を開設
4.UIKからUIJへ
UIKへの取材や視察が非常に多かったことから、UIKで得られた知見を公共財として広く行政職員に共有したい、神戸市と同様にオープン・イノベーションに取り組む自治体と相互に情報共有することで課題の解決率を向上する・より大きな社会的影響を産み出す、より良い事業としたいとの思いから、神戸市は2019年11月よりUIJを始動させています。
なお、UIKへの問い合わせは大きく2つ、「UIKで成功した企業/モデルを紹介して欲しい」と「UIKと同様の事業に取り組みたい」に分類されます。このため、UIJにおいては各々の問いにあったプロジェクトを実装し、いずれのプロジェクトにおいても、神戸市の職員などからなる知見やネットワークを有する事務局が支援をする体制を敷いています。
これにより、様々な自治体の試行錯誤が自治体間で共有され、より望ましいオープン・イノベーションが実装されることを目指しています。
(1) 成功モデルの水平展開。UIJ for Expansion
UIKは前出のとおり、約7割の課題解決を達成済みですが、幾つかのモデルは他の自治体でも実装可能なものです。その一方で、神戸市で成功を収めたスタートアップが他の自治体の最善のパートナーとなるかは断言することができません。それは、当該企業のリソース(支店が立地していない、スタッフが足りないなど)上の制約や、行政側の制約(神戸市とは大きく異なるオペレーションとなっている)があるためです。このため、あくまで成功に至ったモデルを抽出し、改めて企業の公募を行うこととしています。
なお、これまでのところはUIKで成果を収めた企業がUIJ for Expansionにおいても採択されています。
(2)それぞれのオープン・イノベーション。UIJ
UIKと同様に、それぞれの自治体がオープン・イノベーションに取り組むプロジェクトです。神戸市においては、課題の解決に外部人材である行政職員が寄与しましたが、外部人材に依存するモデルであっては、全国の自治体にとって実装可能なものではありません。このため、神戸市の職員が、様々な自治体の行政職員や外郭団体などへ知見を共有することで、より多くの自治体がオープン・イノベーションを実装できることを目指しています。
現時点では、芦屋市および姫路市に参画いただきましたが、2020年度からはより多くの自治体と協働する予定です。
5.最後に
神戸市による民間企業とのオープン・イノベーションの取り組みはまだ緒に就いたばかりです。幸い、神戸新聞やNPO法人コミュニティ・リンクなどの頼れる委託先、および外部人材の有効活用により高い課題解決率を誇っていますが、人口減少・財源難の局面を迎えている日本全体を考慮すれば、こうしたノウハウは神戸市のみに留めることなく、また、他の自治体のノウハウ(千葉市の「ちばレポ」や、鎌倉市の「鎌倉市 くらしの手続きガイド」などの先行事例)も積極的に取り入れる「自治体間のオープン・イノベーション」を早急に進める必要があります。
私たち神戸市の得たノウハウについては、ご要望いただければ積極的に共有しますので、いつでも神戸市役所 新産業課までお問合せください。
中沢 久(なかざわ ひさし) 神戸市 医療・新産業本部 新産業部 新産業課 イノベーション専門官 2018年7月、大手通信サービス事業者から神戸市役所へ転職。前職では、Google・Amazon・Facebook・Appleなどの外資営業のほか、企業買収担当・タイでのサービス開発・フィリピンでのマーケット開拓などの経験を有する。 2019年には、Urban Innovation KOBEを神戸市の枠を超えたUrban Innovation Japanへと発展させ、官民および自治体間の連携を通じたイノベーションの創出に取り組む。 (問い合わせ先 神戸市新産業課 TEL: 078-322-0240、e-mail: new_industry@office.city.kobe.lg.jp) |