前号では「港区情報化計画」の概要、およびそれに基づく「港区AI元年」の取組の一つである「多言語AIチャットによる外国人向け情報発信サービス」を紹介した。後編となる今号では、港区が掲げている、働きやすい職場づくりと区民サービスの向上に向けた「4つの視点」に触れたうえで、ICTを活用した取組として、「AIによる議事録自動作成支援ツール」、「産前産後家事・育児支援サービスの利用受付処理など複数の業務への業務自動化ツール(RPA)の本格導入」、「AI-OCRを用いた手書き申請書のテキスト変換」などの事例をご紹介する。また、ICT活用の前提となる、職員のリテラシー向上に向けた取組を解説する。
取材・文/増田 睦子
1.ICT利活用に向けた4つの視点
港区は2018年1月時点で人口約25万人を超え、年約5千人のペースで人口が増加しており、現在の人口統計では、10年後の2029年には32万人に迫る見込みです。港区の人口増加で特徴的なのは、あらゆる世代の人口が増加していることです。平成28年の合計特殊出生率は1.45で23区トップとなり全国平均も上回り、人口の増加に伴い、子育て・福祉・教育分野などの区民サービスの更なる拡大も予想されます。また昼間人口は94万人を超えており、ICTを活用した区民サービスの向上は喫緊の課題となっています。
港区では2006年に「区役所・支所改革」を実施し、区内5つの地区(芝・麻布・赤坂・高輪・芝浦港南)それぞれに総合支所を設置し、「区民に信頼され、身近で便利な区役所・支所」を実現するため総合支所中心の区政運営に転換しました。各総合支所は地域における課題解決と身近な区民サービスの拠点として、提供できるサービスを大幅に拡充するとともに、地域との協働の拠点となっています。
また、2017年7月には「みなとワークスタイル宣言」を行い、超過勤務の削減や定時退庁、有給休暇の取得などによるワークライフバランスの向上を実現するため、ICTの活用により業務を効率化するとともに、更なる区民サービスの向上へとつなげる取組を始めています。
こうした状況のもと、港区では2016年4月から、これまで区政情報課であった情報部門の名称を情報政策課に変更し、新たにICT推進担当を課内に設置することで、情報システムの管理運営に加えてICTの活用を積極的に進める体制を整えました。自治体最先端のICT活用を目指し、全庁的に取組を進めており、2018年度から2020年度を計画期間とする「港区情報化計画」に基づき、以下の「4つの視点」に沿ってICTの活用を進めることとしています。
図1 港区施策体系図
<視点1>「4つの力」を生かした協働による先進的なICTを活用した地域共生社会の実現
港区における4つの力とは①行政、②区民、③民間、④全国各地域です。港区内には多くのICT企業が立地しており、その地の利を生かし、行政と区民、産官学による連携・協働に取り組んでいます。また、港区での事例を全国の自治体へ展開し、自治体間や企業との連携を進めるため、全国連携や企業連携の担当を設置しています。オープンデータについては2016年に公開を開始し、既に約100種類のデータを公開するとともに、2016年度には区として初めてアプリコンテストを実施しており、2018年10月には東京都と共同でオープンデータのアイデアソンを開催する予定です。
<視点2>ICTによる人にやさしい区民サービスの実現
官民データ活用推進基本法、および港区情報化計画に基づき、AIやIoTを利用した区民サービスの向上に取り組んでいます。具体的には、前編でご紹介した「多言語AIチャットによる外国人向け情報発信サービス」などの取組において実際にサービス導入を進めています。
<視点3> 効率的な区政運営を支える最新かつ堅固な情報インフラの導入
全庁を通じ積極的なICT利活用による業務の効率化に取り組んでいます。無線LANの導入、RPA(Robotics Process Automation)、議事録自動作成支援ツール、テレビ会議システムの導入等を進めています。テレビ会議システムは総合支所などの離れた拠点との会議において活用されています。
<視点4>大切な情報を守る新たな脅威にも備えた強靭な情報セキュリティの確保とさらなる強化
情報セキュリティ教育の充実やAI等の最新技術による情報セキュリティ対策の検討を進めています。
2.庁内でのAI等ICT活用に向けた取組
AIの活用が社会的に広まりつつある中、港区では2018年度を「港区AI元年」として、様々な取組をスタートしました。港区AI元年の取組では、AIやRPAといった技術を業務に活用することで職員の業務負担を軽減し、それによって生み出された時間をよりきめ細やかな区民サービスの提供に充てられるようになることを目指しており、区民サービスの向上と働きやすい職場づくりを共に実現するための取組と言えます。その一環として、まず、全庁に向けて、AI、RPAが業務に適用可能かどうかの調査を行いました。具体的には、各課において課題となっている事項を確認し、それらにAIやRPAといった技術が適用できるかを検討しました。その結果、以下の取組を進めることとしました。
① 多言語AIチャットボットによる外国人向け情報発信
② AIによる議事録自動作成支援ツールの導入
③ 産前産後家事・育児支援サービスの利用登録処理など複数の業務へのRPAの本格導入
④ AI-OCRを用いたコミュニティバス乗車券手書き申請書のテキスト変換
①の多言語AIチャットボットによる外国人向け情報発信については前編でご紹介したので、本稿ではそれ以外の3つをご紹介します。
② AIによる議事録自動作成支援ツールの導入(2018年5月より導入開始)
従来、会議等の議事録作成は音声データを職員が少しずつ聞き取りながら文字に起こし、確認作業を経て、3 ~ 4時間程度の時間をかけて作成していました。港区では300を超える会議体があり、議事録作成に要する時間は年間約3,500時間を超えています。港区が導入したAIを利用した議事録作成支援ツールでは1時間の会議音源をAIの音声認識により自動でテキスト化したうえで、1時間程度の修正を加えるだけで完成することが可能です。今まで4時間かけて人力で音源から文字データを作成していたものが、1時間程度で完了するのです。一部、行政用語等AIがうまく認識できていない発話部分などもありますので、最終的には人の目による確認が必要になりますが、それでも作業軽減時間としては非常に大きなものになります。会議によってはテープ翻訳を委託せず、職員が作成する場合も多くありますので、そのような場合、職員の負担は議事録作成支援ツールにより大幅に軽減されます。また港区が導入している議事録自動作成支援ツールは機械学習機能も持ち合わせており、音声データ及びAIによる書き起こしデータと職員が修正を加えた最終版データを対比し学習させることで、より正確な議事録作成が可能になります。今後、利用する会議数が増えれば増えるほど、機械学習により港区の行政用語に詳しい議事録自動作成支援ツールが開発されていくことになります。
③ 産前産後家事・育児支援サービスの利用受付処理など複数の業務へのRPAの本格導入(2017年度から一部業務へ導入)
RPAについては、働きやすい職場づくりを推進する人事課と情報政策課と共同で取組をはじめ、対象業務を決定して実証実験を進めることになりました。2017年度に人事課で試行導入を行い、職員が2~3時間かけて行っていた業務をRPAが15分程度で処理可能であることが確認できました。
各課に対しては、自分たちの業務でRPAを利用できそうなものがあるかどうかアンケートを行い、対象となりえる課については一つひとつ情報政策課がヒアリングを行いました。その後、実証実験を経て、2018年度から産前産後家事・育児支援サービスの利用受付処理にRPAを本格導入しています。人の手を介さず24時間動かすことが可能であることから業務時間削減に高い効果が見込めます。産前産後家事・育児支援サービスについては年間約5,000件ほどの申請があり、RPA導入により年間300時間の削減を見込んでいます。
その他の業務についても順次導入を進めており、2018年度は計5業務で導入し、全体で年間約1,600時間の削減が可能となる見込みです。
RPAという技術がどのような技術であるか体感してもらえるよう、2018年度は職員向けにICTリテラシー研修を計4回行いました。RPAのような新しい技術は、実際に目で見て体感してみないとその効果は理解できないと考えています。RPAを導入することで得られる業務効果を実際に目に見える形で共有したことにより、研修を受けた職員から「自分の部署のこの作業についてRPAで自動化できないか」といったような相談が寄せられるようになりました。また、区議会からも関心と期待をいただいています。現在先行してRPA導入を行っている部署の成功体験を庁内へ発信し、波及していくことでAIやRPAに触れていない部門の職員へ浸透させていくことがこれからの課題です。そのためには現場の職員はもちろん、管理職のICTリテラシー向上が重要だと考えています。最新のICT情報や施策について、管理職に対し、まずICT研修を受け理解を深めてもらうよう、庁内全体の意識改革を進めています。
④ AI-OCRを用いたコミュニティバス乗車券申請書のテキスト変換(2018年度から本格導入)
手書きで記載された文字を読み取りテキストデータ化する技術としてOCRがありますが、従来のOCRでは日本語の手書き文字の認識率は50~70%程度に留まっていました。OCRに人工知能を活用するAI-OCRでは、文字認識技術と機械学習を用いることで認識率が90%程度に向上します。港区では、手書き文字データをAIに繰り返し学習させることで更に精度を高め、事務の効率化を進めようと考えています。その一環として、RPAの本格導入から更に一歩進んだ取組として9月から港区コミュニティバス乗車券の申請業務においてAI-OCRを導入しました。具体的には、利用者からいただいた手書きの乗車券発行申請書を読み込み、AI-OCRに処理させることでテキストデータに変換します。さらに、このデータをRPAでシステムに自動入力するところまで行います。この一連の作業を通じて、年間約900時間程度の業務量削減を見込んでいます。
図2 コミュニティバス無料乗車券申請業務におけるAI-OCRとRPAの活用
以上3つの取組以外に現在、実証実験を行っているのがAIによる保育園の入所マッチングです。今年7月から実証実験を開始しました。従来、18人の職員がおよそ1週間をかけてこの業務を担当していましたが、申請書類の確認から保育園とのマッチングまで、その業務負荷はたいへん大きなものでした。その業務をAIで行ったところ、数分で完了できるという結果になりました。実証実験では2017年度の申請内容をAIにマッチングさせ、実際に職員が人力で行ったマッチング結果と照合させ検証をしており、今後の導入に向けた検討を行っています。
3.組織としてのICTリテラシー向上を目指して
港区では「ICT通信」という庁内向けメールマガン等で新しい技術などを紹介するなど、情報発信を積極的に行っています。また、RPAはもちろんのこと、AI、IoT、電子申請、オープンデータなど幅広いトピックを含めた内容で、管理職を含む職員に対してICTリテラシー研修を行い、その意義や効果を職員が理解できるよう取組を進めています。管理職も研修に参加することにより、ICTリテラシー向上に幅広い効果が出ているように感じており、区長をはじめとする特別職からもICT活用への理解と期待が高まっていることで、港区情報化計画を中心とし、ICTの活用への積極的な取組を進めることができています。組織の中で新たな技術を導入したり、働き方を変えたりという場合は実際に事務を担当する職員の理解を得るのに一定の時間が必要なのも事実ですが、それはその技術等への効果や効率性が十分に理解されていないために起こる部分もあります。庁内への積極的なヒアリングや実証実験結果の共有により、ポジティブな効果を見せ続けていくことが重要だと感じています。それにより、自分たちもICTを活用して業務改善に取り組みたいというマインドチェンジを生むことができると考えます。
4.「港区AI元年」から見える未来
現在、港区での電子決裁率はほぼ100パーセントに達しています。紙の資料はまだ存在していますが、全庁的にペーパーレス化、デジタル化していこうという意識改革はできているように思います。組織内では多少の差はあれど、港区情報化計画に掲げられた方針について理解は得られていると感じます。「より充実した区民サービスの提供」と「働きやすい職場環境」の実現のため、情報政策課を中心に政策の企画立案を行いながら先進的なICT活用を進めることを目標に掲げています。「港区AI元年」というネーミングも区民や職員に印象的なものにしたいというコンセプトから考案しました。自治体でのAI等のICT活用についてはその効果も効率性も未知の部分がありますが、だからこそ港区は全国の自治体に先立ち、様々な取組や実証実験を積極的に行い、それを通じて得た結果が他自治体へも展開されればと考えています。AIやIoTといった技術は進歩が速いため、区政に役立つ可能性のあるものについてはまず取り入れ、実証実験や試行を経て検証を進めていくことが効果的です。「技術として使えるもの」を探し出し、それをまずは試行してみることで、スモールスタートにより効果を見極め、その技術が全国へ拡がっていく。その先に港区情報化計画で掲げた未来の姿が見えてくればと考えています。
若杉 健次(わかすぎ けんじ) 港区総務部情報政策課長 |