我が国政府・自治体では、ここ2年ほどでRPAの導入に向けた取り組みが急速に拡がっているが、諸外国でも同様の取り組みが行われている。本稿では、我が国より一足先にRPAの導入に着手した英国政府が、政府全体としてどのように業務の自動化を進めているのか、また、導入の効果や今後の展望をどのように認識しているのかについて、同国内閣府ロボティック・オートメーション・ユニット長を務めるJames Merrick Potter氏に聞いた。
英国歳入関税庁(HMRC:HM Revenue & Customs)での業務自動化の取り組み
英国政府でのRobotics Process Automation(RPA)の導入による業務自動化の検討は、2014年に歳入関税庁(※1)で開始されました。歳入関税庁は7万人を擁する大規模組織であり、またトランザクション系の業務が多いという点から、RPA導入に適しているとの判断がなされました。トランザクション系の処理が多いということは、RPAによる自動化のユースケースを見つけやすいということを意味します。歳入関税庁でのRPA導入が進んだもう1つの要因は、RPAの活用について意識が高いCDIO(Chief Digital Information Officer)がおり、省内の説得にあたるなど積極的に協力してくれる体制が存在していたことです。当時RPAはまだ新技術であり確立したものではなかったため、パイロットケースを立ち上げる形で、検討が開始されました。
パイロットケースの1つは歳入関税庁のコンタクトセンターにおける業務自動化でした。コンタクトセンターでは情報確認のためのレガシーシステム7つが稼働しており、オペレーターはその全てのシステムを別々に起動させ、情報確認を行いながら電話対応をする必要がありました。1人当たり平均6−7分の対応時間が必要であり、場合によっては解決に至らず、何度も市民にコールセンターへ電話をかけてもらうことがありました。そこで、7つのレガシーシステムからロボットが情報を収集し、ダッシュボード画面に表示するというRPAのシステムを作り、PoC(Proof of Concept:概念実証)を行いました。その結果、この業務においてRPA導入は効率化の効果が見込めると判断されました。その後、6−12か月かけ、本番環境への導入を行い、サービスとして実装しました。
RPAを導入した結果、職員は複数のシステムを利用した煩雑な情報確認の必要がなくなり、その分しっかりと市民への電話応対ができるようになり、コストも40パーセント下げることができました。その後、2015年にさらに大規模なパイロットプロジェクトへの投資を決定しました。2016年にはAutomation Delivery Centre(ADC) が発足し、外部のサプライヤーなどの協力も得つつ、庁内における自動化計画を推進する主体となりました。ADCを歳入関税庁の中でまず2年程度の期間で展開していこうと考え、歳入関税庁のバックオフィス的な業務分野である職員登録や企業の登録、企業の収支データの処理など庁内業務の中で自動化によって最もよい結果が出そうなものを40-50件絞り込み、プロジェクトとして予算を付けました。
歳入関税庁でRPA導入が成功したのは、先にも申しあげたように歳入関税庁の業務がトランザクション中心であること、また協力的なCDIOの存在の2つが大きな要因だと捉えています。CDIOが省内の説得にあたってくれたおかげでADCに予算を確保できましたし、庁内での導入スピードを上げるうえでこれは大きなポイントになりました。ADCに予算が付けば、ベンダーと長期ライセンス契約が可能となります。つまりシステム導入に関わるコストを安定させることができるのです。この予算がなければ、業務ごとにRPAのシステムを構築しなければならなかったでしょう。
現在、歳入関税庁でのプロジェクト数は87件に増え、ボットの数は1万5000体にも達しています。庁内で自動化対象になったトランザクション数は2000万件を超えています。数字だけ見ると非常に大規模な自動化に見えますが、それぞれのケースによって使っているボットの数は異なっており、コールセンターのような多層に渡る業務では何千ものボットが必要となる一方、バックオフィス系では1つか2つくらいのものもあります。
※1 歳入関税庁は、税金、関税、国民保険料の徴収を司る庁である。
図1 英国政府でのRPA導入の道のり
(出典)James Merrick Potter氏提供
政府横断でRPA導入を促進するため設置されたCentre of Excellence
2017年になると、歳入関税庁や労働年金省でのRPA導入の成功の話が内閣府にも伝わっていきました。内閣府といえども、各省庁の取り組みを全て把握しているわけではなく、成功事例に関する話が伝わってきたことで初めて、政府として何か取り組みができるのではないかという動きになっていきました。しかし当時、RPAを積極的に導入し推進しようとしていた省庁は実際の成功事例を持つ歳入関税庁と労働年金省の2省のみでした。他の省庁は関心がないか、自動化に対してためらいを見せている様子で、推進派と非推進派の間にRPAに対する大きな認識の差がありました。RPAを導入する省庁を拡大するためには、消極的な省庁でなぜRPA導入の遅れが出ているのかを理解し、採用率が増えるようなブレイクスルーを見つけることが必要でした。
そこで、まずRPAや自動化に関する政府横断的なネットワークを作ることから始めました。このネットワークの目的はRPAのポテンシャルを定期的に話し合い、理解するというものでした。すでにRPAを導入している歳入関税庁のスタッフと、RPAに興味を持った他省のメンバーが情報共有できる場でもありました。このネットワークには民間のコンサル企業、ITベンダー、SIerにもサポートに入ってもらい、どの業務でRPAの導入が可能かマッピングをおこないました。民間のメンバーはRPAに関する専門的な知識や情報を持ち合わせていますので、政府内のどの業務にRPAが適応可能か明確にする助けとなりました。
ネットワーク活動を通じ、政府内でRPA採用の障壁となっているものがいくつか明確化されてきました。
1つ目: 文化的背景。ロボットのようなテクノロジーを採用したがらない省内文化があること。
2つ目:専門用語が難しいと感じていること。
3つ目:調達ルールが整っていないこと。
4つ目: 組織内に戦略や目的意識が存在していないこと。
などです。
このような障壁に対処していくため、内閣府内にRPAやオートメーションに関する横断的組織であるCentre of Excellence(COE) を設置しました。設置にあたっては民間の専門家に参画してもらいましたが、実際の配置人員は私とその他1名の計2名で業務にあたっています。COEの主な活動としては、RPAのポテンシャルを理解してもらうための啓蒙活動(ワークショップやミーティングの開催)、ベストプラクティスやビジネスケースを集約したレポジトリーの作成などです。COEはRPA導入に際し、人をまとめたり組織化したりするようなことを中心にお手伝いをしていきます。民間のコンサル企業の力も借りており、現在は異なる専門性を持つ5社に参画をしてもらっています。COEは自動化の導入によって中央政府に勤めている40万人の職員が抱える業務の効率化を推進する組織となっています。
COEが行った政府内の意識改革・コミュニティ作り
私の統括するCOEは、デジタルプロジェクトという観点ではなく、職員の業務効率化や労働力の改善と言う観点からRPAの導入を進めています。英国政府にはGovernment Digital Service(GDS)というデジタルテクノロジーの導入やデジタル政策を推進する組織がありますが、私たちはGDSとは異なり、システムなどの導入が目的ではなく、あくまでコーディネーションを行う立場にあります。GDSは数百人の専門家を抱える組織ですので、GDS自体が他組織と組んで自動化に限らずさらに広範なテーマを取り扱っています。COEは私を含めたった2人のチームですので、RPAを中心とするオートメーションに分野を限定し、業務効率化の推進に取り組んでいます。
先ほど4つ挙げた政府内でのRPA導入の障壁になった課題については「職員同士の学び場を提供する」という手法で対応していくことにしました。普段の業務上では話をする機会がない省庁を超えた職員同士の“学び場”を提供したのです。
学び場の例をいくつかご紹介しましょう。
①COEと特定職員による個別ミーティング
RPAという技術を理解している人、RPAの活用領域を理解している人、導入のメリットを理解している人、COEのサポーターとなってくれるような人が対象です。特にターゲットとしたのは現場の業務課題を理解しているビジネスマネージャー層、そして大規模なトランスフォーメーションが進んでいる部門の人たちの2つです。特に後者についてはすでに組織の業務プロセスについてマッピングができていることが多く、業務自動化への準備ができている人たちと言えます。
②特定の業務領域に特化したワークショップ
RPA導入によりどのような成果が得られるかを理解するため、各業務部門に対して行う3-4時間のワークショップです。ワークショップを通じて、各部門における業務からRPAの導入対象になりそうな50-100程度のパイロットケースを特定します。このワークショップで発見できた業務課題を足がかりとして導入を進めていきます。
③政府全体としての啓蒙イベント
①②を継続的に開催していましたが、この2つのチャネルだけでは各省庁の文化的な抵抗を払拭できないということがわかってきました。そこで2018年から政府としてより多くの職員にリーチできるよう大規模な啓蒙イベントを開催しています。
・全職員向けのウェビナー
・イギリス国内5都市でのオートメーションウィーク
・英国政府イベントCivil Service Liveでのデモブース参加
大規模なイベント開催により、RPAの効果や実例をより多くの職員に体感してもらうことができました。実際に職員の多くがオートメーションに高い関心を持ち、使ってみたいという意識を持っていることがこれらの啓蒙イベントを通じてわかってきました。
図2 COEがコミュニティ活動を通じて特定したユースケースの一覧
(出典)James Merrick Potter氏提供
RPA導入による効果
COEとして取り組んできたことは業務の効率化と作業時間の節約です。RPAのメリットは、人が業務プロセスに関わる時間を削減できるという点ですので、必ずしもお金の削減に直結することだけがメリットという訳ではありません。業務効率を高めるために、反復的な作業や人の介在が必要でないところは自動化し、その結果生まれた時間を人の介在が必要な業務に充ててもらうのです。
現在のところ、省庁ごとに削減効果測定に利用している指標はバラバラですが、RPAを導入した省庁全体で3,000万ポンド程度の削減効果が出ていると思います。コスト削減効果のみならず、人が業務に携わる必要がなくなったことにより確保できた時間で、新たな人員を雇用せず他の業務を賄えるようになったり、手付かずだった新たな業務に対応できるようになったりするなど多面的なメリットが発生していることに注目しています。
歳入関税庁のコールセンターに関するRPA導入事例で申しあげると、明確に費用換算できないような部分、例えば品質やユーザーエクスペリエンスの向上が自動化を通じ生み出されることで、コールセンターへ問い合わせすること自体の必要性が低下し、結果としてコストが削減されていきました。自動化以前は対応が煩雑なためクレームや何度も同じような問い合わせが来ていましたが、それらが改善され減少しています。これこそが自動化による大きなベネフィットだと捉えています。
今後の目標
COEではこれまでのコーディネーター的な役割だけではなく、評価指標のスタンダードを設定し、導入による効果を把握していくことも目標として考えています。また、啓蒙活動に関しても今までのようにRPAに特化した形ではなく、「自動化」という広い意味で機械学習やAIも含めた教育活動を行っていきたいと思います。テクノロジーの現状を見据えると、職員に対しRPAだけに特化した学習の場を与えることはかえって新しいスキルや可能性を発見する機会を奪ってしまう可能性があると考えています。なぜならばRPAと別のソリューションを掛け合わせることでより大きな効果を得られるようになっているからです。
もう一つ、まさに今、政府内で調整を行っている段階ですが、政府として一元化したプラットフォームをクラウドで構築し、各省庁がアクセスできる標準的な仕組みを作りたいと思っています。実現できれば調達プロセスの改善ができ、政府全体としてコスト削減できる理想的な仕組みだと思っています。COE自体は現在デリバリーのスキルを持ち合わせていません。COEには内閣府に人員配置する程度の少額予算(だいたい10万ポンド)しか付いていませんので、その枠内で調達まで行うには限界があります。個人的な見解ではありますが、この組織が立ち上がった段階でもっと大きな予算を持つ形にできていたら、COEが中心となり各ベンダーとのライセンスを一括してバルク契約のような形で提供することができたでしょう。各省庁が無償でサービスを使えることになれば、予算や調達に関する問題を抱えずにスムーズなRPAの導入が可能となり、導入スピードも2倍、3倍といった速さで進んだのではないかと思っています。しかし、2年前の時点ではRPAの技術自体がまだ確立したものではなく、そのようなビジネスモデルを組織内で作ることは難しかったと思います。今後はCOE自身がしっかりとした資金基盤を持って、各省庁にオートメーションを展開していきたいと考えています。
テクノロジーファーストではなくユーザーファーストの視点で
私たちは業務効率化をできるだけ多くの省庁が実現するためにRPAなどの自動化技術を最大限活用してほしいと思っています。そのためには様々な専門家が中央に集い、推進していく組織を作る必要があります。そうしないと各省庁がバラバラに進めていってしまうからです。政府として自動化に関する知識や能力を培っていくことが必要なのです。英国政府でオートメーションに関わる人材は現在のところ150人程度ですが、これから数年で500名近くにまで増えていくでしょう。COEとしてしっかりとした人材育成のスキルを備えていく必要があります。
私はCOEのユニットチーフですが、RPAなどオートメーションに関するテクニカルなバックグラウンドはありません。10年間公務員として主に内務省でオペレーションの効率化に携わってきました。コマーシャル、オペレーション、インターフェースに理解があるということで、現在のポジションに選ばれました。自分としてはうれしいアクシデントでした。皆さんにお伝えしておきたいのは、政府内でこのような取り組みを推し進める際に、技術的な背景がないということは大きな問題ではないということです。テクノロジーの一つの分野としてオートメーションを考えると、RPA自体はクレバーなデジタルツールとして存在していますが、業務における応用局面では技術的な専門家を自組織に探す、あるいは保有する必要はありません。なぜなら技術的な専門家は外部にたくさん存在しているからです。むしろ技術とオペレーションの間に立って翻訳ができる人を組織の中で探していく必要があると考えています。オペレーションのあり方、ポリシー、課題を理解し、技術とオペレーションの間の通訳を果たせるかどうかだと思っています。技術そのものの導入が重要なのではなく、公共サービスにおける職員の業務がどのようなものなのか、ユーザーがそれをどう使っているのか、そこに発生している課題は何なのかを知ることが重要です。そこにどうやって技術を使い改善していくかを見極める力が必要なスキルだと考えています。
ジェームス・メリック・ポッター(James Merrick Potter)
英国内閣府ロボティック・オートメーション・ユニット長 英国国境局で2012年のロンドンオリンピックに合わせて進められた入国管理プロジェクトのマネージャーを務める。2017年より現職に就任し、同ユニットの指揮監督を行うと共に、業務のオートメーションを政府全体で促進するための政府横断型RPAセンター・オブ・エクセレンス(COE)の運営に携わる。(現在、世界各国における講演で英国政府におけるRPA導入の経験の共有に努めている。) |