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2019.06.10

2019年06月号トピックス 自治体におけるブロックチェーン活用に向けた取組みと今後の展望~自治体総合フェア2019プレ講演・産業公共研究会での議論より~

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)教授 高木 聡一郎
加賀市 経済環境部長 藏 喜義
つくば市 副市長 毛塚 幹人
文/栗田 祐一

 AI・RPA等の新技術に続き、ブロックチェーン技術への関心が拡がりつつある。2019年2月15日、一般社団法人日本経営協会が主催した地方自治体向け研究会「自治体総合フェア2019」プレ講演、『ブロックチェーン基礎から最新事例・自治体への活用ポイントまでわかりやすく解説』では、ブロックチェーン技術に関する基本的な論点から実際の導入事例までが紹介され、意見交換が行われた。

金融分野等を中心とする民間の取組みに続き、行政においても文書の保全や地域ポイント等へのブロックチェーン技術の応用に向けた取組みが始まる中、今後の自治体における適用の可能性と課題を探る

1.ブロックチェーン技術の仕組みと可能性

国際大学・グローバル・コミュニケーションセンター(GLOCOM) 教授 高木 聡一郎

ブロックチェーンはビットコインという仮想通貨から始まったが、ビットコインのように不特定多数が参加する「パブリック型」以外に「プライベート型」「コンソーシアム型」といった参加者が特定される利用形態が生まれ、そのユースケースは拡大している。

海外の著名な事例としては、例えば、エストニアでは、電子公証や電子投票に係るブロックチェーンの仕組みは民間等のサービスを利用し、行政はそれらの業務の中で本人確認のみを担保するスキームが検討されている。また、スウェーデンでは不動産取引にブロックチェーン技術を活用するにあたって、その付加価値を高めるために登記所のみならず、対象を不動産取引に広げて多数の参加者が情報共有する取組みを行っている。他にも、IoT機器が計測したセンサーデータを取得する際のマイクロペイメント、住民が発電した自然エネルギーの電力取引や生活保護費の支給におけるトレーサビリティ等、情報の移転とペイメント(決済)を組み合わせた事例が多く現れつつある。

また、ICOInitial Coin Offering、仮想通貨を通じた資金調達)については、ベンチャー投資に誰でも参加できるという長所が注目されている一方、最近では巨額の資金が短期間に調達されるために生じるガバナンス等の課題が指摘されている。

2018年に、一般財団法人機械システム振興協会がブロックチェーンの発展ロードマップを発表している(図表1)。同資料では、行政分野は、ICOに続いて、2018年度後半から行政業務間連携が開始され自治体間・中央地方間連携に発展していく見通しや、防災等における公的センサーネットワークへの決済の導入、仮想通貨による公的資金給付等が2019年度から始まる見通しが示されている。

図表1 行政分野ロードマップ

 

(出典)機械システム振興協会「ブロックチェーン技術の応用に関する戦略策定」報告書

私はブロックチェーンのビジネス利用を検討したいとの要望に応える検討フレームワークを考案している。こうしたツールを活用してブロックチェーンのメリットと制約を踏まえた新たな取組みを支援していきたい。

 

2.「石川県加賀市におけるIoT/ブロックチェーン技術の活用と展望~ある地方都市の挑戦~」

加賀市経済環境部長 藏 喜義

加賀市は、もともと製造業の比率が全国平均の倍に上るものづくり都市で、有効求人倍率が高く、2023年に北陸新幹線が当市まで延伸する予定であるなど、公共交通の便も向上している。しかし一方で、少子高齢化並びに人口減少により消滅可能性都市にも挙げられている。当市ではこのギャップを雇用のミスマッチが主因であると分析しており、ものづくりの付加価値を高めるための生産性の向上が課題であると考えている。

そこで当市では各種のIoT人材の育成に取り組み、イノベーションセンターを整備し、地元企業向けのIoT講習並びにセミナー、技術者や社会人向けに3Dプリンターを使った教室及び小学生向けのラズベリーパイ(ミニコンピュータ)等を使ったICTや科学の教室を開催している。更には3年前より市内全小中学校でプログラミング教育に取り組むとともに、小中高生が参加するロボット大会(「ロボレーブ」)を行っているほか、製造業やIT農業に関して北陸先端科学技術大学院大学や大手電機メーカーと連携した実証実験も推進中である。

当市では、「すべての人が活躍できるまち」を目標に掲げ、市への若年層の流入を促す方針である。そこで、他の自治体との差異化を図るため、イノベーション先進都市を目指し20183月に「ブロックチェーン都市宣言」を発表した。

加賀市が目指す都市像は、交通や子育て等のさまざまな行政課題に対し、データ駆動型の地域社会を構築することであり、広聴機能を拡充するとともに市民が気軽に行政参加でき新たなサービスを展開しやすい仕組みを設けることで、事業者にもチャレンジのしやすい環境を構築することである。そのための情報の安全性を、ブロックチェーンで担保しようとしている。当面の目標は、「行政と市民の双方向の認証基盤」の構築であり、具体的には、①KYC認証基盤(※1)、地域情報マイページを構築する。そのために(株)スマートバリュー及びシビラ(株)の2社と協定を締結した。

KYC認証基盤には、代表的なブロックチェーンであるイーサリアムを用いる。本人確認は、免許証等の一般的な証明書や将来的にはマイナンバーカードとの連携も想定しているが、初期段階ではメールアドレス等のオープンIDで登録を可能とする。当該IDによるシングルサインオンを実現し、1度の認証で様々なアプリサービスを利用できるようにする。当初は住民の属性に応じた地域情報をマイページに掲載し、将来は、誰が、いつ、どこで、その人に紐づく情報へアクセスしたかといったアプリのサービスの利用ログをブロックチェーン上に記録する。また、アクセス履歴は本人に情報開示の権限を帰属させる。こうした機能の実現により、本人の希望に合わせてより便利なサービスを受けられるように、コンテンツやアプリを充実させていく。さらに、当該ログを匿名加工してオープンデータ化し、市民や企業にマーケティング視点での活用を促していく方針である(図表2)。

今後とも、住民がオンラインで行政サービスを受ける際のストレスを解消し、最適なサービス・情報提供を実現することを目指して取り組んでいきたい。

(※1KYCKnow Your Customer)は本来、利用者本人の身元確認における書類手続きのこと。KYC認証は、認証事業者によって認証済みの個人情報を、本人のブロックチェーンアドレスと関連付けてブロックチェーン上に記録しておくことで、サービス登録時に必要となる本人確認を、簡単かつスピーディに行える仕組み。

図表2 全体的なイメージ

 

(出典)加賀市提供

写真 藏氏のプレゼンテーション

 

 

3.「ブロックチェーンとマイナンバーカードを活用したネット投票の実証について」

つくば市副市長 毛塚 幹人

つくば市は150の研究所と2万人の研究従事者を抱える学術都市であり、多くの外国人も居住している。一方で、市民の意識調査によれば、市民の過半数は「科学のまち」というコンセプトから受けている恩恵はあまりないと感じており、市としては学術研究の成果を市民に還元することを意識している。また、市では将来的な人口減少及び財政縮小への危機感とともに、住民や地域の多様性への対応が課題だと認識している。

また、政策を実現するまでには政策の策定から予算の編成・執行にかかるプロセスに必然的に時間がかかる仕組みになっており、このような行政プロセスの限界を克服するため、テクノロジーの導入におけるつくば市の基本戦略を「アジャイル行政」と名付け、走りながら考えるスタイルを取り入れようとしている。これは、国よりも小回りが利く自治体の特性を活かして、民間分野で普及が始まり実用性が確認できた先行的な取組みに対し、一般的な自治体が行政での実績要件を求める中、自治体として最初の事例となることを敢えて表明し、行政における実証フィールドをいち早く提供すること、かつ行政の無謬性に捉われないよう民間企業との共同研究という位置づけにすることにより実現している。その結果、民間側でも最初の事例を作れるというメリットがあることから自治体としては実証に予算をかけず、かつ手続きを柔軟に行うことができている。

アジャイル行政の事例は2つあり、1つが、2017年度末から2018年度初旬にかけて実施したRPARobotics Process Automation)導入の実証実験であり、対象業務時間の8割削減を計測した報告書を公開している。そしてもう1つが、ブロックチェーンを使ったネット投票である。これは、つくば市のSociety5.0社会実装トライアル支援事業の最終審査にあたって、インターネット投票を導入したものである。この実証は、11票という「投票の正当性」並びに「投票の秘匿性と非改ざん性」の検証を目的としたものである(図表3)。

図表3 ブロックチェーンを使ったネット投票

 

(出典)つくば市提供

具体的には、投票者の認証を公的個人認証と連携させることにより「投票の正当性」を確保し、投票者情報と投票内容を分離して管理することにより、投票者情報と投票内容が紐づかない仕様とすることで投票の秘密を担保した。投票内容はイーサリアムを利用したブロックチェーン上の複数のノードに分散管理し、高い非改ざん性を実現した。

この実証の結果、ネット投票の課題とされる上述の2点に対する有効性は確認できたと考えている。また、ブロックチェーンに関しては問題なかったものの、本人確認のためにマイナンバーカードを用いたところ、電子署名用のパスワードを多数の市民が失念していた等マイナンバーの活用に関する課題が新たに浮かび上がった。逆に言えば、こうした活用例が増えることにより、マイナンバーの理解が促進される可能性がある。

今後検討すべき事項の1つに、時間や場所、投票方法にとらわれず全ての人の投票機会を平等に担保することが挙げられる。その点で、つくば市には宇宙飛行士等どうしても投票所に行けない住民が居住しており、今後も当市がモデルとなるべきと考えている。「変革は辺境から起きる」という気持ちで、先進的な取組を継続していきたい。

写真 毛塚氏のプレゼンテーション 

4.自治体におけるブロックチェーン活用への期待と課題(パネルディスカッション)

加賀市経済環境部長 藏 喜義、つくば市副市長 毛塚 幹人、(モデレーター)(一社)行政情報システム研究所 調査普及部長 狩野 英司

-ブロックチェーンの取組みの発表は、内外にどのような影響を与えましたか?

藏 :「 ブロックチェーン都市宣言」の後、問合せが急増しました。注目度や知名度が向上したと感じております。

毛塚: つくば市においても、市のイメージという側面でも効果があったと思います。今後は、住民としてこうした取組みに参加することで科学の発展に寄与できるということも市の付加価値として、移住等につなげたいと考えています。

 

-新技術に対する庁内組織の意識醸成に向けて、どのような努力や工夫をされましたか?

藏 : 加賀市の場合は、市長の強力なリーダーシップに牽引されたことが大きかったです。たしかに、現場の職員にとってはブロックチェーンなど夢物語でしたし、特に管理系の部署では「できない理由」が先行しがちなものですが、今回はまずやってみることが優先となりました。現行業務に影響が出ないように新しいことを始める場合は、サンドボックスを用意する等の工夫が考えられます。

毛塚: まず小さい成功事例をつくることが大事です。当市のRPAの例がそうでした。RPAの実証を税務領域としたのも、担当者自身が業務に詳しかったことが理由の一つです。成果が出れば、反対していた人に驚きを与え、推進者に変わることもあります。職員の抵抗感の1つに、英語の略語に対する嫌悪感もあると思います。当市では、RPAのことを「ロボットさん」と親しみやすく呼ぶ職員もいます。

 

-実際にブロックチェーンを活用してみて、気づいたこと、想定と違ったことはあるでしょうか?

毛塚: ブロックチェーン自体について、想定と違ったということはありません。実施できなかった点としては、個人のパソコンやスマートフォンから専用アプリを使って投票する実証で、今回はそこまでは準備が間に合わず市役所を投票所としました。

藏 : 加賀市はブロックチェーンシステムの構築前なので、実績をふまえたことは言えませんが、KYC認証の検討を通じて思うことは、行政では不特定多数が参加するパブリック型のブロックチェーンの構築はなかなか困難であろうということです。プライベート型のブロックチェーンは本来のイメージとは異なるものの、これは仕方ないのではないかと考えています。

 

-行政において、ブロックチェーンはどのような用途に活用できると考えられますか?

藏 : 電子申請に向いているのではないでしょうか。マイナンバーと組み合わせた本人認証ができますし、企業活動の増加に伴う申請の増加にも効率的に対応できると思います。デジタル・ファーストの実現は法令の改正を要するものもありますが、現法の範囲内で実現できることはあるはずです。

毛塚: 電子申請以外では、ICOの可能性に関心があります。地元のスタートアップ企業を育成しても、事業が成長すると東京に出ていってしまう場合があります。しかし、ICOにより補助金をトークンに置き換えると、一時金の需給関係からトークンエコノミー(※2)の構成員としての持続的な関係に転換することになるからです。企業と自治体の関係が変わる可能性があると考えています。

 

-ブロックチェーン以外も含めた、業務のデジタル化はどう進めていくべきでしょうか?

藏 : デジタル化は一気に推進したいと考えています。デジタル化により生産性が向上する取組みを調査する予定ですが、これには半年もかけないで施策を見極めるつもりです。

毛塚: RPAの実証実験の報告において業務時間を8割削減したと言っているのですが、実はその対象にできる業務が全体の5%に留まっています。なぜかというと、紙で申請され紙で処理しているためにRPAが適用できていない業務がまだ多いのです。電子申請等により、まずは業務全体の20%のデジタル化を目標として進めたいと考えています。

 

-これから新技術の取組みを始めようとする自治体へのアドバイスを

毛塚: 職員ができること、できないことがあると思います。できないことは地元の大学の先生の支援を仰ぐ等、推進体制には工夫が必要です。しかし、体制をうまく構築できれば動きは格段に早くなります。また、取組みに沿った枠組を作ることも重要です。当市が共同研究方式で企業と契約を締結するにあたり、それまで支払いのある契約様式しか存在しなかったため、新たに支払のない契約様式を規定しました。

藏 : 加賀市では、今年度よりスマートインクルージョンという発想を市政レベルで実現するプロジェクトを実施しています。一言でいうと社会福祉の仕組みづくりですが、これを進める際に最初から原課を参加させています。後になって参加させる場合に生じがちな押付け感を避けるためです。

毛塚: 原課を巻き込むという面では、情報システム部署の職員が自身の元の出身課にプロジェクトへの参加を働きかけることも庁内営業としては有効なようです。

 

-ブロックチェーンの行政における導入や活用において決定的な障壁はないが、適用範囲については今後、模索が必要であること、また、実際の導入にあたっては、まずはスモールスタートから始め、いかに関係者の理解を得て、巻き込んでいくかが重要であることなど、様々な気づきが得られたと思います。今後の両市の取組みを引き続き注視していきたいと思います。今日はありがとうございました。

(※2)貨幣の代わりになる価値あるもの(トークン、代替貨幣)を発行し、利用者がこれを用いて取引等を行うことにインセンティブを付与することによって生まれる経済圏。

写真 パネルディスカッションの様子