機関誌記事(記事単位)

2016.09.14

「行政&情報システム」2016年6月号掲載記事:行政におけるデータマネジメントの普及に向けて

一般社団法人行政情報システム研究所
主席研究員 狩野 英司

[研究員レポート]

※この記事は、「行政&情報システム」(2016年6月号)に掲載した記事を転載したものです。

一般社団法人データマネジメント・コンソーシアム 理事・事務局長 ・ 株式会社リアライズ 代表取締役社長 大西浩史氏と共同で執筆しました。

 

行政におけるデータマネジメントの普及に向けて

−平成27年度行政情報システム研究所調査研究報告概要−

 

一般社団法人 行政情報システム研究所

主席研究員 狩野 英司

データマネジメントとは

データが組織活動における価値創出の源泉となりつつある。民間企業では、製造、流通、販売、サービス、 コーポレート管理など事業活動のあらゆる場面で、データを基軸とした事業運営へのシフトが進みつつある。 リクルート、楽天などの先駆的な企業では、さらにその段階を超えて、大量データを活用した人工知能(AI) 技術の組織的な導入へと舵を切っている。こうしたパラダイムシフトの引き金となっているビッグデータ分析 、IoT、AIといったテクノロジーはいずれも大量のデータの存在が前提となっているが、それらは単に存在する だけでは活用できるとは限らない。適切なデータが、適切な形、適切なタイミングで利用可能となっている必 要がある。

有用なデータは、それを意識して生成し、維持し、利活用する仕組みを作らない限り、得られることはない 。例えば、「家屋の面積」というデータ項目に、何のルールもなく、ある担当者は「延べ床面積」を、別の担 当者が「床面積」を区々に入力していたとしたら、どれだけ手間をかけたとしても、どれだけのビッグデータ があったとしても、無価値あるいは有害であろう。

では何をすればよいのか。まず、そもそも何の目的のために、どのようなKPI(重要業績評価指標)を設定し 、どのデータを収集し、どう利活用していくのかといった「戦略」を定めなければならない。また、一つ一つ の入力項目を定義し、入力と利用のタイミングを決定し、データが適切に登録されているかを監視し、利活用 を促進する、といった一連の「プロセス」をデータのライフサイクルにわたって決めなくてはならない。その 上で、どのように役割を分担し、入力者を教育訓練するのか、また、データ品質への責任を誰が負うのかとい った「体制」も決めなくてはならない。これらを実務へと落とし込み、活動を継続・改善していくこと、これ がデータマネジメントである。

「データマネジメント」とはひと言で言えば、データを利活用可能な状態に維持し、継続的に改善していく 活動である。i

個々の取組みは特別なものではなく、通常のシステム構築・運用の場面では特殊な技能も必要ない。(注:データの量や構造が大規模・複雑な場合や、高度な分析や特殊な利用方法が必要な場合は専門家や外部 ベンダーの協力を得た方が効率的・効果的な場合もある。)当たり前の地道な取組みの積み重ねが一連の活動 として、そして一貫した戦略と体制の下で構成されてはじめて、本当に有用なデータを利活用できるようにな るのである。

 

データマネジメントの潮流

世の中がデータ駆動型(data driven)へとシフトするのに伴い、データマネジメントもまた高い関心を呼び つつある。データが利活用可能な状態になければ、どれだけ高価なシステムを導入しても無価値である一方、 データを武器として利活用できれば、マーケティングやコスト削減などに大きな効果が期待できるとの認識が 拡がってきている。こうした関心の高まりを受けて、データマネジメントに関する調査研究や普及活動に取り 組んでいる一般社団法人データマネジメント・コンソーシアム(JDMC)も、約5年前に設立されて以来着実に会 員数を伸ばしており、現在200社に達している。去る3月に開催されたカンファレンス「データマネジメント 2016」でも参加者約千名を集め、会場となった雅叙園は熱気に包まれた。

データマネジメント2016の様子(写真:JDMC提供)

 

JDMCでは、約3年をかけてデータマネジメントの取組みのフレームワークを「データマネジメント概説書」( 以下「概説書」)として策定・出版し、会員をはじめ広く社会一般への成果の普及に努めている。また、JDMC では、業界ごと、テーマごとの研究活動も活発に行っており、ケーススタディなどの形で成果の共有・展開を 図っている。各企業によるデータマネジメントへの取組みもさかんに行われており、前述の「データマネジメ ント2016」の一環として実施された「データマネジメント賞」では、大賞のセブン&アイ・ホールディングス など10件の優秀な事例への表彰が行われた。(なお、2016年の表彰では、政府が推進している共通語彙基盤の 取組みも特別賞を受賞している。) ii

 

行政に求められるデータマネジメント

行政機関においても、データの利活用を巡る環境は変化しようとしている。政府は2015年の世界最先端IT 国 家創造宣言において、データの利活用を含めたデータ駆動型の行政運営に取組む方針を明確にしている。行政 における人的、予算的リソース(資源)の制約が強まる中、多様化・複雑化する行政ニーズに的確に対応して いくためには、データを駆使することで行政の無駄を省き、施策の精度や効果を高めていくことが不可欠であ り、今後もこうした方向へのシフトはさらに加速していくことだろう。

このような時代的要請に行政機関が的確に応えるためには、正確で質の高いデータの蓄積が必要であり、そ のためにはデータマネジメントの着実な実践が必須となる。しかしながら、現状、行政機関ではデータマネジ メントに関する認知度は、一部の行政職員やCIO補佐官を除きほとんどないと言ってよい。このような状態のま ま新たなデータ分析ツール等のテクノロジー導入だけが先行すれば、使えない・使われないデータやシステム ばかりが次々に生み出されてしまう可能性がある。

 

「行政へのデータマネジメント概念の普及に関する調査研究」の概要

一般社団法人行政情報システム研究所(以下「当研究所」)では、こうした問題認識に立ち、JDMCの協力を得て行政におけるデータマネジメントの現状を把握し対応策を検討するための調査研究を2015年度に実施した 。その成果の一部を以下に紹介する。

 

【1】行政機関はどの程度、データマネジメントに関する問題を抱えているのか

データマネジメントと情報システムは密接不可分の関係にある。そこで、情報システムのトラブルが表面化 し、内実がある程度明らかになった事例を取り上げ、当該問題にどの程度データマネジメントの不備が関係し ているかを分析した iii。(図表1参照)

<結果>

1 .システムトラブルの半数にデータマネジメントの不備が関係している。(12件中6件)

2 .さらに、単なるハードウェアの障害を除けば、トラブルの3/4にデータマネジメントの不備が関連している 。(8件中6件)

すなわち、情報システムのトラブルには多くの場合、データマネジメントの不備が関係している。逆に言え ば、データマネジメントが適切に実施されていれば、情報システムのトラブルのかなりの部分は回避または軽 減できる可能性がある。

 

図表1 データマネジメントの不備による影響(行政機関)

(出典)著者作成

 

【2】 行政ではどの程度データマネジメントが意識して実践されているのか

データマネジメントへの意識の有無が最も端的に表れ、実際にその後の成果を左右することになるのは、情 報システムの要件定義~調達のフェーズである。そこで、調達仕様書の記載内容の分析を通じて、間接的に、 行政においてデータマネジメントがどの程度考慮されているかの把握を試みた。具体的には、前述のJDMC「概 説書」に照らし調達仕様書の策定時に実施すべきデータマネジメントの側面からの「確認の観点」をチェック リスト化し、実際の調達仕様書において、どの程度考慮がなされているかを分析した iv。(図表2参照)

<結果>

1 .行政の情報システム調達では、ほとんどの「確認の観点」でデータマネジメントに必要な考慮が行われて いない。

2 .「情報の全体像の把握」「データ統合・移行」など一部の「確認の観点」では考慮が認められたが、その 中でも調達仕様書に記載のあった案件は全体の2 ~ 3割程度にとどまっている。

すなわち、現状、行政の情報システム調達では、データマネジメントは十分に考慮されていないということ である。

 

図表2 情報システムの調達仕様書におけるデータマネジメントの考慮度合いの測定と結果

(出典)著者作成

 

【3】 現場ではどのように問題を捉えているのか

表面化した情報システムのトラブル件数や調達仕様書への記載状況といった外形的な分析だけでは、全体の 傾向までしか掴めない。そこで、情報システムの企画・開発・運用の現場において、実際にデータを巡ってど のような問題が発生しており、何が課題となっているかについて、日々そうした問題に実務専門家として携わ っている政府CIO補佐官等へのインタビューを通じて課題の洗出しと整理・体系化を行った。(図表3参照)

<結果>

1 .データを巡る問題は、組織文化、職員のITリテラシー、人事制度、システムアーキテクチャ、システム運 用など様々な要因に起因して発生しており、データに関する領域を超えた問題に起因するものも少なくない。 (これらはむしろそれぞれの領域での取組みが適正化されれば自ずと解消するものである。)

2 .他方で、データマネジメントによる解決の取組みは、他の領域での取組み以上に多くの課題の解決に役立 つと考えられる。

すなわち、データマネジメントだけではすべての問題は解決できないが、着実に実施されれば、データを巡 る問題の解決にとって多くの場合有効である。

 

図表3 行政におけるデータに関する課題の整理・体系化

(出典)著者作成

 

【4】 民間のフレームワークは行政機関にとってどの程度有効なのか

では、データマネジメントの課題に、民間企業のフレームワークであるJDMCの「概説書」はどの程度有効な のか。これを確認するため、前項で洗い出した課題のうちデータマネジメントに関わる全ての項目について、 「概説書」に記載された施策の有効性を確認した。(図表4参照)

<結果>

1 .14項目中11項目の課題において「概説書」の施策は有効である。

2 .ただし、「システムインシデントデータの管理の一元化」などシステム運用のあり方に強く影響を受ける 課題や、「システムアーキテクチャの陳腐化」といったシステムの企画面に由来する課題については、「概説 書」に基づく取組みの効果は限定的である。

すなわち「概説書」の施策は、データマネジメントに関する課題の多くに対して有効であると考えられる。

 

図表4 JDMC「概説書」の適用可能性検証結果

(出典)著者作成

 

行政がいま取り組むべきこと~データマネジメントの認知拡大

以上の調査研究を通じて、行政機関では現状データマネジメントは認知されておらず、その不備が情報シス テムを巡る問題の要因にもなっていること、データマネジメントは万能薬ではないが、実践されればデータを 巡る問題の未然防止にとって大きな効果が期待されること、そしてその実践とはすなわち「概説書」の実践が 近道であることが確認された。ただし、この「概説書」はあくまで民間企業向けであり、若干行政職員には理 解しづらい部分もある。そこで、当研究所ではJDMCの協力を得て行政職員向けの「行政データマネジメント導 入ハンドブック」(以下「ハンドブック」)を作成し、公開した(https://www.iais.or.jp/)。行政機関でシ ステムやデータに携わっている方は是非一読していただきたい。特に、同書中の「調達仕様書の作成時に考慮 しておくべき観点」は調達仕様書作成時に目を通しておくことで、データに関する問題の未然防止に大きく役 立つと考える。

前述のとおりデータマネジメントの本質は、当たり前のことを着実に行うことにある。したがって、最大の 課題は技術や手法ではなく、どうやって関係者を動機付けるかにある。とはいえデータマネジメントは多くの 職員にとって馴染みにくい概念である。そこでどうしても、意識の高い現場のリーダー的立場の方、あるいは 助言・支援を行うCIO補佐官等の専門家が率先して問題意識を持ち、関係者を粘り強く説得していくことが必要 となる。

その際の理解促進の一助として、ここでデータマネジメントに取り組むことのメリットを整理しておきたい 。

1 .本来使えて「当たり前」のデータを使えるようになる

2 .システムの成果に係るKPIを簡易・的確に把握できるようになる

3 .データ漏洩事故の発生リスクを下げられる

4 .オープンデータやIoTデータの社会課題解決への活用の基盤となる

5 .人工知能(AI)技術の行政への適用の基盤となる

詳細は前述の「ハンドブック」に記載されているのでここでは深くは立ち入らないが、一言で言えば、デー タマネジメントに取り組むことで、データを駆使する行政運営を実現するための条件が整い、データを思いの ままに利活用できる、そうした姿に一歩近づくということである。

 

今後の課題

「ハンドブック」の展開はデータマネジメントの普及に向けた取組みの第一歩に過ぎない。今後は以下のよ うな取組みも必要になると考えている。

(1) 事例の収集・蓄積と共有

データマネジメントはその必要性が認識されるだけでも大きな違いが出るが、組織として本格的に取組み、 効果を発現させていくためには、より実践的なHow-toの情報が必要である。この点JDMCでは、無理に「概説書 」にHow-toを詰め込まず、模範的な事例をケーススタディとして取り上げ、紹介する方針を取っているiii。行 政においても同様に、新規システムの設計時、既存システムの統合時、官民連携プロジェクトの企画時など、 典型的な事例ごとに模範的な取組み事例が蓄積・共有されることが望まれる。

(2) ハンドブック自体のブラッシュアップ

データマネジメントを取り巻く状況は、技術の進歩や事業の優先順位付けの変更等に伴って変化していく。 また、ハンドブックが参照され、実務で実践されるうちに、自ずとハンドブック自体の過不足や見直すべき箇 所も出てくるであろう。こうした変化や利用者からのフィードバックを踏まえ、ハンドブックは適切なタイミ ングで見直しが図られることが望ましい。加えて、(1)のケーススタディの蓄積が進めば、How to集のような 形で切り出すという展開も考えられよう。

 

おわりに

以上、当研究所が実施した調査研究の成果に基づき、今後の行政におけるデータマネジメントの必要性と具 体的な取組みを紹介した。データマネジメントは目立たない、地道な活動である。データマネジメントを行っ たからといってすぐに目に見える効果が生み出されるわけではない。行政機関において、その必要性の認識を 広め、定着させることは容易ではないであろう。意識の高い現場リーダーによって取組みが着手され、息長く 継続されることを期待したい。また、データマネジメントに関係する様々な団体や機関においても、それぞれ の立場からこの課題への取組みが行われ、協力や連携の輪が拡がっていくことが重要と考えている。

なお、最後に、データマネジメントはデータに関する問題解決の万能薬ではないし、まして上記のハンドブ ックを実践すれば済むものではないことは再度強調しておきたい。情報システムに関するリテラシーや組織文 化、業務慣行の問題など、より根本的な課題の解決に取り組むことも同様に求められよう。この点に関して、 本調査研究に協力いただいた根本直樹 政府CIO補佐官のコメントを紹介して本稿を締め括りたい。

 

行政におけるデータマネジメントの問題の本質について -根本直樹 政府CIO補佐官のコメント-

データマネジメントが不十分な状態となっている要因の一つとして、行政機関の情報システムは長らく紙ベ ースの業務をほとんど変更せずに電子化し事務の効率化を目的に進められてきたことが背景にあると考えられ る。この傾向に引きずられる結果、調達仕様書も業務処理をいかに電子化し、効率化できるか、という記載に なりがちであり、システム上に蓄積されるデータをどのように利活用していくか、組織を横断して如何に利活 用を高めていくか、などの発想に乏しくなりがちだからである。

また、情報システムは人にプログラムされたことと命令されたことのみ正確に処理するという大前提の認識 、特に紙ベースの業務での人による情報の認識と理解からの柔軟な処理と、情報システムによる処理の根本的 な違いについての認識が薄いため、人であれば日常の業務では当たり前と認識しがちなデータの全体像の把握 について調達の初期段階で漏れなく正確にできないままに曖昧な設計・開発が進み、情報システムの開発後の 実務運用の中で思い通りの処理結果が得られず、開発の手戻りや改修作業が発生している。

こうした文化や慣習が残存している結果、個別システムの機能の実現に終始したり、システムリリース後に どのように利活用していきたいかが不明確な調達仕様書が発出されてしまうのだと推測される。

 

i JDMCの定義では「データをビジネスに活かすことができる状態で継続的に維持、さらに進化させていくため の組織的な営み」としているが、本稿では行政職員にも理解しやすいよう読み替えている。

ii 各賞の受賞企業・団体は次のとおり。株式会社セブン&アイ・ホールディングス、独立行政法人情報処理推 進機構、コメリグループ、株式会社 ビット・エイ、村田機械株式会社、楽天株式会社、株式会社IHI、株式会 社東京証券取引所、株式会社イオンイーハート、リバイス合同会社、株式会社日立製作所(JDMC、2016年度デ ータマネジメント賞が決定 http://japan-dmc.org/?p=5862)

iii 日経BP社『日経コンピュータ』に連載された「動かないコンピュータ」の過去3年分の74事例の中から民間 企業等の事例を除いた行政システムに関わる13事例を対象とした。データに関する問題は通常は表面化するこ とはないため、こうした間接的なアプローチを採用している。

iv 具体的には、過去1年間に行われた情報システムに係る調達案件のうちデータマネジメントへの考慮が必要 と判断された案件の調達仕様書について、同リストに基づいて確認を行った。なお、単なるデータ移行などの 調達案件は分析対象から除いている。

v 例:データマネジメント・ケーススタディ ボトムアップ編: 『始まりは品目検索へのクレームだった』

 

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