Nestaは1998年に英国政府の下部組織である科学技術芸術国家基金として設立された。2010年に非部門公的機関(Non-departmental public body)に変更された後、2012年からは慈善団体に移行するが、”Promote innovation and help ideas come to life(イノベーションを促進し、アイデアの実現を支援)”をスローガンに、グローバルハブとして、様々なツールやコンセプトを提唱している。健康、教育、政府、クリエイティブ、イノベーション政策の5分野に注力し、英国のみならず世界各国の公共機関への実行支援に取り組むNestaが考える市民参加型のスマートシティについて、Co-Head of the Centre for Collective Intelligence Designのピーター・ベック氏に話を聞いた。
取材・文/増田 睦子
1.コレクティブ・インテリジェンスとは
コレクティブ・インテリジェンスとは
コレクティブ・インテリジェンス(集団的知性)(Collective Intelligence:以後CI)とは新しい考え方ではなく、昔から学問として調査研究されてきました。わかりやすく言うと、「複数人のグループがどのように協力して知恵を絞り、チームでの成果をあげていくか」というものです。日本語で言うと「三人寄れば文殊の知恵」というのが近いかもしれません。個々の知識がそれぞれ活かされるというよりも、複数人の知識が合わさって発展的なものになるためにはどうすればいいのかということ。最近ではマネジメントの分野でどのようにすればチームが効率的に働くことができるかという研究がされていますが、これもCIの例と言えます。歴史的にみても、CIにはたくさんの素晴らしい事例があります。最近では、より多くの知識や能力をクラウドソーシングで集約するウィキペディアなどもその一例です。しかし、CIの考え方自体はインターネットが台頭する以前にも存在しており、初期の英語辞書制作などはその典型です。初期の辞書の作り方は色々な人が英単語をまとめ、書簡を送り、編集者がそれらをまとめるというものでした。つまり、様々な言語を話す人たちをクラウドソーシングしていたということになります。CIとはグループがいかにしてよりよく協業できるかいうことでもありますが、特にメンバーが異なるスキルを発揮し、その結果としてグループが最善の能力を発揮できるかが重要だと考えられています。昨今では動物が群れになったときに全体のふるまいがどう変化を起こすのかを調査し、人間が同じように集団になった際はどうなるかを調査する研究も進んでいます。
Nestaが提唱するCIとは
NestaではテクノロジーがCIをどのように支援できるかを考えており、小さなグループを作ってプログラムを実施しています。特に5つの主要領域にフォーカスしています。
1.リサーチ
2.プログラム作成
3.試験
4.ファンド
5.グローバルでの調整
取組の中核はCIを実務的に使えるようにすることです。理論やアブストラクトを作るだけではなく、人々がそれに基づいて実際に何かアクションを起こせるようにすることが必要だと考えています。
図1 Nestaがめざす将来像
2.自然言語処理×機械学習によるCI
Nestaは今後、CIのエクスペリメント(試験)に関してのファンディングを増やしていかなくてはならないと考えています。現在では75万ポンドの資金をCIに関わるイノベーション事業に投資しています。公共でもAI分野へは大きな投資を行っていますが、人間中心にフォーカスしているものは少なく、Nestaは別のアプローチをしていきたいと考えています。私たちは「自然言語処理で人間が効率的に作業をしていくためにAIを利用する考え方」を模索しており、現在2つの事例があります。
1つ目は機械学習でよく知られているアラン・チューリング研究所(英国政府によって2015年に設立されたAI研究所。https://www.turing.ac.uk/)、マドリッド市、Nestaの3者でのパートナーシップです。
事例①: マドリッド市の意思決定プラットフォーム:DecideMadrid
マドリッド市では市民参加型課題解決プロジェクト用のDecideMadrid(https://decide.madrid.es/)というディシジョンメイキングのプラットフォームを提供しています。市民がアイデアを提案し、お互いに投票し、その結果一番いい内容につい
てファンドから資金を与えることができる仕組みです。しかし、プラットフォームの問題点は特定の票数(約8万票)に達してしまうと、プラットフォーム上で同じ問題を抱える人を見つけることが難しくなってしまうことです。
特に市民から課題として提案されやすい自転車や森林に関する問題で起こりやすい状況でした。そこでNestaとアラン・チューリング研究所が機械学習を利用し、マドリッド市のプラットフォーム上で同じ問題を抱える人を結びつけ、自治体に対して課題解決を促し、市民がロビイング活動を行えるようサポートをしています。
事例②: 香港の食糧・ボランティア・助けを必要と
する人々をつなぐRed line
2つ目は香港での食糧難を解決するために機械学習を使っているRed lineというプロジェクトです。機械学習を利用して、ホームレスや貧困家庭といった食糧難の人たちと寄付された食料、ボランティアを適切につなげるシステムです。
事例③: 英国教育省とタイアップした労働市場の分析
3つ目は今後プロジェクトの中でCIを様々な方法化にしていくために、英国教育省と協力しているキャリア テック チャレンジという取組です。AI等による業務自動化によって仕事を失う可能性がある人、経済状況の変化で失業する可能性がある人、これらの約600万人をどうサポートするかを考える取組です(図2)。
図2 英国教育省と取り組むCIを利用したCareer Tech Challenge
労働市場は変化が激しいので、その中で失業可能性のある人たちを支援するためには現在の市場と将来の市場でどのような仕事が求められ、またスキルが必要になるかを見極めなくてはいけません。従来型の統計手法では3 ~ 4年かかり、それが判明する頃には時代遅れな結果となりますし、その結果をアップデートするのにまた追加の時間がかかってしまいます。そこでNestaでは労働市場の分析にCIを利用していきたいと考えています。このプロジェクトの場合、機械学習を使って5年間4,100万件の求人情報を分析しています。リアルタイムの情報を使うことで職業の変化の全体像をつかみ、どういったスキルが今必要とされていて、今後はどのような変化が見込まれるかを見ていきます。「看護師」とい
う職業を例に見てみると、5年前の求人情報で求められているスキルと現在の求人内容で求められているスキルが大きく変化していることがわかります。リアルタイムの情報を分析、追跡することで求職者に適切なアドバイスをすることができます。
3.スマートシティへのCI活用
過去5 ~ 6年、Nestaもスマートシティについて取り組んでおり、いくつかのペーパーを発表してきました。スマートシティは時間の経過とともに大きく進化を遂げてきましたが、都市への実装に当たっては失敗もたくさんありました。スマートシティの最初の例としては韓国の松島(ソンド)、アブダビのマスダールシティが挙げられます。これらは建物も街のシステムも新しいものを投入し、ハイテク都市として登場しました。テクノロジーとしては最新のものを実装しましたが、結果として人々が住める機能を果たす都市ではないことがわかりました。スマートシティの進化の第二フェーズはパイロットプロジェクトとして既存の大都市であるパリ、ロンドン、東京などをスマートシティ化するというものです。この場合コマンドコントロールは一元化することで行われます。都市に設置したセンサーなどで、水の流れや交通情報を収集し、そのデータを一元化して政策立案のための情報として利用します。これらのモデルは世界中で実装されています。この場合、大手の企業や組織と都市がパートナーシップを組むことになります。中国とアリババ、カナダとグーグルといったように企業との協働が主になります。第三のフェーズはテクノロジーを使って人々をどう参画させ、都市のニーズを洗い出し、どう街を進化させていくかを探ることになります。Nestaのリサーチでもモビリティ、ヘルスケア、教育、都市開発、ビジネス支援などに市民が生成したデータを使い、スマートシティへ役立てていくためのアイデアをまとめています。
事例④: インドネシア・ジャカルタ市の災害マップ Peta Bencana
市民が実際に参加している例としては都市の汚染感知や環境問題などが典型的です。インドネシアのジャカルタにPeta Bencana(ペタ・ベンカナ https://petabencana.id/)というプロジェクトがあります。ジャカルタは世界で最もTwitterが使われている都市のひとつです。大雨が降った際、どこで降水量が増えているか、浸水被害がどこで起きているかなど、市民が投稿した大量のツイートからリアルタイムの情報を得ることができます。市民がSNSに投稿したそれらのデータと、政府のデータを組み合わせ、マップ化することにより、モビリティにおける実際の課題に対応できるプロジェクトです。
事例⑤: 都市の舗装をサイクリングやランニングのデータから導くストラタメトロ
A地点からB地点までサイクリングやランニングでどのくらいの時間かかるかを計算できるストラタメトロというアプリがあります。アプリ上で市民が入力した情報を都市計画のプランナーが利用し、今後どの地域で新しいサイクルレーンを作ったり、舗装したらいいかを検討することができます。サイクリングをして通勤している人がどの道を利用しているかをデータから把握し、都市計画へつなげます。
事例⑥: 障碍者が作るグローバルな車いすマップWheel Chair mapとProject Side Walk
車いすを利用している障碍者がそれぞれの都市の公共交通機関やレストラン等の商業施設で車いすがフレンドリーに利用できるかをマップ上にグローバルに作る取組です。シンプルですが、このマップを自治体が利用し、障碍者向け施設をどこに作ればいいかを検討する情報として役立てられています。同じく、Project Sidewalk(プロジェクトサイドウォーク https://sidewalk-sea.cs.washington.edu/)という米国のプラットフォームでは、グーグルマップにログインすることで、どの道にカーブがあり、スロープが適切に設置されているかの情報が入力できるようになっています。
4.市民参加型スタイルのCI
上記に挙げた例のように市民の参画方法には能動的・受動的なものがあります。アプリでデータを共有するだけのものもあれば、よりアクティブに市民自らが参加していくというやり方(Wheel ChairmapやProject Sidewalk)もあります。次に、市
民参加型のスタイルがよりアクティブな例をご紹介したいと思います。
事例⑦: 心肺蘇生処置(CPR)ができるボランティアが現場に駆け付けるアプリGoodSAMapp
GoodSAM app(グッドサムアプリ https://www.londonambulance.nhs.uk/getting-involved/goodsam-app/)は誰かが心臓発作を起こしたとき、アプリに情報を入れるとCPRができる最寄りの登録者に通知が行くというものです。Nestaはロンドン市内でグッドサムアプリを使うための助成金が与えられ、ロンドン救急隊の救援サービスと組み合わせてこの資金を使っています。ロンドン市で救急隊が呼ばれた際、アプリを通じて現場の近くにいる3人の登録ボランティアにメッセージが送られます。心肺蘇生は救急車が到着する前の5秒でも10秒でも早く処置を行うことで患者の予後が大きく変わります。この取組はCI型とテクノロジー型のスマートシティアプローチを組み合わせた例と言えます。
事例⑧: パリ市の予算を市民が決める提案・投票型プラットフォームIdee Paris
パリ市では世界最大規模の5年間で5億ユーロの予算を投じ、市民がアイデアを出し、市民同士が投票し、どのように予算を割り振って使っていくのかを決めるというプラットフォームIdee Paris(イデーパリ https://idee.paris.fr/)を運営しています。非常にアクティブな市民の参加が促されている例です。マドリッドの例もあげましたが、世界中でこのようなプロジェクトが進んでいます。
事例⑨:Nesta×GovLab(米国)の取り組み
NestaではニューヨークにあるGovLabと協働し、より市民と行政の協業を重視した取組みを進めています。スマートシティに関して、NestaではすでにCIを使った個別の適応例を特定していますが、今後さらにスケールアップしていくに当たって障壁
となるのが組織間のスピードの違いです。政府はトップダウンで階層化されており動きが鈍い一方、クラウド(市民)はカオス化し、問題ベースでアジャイル(俊敏)に動いていきます。我々はこの2つがどうコラボレーションしていくか、実務的な見地で協働の方法をデザインしていかなくてはならないと思っています。今年の4月にこの研究結果について発表をしますが、市民参画型の取組みを進めていくには最善の方法を考えなくてはならないと思っています。
5.今後のスマートシティの展開
今後のスマートシティが向かう方向とCIの活用
スマートシティはこれから様々な方向性が考えられますが、主に3つのシナリオがあると考えています。
1. 中国のスマートシティのようにしっかりとコントロールされたもの
2. グーグルが提供しているサイドウォークラボのような企業が主導するもの
3. バルセロナ市のようにテクノロジーを活用し、アクティブな市民参画を目指していくもの
どのようにクラウド(市民)を使い、どのレベルでコントロールし、どの程度の自律性をもたせるかを検討しなくてはならないと思います。そのためには市民が正しい選択をできることが重要ですので、都市側もテクノロジーをどう活用するか、コントロールのレベルとテクノロジーの活用、システムの適切性を考えなければいけません。世界的にみると、テクノロジーが主体になっている都市も見受けられますが、それは管轄する行政のどの部門がスマートシティのリーダーシップをとっているかによります。政治的・社会的な部分にフォーカスしている部門もあれば、長期的な社会影響を考えて主眼とする部門もあるでしょう。私自身としては、スマートシティは市民に対してどれだけエンパワーメントできるかを考えるべきだと思っています。バルセロナと北京ではそれぞれの文化的背景も政治的状況も違うように、スマートシティを進めるには政治的、文化的背景を考えてデザインする必要があります。それを考えないと、テクノロジーと市民が敵対化した関係になってしまいます。AIのエージェントが全て何かを決めてしまう状況において、なぜ、どうしてその決定プロセスなのかを人間も理解しなくてはなりませんし、テクノロジーが選択肢に対してどういう影響を与えているのかをはっきりさせないと、信頼が崩壊してしまう可能性があります。監視カメラやモニターといったテクノロジーを利用する場合でも、文化的、政治的背景の兼ね合いを考え、その必要性や決定プロセスを人間側も理解していなくてはならないと思います。
行政職員に求められるリテラシーとは
今後のスマートシティでは、コントロールと自律性を両立させていかなければなりません。この大きな課題に取り組むに当たり、カギとなるのは、往々にしてスマートシティは技術部門が主導して行うパイロットプロジェクトになりがちだという点です。しかしスマートシティはテクノロジーに限らず、将来的には教育や医療も含めて全てのすべてのコアな部分に関わってくるものだと思います。ロンドン市におけるスマートシティはもはやパイロットではなくコアなものになっています。さらに米国GovLabの様々な取組から見えてきたこととして、公務員は
調査や研究の中で外部の市民とのインタラクションがより一層必要になってくると思っています。市民の意見を反映しながら意思決定につなげていく方法を学んでいくことが必要です。専門家からの洞察を得ながら、クラウドの意見も尊重していく。リアルタイムにそれらを取り入れていくことが重要です。データサイエンス等スマートシティに必要なものがありますが、それは比較的簡単に導入できるでしょう。しかし市民と専門家の情報や意見を意思決定に取り入れていくことは、そのやり方や度合いも含め、ニュアンスを理解することが難しいという点で課題だと思っています。
図3 Nestaが発行しているCIを理解するために役立つレポート
ピーター・ベック(Peter Baeck) Nestaコレクティブインテリジェンスデザインセンターの責任者。 |