1.人口減少社会と時代背景
日本の人口が1億2,808万をピークに減少をし始めたのは2008年のことです。1920年に国勢調査を始めて以来、日本の人口は戦争の惨禍を挟みながらも増加を続けてきましたが、今から10年前に人口は減少し始めました。2019年3月時点の概算値が1億2,622万人で、2053年には1億人を下回ることが推計されています。同じ2008年には、リーマン・ショックが起きました。国外のたった一つの金融機関の破綻が、海をやすやすと越えて日本の株価を1年間で約42%も下落させるほどの大きなインパクトをもたらしました。サブプライムローンの焦げ付きに端を発するこの世界規模の金融危機は、資本主義経済が実体をともなわない不安定なものであることを露呈させました。
そして2011年には、未曾有の大災害である東日本大震災と福島原発事故が発災します。その被害は、死者15,898人と行方不明者2,531人(※1)だけではなく、ピーク時の避難者は40万人以上(2019年9月現在で約5万人(※2))、建物の被害は全壊・半壊合わせて約40万戸(※3)にのぼりました。
このような私たちの生活の足元が揺らぐような出来事が21世紀の初めに立て続けに起きたわけです。けれどもその『予兆』は、もう少し早く来ていたように思えます。この『予兆』に気づけなかった、あるいは気づいていたけれど何もできなかったことが、人口減少と構造的な課題が山積する状況を作り出してしまったのではないでしょうか。21世紀を迎えようとする時代状況を振り返ると、その思いを強くします。
順序は多少前後しますが、1990年にバブル崩壊が始まりました。実体と離れて土地の価格が上昇し、どのように利回りを計算しても永遠に回収できないような金額で売買されるようになり、株式市場も1989年の年末大納会には過去最高の3万8,915円87銭を記録しました。けれども、いわゆる「総量規制(※4)」をきっかけに1990年10月には株価は2万円を割り込み、バブル経済が字のごとく泡のようにはじけてしまいました。そして、1995年には阪神淡路大震災が発生しました。死者6,434人の記録(※5)は、戦後では東日本大震災に次ぐ規模の被害でした。また見逃されがちなデータですが、同じ1995年には「生産年齢人口」が減少し始めました。人口減少がもたらすインパクトで最大のものは、この「生産年齢人口」の減少です。0歳〜14歳を「年少人口」、65歳以上を「高齢者人口」と呼び、その間の15歳〜64歳を「生産年齢人口」と定義されています。その推移に注目する理由は、「生産年齢人口」が社会を支える側(担税力ある世代)として位置付けられるからです。この世代の減少が始まったのは、まさに1995年からでした。特にここ5年の数字を見ると高齢化のスピードをわかりやすく掴むことができます。この5年間で15歳を超えた若者は597万人しかないのに対し、65歳を超えた高齢者は1,011万人もいます(※6)。生産年齢人口は15歳から64歳と世代の幅が広いので割合だけでいうと、急激な変化を感じにくいのですが、出入りで見ると愕然としたスピードを意識しないわけにはいきません。
(※1)警察庁発表「東北地方太平洋沖地震の警察措置と被害状況」2019.9.10
https://www.npa.go.jp/news/other/earthquake2011/pdf/higaijokyo.pdf
(※2)復興庁発表「全国の避難者数」2019.9.27
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/subcat2-1/20190927_hinansha.pdf
(※3)警察庁発表「東北地方太平洋沖地震の警察措置と被害状況」2019.9.10
https://www.npa.go.jp/news/other/earthquake2011/pdf/higaijokyo.pdf
(※4)大蔵省銀行局長通達「土地関連融資の抑制について」1990.3.27
(※5)消防庁「阪神・淡路大震災の被害確定について」2006.5.18
http://web.pref.hyogo.lg.jp/kk42/pa20_000000015.html
(※6)2010年と2015年の国勢調査に基づく調査
2.課題山積国「日本」
そうした社会構造の変化を踏まえて地域社会を眺めると、山積する課題の多くが一昔前には存在すらしなかったことがわかります。
例えば、空き家対策。どこの自治体も打つ手に乏しく、頭を抱える課題です。けれどもかつては地方自治体が、公営住宅整備という形で土地を買い、造成をし、団地を作ることさえもした時代がありました。しかし、今では核家族化や東京一極集中が進み、全国には空き家だらけ(空き家率13.6%、空き家総数約846万戸(※7))という状況です。例えば、防災対策。災害も多様化していて、地震だけを気にしていればいいかと言えばそうではなく、台風や大雨による土砂崩れ・洪水、自然災害による停電・断水等インフラへのダメージ、夏に40度をうかがう酷暑の発生や、冬の都心での大雪など明らかに災害の質の変化が見てとれます。また、たとえばタワーマンションの防災を考えると、停電によりエレベーターが使えなくなったり、町内会・自治会のようなコミュニティに依存できなかったり、と一昔前では想像できないような課題として迫ってきます。他にも挙げればキリがないですが、一人暮らし高齢者の見守りや看取り、教育現場に向けられる英語やプログラミングなどの多様なニーズへの対応、道路・トンネル・橋などの老朽化対策、自然エネ・再生エネの活用など、どれも時代社会の構造的変化に伴って生じた課題ばかりです。
(※7)総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査」2019.4.26
https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/pdf/g_gaiyou.pdf
3.行政だけでは解決できない。民間にはそのリソースがある。
本来であれば、ここで行政の出番、とも言うべきところですが、残念ながら行政だけではこれらの課題を解決することができません。逆説的に言うならば、行政だけでは解決できないからこそ、これらの問題が顕在化していると言ってもいいと思います。なぜなら、行政は本来的には住民福祉の増進を図るために、地域課題解決をミッションとしている組織だからです。詳しくは触れませんが、職員の数も減り、自由に使える財源もなく、そもそもノウハウがない、というのが実情です。ですので、行政だけに課題解決を期待することはできません。
一方民間には、このような地域課題に対してのソリューションとなりうる、サービスやプロダクトがあります。特にテクノロジーの進展にともなって、大企業ではなくベンチャーやスタートアップと呼ばれるような企業の方が、そのスピード感や柔軟性から、より地域課題解決に資するソリューションを開発している可能性もあります。また、それらがビジネスのシーズやニーズになりえるのです。
4.連携の難しさには、官民それぞれに理由がある
ここで、すぐに官民がタッグを組んで地域課題に当たることができれば、解決は前に進むはずですが、それがなかなか難しいのも実情です。
まず、そもそも行政は民間と連携することに長けていません。工事や業務を発注することには慣れていても、なかなかイコールの立場で民間と連携して課題解決に当たるということを習慣にしてこなかった組織です。ですので、どれだけ優れたソリューションを持った企業とやりとりしていても、あるいはどれだけ良く地域の実情をわかってくれる企業がいても、「入札」というハードルをわざわざ作ってしまいがちです。また、議会から「なぜ役所が自前でやらないのか」「地域外の企業と組むなんてとんでもない」などという横槍を入れてくる議員もいます。また、公務員文化のようなものも邪魔します。特に許認可を持った部署の職員は、民間企業や市民に対してマウントポジションを取ろうとしてきます。提案書を持っていけば、重箱の隅を爪楊枝でつつくような指摘をされ、求められるままに見積書を出せば「半額で出しなおして」とにべもなく言われるなど、「いわゆる業者」として下に見てくる姿勢です。また、「仕事は勘と経験と人脈でするもの」といった常識にとらわれていて、中年男性の管理職の口からは「俺の若い頃は」という言葉が普通にこぼれ出し、データやエビデンスが横に置かれて、結局市民ニーズや地域課題は履き違えられたままになることも「よくあること」です。
一方で民間も、行政と組む、という発想を最初からは持っていません。あくまで行政は、ビジネスのステージを上げていく中で壁や可能性として認識されるのであって、最初から連携する対象として事業計画に位置付けられていることは滅多にありません。さらに、行政との連携の必要性が出るくらいに成長したとしても、どうやって連携をすればいいかわからないというケースが多いのではないでしょうか。そもそもの予算決算のスケジュールを理解していることは少ないでしょうし、議会のプレッシャーの感じ方を公務員と共感することも難しいでしょう。また、一部の事業者の中には社会課題を売り物にして、行政からの補助金をひな鳥のごとく口を開けて待っていたり、「まちづくりコンサル」を名乗る謎のコンサルタントに騙されたりすることもあります。まだまだ護送船団方式や官製談合といった「古き良き時代」を夢見たりする事業者がいることも確かです。そのほか、立ち居振舞い、言葉遣い等々、役所の壁は高いようです。
5.だからこそ「ガバメント・リレーションズ:GR」が必要
ここで、日本版GRの必要性が明確になります。
まず、言葉の定義ですが、日本版GRとは「地域課題解決のための官(政治/行政)と民(企業/NPO /業界団体等)の戦略的かつ良質な関係構築の手法」と定義づけています。これまで述べてきたように、官と民の間に横たわる深い溝に橋が架かれば、地域課題解決が前に進みます。そのためにも「官」という昭和の様相を色濃く残した組織と、「民」というスピード感やコスト意識の違う組織を結びつける技法が整っている必要があります。まさに、それが日本版GRです。一つ注意したいのは、「Government Relations」は、英語では「ロビーイング」という意味で使われている点です。しかし、日本において「ロビーイング」というと、イメージが「業界団体の既得権益を守る」とか「特定の会社の利益を最大化する」と言った具合に手垢が付着しています。ですので、定義について正確に論じるときは「日本版GR」とするようにしています。日本では「PR:Public Relations」という言葉は人口に膾炙していますので、GRについてもその意味を想起しやすい土壌が日本語にはあります。ですので、あえて和製英語として「日本版GR」を、地域課題解決のためになくてはならない手法として、確立していきたいと考えています。
■日本版GRの分類■ 日本版GRという概念そのものが敷衍しているわけではないので、これまで用いられてきた手法も含めて下記で紹介したいと思います。実際は、こうした手法をベストミックスさせて課題解決に当たることが望まれます。
アドボケイト(advocate:提唱する)と語源を同じくし、「弁護」や「主張」などを意味する言葉である。そこから派生し、社会的課題の解決へ向けた市民による働きかけ、政策形成や政策変更、世論形成を促す活動を指す。 現在、NPO・NGO では大きく2つの意味で使われている。1つ目が政策を変えるように直接呼びかける政策提言を指し、加えて2つ目はキャンペーンや広告など課題に対し多くの人の関心を集めるための活動を指す。
個人や団体が政治的影響を及ぼすことを目的として行う政治活動のこと。古くは、ホテルのロビーでくつろぐ大統領に陳情をしたのが始まりと言われる。 日本では、業界団体等によって、その利益確保のために政治家や公務員らに陳情・圧力・献金などの活動を行うことを「ロビー活動」と呼んできたが、実際は社会課題解決のためのルールメイキングを促すためにも「ロビー活動」は有用である。
公共的側面からみた企業広報活動(PR活動) を指す。企業が自社のビジネス環境構築のためにステークホルダーと対話をする活動のことをいう。例えば従来にない新しい製品やサービスが世に出るとき、消費者へ向けた世論向けの活動と、規制や法律など制作関係者向けの両側面からの取り組みが必要となる。このような企業と関係のある消費者・行政・地域社会・報道機関などとのコミュニケーション全般が対象となる。
主に、計画策定や調査等の業務支援活動を指す。コンサルティング、略してコンサルと称される事が多い。コンサルティングの本来の意味は「相談する」だが、対応する日本語は無く、実際の業務は相談に乗るだけでない。発注があれば、行政情報システム・計画策定・人事戦略など多岐にわたる視点から支援を行う。
官と民がパートナーを組んで事業を行う官民の協力形態を指す。単純に、官民連携ともよばれる。1990年代にイギリスで始まった民間資金を活用した社会資本整備(PFI=Private Finance Initiative)を発展させた概念。指定管理者制度やコンセッション方式などについても、この考え方が出発点となっている。
地方公務員の総数は1994年の328万2千人をピークに減り続けるものの(※8)、市民ニーズは多様化し役所はその対応に追われている。そこで、例えば電話による問い合わせを一括して外部に委託することで、日々の業務を電話で邪魔されることなく遂行することができるようになる。また、包括委託とすることで、個々別々の部局が電話対応するよりも、横断的に対応できるためサービスレベルを高めることもできる。職員労働組合からの反発などもあり自治体によってその進捗は様々だが、業務の効率化や質の向上を図る手法として確立されている。 特に汎用性が高く標準化・共通化可能な業務が馴染みやすい。具体的には「コールセンター業務」「代表電話案内」「庁舎総合案内」などが一般的で、「滞納債務の訪問督促」「水道メーター検診・料金徴収業務」など特徴的な事例もある。また、通常業務のBPRとシステム構築を合わせて委託し、より高い効果を上げることを狙ったアウトソーシングも、岐阜県などは古くから取り組んでいる(※9)。
首長の権限の範囲で取り交わす、自治体と企業等との協定書。複数者による協定となることもある。かつては、例えば防犯対策や情報連携のために、警察署と市役所などの異なる行政組織間で締結されることが多かったが、昨今は企業による新サービスの実証フィールドの提供などのために、民間企業等と締結されることが多くなってきている。ただ、大手企業に多い残念な事例として「協定を結ぶこと」それ自体がゴールとされているようなケースも散見される。 |
(※8)2018年は273万2千人。総務省自治行政局「地方公共団体定員管理調査結果」2019.3
http://www.soumu.go.jp/main_content/000608444.pdf
(※9)基幹系情報システムの再構築・運用を柱としたアウトソーシング契約をNTTコミュニケーションズと結んでいる。
https://tech.nikkeibp.co.jp/it/members/NC/ITARTICLE/20010328/2/
6.GRの具体的事例
最後に、GRが機能している2つの事例を取り上げたいと思います。
- 小規模保育事業所:
認定NPO法人フローレンスは、2010年から待機児童問題の解決のため、空き住戸を使った「おうち保育園」をスタートしました。それまで保育所の設置基準に20人以上の定員が定められていたため、この時点では任意の認可外保育施設でした。けれども、代表の駒崎弘樹氏は、都内で定員20人を受け入れるほどの土地建物がそもそもないために、慢性的な待機児童が発生していると考え、実験的な取り組みとして江東区に「おうち保育園」を開設しました。駒崎氏は戦略的に国会議員や厚生労働省の官僚に視察を促し、その必要性を訴えました。その一方で、他の自治体も巻き込みながら16箇所で「おうち保育園」を展開し、実績づくりも行いました。2012年7月には「全国小規模保育協議会」という団体を作り、業界団体の代表として厚生労働省の審議会委員となり、現場からの意見を国の政策形成プロセスの中で届けていきました。その結果「小規模認可保育所」として政府の「子ども・子育て支援新制度」に位置付けられ、2015年から制度がスタートし現在では全国に4,200箇所以上も展開する取り組みとなりました。
- 電動キックボード:
株式会社Luupは、電動キックボードをはじめとした電動マイクロモビリティのシェアリングサービスを事業としているベンチャー企業です。すでに電動キックボードのシェアリングサービスは欧米では利用が進んでおり、アメリカの「Bird」というベンチャー企業は、2017年の創業からわずか9カ月で時価総額1,000億円超え、世界最速でのユニコーン企業となっています(※10)。販売を除いたシェアリングだけでも2025年時点で4 ~ 5兆円に達することが見込まれているほどの市場規模です(※11)。
しかし、現在の日本の法制度では、電動キックボードは「原付バイク」と同じ扱いのため、機体にはライトやナンバープレート、利用者にはヘルメットと運転免許証などを求めることになるため、欧米での爆発的普及のような広まりが期待できないでいます。
そこで株式会社Luupの代表取締役社長の岡井大輝氏は様々な自治体と連携し、公道ではない公園などの市有地での実証実験を行い、利用者の声や安全性に関わる実証データを取得することを模索しました。自治体にとっても、観光地最寄りの駅からのバスやタクシーが用意できない二次交通の問題や、過疎地域における公共交通のあり方などは、喫緊に解決しなければいけない地域課題です。感度の高い自治体の首長との良質なコミュニケーションを皮切りに、2019年4月には国内では初となる自治体(浜松市・奈良市・四日市市・多摩市・横瀬町)との連携協定を締結し、例えば浜松市では市立の公園内で、横瀬町とは林道とはいえ公道上で、他にも各自治体と様々な形態で実証実験を実施しています。まだ道半ばという段階ではありますが、3輪・4輪モデルも開発し高齢者の普段使いの足としても有効に機能させていく方針です。
また、認定NPO法人フローレンスの事例と同様に業界団体を立ち上げました。「マイクロモビリティ推進協議会」という団体の会長に岡井氏が就任し、経済産業省の「多様なモビリティ普及推進会議」のメンバーとして積極的に発言をしています。実際に、横浜国立大学キャンパス内での実験が複数の事業者とともに「新技術等実証制度(規制のサンドボックス制度)」に認定されました。今後も国へのロビーイングと地方自治体との実証実験を重ねて、公道を走ることを前提としたビジネスモデルを描いていこうとしています。
(※10)2019年10月の資金調達時の評価額では25億ドル。
(※11)ボストンコンサルティンググループ「The Promise and Pitfalls of E-Scooter Sharing」2019.5.16
https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2019/promisepitfalls-e-scooter-sharing.aspx
吉田 雄人(よしだ ゆうと) 1975年生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、アクセンチュア、早稲田大学大学院(政治学修士)、横須賀市議会議員を経て、横須賀市長に33歳で就任(2期8年)。2017年に市長退任後、GRコンサルティングを行うGlocal Government Relationz株式会社を設立し、現在に至る。その他、GR人材育成ゼミ(通称:吉田雄人ゼミ)の主宰や、少年院・児童養護施設等を退院した若者の自立支援を行う「NPO法人なんとかなる」の共同代表などを務めている。 |