ニュージーランドと日本は島国であり、面積がほぼ同じであること、議会制民主主義で州を持たないことなど、多くの共通点があります。その一方で、人口規模や経済、予算の規模など、両国には大きな違いもあります。
本稿では、日本との間にこのような共通点と相違点を持つニュージーランドにおいて、政府がデジタル改革の取り組みをどのように進めてきたかをご紹介したいと思います。
1.ニュージーランド政府におけるデジタル改革の経緯
ニュージーランド政府における電子政府の取り組みは、2001年に端を発します。同年策定された電子政府戦略では、市民のニーズを理解し充足すること、および政府と民主的プロセスへの市民参加を高める機会を創出することに重点が置かれ、その後10年間、この方向性で取り組みを推進してきました。2010年には、政府は、ICTを業務改革の重要なトリガーとして活用するための「ICTマネジメントと投資に関する方針および重点計画」を決定しました。
一方、市民向けのサービスについては、2012年に、内閣が公共サービス改善(Better Public Services:BPS)プログラム1を開始し、政府機関が達成すべき10の重点事項を掲げて取り組みを進めました。その際に重視されたのが、省庁単独では達成が困難な共通業務のベネフィット(実益)拡大とコスト削減を行うために、調達、資産、ICTという3つの分野において政府全体を監督する機能を持ったリーダー職の設置でした。このうち ICT部分に関するリーダーとなるのが政府CIO(Chief Information Officer)であり、その役割はICT戦略、およびテクノロジーへの投資に対する政府一体となったアプローチを推進することにありました。そしてこの役割は、戦略、運用面において強力な機能を持つ機関である内務省のチーフ・エグゼクティブ2が担うものとされました。
同年、私たちは2つの重要な政府のプライバシー侵害と、数百万ドルの政府のICTプロジェクトにおいて大きな遅延と問題の発生を許してしまったことで、大臣や市民の信頼を失うこととなりました。これらの出来事が、ICT投資と運用リスクに関するシステム全体の視点を持つことの重要性を再認識させ、政府CIOが投資の妥当性やリスクを確認するアシュアランス(保証)の実施に代表されるような変化をもたらしたのです。
政府CIOは70機関の公的なシステムに焦点を当て、省庁を横断して政府ICT全体でプライバシー機能とセキュリティ確保の能力を高めるため2年間のプログラムに着手しました。このプログラムは目的を達成し、現在では、政府最高プライバシー責任者が主導する形で、全省庁に対して一連のセキュリティ基準と達成目標が設けられています。
2013年には政府ICT戦略およびアクションプランを策定しました。この戦略およびアクションプランでは、政府による技術への投資、マネジメントの方法がICT資産の所有からアウトソーシング、共通機能の利用へと転換が図られました。このような考え方の転換は、ICTに留まらずサービス、情報、リーダーシップ、組織文化においても進められました。さらに、内務省が他の省庁とより緊密に協力し、1つの政府としてより良い公共サービスを提供するための技術へ投資できるよう方向付けを行うポジションとして、政府CTO(Chief TechnologyOfficer)が作られたのです。
1 福祉、技術開発、雇用、児童支援、治安、および政府と市民や企業との手続といった分野において公共サービスや行政活動を見直すプログラム。(訳者註)
2 日本の事務次官に相当し、省庁の最高運営責任者にあたる存在である。チーフ・エグゼクティブは政府サービス委員会の委員長と雇用契約を結ぶと同時に、各省庁の大臣と業務上の擬似契約を結んで業務にあたる。(訳者註)
2.ニュージーランド政府における業務改革の課題
他国の政府と同様に、デジタル改革は単に技術面での改革や既存のプロセスのデジタル化に留まるものではありません。デジタル改革は政府と社会における文化的な変化であり、私たちの考え方や行動様式を変えることを意味するものです。そこで注意しなければならないのは、デジタル改革によって新しい分断が生まれることを政府が望んでいる訳ではないということです。政府は全ての市民がデジタルサービスに等しくアクセスできるわけではないことを認識したうえで、いつでもどこでも政府サービスにアクセスする方法をより多く選択できるようにしておく必要があります。
デジタル化の進展に合わせて、新しいタイプのリーダーシップ、ガバナンス、そしてなによりも新たなタイプの行動様式が必要とされます。政府においては省庁が連携し、市民のベネフィットを向上させるために業務のやり方を改善する必要があります。一例として、省庁や機関の境界を超えて、企業やNGOなどの複数の関係者が参加するイニシアティブに資金を提供し、デジタル世界がもたらす機会を最大限に活用する方法を見つける取り組みを行うことが考えられますが、そのためには、これまで政府があまり行っていなかったような実験とイノベーションが必要です。他方、セキュリティの観点では、政府は自国にオンライン上の危害が及ぶことを防止し、国益を守るという課題があります。市民もサイバーセキュリティとプライバシーに関する懸念を抱えており、自らの情報を保護するために政府に高い基準の制定を求めています。このようなセキュリティ上の課題についても政府機関が協働して取り組む必要があります。
このように政府を取り巻く環境や問題が変化する中で、私たちの課題の1つは、政府横断での改革をどのように進めるかにあります。1980年代以降、省庁はそれぞれ独立して業務を行い、効率性の向上と多くの価値をもたらしましたが、最近では、この垂直的な仕組みが弱点も持つことが認識されるようになり、この弱点にどのように対応するかが課題となっています。
3.ニュージーランド政府のアプローチ
ニュージーランドでは、他の多くの国と同様に、デジタル改革を推進する独立したデジタル省庁のようなものはありません。各省庁それぞれに意思決定を行い、業務を行っています。しかし、公共サービスが直面している課題は、複数のレイヤー、複数の省庁にまたがっていることに鑑み、現在では政府CIOを中心とする内務省がリーダーシップを発揮しながら、多くの省庁と協働して政府全体と市民にベネフィットをもたらせるよう、改革を進めています。「中心となる組織が主導し、協働して実施する」というアプローチは、他の国の多くのモデルを観察したうえで選択したものですが、私たちの文化とより適合したものと言えます。
私たちのアプローチの核となるのが「デジタルガバメントパートナーシップ」と呼ばれるネットワーク型のリーダーシップモデルです。21の省庁からチーフ・エグゼクティブ、CIO、CFO、COO、データおよび情報を扱うリーダーを含む約60名のリーダーを招へいし、政府全体の改革を推進しました。デジタルガバメントパートナーシップは、政府全体のより一貫した視野を醸成し、省庁の参加を拡大し、政府全体のICTリソースを有効活用するのに非常に役立ちました。このような政府CIOを中心とするネットワーク型のリーダーシップの下で戦略を推進するためには、各省庁の主要な投資計画全てについて政府全体の目標と整合が図られている必要があります。そのため、内務省は各省庁の投資計画が政府CIOの定めた目標達成のための計画と整合的であり、ICTに関するリスクが政府のICT全体で効果的に管理されていることを各省庁と協働しながら確保しなければなりません。
2015年には政府のICT戦略を内務省と他省庁が協働して改訂しましたが、同戦略は、技術に留まらず、デジタルサービス、情報、技術、投資、リーダーシップの分野に重点を置いたものであり、その際の鍵となったのが市民を巻き込んだ協働によるデザインと共創です。市民が協働によるデザインを行い、共創に関わってもらうことで、単に政府が構築したサービスを利用するのと比べて、異なる強力で持続可能な結果がもたらされることが期待されます。
政府CIOが主導して各省庁が協働する改革は継続して行われます。調達は、既存の慣行と国内市場に重大な変化をもたらした分野の1つです。私たちは、技術の急速な変化のペースに追従できるよう、資源配分のアプローチを革新する必要性を認識し、政府全体としての効率性をより高めるため、集中購買を進めてきました3。さらに、2015年にテレコミュニケーション・アズ・ア・サービスの入札を行ったとき、私たちは市場に対して単純にサービスを提供するだけでなく、それ以上の付加価値を提供することを求めました。私たちの次の画期的なイノベーションは、ICTクラウド市場の創設であり、今年後半にこの実証実験を行う予定です。共有のサービスと調達能力の利用を柱とするこれらの調達改革の動きは、政府のICT部門の役割を変えることになります。各省庁は個別のソリューションを利用する必要がなくなり、複数のサプライヤーを管理しながら、彼らが提供するサービスを消費することになります。しかし、この動きは政府のICTにおけるリスクの状況を変容させることになるので、プライバシー、セキュリティ、アシュアランスの最低基準を確保する必要性が高まっています。
市民と協働しながら顧客中心のアジェンダを推進することは、省庁の伝統的な業務のやり方を変容させることにもなります。省庁は統合されたサービスを提供するよう組織されておらず、市民のライフイベントを中心としたサービス統合を推進するには、従来のサイロ内での業務の進め方では限界があります。デジタル改革の価値を最適化するためには、公共部門における文化の改革が必要です。省庁は今までと異なるやり方で業務を行う必要があり、考え方や活動の仕方を変える必要があります。
3 2012年にはマイクロソフトと政府との集中購買に関して全面的な合意を行ったほか、オラクル、HP、アマゾンウェブサービスとも同様の契約を締結した。(訳者註)
4.これまでの取り組みの成果
私たちの取り組みの成果についていくつか紹介します。私たちは改革の成果を目の当たりにしたわけですが、まだ始まったばかりだと感じています。今年、内国歳入庁は、大きな改革の第一歩であった消費税(GST)制度を導入しました。現在、ニュージーランドの企業は毎月会計ソフトウェアを使ってオンラインでGSTを支払うことができます。元帳から内国歳入庁のシステムに直接接続しているため、支払にあたっては書類のみならずWeb上でも特段の手続は不要です。この取り組みによって、手続上の不備や法適合の確認作業にかかるコストの大幅な削減が期待されます。
省庁協働型のアプローチで最も目に見える成功は、前章で少し触れた、人々のライフイベントに沿って設計された統合サービスの提供です。昨年末、5省庁と多くの非政府組織のサービスを連携させ、子どもが生まれた家庭に助言と支援を行う「SmartStart」を立ち上げました。これは、複数省庁にまたがる初めてのサービスであり、新たな業務のやり方を示す分かりやすいデモと言えるでしょう。 「SmartStart」は親のニーズに沿って設計されており、バックエンドでは関係する省庁や非政府組織がシームレスにリンクしています(図1参照)。
図1 子育て支援サービス「SmartsTART」
(出典)SmartStartウェブサイト
また、政府ポータルサイトGovt.nzは、省庁横断的にウェブサイトの内容の調整、設計を行い、全ての市民が政府の情報に容易にアクセスできるようにしたもう1つの例です。分かりやすい表現と見やすいデザインが用いられており、いくつかの賞を受賞しています。
上述の複数省庁にまたがるサービスの統合が協働の重点項目であった一方で、各省庁自身のデジタルサービスも着実に改善されています。 2012年には、10の主要な手続のうち30%だけがオンラインで完了していたものを、今年末までに70%に引き上げるよう取り組んでいます。そして政府は、2021年までに20の主要な手続の80%をオンラインで完了するという、次の野心的な目標を設定しています。
ICTへの投資に関しては、単一の政府調達プロセスを使用することで政府全体としての調達手法を確立することによって、ICT調達を簡素化しました。現在、170以上の部局が少なくとも1つの共通手法を使用していますが、投資サイクルの次の段階でシェアードサービスに移行する可能性のあるものがさらにあります。調達改革により、政府の財務目標である年間1億ドルのコスト削減を達成しました。このような取り組みを行っている私たちの現在の課題は、私たちの活動をより加速させることです。
5.世界におけるニュージーランドの立ち位置
ニュージーランドの協働型アプローチは、国内の取り組みだけでなく国際的なコミュニティへの参加にも及んでいます。ニュージーランドは、デジタル先進国で構成されるデジタル5(D5)4グループの創設メンバーです。各国は、デジタル経済の強化、それぞれのデジタルサービスの改善のためのベストプラクティスやアイデアの共有、どの国でも活用できるようなプロジェクトでの協働という共通の目標を達成するために、9つのD5デジタル開発原則に沿って2014年から取り組みを進めています(図2参照)。来年のD5会議、および会議に先立って行われるDigital Nations 2030カンファレンスはニュージーランドで開催される予定です。
図2 D5グループの原則
(出典)筆者作成
またOECDでも、我々は他のOECD諸国と経験を共有し、共通の関心のある分野を見つけることに価値を見出しました。 政府CIOは、2015年よりOECDのeリーダーを務めており、同じ目的をもつ国に利益がもたらされるよう取り組んでいます。デジタルアイデンティティや調達慣行など、全ての国にとって重要な課題は、各国が協働することで解決しやすくなります。
このほか、アメリカのマサチューセッツ州にあるタフト大学のフレッチャースクール(法律外交大学院)と協力しています。同スクールの2017年のデジタルプラネットレポートでは、ニュージーランドを卓越した国家と位置づけており、他国の政府や関係者とデジタルエコノミー推進に向けたケーススタディを実施するなどの形で協働しています。
4 ニュージーランド以外にはエストニア、イスラエル、韓国、イギリスが参加している。(訳者註)
6.今後の展望
最近、政府CIOは、広い視点での政府横断的な改革を主導している現状を反映して、政府CDO(ChiefDigital Officer)になりました。デジタルガバメントは、デジタルエコノミーやデジタルソサエティと三位一体のものです。デジタルとデータは、政府に今すぐ市民の役に立ち、新しくより良い方法で活動する機会を提供します。一方で、デジタルは政府の役割や、古いモデルが急速に変化する世界においてなお目的に適合しているかどうかを再考する機会も提供します。
政府のサービスは市民のニーズに合わせて設計され、使いやすいものにすることが求められます。サービス提供を改善することで会計ソフトウェアから税金をシームレスに支払うことや、海外に行く前に必要なこと―交通手段や宿泊先などの予約を行い、パスポートの有効期限を確認し必要に応じて更新し、ヘルスレコードを国外滞在中の状態にしておくことなど―全てを行うために好きな旅行アプリを使うことができるように、市民と企業は、政府と手続等を行う場合にも自分のエクスペリエンスを高めるのに最も良い方法を選ぶことができます。私たちのビジョンでは、将来的には政府は今日のようにあらゆる活動を行っている状態ではなくなると考えています。これからの政府は、コミュニティが今後の変化に適応するのを支援し、市民がその変化による影響を被るのではなく、恩恵を受けられるようにすることへ注力しなければなりません。民主主義が機能するためには、国民が政府を信頼すると同時に、政府は一人ひとりの目標を達成できる安全で安定した国にしなければなりません。そのために、政府はデジタルがもたらす機会を取り込み、障壁を予測し、その障壁を克服するために戦略的に取り組む必要があります。私たちは既にオープンで信頼に足る政府を持っていますが、人々により参加してもらい、デジタルのもつ潜在的な力を利用する必要性は残されています。このような考えから、私たちは市民が政策立案プロセスの開始段階から参加し、意思決定に関与するための新しい機会と方法を模索しているところです。
さらに、グローバル市民として、私たちは、より良い世界を創造するために、同じ志をもつ国々と、互いの強みと経験を共有し、再利用し、あるいは新たに強みとなる点をつくり、デジタルで得られる機会を実現するために、引き続き協働していきたいと考えています。
(訳/松岡 清志)
ティム・オクルショウ(Tim Occleshaw) 政府CTO兼ニュージーランド内務省サービス・システム変革局 副チーフ・エグゼクティブ。オーストラリアおよびニュージーランドの金融サービス業での25年以上のマネジメント経験を経て、社会開発省CIO、内国歳入庁情報・デザイン・システム担当部長を歴任後、2012年に内務省に着任。 |