1.はじめに
北欧諸国をはじめとする諸外国では、いわゆる「サービスデザイン」の考え方に基づく取組みが進められつつある(サービスデザインの考え方については本誌特集の長谷川氏の論考を参照のこと)。しかし、その取組みが定着するための要因となる文化的背景、戦略や組織等は各国によって異なる。わが国でも、内閣官房IT総合戦略本部の電子行政分科会においてとりまとめられた「新たな電子行政の方針についての考え方」の中で、サービスデザイン思考の方向性が提示されている(※1)が、その取組みを的確に推進していくにあたっては、先例となる諸外国の取組みにおける、こうした定着化の要因を的確に把握しておくことが重要である。
本稿では、これらのサービスデザインの導入と定着に成功している国には、要因にどのような差異が存在しているかを明らかにするとの問題意識に基づいて、電子政府ランキングで上位の国の中から、
サービスデザインの取組み状況が異なり、かつ各国の状況を記述した文献が比較的入手可能なヨーロッパの4か国(デンマーク、スウェーデン、イギリス、スペイン)を取り上げ、欧州委員会が毎年公表している電子政府ファクトシート(※2)や、各国の電子政府
所管組織のウェブサイト等で公表されている情報、および各国の取組みについて記述した文献等に基づき、文化、戦略・ガイドライン、組織の比較分析を試みた。
(※1)電子行政分科会の2017年2月27日とりまとめ「新たな電子行政の方針についての考え方」、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/
senmon_bunka/densi.html。
(※2)最新版は、https://joinup.ec.europa.eu/community/nifo/og_page/egovernment-factsheets#eGov2016より閲覧可能。
2.各国における取り組み状況
はじめに、サービスデザインに基づく取組みが対象
とした各国でどのように行われているかを整理する。
上記のようにサービスデザインの取組みが進んでいる国がある一方で、国連の電子政府ランキングで上位に位置づけられる先進国でも、取組みが進んでいない国がある。
3.各国における定着化要因の差異
次に、前節で示した取組み状況の差異がどのよう
な要因によって生じているかを分析する。
(1)文化
ここでの「文化」とは、サービスデザインの考え
方が行政に限らず社会全般において浸透しているか
に注目する。もっとも、文化の浸透、定着の度合を
直接測ることは現実的には困難であることから、こ
こでは各国の状況について言及した文献を手がかり
として判断する。
(2)戦略・ガイドライン
2番目に、サービスデザインの考え方を取り入れ
た戦略、および取組みを進める上での実践的な手
引きとなるガイドラインの有無について見ておき
たい。
(3)組織
最後に、サービスデザインの考え方に基づいた
具体的な取組みを推進する際に中心となる組織の
有無について記述する。
(※3)安岡美佳(2014)「デンマーク流戦略的参加型デザインの活用」一橋大学イノベーション研究センター『一橋ビジネスレビュー』62巻3号、54頁。
(※4)若森(2009)、「北欧型社会経済モデルと市民参加―デンマークのフレキシキュリティ・モデルを中心に―」、関西大学経済・社会研究所『セミナー年報2008年度』、149頁。
(※5)同上。
(※6)マインドラボ設置の母体となる省庁は、のちに経済成長省・児童教育省、雇用省の3省へと変更されている。
(※7)Service Design Network(2016)、‘Service Design Impact Report : Public Sector’, p.57.
(※8)ポリシーラボについては、本号の特集記事でより詳細に取り上げられているので、合わせてごらんいただきたい。
4.まとめ
ここまで述べてきた各国の状況をまとめると、表のようになる。この結果から、サービスデザインの取組み状況と文化、戦略・ガイドライン、組織との関係性を読み解くヒントが得られると考えられる。すなわち、サービスデザインの文化が比較的定着している国では、戦略やガイドライン、および組織の有無にかかわらず、実際に取組みが行われている。それに対し、文化がまだ定着していない国では、サービスデザインの考え方を含む戦略やガイドラインが整備され、関係省庁や様々なステークホルダと協働する組織が設置されることで、取組みが促進すると考えられる。
冒頭に述べたように、わが国でも電子行政にサービスデザインの考え方を導入する流れが生まれつつある。本分析結果によれば、サービスデザインの文化が社会に必ずしも定着していない日本において、取組みを進めるためには、戦略にサービスデザインの考え方を盛り込むと同時に、取組みを進める中心組織を設置することが必要と考えられる。「新たな電子行政の方針についての考え方」においてサービスデザイン思考が明記されたことは、大きな推進力であると言え、次の段階として、取組みをどのような組織、体制で進めるかを検討することが必要と思われる。
表 各国のサービスデザインの文化、戦略、組織
(出典)筆者作成