カナダ政府は昨年、IT戦略計画を策定した。現在、同計画に基づくデジタル改革を力強いリーダーシップで率いているのは政府CIOであるアレックス・ビネイ氏だ。ビネイ氏は、自らビデオブログを開設し、自身の言葉で改革の進捗状況を定期的に国民(ユーザー)に報告するなど極めて強いメッセージ力を持つリーダーである。「Government as a platform―プラットフォームとしての政府」を実現しようとするカナダ政府の取組や課題についてビネイ氏に伺った。
取材・文/増田 睦子
――カナダの電子行政にとっての課題、あるいは政府CIOとして重視する課題は何でしょうか。
ビネイ氏:3つの課題があります。まず1つ目としてガバナンスを挙げたいと思います。
カナダ政府では各省庁がそれぞれに技術(≒システム)に対する投資を行って来ました。各省庁が独自に行うことで、時には同じ技術に対して複数の投資を行ってしまったり、バラバラな技術を利用してしまうといったことが発生していました。政府としての一貫した見解が存在していなかったというのが大きな問題だったと認識しています。全体的なアーキテクチャ(構造)が存在していないため、構造自体が市民、つまり利用者中心の視点で考えられていなかったことが問題だと思います。年間約60億ドルもの技術への投資を行っているのですが、そこに一貫した戦略がないという点が私たちにとって一番大きな課題であったと考えています。
2つ目は今年一番焦点を当てていることでもあるのですが、連邦政府の省庁が保有するデータに関わる部分です。
政府データ戦略(National government data strategy)というものを導入してはいますが、一貫したガバナンスが存在していません。そのため、国民は各省庁が提供するサービスにそれぞれ登録しなくてはいけません。その結果、国民に関する同一のデータが各省庁にそれぞれ存在しているという冗長な状態が続いてしまっています。これは各省庁の間でデータの共有ができていないということになりますし、また保有しているデータに関してセキュリティの観点が欠けているという状況です。データはいまや新しい通貨ともいえます。それだけ国家にとって重要な資産となり得るのです。ですから、データのガバナンス戦略について今年は注力していきたいと考えています。
3つ目は行政間でのデータ共有です。カナダの行政は国、州、市町村という3つのレイヤーになっています。それぞれが市民に対してサービスを提供しているわけですが、大きな国ですのでこれを統合するのは大変難しい課題です。3つのレイヤーそれぞれにおいて必要なデータを市民からバラバラに受け取り、サービスやデータの共有ができていないという点が問題になっていると思っています。
これら3つが今抱えている大きな課題といえるでしょう。
――改革を通じてどのようなことを実現しようとしているのでしょうか。また、“Government as a platform”という表現をされていますが、「プラットフォームとしての政府」とはどういったイメージなのでしょうか。
ビネイ氏:我々は「技術に投資をしてサービスを提供していく」という戦略を掲げています。カナダ政府が提供するプラットフォームは共通オープンプラットフォームとしてどのようなデバイスでもサービスでも繋いでいけるものとして存在させたいと考えています。例えば、モビリティの代表である車、ウェアラブルなデバイスである時計、また家庭にあるPC、そして冷蔵庫もデバイスとして存在すると思います。それらのデバイスが政府の提供するプラットフォームと繋がり、またサービスを提供するパートナー、例えば旅行サイトのエクスペディアやアマゾンなどがこのプラットフォームと繋がっていく。そして同じプラットフォーム内で政府サービスも提供できる機能がある。そういった社会的サービスも含めた、国民に提供できるサービス全てを統合して提供していくプラットフォームを政府が提供していきたいと考えているのです。例えばパスポートの申請や更新手続きもこのプラットフォーム上で行えれば、旅行業とも繋がって広い範囲でのサービス提供を実現していけるというイメージを描いています。これを実現するにはよりオープンソースなプラットフォームでなくてはなりませんし、またプラグアンドプレイ型、どこからでも繋ぐことができるものでなくてはなりません。第三者がこのプラットフォームに存在しているデータへアクセスできる環境を実現していかなくてはならないと考えています。
写真:ビネイ氏がカナダ政府のデジタル化について語るYouTubeチャンネル
――どのように改革を遂行しているのでしょうか。
ビネイ氏:改革を進めるにあたり、組織文化を変えていくというのはとても難しいことだと思っています。ですからできるだけ小さくスタートしていくということを重要視しています。プロジェクトがスタートする度に、どういったプロジェクトがスタートするのかということをツイッターやFacebookを使って共有し、コミュニケーションをとります。そしてそのコンセプトを共有するのです。最初から大きなことから始めようとすると往々にして失敗しますので、我々の考え方としては「まずは小さく始めて、徐々に大きくしていこう」というアプローチをとるようにしています。これは重要なポイントなのですが、こうした小さなプロジェクトには、まずは変革を起こしたいという人だけを呼び込んでいきたいと考えています。変革というものに賛同できない人までを大きく囲い込んでいこうとするとやはり失敗の元にもなってしまいますので、まずはしっかりと意識を同じくできる人とスタートしていく。小さくスタートし、大きくしていくというのが我々のアプローチになります。
次に改革の行い方ですが、ガバナンスを効かせる意味でも政府主導のプロジェクトが行われる場合、エンタープライズアーキテクチャ・レビューボードという委員会があり、その中で必ずプロジェクトに関するレビューを行ってもらうようにしています。この委員会については法案が採決されたところです。エンタープライズアーキテクチャ・レビューボードではプロジェクトがオープンソース化されているか、またデータ共有をデフォルトで認めているかどうか、クラウドを使っているのか、あるいはAPIベースになっているのか、これがプラグアンドプレイという形を実現できるようなアーキテクチャ(構造)になっているのかというような点について確認を行い、プロジェクトの承認をとってもらう仕組みになっています。
――サービスデザイン思考やUXなどの観点は重要視されていますか。
ビネイ氏:とても重要だと考えています。IT開発(イニシアチブ)というのは時間がかかりがちなものです。5年、10年といった時間がかかってしまうものだと思います。時間が経過していく中で、国民の意識を忘れ、共感を失ってしまいます。つまり、最初は大きく語りかけながら共感を得られるようにスタートするのですが、その時の熱意を持ち続けられなくなってしまうことがあるように思います。そして時間が長くなればなるほど、プロジェクトのスケジュールに目がいってしまったり、あるいは契約内容がちゃんと担保されているかどうかという点に目がいってしまったりします。そして成果物がちゃんと出来上がるのかということが重要視されてしまい、ユーザーである国民を忘れがちになってしまいます。そういったことがあってはならないと考え、100人ほどからなるカナディアン・デジタルサービスというチームを立ち上げました。国民を最優先に置いた形でデジタルサービスを作り上げていくためのチームです。イギリスにおけるGDSと同じ役割を持った組織になります。プロジェクトのデザインをする場合もカナディアン・デジタルサービスのチームでユーザーの要件をヒアリングします。ユーザーの情報、つまり市民の個人情報(ソーシャルセキュリティナンバーや住所など)を一度登録してもらったら、サービスが違うから、省庁が違うから、という理由で市民が何度も同じ情報を登録しなくて済むような環境を整えるために、このチームが共有しなくてはならない要件を定義していきます。カナディアン・デジタルサービスは予算を得たばかりの新しい組織であるため、成功事例はまだありません。CEOも着任していない段階です(※1)。現状は米国政府の18Fや英国のGDSがどのように成功を収めているのかを20名ほどのチームでリサーチしています。
(※1)インタビュー当時。3月9日に米国18Fの共同創設者である元エグゼクティブディレクターを務めたアーロン・スノー氏が就任。
――AIやIoT、ブロックチェーンなどの先端技術はどのように利用されていますか。
ビネイ氏:ディスラプティブ(破壊的)な先端技術をいかに使っていくかについては私たちも戦略として重要視しています。様々なサービスやパートナー、デバイスが政府の提供するプラットフォームに絡んできますので、IoTがあってこそ実現できるものだと考え、それに基づいてデザインを行っています。IoTはどんどん成長していく分野ですので、それも見据えてプラットフォームの開発を行っています。またブロックチェーンの導入もカナダでは進んできています。トライアルという形ですが、空軍でも使い始めています。また、オランダとの間ではバイオメトリクスを活用した情報共有も実現しています。我々のポリシーを策定していく際にも機械学習を利用していますし、ビザ申請についてもこうした先端技術を活用しながらサービス提供が実現できるよう取り組んでいます。
ディスラプティブな技術で何を実現してきたかについて少し実例をお話したいと思います。
カナダ政府ではソーシャルメディアでの国民の反応をモニタリングできるようにAIや機械学習を利用しています。政府の政策を構想していく中で、国民の反応をソーシャルメディアを利用して吸い上げていくということを行っています。実際にG7の時もAIを利用して国民がどのような反応をしているのかをモニタリングしていました。どういったトピックを議論すべきなのかという意見をSNSから吸い上げることも行っておりました。規制などを作る際にもAIを利用していますし、ブロックチェーンを使って企業に対して信頼の置けるレッジャー(元帳)を提供したりもしています。移民局ではビザの申請にAI技術を活用しています。
――これまでの改革で具体的に何を達成してきたのか、どのような成果が得られたのか教えていただけますか。
ビネイ氏:改革全体の中で具体的に実現できた点ですが、まずは法改正を挙げたいと思います。技術活用、デジタル化を行ったことでそれに合った形での法改正も行わなければなりません。カナダにはAccess to information Actという法令があるのですが、この法律は30年ほど見直しが全く行われていませんでした。国民が政府の持っている個人情報についてどのようにアクセスできるかということを定めた法律なのですが、30年見直しがされていないということはインターネットの存在が考慮されていない法律であるということを意味します。そこでこの法律をアップデートしていく必要がありました。国が保有している自分自身のデータに国民がよりアクセスしやすい環境になるよう整える法改正になります。この改正はもうすぐ完了します。
次に、Financial Administration Act(財務管理法)というものがあり、こちらもまもなく改正が終了します。CIOの役割がCHR(Chief Human Resources)やCFO(Chief Financial Officer)
と同じくらい重要化されることになります。今まではデジタル化はあくまでもバックオフィスを担っていくものであるという位置づけだったのですが、バックオフィスだけではなく、サービスの提供自体がデジタル化で標準化されていくのだという動きを取り入れる法律になります。デジタルを鑑みた形での法改正があと数週間で完了されます。
次にガバナンス、法令の準備が整ったことによって実現したサービスをご紹介します。カナダは65歳になりますとold age security paymentというものが提供されることになっています。デジタル技術を活用できるようになった環境では65歳になった方の約60パーセントが紙での申請を行わずとも自動的に月次で支払いを受けられるようになっています。というのは、1)政府が国民の情報をしっかりと管理しており、2)ガバナンスが機能していて、3)法令が整備されているという3つの条件が整っておりますので、65歳になった段階で個人が申請をしなくとも自動的に支払いが受けられるようになるのです。なぜ60パーセントかと申しますと、あえて紙で申請したいという方もいらっしゃいますので、難しさが残っており、現時点ではその数字になっています。しかし、将来的には100パーセント自動的にお支払いできるように取り組みたいと考えています。
同じくデジタル化が進んだ例としては、カナダでは4年に1度国勢調査を行っているのですが、70パーセントがオンラインで完了できるようになっています。紙ベースのものをデジタル化しています。最後にGovernment as a platformに関連する部分についてご紹介します。カナダでは州ベースでのデジタルIDを、ブリティッシュコロンビア州などをはじめとする各州が提供を始めています。各州のIDを利用して、政府のサービスを受けることも可能になっています。州のプラットフォーム、政府のプラットフォームが繋がっているからこそ、お互いのサービスを1つのIDで利用できるようになっているのです。技術、ガバナンス、法令の準備が整っているからこそできた成功事例になるかと思います。
――政府のプラットフォーム上でのパートナー(第三者機関)利用による成功事例はありますか?
ビネイ氏:カナディアン・レベニュー・エージェンシー(税務署)では第三者が提供するソフトウェアを活用し、所得申告を行えるシステムを実現しています。国民が申請を行う際、ターボタックス(turbotax)やイントゥイット(intuit)と呼ばれる税務処理ソフトを使って申請をし、自動的に完了することができるようになっています。
――今後の課題と展望を教えてください。
ビネイ氏:課題として一番大きなことは文化を変えていくという点でしょうか。カナダ政府には1万7千人のコンピュータサイエンティスト、データサイエンティスト、情報管理技術者、セキュリティ担当者が存在する中で、変革を進めていこうと気持ちを1つにして文化を変えていくことは非常に難しい挑戦です。今までとは違うやり方を進めていこうという頭の切り替えを行い、文化を作り上げていくことは間違いなく大きな課題です。今後の展望としてはオープンソース化を進め、より多くのソリューションを政府が提供するプラットフォームで繋げていきたいと考えています。D7と呼ばれる国々(イギリス、イスラエル、エストニア、韓国、ニュージーランド、ウルグアイ、カナダ)では協力してオープンソース化を進めていますのでより多くの情報共有を行っていきたいと考えています。オープンガバメントを進め、データをリリースし、より多くのパートナーがこのプラットフォームを活用し、よりよいサービスを提供できるような場にしていきたいと考えています。
――最後に、改革に取り組む日本の読者にメッセージをお願いします。
ビネイ氏:変革は難しく、終わりのないものです。変革が終わったと思っても、その時には世界情勢や技術動向が変わってしまっているということはよくあることです。継続的に努力を続けていかなくてはいけないと思います。変革へのチャレンジは終わりがないものなのです。
もし、カナダ政府が日本政府のお手伝いをできるようなことがあれば、いつでも声をかけていただきたいと思っております。Good Luckと皆さんにはお伝えしたいです。
オフィスでのビネイ氏(カナダ政府提供)
アレックス ビネイ(Alex Benay) カナダ国際開発庁、外務・貿易省、天然資源省、国立図書館・文書館で、さまざまなチームやプログラムのマネジメントに携わった後、2011年から2014年にかけて、OpenTextの政府業務およびビジネス開発の副社長を務め、カナダのデジタル業界でリーダーシップを発揮する。また、G20、連邦事務局、オリンピック委員会などの組織においてデジタルへのグローバルな移行促 |