デンマーク政府では2001年以降公共部門におけるデザイン思考の活用において中心的な役割を果たしてきたマインドラボに代えて、昨年、デザイン思考を活用したデジタル変革の実践に焦点を当てた「破壊的タスクフォース(Disruption Taskforce)」を設置した。
本稿では、本年2月に東京大学公共政策大学院と一般社団法人行政情報システム研究所が共同で開催した「仮想政府セミナー」におけるクリスチャン・ベイソン氏の講演内容を基に公共部門におけるデザイン思考導入とはいかなるものであるかを解説した上で、破壊的タスクフォースの前身であるマインドラボの活動を含むこれまでのデンマークにおける公共部門でのデザイン思考実践の取り組みを紹介する(※1)。
(※1) 松本・奥村(2019)「Christian Basonと公共セクターデザイン―デザインアプローチは政府を変えるか?」行政情報システム研究所『行政&情報システム』55巻1号、pp.65-70も参考にされたい。
1.公共部門でのデザイン思考の導入とは
公共部門において、これまで重視されてきた政策形成、実施の手法は、データを収集・分析し、その結果を基に複数の政策案を提示し、その中から政策を決定して実施するという流れであり、従来、デンマークにおいても諸外国と同様にこの手法に則って政策が実施されてきた。現在でも、この手法は否定されるものではないが、社会の複雑化や様々なアクターの相互依存関係が深化することに伴い、上記のパラダイムでは課題解決できない状況も生まれるようになった。また、新たな政策や取り組みを始めるに当たっては、それによって痛みを受ける人々の痛みをいかにして抑えるかも見逃せない視点であった。そのため、様々なアクターを巻き込んで文脈の共有や相互理解を行うことが必要になると同時に、リスクを最小化するためにスモールスタートし、その都度学習して徐々に規模を拡大するアプローチも必要であるとの認識が広がっていった。このような認識のもと、問題を探求し、共創し、早期に実験するというデザイン思考の公共部門における導入の必要性が徐々に理解されるようになった。
ベイソン氏は、デザイン思考の特徴を①挑戦的であること、②人間中心であること、③実験的であること、④具体的であることの4つとしている(図表1)。
図表1 デザイン思考の特徴
① 挑戦的:「なぜか」を問い、問題と解決のための選択肢を再考する ② 人間中心:人々を取り巻く文脈を理解し、行動を規定する要因を理解する ③ 実験的:物事を試し、学習手段としてプロトタイピングする ④ 具体的:将来を目に見える形で表し、対話や協働ができるように可視化する |
(出典)ベイソン氏講演資料を基に筆者作成
この要素を公共部門に適用する際に、仮説を構築して共同でデザインを行い、実験を重ね学習し、次の仮説構築を行うという新たな政策パラダイムが形成された。
デンマークの公共部門の各組織では、生産性向上および市民向けサービスの向上への要求が次第に高まりつつあったことと、革新的なマネージャが新たなアプローチを導入してみたいという個人的な関心から、産業界で先行して実践されていたデザイン思考が徐々に取り入れられるようになった。
2.デンマークにおけるデザイン思考の萌芽―デンマーク・デザイン・センター
デンマークにおいてデザイン思考の普及を先導する役割を果たしてきたのが、1978年に企業省、産業省、財務省3省の共同で設立されたデンマーク・デザイン・センター(DDC)である(※2)。DDCは、もともと産業においてデザインの要素を導入し、デンマークの企業・産業の構造転換および輸出を促進することにより、デンマークの価値を向上することに主眼が置かれていた。それゆえ、設立後しばらくの間は、活動の対象をデザイナー、産業界、メディアに絞っており、主な活動内容は産業界向けの講演、展示会、プロモーションイベントの実施、および出版物の発行にとどまっていった。
このようなDDCの性格が大きく転換したのは2000年頃である。これまで最終結果や成果物に対してのみデザインの視点が向けられたことへの疑問が呈され、プロセスの重要性が強調されることになった。これにより、デザインの概念がシステムデザイン(※3)、サービスデザイン(※4)、共創を含むものへと拡大されることとなった。また、これまで産業界のみを対象としていたものが、公共部門におけるデザイン思考の適用、デザインに関するコミュニケーションの活性化にも焦点が置かれ、同部門におけるデザイン思考の促進が重要な任務となった。さらに2011年以降は、デザインに影響を及ぼす主な要因に関しての知識収集、分析、国内外双方への普及を重要な任務として加えられた。
ベイソン氏がDDCのCEOに就任した2015年以降、未来志向の側面が強調され、未来予想の手法およびシナリオの開発、および未来像からのバックキャスティングを主な活動とするようになった(図表2)。2016年に策定された戦略では、デザインに基づく価値創造に向けた、国内外の様々なステークホルダとの広範な協働を行い、体系だった実験を推進することを主眼とするようになった。
図表2 現在のDDCの活動の考え方
(出典)ベイソン氏講演資料を基に筆者作成
現在では、DDCの活動は①デンマークの将来像およびデジタル技術の活用に関する新たな発想の喚起、②幹部層向け研修を中心とするアカデミーの運営、③DDCのイノベーションを通じた公共部門の変革、④DDCが培ってきたデザインに関するDNAの共有によるブランディング、⑤政策案の創出と分析の5つに大きく整理されている。
このような転換はあったものの、DDCは政府から助成を得て、課題と必要なリソースを結びつける仲介者としての役割を果たす点は一貫している。また、具体的なアイディアのプログラムや実験を行うとともに、体系的に学習すること、また学習したことの共有を重視する点においては変わっていない。このようなアプローチを、DDCは共同デザイン→共創→インパクト評価の流れとして整理している(図表3)。
図表3 DDCのアプローチ
(出典)ベイソン氏講演資料を基に筆者作成
(※2)本章の内容の執筆にあたっては、DDCウェブサイトを参考にした。
(※3)複数の構成要素からなるあらゆるシステムに関して構想やソリューションを創出することを指す。
(※4)リサーチやアイディア展開、試作等を通してサービスの体験を改善するアプローチを指す。
3.マインドラボの取り組み
(1)マインドラボの誕生
前章で紹介したようなデザイン思考を省庁において本格的に取り入れるための重要な役割を果たしてきたのがマインドラボである(※5)。マインドラボは、民間部門におけるイノベーションを推進する省庁である企業省が、公共部門でもイノベーションを進めるべきであるとの民間企業の声に応える形で、イノベーションラボとして2001年に設置したのが起源である。マインドラボの当初の狙いは、政策形成にイノベーションを取り入れるとともに、協働を行うための革新的で創造的な空間を作ること、組織統合を行った同省の内部で横断的なプロジェクトがうまく進むことを支援することにあった。この時期には、これまでの省内の空間とは大きく異なる空間づくりを行い、部門や組織を越えて人々が集まり、ワークショップを行えるような場を設けることで協働での課題解決に向けた活動を可能にする基盤づくりを行う取り組みが進められた。また、具体的な課題解決に関しても、企業省に関係する課題についてのワークショップを5年間で約280回開催し、企業省の取り組みの支援という目的は一定程度達成した。
(2)2007年の変化:ユーザ志向のイノベーションユニットへ
2007年に、この方針転換を契機として、これまで「創造的なプラットフォーム」としての役割を担ってきたマインドラボが、長期的な視点に立った「ユーザ志向のイノベーションユニット」としての役割を担うこととなった。また、同ラボの狙いが、人間中心の政策とサービスイノベーションを中核に据えること、求められるアウトカムを達成するために、より効果的で協働型のプロセスを整えること、および取り組みを国内外に向けてブランディングすることにシフトした。さらに、同ラボは省庁横断でのイノベーションユニットへの戦略的転換という判断を行い、経済省、税務省、雇用省をはじめとする複数の省庁および自治体が参加し、対象とするプロジェクトの範囲も拡大された。このような変化に伴い、求める人材像もより明確化され、デザイン、行政事務、社会調査に関する専門知識を有し、好奇心や寛容性、他人への共感を持つ人材を採用することとした。ベイソン氏が同ラボのマネージャに就任したのもこの時期であった。この性質の変容の背景にあったのは、同年行われた選挙の結果継続することとなった右派政権の掲げる官僚主義からの脱却、デジタル化の促進がより重要なアジェンダになるとともに、同ラボにより成果が求められるようになったことであった。
省庁横断型でユーザ志向のイノベーションを創発、実践するユニットとしてのプロジェクト例が、2007年に開始された、「企業の手続き負荷の軽減プロジェクト(通称:Burden Hunters)」である(※6)。政治的にも重要視されていた課題を扱う同プロジェクトでは、マインドラボに加え、規制所管省庁、民間企業、研究機関、ナッジ7の知見を持つ専門家といった幅広いメンバーを巻き込み、企業へのインタビュー、実際の行政手続きの観察、ジャーニーマップの作成といったサービスデザイン型のアプローチを採用して課題の発見、解決策の検討が進められた。検討結果は、行政機関内部でのワークフローの見直し、手続きに関するガイドラインの作成、デジタル技術の広範な活用といった施策を決定する際の判断材料として用いられた。この取り組みは2010年により多くの省庁が参加する「官僚主義的手続きの見直し(Away with the Red Tape)」大規模プロジェクトとして実施された。
並行して、マインドラボは職員の能力向上にも着手した。労災を受けた市民向けサービスの見直しを進めるプロジェクトを実施する際に、参加する各省庁のプロジェクトマネージャの技術やマネジメント手法向上を図り、マネージャの省庁間の情報交換ネットワーク形成を行った。
(3)2014年の変化:対象の拡大と能力向上へのシフト
2014年には、マインドラボの活動対象の範囲および活動内容の両面における変化が起こった。活動対象については、地方においてもイノベーションに向けた実験へのニーズが高まっていることを踏まえて、デンマーク第三の都市であるオーデンセ市をマインドラボの出資者に加え、地方自治体も含めたより広い公共組織横断型のラボへと変化を遂げた。一方、活動内容については、以前より進めていた各省庁における能力向上の支援の取り組みが本格化し、政治的に重視されているイニシアティブを確実に達成するための変化を実現する能力を涵養するためのトレーニングなどの活動を開始した。具体的には、雇用省におけるリーダーシップ、調査能力、行動力向上に関するトレーニングの実施などが挙げられる。
また、特にこの頃から、同ラボでは国際的な連携の動きを加速させた。具体的には、英国内閣府へのポリシーラボの設置を支援したほか、ウルグアイやカナダなどその他の国においても政府内のイノベーションラボ設置を支援した。
以上見てきたように、デザイン思考の実践を担う組織という位置づけにおいては、マインドラボの本質は一貫していたものの、具体的な活動内容は時代の変化とテクノロジの発展に伴って徐々に変容してきたのである。
(※5)本章の執筆に当たっては、EUのDesign for Europeウェブサイトに掲載されているマインドラボ作成資料「The Journey of Mindlab」も参考にした。
(※6)https://danishbusinessauthority.dk/burden-hunter-huntingadministrative-burdens-and-red-tape
(※7)行動経済学の考え方に基づき、人々が自発的に望ましい行動をとるよう促す手法を指す。
4.破壊的タスクフォースへの移行
当初は数年間の活動を想定した組織であったマインドラボの活動は15年以上にわたり続けられてきたが、デジタル技術の進展と、それに伴うデジタル化推進の動きを受けて、存在意義が見直されることとなった。その結果、マインドラボは活動を停止し、代わりに破壊的タスクフォース(Disruption Taskforce)が企業省、産業省、財務省の3省共同で2018年に設立された。同タスクフォースの狙いは、省全体でのデジタル化を推進するとともに、規制に関するサンドボックス(※8)やGovTech(ガブテック)(※9)で作り出されたソリューションを実験すること、および公務員にとってデジタル関連のいかなるスキルが必要になるかを探求することである。したがって、マインドラボに比べてデジタルに特化した組織であると捉えられる。
このように、組織形態と狙いは変化したものの、本質的な部分ではマインドラボの残した教訓を数多く引き継いでいる(※10)。ベイソン氏は同ラボからタスクフォースに引き継がれた教訓を以下の通り整理している(図表4)。
図表4 マインドラボから引き継がれた教訓
① トップ層の支援 ② 省庁等のライン組織とラボとの関係構築、強化 ③ 職員の実際の活動にインパクトを与えるような活動 ④ 適切な課題設定とマネージャの適性の見極め ⑤ 現実の課題に対応するための柔軟性 ⑥ 物理的な空間をはじめとするホスピタリティの高い環境づくり ⑦ 「デジタル=手段」としての認識 |
(出典)筆者作成
破壊的タスクフォースは本格的に動き出してからそれほど時間が経っていないため、具体的な活動内容については未だ公にされていない状況であるが、上記の教訓を引き継ぎながら、活動がどのように変化したのかは今後注目していきたい。
(※8)既存の規制の枠に捉われずに新たなアイディアを創出する場を指す。
(※9)革新的なソリューション創出のための行政機関と民間企業の協働を支援する、企業省主導のプログラム。商務省におけるガブテックプログラムのマネージャは同タスクフォースが任命している。
(※10)タスクフォースのディレクターであるニールセン氏は、同組織を「マインドラボ2.0」と喩えている(https://apolitical.co/solution_article/mindlab-2-0-denmark-establishes-itsnext-generation-innovation-lab/)。
5.おわりに
ここまで紹介してきたように、デンマークではDDCやマインドラボ、および後継組織としての破壊的タスクフォースにおける取り組みを通じて、仮説構築、共創、実験、学習を繰り返す流れを実践している。この取り組みを進める中で、デザイン思考に基づくイノベーションを推進する組織にとって重要な点として、ベイソン氏は次の5点を指摘している(図表5)。
図表5 デザイン思考に基づくイノベーション組織の取り組みにおける重要事項
① イノベーション組織の協力相手先となる省庁のリーダやマネージャの役割 ② デザイン思考の過程で行う学習の結果得られた知見を受け入れ、共感する力 ③ 成果物が度々変化するような不確実な状況でもプロジェクトを進める能力 ④ 実験やプロトタイピングの結果や洞察が想定していたものと異なっていても思考停止せず、さらに具体的な取り組みを進める力 ⑤ 幹部層向けの研修の継続的実施によるデザイン思考の浸透 |
(出典)筆者作成
ひるがえって、我が国でも、2018年に策定された「デジタル・ガバメント実行計画」において、利用者中心の行政サービス改革の一環として、サービスデザイン思考の導入・展開が謳われ、具体的な取り組みが徐々に始められつつある。今後取り組みを拡大するにあたって、公共部門におけるデザイン思考の実践に関して既に20年近くの経験を有するデンマークから得られた、物理的な「場」の重要性、トップ層の支援、現実の課題に対応できるための柔軟性の確保、デジタル=手段としての認識などの教訓は参考になるものと思われる。