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2019.02.08

2019年02月号特集 政府のデジタル改革の本質

元ホワイトハウス メディアテクノロジー責任者
トーマス・コクラン

オバマ前政権時にホワイトハウスのメディアテクノロジー責任者(Director of new media technologies)として、アメリカ政府をより良くするためにデジタルガバメントを推進してきたトーマス・コクラン(Thomas Cochran)氏から、実際にオバマ前政権時にはどのような手法でアメリカ政府を変えていったのかを解説いただくとともに、変化・変革を実現するより以前のアメリカ政府と同じような問題や課題を抱えている人や組織に対する解決策を提言いただいた。

コクラン氏へのインタビューの中から、本稿では「アメリカ政府をどのように変えていったか」というテーマでお話しいただいた内容を紹介する。

取材・文/平成30年度AIS海外調査団

 

トーマス・コクラン(Thomas Cochran) アメリカ政府機関や民間企業でエンジニアとして従事したのち、2006年からSevenTwenty Strategies社にてCTO(Chief TechnologyOfficer)を務める。2011年からホワイトハウスのデジタルテクノロジーチームの責任者に着任。1年8か月にわたりホワイトハウスのデジタル変革に貢献する。ホワイトハウス退任後Acquia社のデジタルストラテジスト等を経て、現在はデジタルトランスフォーメーションに関するコンサルタントとして活躍するほか、世界各地で講演活動を行っている。

 

1.オープンガバメント・イニシアティブ

当時のホワイトハウスにおいて、幼少期に海外で暮らし育った男の子というのは私以外にもいた。その子はインドネシアで育ち、母親はカンザス生まれの白人アメリカ人、そして父親はケニア人という家庭に生まれたバラク・オバマである。

そのような家庭に生まれた子どもがどのようにしてアメリカ大統領に上り詰められたのか。

アメリカの歴史の中で初めて黒人で大統領に選ばれたということは奇跡に等しいわけだが、オバマが大統領に選ばれた土台となったのは、そしてオバマの代名詞にもなった「CHANGE」という変化・変革をもたらすことができたのは、デジタルテクノロジーとソーシャルメディアの活用を適切に進めたことによるものである。

アメリカの大統領になるということはどんな変化でも自ら起こすことであり、変化は起こせるものである、という信念から200918日の大統領就任直後の初仕事において、オバマは「オープンガバメント・イニシアティブ」という取り組みを示した覚書(「透明性とオープンガバメントに関する覚書(Memorandum on Transparency and Open Government)」)に署名した。

2008年の大統領選挙キャンペーンを通じて訴えてきたことでもあるこの覚書の鍵になるポイントというのは、次の3つになる。

TRANSPARENCY-政府の透明性を維持しながらオープンにする。

PARTICIPATION-国民の参画を促進する。

COLLABORATION-組織あるいは個人と協力を促進する。

 

2.人とプロセスを変える

大統領として変化を起こせるのであるならば、何でもすぐにできると思われがちだが、アメリカほど肥大化した政府になるとテクノロジーというのは複雑かつ混乱していることがままある。

2009年当時、ホワイトハウスではハードウェアの82%が既にサポート終了などのEOLEnd of Life)を迎えており、データセンターもシングルで冗長化されていなかった。無線LAN環境も整っておらずワイヤレスでインターネット接続することもできなかった。そしてそれら以上に衝撃的であったのは、最初の4日間はEメールが利用できなかったということである。また、今では考えられないほどありえない状況だが、大統領として就任したその日にオバマ大統領及びそのチームにEメールアドレスが付与されていなかったのである。

このように複雑かつ混乱したテクノロジーをあるべき姿に作り直すということもデジタル変革の一種に違いない。しかし、本質的に何を変えなくてはならないかというと、実は「プロセスや人、組織」を変えなければならないのである。

大きな政府の傾向として決められたプロセスを通す、用意された書式に従う、何ごともミーティングするということが常だが、プロセスというのは最終的にゴールへ繋がるものでなければ意味のないもので、成果があってのプロセスなのである。

プロセスを通すことにこだわりを持つ人はプロセスだけにしか目がいかなくなり、プロセスに従っていくことが主たる目的になってしまっている。成果を出さなくてはならないという本来の目的を見過ごしてしまっている。ゴールへたどり着くことが本来の目的であり、言われたところを通らなくてもちゃんとゴールまでたどり着けばいいという考え方に変えなければならない。

もうひとつ変えなければならないのは人と組織である。ホワイトハウスは人が異常に多い。政府という大きな組織においては、最小限のメンバーで社会に普及する製品を開発する、シリコンバレーのソフトウェア業界のようにならなければならない、というような課題がよく問われる。シリコンバレーでは、仕事を早く回すことがやはり重要である。要件を満たす商品をより早く開発し、より早く製造、そして競合他社より一日でも早くリリースすることが非常に重要になる。

それに対し、政府のプロジェクトは通常は年単位で組まれる。しかしテクノロジーの移り変わりが非常に速いため、予算執行を何年も待っていたら選択したテクノロジーはそのプロジェクトが完了するころにはもう陳腐化されたものになってしまう。

また、早く成果を出すために人が沢山必要であるとは限らない。ホワイトハウスに所属していた時は140人の部下がいたが、このように多くの人数がいるからといってより良い成果をより早くそしてより効果的に出せるかというとそうではなかった。

実際、私の執務室には椅子を6つしか並べなかった。というのもプロジェクトに係わるメンバーは6人以上必要なかったからである。最小限の人数にて求められている成果を収めることを実現してきたのである。

ここで但し書きになるが、これはプロジェクトの第一段階の問題解決方法であり、早く成果を出せることを証明するだけである。そこからスケールアップをして、グローバルレベルにしていくということはまた次の段階になる。

デジタル変革ということが言われ、テクノロジーに目を奪われがちだが、人々の言葉に出てこないのは人の問題である。人と組織の文化を変えようとしなければいくらデジタルというものを推進し、変革しようともうまくは行かない。テクノロジーの役割というのは割と簡単なものでしかない。

テクノロジーにおいて一番難しいのはやはり人間関係や文化の変革を促すテクノロジーという観点で、人と文化を変えていく、あるいは人と文化がテクノロジーを包含しながら醸成していくということができればテクノロジーというものは割と推進することができるものである。

 

3.デジタル変革におけるテクノロジー

具体的にどのようなテクノロジーでより良い政府を作ろうとしたのかをお話ししたい。

177575日時点ではアメリカという国は存在していなかった。まだイギリスの植民地であった時代で、イギリス政府から課された高い税金に納得できなかったため、国王への忠誠は誓うけれども高い税金のことでは意見が異なっていると請願書をイギリス国王に送った。しかし、イギリス国王であったジョージ王はこのような請願書を目にも掛けず、植民地の民衆がイギリス政府に反乱を起こそうとしていると捉えたため戦争にまで発展し、結果アメリカはイギリスからの独立を宣言し独立国家になった。独立国家として統治するための文書が必要になりアメリカ国憲法が制定された。

この憲法には修正条項があり、第1条には、「言論の自由」、「宗教の自由」、「集会の自由」、「出版の自由」、それとともに「請願する権利」が書かれている。これによりアメリカ政府に対して苦情があれば修正してもらうための「請願する権利」をアメリカ国民は与えられているという意識を根付かせた。

それから200年後、オバマは政府に対する国民の苦情や願いを誰でも、どこからでも、そしていつでも政府に申し入れできるよう考えた。テクノロジーを使って世の中やものごとをよりうまく行くようにするために。それだけでは留まらず、オバマ大統領は国連総会においても世界中でそういった苦情・請願ができるようなシステムを作ることを提言した。

アメリカ政府はオバマによって大風呂敷が広げられたため失敗するわけにはいかなかった。

最終的に請願書50万件を判断・処理でき、そして4,000万件に大統領署名ができるシステムを構築した。これにより、国民が政治に参画できるようになった。

請願する権利についてひとつ例を述べると、ほんの5年前までiPhoneを買うには4つの電話会社しか選択肢がなく、その中から1つの電話会社を選んだならばずっとそこと契約し続けなければならなかった。電話本体は10万円するが、電話会社に永続的に忠誠を誓わなければならずそちらの方がずっと費用が掛かる。そのことに疑問を抱いた人が請願書を提出。それがソーシャルメディアで広まり、賛同者が10万人集まり、その結果法律が変わった。2014年法案が議会を通り、オバマが署名した。アメリカでは1つの電話会社だけではなく、どこの電話会社にも移り変われるようになった。

ここで振り返り、アメリカ政府がこの「WE THE PEOPLE」というテクノロジー、つまり請願システムを作ったおかげでひとりの国民がアメリカの歴史を変える法律を作るに至ったということが非常に大きい。小さな話ではあるが、実はアメリカの歴史の根幹にまで繋がるような、国民にとって政府のエクスペリエンス(Government Experience)がより良くなったことが分かる実話である。

人々はテクノロジーに目を奪われがちだがそうではなく、サービスの提供を受ける個人個人に目を向けることが非常に大切であり、個人に焦点を合わせることが重要である。テクノロジーはアイディアを具現化する道具でしかない。

 

4.デジタル化における3つの教訓

デジタル化で学んできた教訓を紹介する。

1つ目の教訓は政府のような大きな組織を変えていくには信用(CREDIBILITY)が非常に重要であるということ。信用は自分で証明できなければならない、それも控えめなやり方で証明できるものでなくてはならない。

私は、ホワイトハウスで働いていた際、国務省にも所属していた。国務省での事務メンバーの中には30年間ずっと同じ仕事をしてきたメンバーもいた。私は国務省にリーダーとして任命されてきたわけだが、リーダーとして外部から任命される人には任期があり、3年の任期で成果を出さなければならない。しかし、30年同じ組織で働いてきた人にとっては3年したらリーダーが変わるので何もせずじっとしていればいいだろうと考えるものである。そこで信用の問題になってくるのだが、30年同じ組織で働いてきた人にも短期間で成果を出すためのプロセスの一員であるということを理解させ、ものごとがより良く進むために仕事を進めてもらえるように我々のアイディアを買ってもらわなければならない。

2つ目の教訓はリスクについて。イノベーションや変革を起こすのにはリスクはつきものであるからこそ、事前に計算されたリスクでなければならないし、リスク=変革に向けてのバリューであると理解した上でのリスクでなくてはならない。

リスクは民間と政府では異なる。民間の場合にはこのリスクを取ってもこれだけの収入があり、結果これだけの収益が上げられるという風に定量化できるため、リスクというものは取っても大丈夫なものとされるが、政府にとってのリスクは毒でしかない。民間においてこのリスクをうまく選択したことの最たる例は2007年のスティーブ・ジョブスによるApple iPhoneの開発である。2007年当時Appleがここまで大企業になるとは誰も想像しておらず、単なるコンピュータの会社でしかなかった。しかし、スティーブ・ジョブスはリスクを取り、新たな電話を作るという、100かゼロかの賭けに出た。このリスクを取ったおかげで地球上の誰もがiPhoneを持つようになり、Appleは数兆ドルの売り上げをあげた初めての会社になった。それはスティーブ・ジョブスが取ったリスクのおかげである。

3つ目の教訓は言わずと知れたテクノロジーである。テクノロジーは適切でなくてはならない。テクノロジーありきでテクノロジーがリードする形で変革を起こしてはならない。主導するのはあくまでも人間であり、テクノロジーというのは人間のアイディアに、あるいは戦略にフィットした形で存在しなければならない。

兵士に武器を持たずに戦場に行けとは言わないし、消防士に消火器なしで火を消せとも言わない。同じように、正しいテクノロジーなしに人間に仕事をさせることはできない。

 

5.デジタル改革の成功に向けて

デジタル変革ということを語るにあたってデジタルのことをそれほど述べなかったことに驚いたかもしれないが、何がデジタル変革の成功と不成功を分けるかというと、「人間」と「それを受け入れる文化」であるといえる。人間と文化を変えることによって我々がサービスを提供する人たちにより良い成果を与えられる可能性が高まるのである。


注: 平成30年度AIS(行政情報システム研究所)海外調査団下記のメンバーにより、平成30年10月15日~ 24日にかけて、カナダ及び米国の政府機関等の訪問調査を実施した。
・ 株式会社JECC 石﨑洋
・ 日本電気株式会社 江上俊夫
・ 株式会社富士通マーケティング 小野通夫
・ 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 高野敬太
・ 株式会社文祥堂 佐藤洋
・ 株式会社ケイ・アイ・エス情報科学研究所 佐野元彬
・ 沖電気工業株式会社 柴野禎久
・ 富士電機IT ソリューション株式会社 島戸智生
・ 株式会社エヌ・ティ・ティ・データ 藤井保徳
・ デロイトトーマツコンサルティング合同会社 森修一
・ 富士通株式会社 吉村啓一郎
・ 一般社団法人行政情報システム研究所 建矢義信
・ 同 狩野英司
・ 同 松本智史