埼玉県西部で路線バスを運行するイーグルバスは、運行データを「見える化」して活用することにより、路線バスのダイヤやルートの最適化を通じたバスサービスの供給革新を2006年より行ってきた。さらに、自治体との連携により観光客の取り込みを中心とした需要創出、および地域おこしの取り組みを進めている。
このような同社の取り組みは、政府の情報化月間や地域情報化大賞で表彰を受けたほか、事業者や地方公共団体等によるオープンデータの利活用事例を紹介した「オープンデータ100」でも取り上げられている。
民間企業及び公的機関がデータを活用した地域課題解決をどのようなアプローチで取り組むべきかについての手掛かりとすべく、同社社長の谷島氏に、取り組みの経緯や活用方法、効果を中心にお話を伺った。
取材・文/松岡 清志
1.データ活用のきっかけ
当社は1980年の設立以降、スクールバスや企業送迎バス、観光バスなどのいわゆる貸切バスを埼玉県内で運行してきました。2000年には、貸切バスの規制緩和が行われ、新規事業者の参入が一気に加速したことで運賃が大きく下落し、大手のバス事業者の撤退が進んだほか、当社の経営にも影響が及びました。2002年には路線バスや高速バスなどの乗合バスも規制緩和され、当社も都市間輸送を担う高速バスや空港連絡バスにまず参入しました。
その後、2006年に埼玉県日高市で大手事業者が赤字を理由に市内の乗合バス路線から撤退することとなり、同市より当社に路線引き受けの要請がありました。当社としては、大手事業者では維持が困難でも、規模の小さい当社であればコスト的にも維持できるのではないかと考え、当社の初めての路線バスとして運行を開始しました。しかし、ふたを開けてみると多額の赤字が発生し、当初の認識は誤りだったことに気づかされました。確かに、コスト面では大手事業者より低廉であるものの、お客様と契約を行って一定の収入が得られ、必要な時のみ走らせれば良い貸切バスと異なり、乗合バスは乗客数によって収入が変動することになります。また、安定的に休みなく走らせる必要があるため、運転手や車両の予備を確保しなければならず、コストは固定費化することとなります。
このような条件の違いを踏まえたうえで、状況を改善するために、運行地域に全戸アンケートを行い、その結果をもとに運行時刻を修正しました。しかし、その結果は多くのお叱りの声を頂戴することとなってしまいました。アンケートの結果を見る際に、お客様は一様と考え、出てきた意見が総意だと考えていたことに問題があったと気づきました。
このように、アンケートだけでは本当の状況が把握できないことに気づいたのが、データを活用し「見える化」に取り組むきっかけとなったのです。
2.データを「測る」・「見る」・「考える」ことによる改善
当社では、データ活用を「測る」(ハード)・「見る」(ソフト)・「考える」(プロセス)の3要素と捉え、そのサイクルを繰り返して改善に向けた取組を行ってきました(図表1)。
図表1 改善に必要なデータ活用の3要素
(出典)イーグルバス提供
第一のデータを「測る」ことについては、バス停ごとの乗降人数を調査するために、大学と協働でシステムを開発しようとしたがうまく行きませんでした。そこで、諸外国の動向を調査し、バスに取り付けた乗降センサーとGPSを用いて乗降人数や遅延状況を継続的に計測しました。このデータに加え、コストの分析や制約条件、営業・経営データ等を集計した会計システムのデータ、さらにアンケートやヒアリングの結果についても集計を行っています。
このようにデータを「測る」ことができれば、次に行うのはデータを「見る」ことです。生のデータそれ自身は意味を持たないので、まずデータを「見える化」して関係者で現状を共有出来るように自社で「見える化」のソフトを開発し、問題点抽出機能によって問題点を発見します。例えば、利用者が全くいないバス停が数多く存在するのですが、そういったバス停に関する情報を運転手は分かっているものの、運行計画担当者や役員は把握していませんでした。そこで、集計したデータを基に見える化し、一目で問題点が分かるようにしたのです(図表2)。また、運行時刻の実績値とバス停別の利用者数を合わせたデータを示し、運行時刻の修正を検討する際の材料としました(図表3)。これらの「測る」、「見る」に必要なシステムへの投資は、決して安いものではありませんでしたが、当時の大きく悪化した状況を放っておくよりも、投資をすることで何とか止めなければならないとの考えで実行しました。
図表2 バス停別利用者数の見える化
(出典)イーグルバス提供
図表3 運行時刻の実績値とバス停別利用者数の組み合わせによる問題点抽出
(出典)イーグルバス提供
データを「見る」際に気を付けなければならないのは、「測る」ことによって得られたデータの精度(ここでは「機械精度」と呼びます)と、本当に必要なデータに関する精度(ここでは「データ精度」と呼びます)とは、必ずしも一致しないということです。先程ご紹介したセンサーによる利用者数の計測で、センサーを横切る人の数を100%把握できていたとしても、その中には運転手や問い合わせのためだけに乗り降りした人などが混じってしまい、本当の利用者数のデータとは異なる結果が出てしまいます。このような機械精度とデータ精度との違いは、社内でデータを加工することで解消しています。社員はバス運行の業務を知っているからです。現状を大まかに掴むためには、概ね3か月程度の観察が必要だと感じています。
「見る」ステップを経て、最後に行うのがどのように改善するかを「考える」ことです。ここで気を付けるべきことはデータだけを基に改善すると、時に誤った方向へ進んでしまう可能性がある点です。例えば、団地から駅に向けて夕方走る便は、本来利用者数が極めて少ないのですが、あるとき一定数の利用が現れました。これを異常値として切り捨てるのではなく、どういう方が利用されているかを運転手に聞いたところ、駅の近くに居酒屋が開店し、そこに出かける方の利用だということが明らかになりました。このように、運転手から得られた生の情報や利用者アンケート、ヒアリングから浮かび上がってくるニーズと、データを総合的に組み合わせることで、適切な改善へとつながると考えています。
このような見える化、データによる最適化のサイクルを3年間回していくと、データのノイズに捉われることなく傾向が掴めるようになると同時に、考えられる改善策にはほぼ手を打った状態となります。これが「データによる改善の限界」です。いくら路線を最適化してもそれによる利用者増化は不十分で、次の段階に積極的に利用客を導入する「需要創出」が必要となります。データによる改善はバス会社だけで出来ますが、需要創出は地域との連携なくしては出来ません。今までの実践で効果があった方法は地域に観光客を呼び込み、観光客に生活路線バスを使ってもらう事です。つまり乗合バス事業の改善は地域と連携した「交通まちづくり」となります。従来のバス事業者が単体で行う「個別政策」では地方の乗合バスの維持はもはや非常に困難です。しかし地域を巻き込んで観光客を地域に取り込むことで住民と観光客の新たな移動の需要が生まれ、これを乗合バスで運ぶという「交通まちづくり」という「包括政策」の中であればまだまだ乗合バスの役割はあると考えます。こうした努力を実施した後に自治体などの関係者も交えて取り組みの再評価を行い、継続して改善するのか、自治体の支援を受けて運行を継続するのか、撤退も含む路線再編成を行うかを決めるのです(図表4)。
図表4 路線バス事業改善3年モデル
(出典)イーグルバス提供
3.改善事例とその先の地域課題解決への取り組み
当社の路線は駅と団地を結ぶ路線が多く、特に朝の通勤・通学時にバスが遅延し接続する列車に間に合わなくなると、お客様に多大な迷惑がかかってしまいます。前章でお話ししたような見える化と最適化の取り組みを行った結果、運行の遅れが縮小し、列車に接続できないケースが発生することは減少しました。一方で、郊外の町においては、従来は長大路線を2時間に1本程度運行するパターンでしたが、町の中心に乗り継ぎ拠点を設置し、同拠点に各方面からの路線を結束させるハブ&スポーク方式を採用する形で路線を再編しました。埼玉県ときがわ町でこの取り組みを行った結果、車両数を変えずに運行本数を地域によって150 ~ 300%へと増加させ平均して2時間に1本から1時間に1本の運行を実現しました。また、利用者数も再編前に比べ40%増加しました(図表5)。このように、路線によって供給革新と需要創出のメニューを組み合わせ地域にあったバスサービスの改善を実施しました。
図表5 ときがわ町路線の利用者数の推移
(出典)イーグルバス提供
ハブ&スポークの導入によってコストを維持したまま運行本数を増加させ、利用者の増加を実現する事ができました。このハブの機能は「乗り換え」が主目的で私たちは「第1レベルのハブ」と言っております。しかしもっと過疎の地域では連続した商店もなく、となり町まで買い出しに行っております。ハブの次の段階はこのハブ停留所に施設機能や行政機能、観光機能を導入する事で、ハブを町の「小さな拠点」にするという考え方です。過疎地では人口が少なくなる事でサービスが成立しなくなり希薄化していく歴史です。しかしハブ停留場を施設化する事で乗り換え機能に加え、このハブが目的となります。私たちは埼玉県の唯一の村で過疎地指定されている「東秩父村」においてハブ停留所の施設化を図ったうえで、乗り換え時間も余裕をとるよう路線を再編し、観光客が施設を回りやすいようにする、ハブの拠点化を行いました(図表6)。この結果、同県東秩父町では和紙体験施設の年間入場者数が路線再編前の約9万人から約15万人へ、売上が約6,800万円から約7,900万円へと増加しました。また、JA直売所の年間購買人数は約9万人から約12万人へ、売上は1兆6,500万円から1兆9,100万円へと増加しました。さらに、この拠点に行政サービスの施設も置くことで、過疎地域における生活関連施設不足という課題にも対応しました。他方、当社にとっても輸送力及び利用者数を維持したまま使用するバスの台数を1台減らせるというメリットももたらされました。
図表6 東秩父町におけるハブの拠点イメージ
(出典)イーグルバス提供
当社では、ときがわ町のハブ&スポーク化を第1ステップ、東秩父町のハブの拠点化を第2ステップと捉えています。現在は第3ステップとして、拠点となる小さなハブどうしをつなぐことにより、広域サービスの強化が実現できないか模索しているところです。まだ国内では実現できていませんが、ラオスの首都ヴィエンチェン市において取り組みを進めているところです。
4.データ活用と人間力
ご紹介してきたデータ活用の取り組みは、社長室の8名のスタッフで行っています。毎週月曜日に1週間のデータを確認し、疑問に感じたところはさらに深掘りし、運転手にヒアリングすることで実際の状況を「見える化」して把握するようにしています。
重要なのはデータを見るのに慣れる風土を作ることです。必ずしもデータサイエンティストのような高度なデータ分析を行う人材でなくても良く、むしろ業務とデータやシステムをつなぎ、データに表れている状況を分かりやすく「通訳」することが求められるのです。このような橋渡しができれば、社内で稟議を上げる際に、文書や言葉では表現できないものを分かりやすく示し、説得の材料として使えるようになります。これは、行政機関内部、あるいは議会への説明、説得を行う場合でも共通する部分が大きいのではないかと考えています。
同時に、データの活用を通じて、運行計画の作成などを担当するスタッフ部門と現場の第一線で働く運転手とのコミュニケーションにも変化が生じ、風通しが良くなってきたことも見逃せないポイントであると感じています。これまで運転手が培ってきた経験や、毎月の社内会議で上がってきた意見について、データを確認するとともに現場を確認することでさらなる改善につながったケースも多く存在します。また、運行の遅延を解消することで、運転手の勤務環境の改善につながるという働き方改革の側面での効果も上がっています。
また、路線バスは生活インフラの一部であるだけに、収支だけを基準に運行計画を立てることはできません。交通弱者を切り捨てることがないよう利用者の生活を理解する姿勢が根底に必要だと感じています。
5.今後に向けて
これまで行ってきたデータを「測る」、「見る」、「考える」、そして実行に移すという流れを当社で継続するのはもちろんですが、同様の取り組みを他のバス事業者でも行うためのお手伝いをできればと考えています。そのために社内にコンサルティング部門を設置し、既に全国各地の事業者にノウハウを提供しているほか、上述のラオスの首都であるビエンチャン市のバス事業改善にも参画しています。
もっとも、データ活用の取り組みを行うためには、肝心のデータが測れないことには始まりません。最近では、交通系ICカードの普及が進み、ICカードの利用データの活用も進みつつありますが、当社のような中小のバス事業者には初期投資が莫大となるため簡単には手を出せない状況にあります。ICデータも含め、様々なデータを「測る」ハードや「見える化」するソフトは、バス事業の再生、活性化、ひいては地域活性化のプラットフォームとして、国が主導して低コストで導入を促進するといったやり方も一案ではないかと考えています。
データを「測る」ための環境が整ったうえで、「データは羅針盤、実際に動くのは人」であるという考え方のもと、バス事業の改善と地域課題の解決が全国に広がることを期待しています。
谷島 賢(やじま まさる) イーグルバス株式会社・イーグルトラベル株式会社・イメディカ株式会社・株式会社イデア総合研究所代表取締役社長。 |