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2019.08.09

2019年08月号トピックス ユーザー視点で考える行政にとってのブロックチェーン技術の意義―「ブロックチェーン技術が行政に与える影響に関する調査研究」を踏まえて―

一般社団法人行政情報システム研究所
調査普及部長/主席研究員 狩野 英司

1.ブロックチェーン技術はなぜ分かりにくいのか

 近年、政府や自治体で導入に向けた取組が進む人工知能(AI)、ロボティクスなどのいわゆる新興技術群(Emerging Technologies)の中でも、最も掴みどころがなく、理解が難しいのがブロックチェーン技術(※1)であろう(以下、同技術を「BC技術」と呼び、当該技術を用いて構築される仕組を「ブロックチェーン」と呼ぶ)。AIRPARoboticsProcess Automation)は、予測や識別結果を目に見える形で出力したり、人間が行っていた作業を自動化したりするので、どんな便益があるのかイメージしやすい。これに対し、BC技術は情報システムの基盤部分で動作する仕組であるため、どんな便益を行政にもたらすのかイメージがつきにくい。かつてクラウドコンピューティングが登場したときも、やはり目に見えず、理解しにくいこともあって、しばらくはバズワード程度にしか扱われなかった。その後、コスト削減等の効果が明確になるにつれて捉え方が変化し、ようやく一昨年、日本政府でも「クラウド・バイ・デフォルト」の方針が掲げられるに至った。しかし、ブロックチェーンは、クラウドよりもさらに分かりにくい。行政分野でのブロックチェーンの事例としてよく挙げられるのが電子投票である。電子投票の意義や効果はあたかもBC技術によって実現したかのように解説されることがある。しかし、電子投票は実際にはBC技術だけでなく、認証技術その他の様々な技術を組み合わせて初めて実現できるソリューションである。さらに言えば、BC技術がなくても電子投票は実現できる。では、BC技術ならでは便益とは何なのだろうか。

ブロックチェーンの意義は、記録の真正性を組織や人間によってではなく、仕組によって担保することにある。これはどういうことか。通常の情報システムでも、多重の防護策によってセキュリティを確保しようとしている。しかし、記録が真正であると信じられるかどうかは結局のところそれを保管する組織への信頼にかかっている。我々が銀行にお金を預けるのは、預金の帳簿記録を銀行が勝手に書き換えたりしないと信用しており、政府もそれを監督していると信じているからである。聞いたこともない企業に数千万円の預金を預ける人は、たとえ情報セキュリティが100%保証されていたとしてもいないであろう。しかし、ブロックチェーンを活用すれば、仕組そのものによって記録の真正性を担保することができる。近年、内戦や紛争で統治が不安定な地域や難民キャンプ、役人による腐敗がひどい国家等において、国連を始めとする国際機関がBC技術を使って本人認証や台帳記録の仕組を作ろうとする取組が拡がっているのは、BC技術にこうした特長があるからであろう。

では、統治が確立し、腐敗もほとんど起きない日本のような国では、BC技術は役に立たないのだろうか。実際には、日本でも、先進諸国でもブロックチェーンの活用に向けた取組は様々な形で進められている。表は最近行われている日本の公共分野での取組とそれに相当する諸外国での取組のうちごく一例を示したものである。

最近では、毎日のようにこうしたニュースが世界中を駆け巡っている。取組の多くはいまだ実証実験段階だが、先進国・途上国を問わず、様々な分野で新たな用途が日々、開発されている。

もちろん他国で取組が行われているからといって自らも導入する必然性はなく、投資に見合う便益がなければならない。そして、得られる便益を見極めるためには、BC技術が要素技術として、何の役に立つのかを明確にしておくことが必要である。しかしながら、そもそもBC技術は定義からして曖昧・多義的である。その結果、BC技術による便益とソリューション全体がもたらす便益の線引きも曖昧なままとなっている。

こうしたユーザー側の視点でのBC技術の便益の分析・整理は、ほとんど行われていない。筆者の所属する一般社団法人行政情報システム研究所では昨年度、株式会社三菱総合研究所の協力を得て、「ブロックチェーン技術が行政に与える影響に関する調査研究」(以下「本調査研究」という。)を実施したが、その中でも特に注力したのがこの部分であった(※4)。

表 国内外の公共分野におけるBC技術活用に向けた取組(予定も含む)(一例)

(出典)行政情報システム研究所、ブロックチェーン技術が行政に与える影響に関する調査研究報告書より抜粋

 1  BC技術は、しばしば分散台帳技術(Distributed LedgerTechnologyDLT))と並置されるが、当該技術を構成要素として取り込んだ概念と言えるので、本稿では、DLTも含めて「BC技術」と呼ぶ。

2 KYCKnow Your Customer):本人確認に係る書類や手続の総称

3 ICOInitial Coin Offering):新規仮想通貨発行

4 https://www.iais.or.jp/reports/labreport/20190618/bcreport/

 

2.そもそもブロックチェーン技術とは何か

 よく知られるように、ブロックチェーンは、サトシ・ナカモトと名乗る人物が発表した論文で、暗号資産ビットコインを創出・運用するために提唱された技術である。これは、いくつかの既存技術の組合せによって生み出されたものであり、個々の技術自体に目新しいところはない。スマートフォンやタブレットが、既存技術を組み合わせて新しい価値を創造したイノベーションであったように、BC技術も、技術と技術の組合せによるイノベーションで生み出された技術である。

AIにおける深層学習技術のように、鍵となる技術が存在しないことがBC技術への理解をさらに難しくしている。いったいどこまでがBC技術固有の範囲と言えるのか、さらに、そもそも何をもってBC技術と呼ぶのかも以下のように人によって区々である。

・ ビットコインのように徹底した非中央集権性を志向し、誰もが自由に参画できるパブリック

・チェーンしか認めないとする見方・ 特定の参加者のみが参画できるコンソーシアム型も含まれるとする見方

・ 他の主体との共有は行わないプライベート・チェーン、あるいは公開鍵暗号に係る部分(後述)のみ用いる場合も含めるとする見方そこで本調査研究では、主要文献の網羅的な調査及びBC技術開発の第一線の現場にいる実務専門家へのヒアリング調査を通じてBC技術を構成する共通的な要素を洗い出し、図のとおり体系化した。

図に示すように、BC技術の構造は以下の(A)~(C)の3階層に分けて整理することができる。

A)特徴的な仕組

BC技術の基盤となるのは、同図に示す「ブロック形成」と「分散管理」の2つの「特徴的な仕組」である。

・「 ブロック形成」は、多数の記録を一定間隔でブロックと呼ばれる単位にまとめる機能である。公開鍵暗号技術を用いて一世代前のブロックと新たに形成するブロックを連結することで、改ざんを困難にし(過去のすべてのブロックを改ざんしなければならなくなるため)、記録の真正性を担保する。なお、ブロックを確定するときに複数の参加者間(このときの各参加者のコンピュータを「ノード」という)で合意形成を図る方式をコンセンサスアルゴリズムといい、これによって、共有されるブロックの一貫性を確保する。

・「 分散管理」は、BC技術においては、一つの台帳記録を複数の参加者間で共有することを意味する。ブロックチェーンには中央管理者としてのサーバがないので、ノード間で直接通信するP2P(ピア・トゥー・ピア)の技術要素を用いる。また、前述のコンセンサスアルゴリズムもこの仕組を成り立たせるための前提となっている。これにより、障害などに対する可用性とブロックチェーン内参加者間でのデータの共有を可能とする。

以上がBC技術の中核部分である。

B)技術特性及び(C)機能・性能等

「(B)技術特性」とは、「(A)特徴的な仕組」がもたらす「真正性」「透明性」「追跡可能性」などのBC技術の特性を指す。そして、「(C)機能・性能等」は、これらの特性を組み合わせることで発現する機能や、システムの性能を向上させる要素である。ここまでブレークダウンしてはじめてBC技術の便益が明らかになる。どの「技術特性」が「機能・性能等」として発現するかは、用途によって異なる。複数の「技術特性」が組み合わさることで初めて「機能・性能等」が発現するものもある。

 (D)ユースケース

最近の我が国におけるブロックチェーン活用事例を13のグループに分類し、それぞれの共通的な要素を抽出し、典型的な活用パターンとして整理したものである。これらのうち公共分野は8つのユースケースが該当しており、BC技術の応用先の中でも有望な分野となっている。

図 ブロックチェーンの特性に係る対応関係

(出典)前掲報告書より抜粋

 

3.BC技術は公共分野のどのような用途に向くのか

経済社会は無数の記録の積み重ねによって存立している。金銭の授受、契約、モノの受け渡し、行政手続など、企業や人間の相互作用はすべて記録が裏付けしている。BC技術が「記録」の真正性を仕組によって担保する技術である以上、本来的には、BC技術はこうした様々な事象すべてに適用し得る。BC技術がインターネット以来の技術革命と目されるのは、こうした広範な適用可能性によるところが大きい。

他方で、BC技術による記録には向き・不向きがある。以下に該当するような記録を扱うことは、不可能ではないものの、かかってくるコストや手間に見合う便益が得られない可能性が高い。

(1)大容量のデータの記録

ブロックチェーン上の記録は、多数のノード間で分散管理されるため、記録されるデータの容量が大きくなると、ブロックチェーン全体としての総コストも膨れ上がっていく。ブロックチェーンには、イーサリアム(Ethereum)、ハイパーレッジャー(Hyperledger)など様々なプラットフォームが存在するが、いずれもブロックに格納できるデータ量は制限されており、画像や音声などのコンテンツをそのままブロックチェーン上に記録することは現実的でないことが多い。あくまでコンテンツの取引に係るトランザクションの記録をデータとして格納するにとどまり、コンテンツそのものは別途の仕組で管理する。

 (2)少数しか発生しない記録

ブロックチェーンの構築・維持には、一定の運用負荷とコストが発生する。記録が少数しか発生しないのにブロックチェーンを新たに構築し、ブロックを形成し続けるシステム構成としてしまうと投資対効果に見合わなくなる可能性がある。また、少数の記録であれば、真正性を担保するためにあえてブロックチェーンを構築する必然性もないだろう。ブロックチェーンが威力を発揮するのは、大量のトランザクションが発生していて、その一つ一つの記録の真正性を担保するのにコストがかかってくるような場合である。

(3)信頼できる関係者間で共有する記録

BC技術の価値は、記録の真正性の担保にある以上、既に信頼関係が成り立っている関係者間であれば、あえてBC技術を使って真正性を担保する仕組など必要ないという見方も成り立つだろう。

 

 日本の公共分野における取組が表に挙げた8通りのユースケースに収斂したのは、こうしたBC技術で取り扱える記録に関する制約条件に拠るところが大きい。逆に言えば、今のところ上記(1)~(3)の3つの制約条件を越えて、用途が大きく拡がっていく兆候は見られない。当面はこれらを前提とした、表に示すようなユースケース、またはこれらに近い用途での応用が進んでいくであろう。

 

4.行政にとってのメリットと活用の可能性

 本調査研究では、BC技術が行政に与え得るインパクトについても分析を試みた。しかしながら、率直にいって、それほど明確な結果を得ることはできなかった。これは、本質的には前述のとおりBC技術が情報システムの基盤部分で用いられるものである上、他の技術と混然一体となって使用されているからである。投資対効果を計測しにくいという課題は今後の行政での導入にとって足かせとなってくるだろう。よく情報システムをブロックチェーンに置き換えるとコストが削減されるかのように言われるが、BC技術を導入したからといってコストを削減できるとは限らない。バックアップシステムを多数のノードに置き換えただけではメリットが得られないし、BC技術に習熟していないエンジニアが構築に携われば作業工数が嵩み、コストを押し上げることになる。BC技術がコスト面で効果を発揮できるのは、BC技術が組み込まれたサービスが十分に洗練され、完成度の高いサービスとして提供された場合であろう。

また、BC技術の特長を活かせる実用的なアイデアもまだ十分に出揃っていない。ただし、この点は、行政の業務は非常にバラエティに富んでいるので、活用のアイデアは、探せばいくらでも出てくるのではないかと想像する。例えば、ブロックチェーンには、災害などに対する頑健性もあるので、特に多数の機関で共通の記録を用いて行っているような業務では、BCP(事業継続計画)の一環と捉えて活用することも可能かもしれない。

行政に限らず、広く公共分野にまで視野を拡げれば、BC技術を活用できる余地はさらに拡がる。実際に、前述のユースケースの多くも、行政機能を代替するというよりも、公共的な領域に、一種の新たなコミュニティないし信頼のネットワークを形成することを目指す試みであり、そこでの記録を裏付けるための仕組としてBC技術が使われている。貿易情報連携や地域ポイント、生産物トレースなどはその典型といえるだろう。ブロックチェーンが記録の真正性を担保するのであれば、本来は行政が関与する必要はないのだが、ブロックチェーンは、ビットコインのように、よほど精緻に制度設計を行わない限り、自律的に継続・発展していくものではない。したがって、そうしたブロックチェーンに対し、何らかの政策的な期待をかけるならば、一定の範囲で行政も関わることは必要になってくる。しかし、その場合でも行政自身が運営主体になるとは限らず、参加者の主体的なコミットメントを前提として、これを誘導したり、後押ししたりする形になるだろう。当面、BC技術の発展が見込まれるのはこうした領域が中心になると思われる。

 

5.今後の展望

ここまで述べて来たように、BC技術はAIRPAのように直ちに効果が確認できるような性質の技術ではない。抽象的な便益の測定に馴染みが薄い我が国行政機関にあっては、普及までいましばらくの時間がかかるであろう。自治体で実証実験に携わった職員ですら、BC技術の内容はあまり深く知らないままプロジェクトを進めていることが多いのである。しかしながら、長期的に見れば、BC技術が持つ普遍性のゆえに、今後とも普及に向けた流れは続いていくものと考えられる。冒頭述べたように、BC技術の活用に向けた取組は各国で早いピッチで進められている。特に中国では、研究開発がさかんで、BC技術の特許出願件数は既にAIを越えているし、行政での実用化も急速に進んでいる。途上国での活用に向けた取組もまた前述のように活発である。政府の機能や行政情報システムの完成度が高くない国で、差し迫った必要に迫られて開発され、磨き上げられたBC技術は、思わぬ形で発展していく可能性がある。途上国で開発された技術が先進国に取り入れられる現象は、リバース・イノベーションと呼ばれるが、これに近いことは行政のデジタル化においても起こり得る。我が国の対応が、他国から引き離されることにならないよう、我々としても、今後ともこうした動向を注視していきたいと考えている。

 

謝辞

本調査研究の実施に当たっては、自治体、民間企業、有識者など多くの方々にインタビュー等を通じて協力いただいた。この場を借りて深くお礼申し上げたい。

 

狩野 英司(かのう えいじ)

中央官庁、大手シンクタンク、大手メーカー勤務を経て現職。電子行政に関する調査研究、政府・自治体・企業等のシステム構築やBPR(業務改革)に、ユーザー/コンサルタントの両方の立場で携わる。「月刊J-LIS」「月刊地方自治職員研修」で自治体でのテクノロジー活用に関する記事を連載中。一般社団法人 行政情報システム研究所 調査普及部長/主席研究員。

 

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