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2025.03.03

2025年3月号 連載企画 北欧諸国のイノベーショントレンドno.14 北欧でイノベーションが創発し実装される仕組み 一次産業のイノベーションとデジタル化

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
政策研究事業本部 産業創発部
主任研究員
中島 健祐

 イノベーションは人工知能、ロボット、自動運転など情報技術分野で語られることが多い。北欧でもこうした領域は国家として注力しており様々な取組みが進展しているが、一次産業の高度化も先進技術開発を活用して積極的に行われている。背景として先進技術を取り入れることにより持続可能性を担保しながら国際競争に耐えうる一次産業を発展させるということ、高齢化などによる労働者不足をデジタル技術の活用により限られた資源で生産性を向上させるという狙いもある。そこで今回はあまり取り上げられることのない、北欧における一次産業の動向とイノベーション事例を紹介しようと思う。

 

1.フィンランドの林業

 フィンランドは森林国家であり、国土面積に対する森林率は73.7%、経済協力開発機構(OECD)加盟国37カ国のうちランキング1位となっている。2位はスウェーデンで68.7%、日本は68.4%と第3位だ。(出所:2020年林野庁 世界森林資源評価(FRA)2020メインレポート)フィンランド林業は日本の林業の進むべき方向性を示していると言われ、ここ数年地方自治体などで同国との連携が進展している。例えば長野県伊那市は2019年に北カレリア地域と林業・森林分野において協力の覚書を締結した。林業のデジタル化を軸に協議が行われ、今後具体的なプロジェクトを組成するため昨年11月には覚書の期間を2029年まで延長している。弊社も林業での協業を支援するべくヘルシンキ大学を伊那市、信州大学に紹介した。近い将来長野・伊那市版のデジタル林業プラットフォームが構築され日本林業の活性化と発展に繋げることが出来ればと考えている。勿論、フィンランド林業と日本の林業は樹種や土地の形状も異なることからフィンランドの経験、ノウハウを全て真似することは出来ないし、またその必要もないと考えている。むしろフィンランドの林業がデジタルを活用しどのように進化したのか?その本質と実装方法などを学ぶこと。そして現在のフィンランド林業が抱えている課題を共有して、逆に日本の経験をフィンランドに還元することにより異なる国際間での知見共有から新しい林業モデルを発展させることが重要だろう。

 

2.フィンランド林業のデジタル化

 フィンランドの林業は早い段階からデジタル化が導入され、スマート林業として実装&運用されている。1980年代から現場の機械化とデジタル化が推進、林業機械とデータプラットフォームが繋がるデジタル統合が行われている。背景として北欧全体で見られることであるが、欧州の中でもフィンランド、デンマーク、スウェーデンはデジタル化でトップ水準であることが挙げられる。また社会のデジタル化が進展するに従いペーパーレスとなることが予見出来ていたため先行して各種産業の効率化と高度化が実行されてきた経緯がある。フィンランド林業も製紙分野で大きな影響を受けるため先行して林業のデジタル化が行われてきた。

 

図1 デジタル森林オープンデータの画面

(出典)https://kartta.paikkatietoikkuna.fi/?lang=en

 

 フィンランド林業のデジタル化は、①データ収集、②デジタル林業管理、③デジタル木材取引(デジタルマーケットプレイス)、④森林デジタルツインが主な特徴である。
 ①国レベルの森林データはフィンランド森林センターが管理しており、森林資源データベースは世界最大規模である。森林区画レベルで私有林に関する森林資源データは1,390万㌶ありフィンランド私有林面積の99%をカバーしている。データ収集はサンプル区画の測定に加え、航空機やドローンなどによる空中レーザースキャンと航空写真により行われる。またハーベスタ(伐採を行う林業機械)が樹木の伐採時に取得する情報(樹種、伐採ロケーション、樹質・長さ・太さなど)も登録されるようになっている。これらのデータにより森林所有者は、森林の概要を把握し所有している森林管理と伐採提案を確認することが可能となる。②デジタル林業管理サービス、公共サービスはフィンランド森林センターにて提供されるが、林業会社が提供する民間サービスもある。公共サービスにはウェブとモバイルアプリケーションが含まれ、森林所有者はデジタルサービスから直接税務当局に森林税申告書を送ることが出来る。また本サービスで木材の販売に関する情報、森林管理業務の発注、各種相談を行うことが出来る。つまりデジタル林業管理サービスにより森林所有者は所有する森林資源を一括して管理、計画し、意思決定のための支援情報を入手することが可能となる。森林管理業者は同サービスに登録することで、森林所有者とのマッチングから新しい顧客を見つけることも出来る。③デジタル木材取引(KUUTIO)は、森林所有者、木材購入者、森林管理協会などの仲介業者、その他林業サービスを対象としたオープンで独立した木材市場(マーケットプレイス)だ。森林所有者はKUUTIOを完全に無料で利用することが出来、デジタル林業管理サービスにより収集されている森林資源データをそのまま使用出来る。森林保有情報をデジタル木材取引にアップロードすると、適切な森林管理の推奨事項に従い、森林資源データに基づいた伐採提案が提示される。森林保有者は地図と販売したい森林パターンを選択し見積をリクエストする。すると木材の種類・量、天然資源庁の統計木材価格データに基づいた伐採収入見積がサイトで確認可能となる。これらの情報から最終的に販売したい提案を木材業者にオファーリクエストとして提出し、選定された業者と取引を行うことが出来る。KUUTIOは林業専門家にとっては木材の販売、仲介、購入を行うだけでなく、木材取引に関する専門的アドバイス、サービスを提供するツールでもある。このようにフィンランドのデジタルサービスは多様な利害関係者間のマッチングを通じて価値が共創出来るようにデザインされていることも特徴だ。④森林デジタルツインは現在まだ研究段階であるが、フィンランド農林省により「国家リモートセンシングとデジタルツイン」プロジェクトを中心に進められている。フィンランド森林センター、メッツァハリトゥス林業社、フィンランド国土調査局が連携し2026-2031年の次期国土レーザースキャニング、航空写真の製作仕様定義、森林インベントリ(保有森林資産の管理)の方法、データモデルをテストし定義している。このプロジェクトではより正確なレーザースキャンと航空データから森林デジタルツインを組成し、精密な森林変数に加え、多様性や不均等林に関する森林構造の解釈が可能になるという。こうした分析を通じて深刻な虫害の可能性、落葉樹の大木に関する研究、森林の炭素計算が行われ、新しい保有森林資産の管理手法や森林情報モデルの可能性を検証することが目的だ。他にもヘルシンキ大学では森林デジタルツインとハーベスタ・シミュレータを接続し、ハーベスタなど収穫機の操作方法を学ぶことや、より生態学的な方法で森林管理を実現する研究も行われている。このようにフィンランド林業のデジタル化は、部分的な領域でデジタル技術が導入されているのではなく、研究領域から森林保有者、林業専門家、木材業者に至る林業のバリューチェーン全体に対して進展していることが強みとなっている。

 

図2 デジタル木材取引の画面(デジタルマーケットプレイス)

(出典)KUUTIOホームページhttps://www.kuutio.fi/

 

3.ノルウェーの水産業

 我が国はかつて水産大国であった、しかし1984年の漁業生産量1,282万トンをピークに(当時世界第1位)年々減少し2022年は391万トンで世界ランキング12位に転落している。ノルウェーは9位(426万トン)だがサーモンの養殖生産量は世界全体の45%を占め1位となっている。そしてノルウェーは漁業者一人当たりの生産量は日本の約8倍である(ノルウェー214.5トン/人、日本27.6トン/人 2015年データ)このようにノルウェーは水産大国であり、漁業と養殖業は成長産業となっている。しかし、ノルウェーも以前は乱獲により危機的状況に陥っていた。ウィンチ(巻き上げ機)を搭載した漁船の大きな網により大幅に効率化が図られ、60年代にはニシンの漁獲量が激減して70年代初頭にニシン漁の中止、80年代半ばにはマダラ資源量の減少に直面した。その結果、科学的根拠に基づく水産資源管理として漁獲可能量(TAC: Total Allowable Catch)を確立して漁獲量の上限を決めることとなった。さらに持続可能な漁業を推進するため漁獲枠を決め、漁船に漁獲枠を配分する個別割当方式(IQ: Individual Quota)や漁船毎に漁獲枠を配分する漁船別獲得割当(IVQ: Individual Vessel Quota)を推進した。このようにノルウェー政府が実施した厳しい漁獲規制、漁獲割当、漁具規制などの漁業管理制度を導入した結果、漁獲量が復活して持続可能な水産資源管理が行われているのである。90年代には補助金も廃止し漁業事業者の自立を促すことで、産業構造の変革にも対応出来ている。水産資源管理においては、漁船監視としてVMS(Vessel Monitoring System船舶監視システム)により国が漁船の位置情報を含めたデータを主体的に収集している。このように漁業では水産資源管理に伴う監視という観点でデジタルを含めた先進技術が利用されている。

 

図3 ノルウェー水産業が注力する領域

(出典)NCE Seafood Innovation資料より

 

4.ノルウェー水産業のデジタル化

 世界の人口増加に伴う食糧問題、海の温暖化による漁獲量の激減など水産業の持続可能性に関する懸念が高まっている。そうした中ノルウェーでは水産物のサプライチェーン全体でデジタル化を推進し、業界の運営プロセスを変えることで運用効率の大幅な改善と環境配慮型水産業による持続可能性の実現を追求している。ノルウェーの水産物では現在、収穫、生産、流通、消費者選択、資源の将来予測など価値連鎖体系全体でデジタル技術が導入されつつある。①水陸両用ドローンとAIが生態系を保護し、②ロボット、ドローン、IoT、機械学習により養殖業の効率と意思決定が向上する。③デジタル技術により無駄な取引コストを最小限に抑える取引プラットフォーム、④小売業者が採用するQRコード、モバイル決済による原産地確認と購入意思決定支援などがある。例えば、ホタテ漁業は、従来天然の魚介類は浚渫により収穫されていたが、これは海底に長期的なダメージを与える。そのためノルウェー政府は1993年に浚渫漁法を禁止した。これに対応するため、最先端の水陸両用ドローンを開発し、浚渫せずまた魚介類を傷つけることなくホタテ漁獲の推測作業を効率化させることで環境への影響を軽減させている。これまで技術の活用は、主に効率性の向上が主眼であったが近年は、環境や生態系への影響を改善するための研究開発にも力を入れている。そのためAIを活用した精密漁業技術の開発と導入が今後さらに重要になると見られている。養殖業について陸上養殖のパートで詳述するが、主にIoTスマート養殖によるリモート監視、ロボットによる自動化の推進、漁業ドローンを活用した海洋資源保全、違法漁業者の監視、自動化とコスト削減に使われている。ユニークなことはデジタル技術により、効率性の改善だけでなく“魚の福祉”も考慮していることだ。魚に無用なストレスを与えずに飼育すると言うと私たち日本人には馴染まない観点かもしれないが、酪農でも動物の福祉が制度として確立されている北欧ならでは取組みであると言える。獲得された魚の1/3は破棄されているというデータもあり、水産物の廃棄を減らすこと、トレーサビリティの向上も重要な視点だ。この分野は英国のスタートアップであるRooser社の水産物デジタルプラットフォームとも連携している。このプラットフォームにより、魚介類の売買を迅速&透明性の高いものにすることで廃棄物の削減にも繋がっている。QRコードは、原産地、魚の飼育環境、調理方法などあらゆる情報を消費者に提供して顧客体験を向上させながら環境配慮に資する取組みを進めることが出来る。しかし、これはまだ初期段階であるためノルウェーでもまず消費者教育が不可欠だとしている。
 ノルウェーの水産業で成長領域である養殖はイノベーションを通じて最先端の技術が導入されている。ノルウェーの養殖生産量の99%はサケ科魚類であり殆どがアトランティックサーモンである。この水産養殖産業は1970年代に始まり1980年代から二桁成長したが、その背景にこそイノベーションによる技術開発が貢献している。ノルウェーの養殖業は養殖法(Aquaculture Act)に基づいてライセンス制度により管理されている。各ライセンスには、ここでも科学的なアプローチによる最大許容生物量(MTB: Maximum Allowable Biomass)が設定され、設定値以上の養殖魚を飼育することは出来ないように規制されている。例えばアトランティックサーモンの場合、1ライセンスで飼育可能な生物量は780トンである。従ってノルウェーの水産養殖業が急成長した要因は、予め定められている許容生物量内で大幅な生産性向上を実現出来たことだ。例えば、短期間での飼育、魚の死亡率の改善、餌の改良などがあり、ここでもデータを活用したデジタル技術が最大限投入されている。水産養殖のシステムは多岐に亘っておりノルウェーには複数の養殖システム企業が存在する。水産養殖システムには、養殖の網、ゲージなど基本ハードウェア、餌を供給する自動給餌システム、ゲージの環境を測定し管理するセンサーや照明類、そして生産管理などの養殖管理アプリケーションなどがある。近年はIoTで養殖場の環境ビッグデータを収集し(水温、餌の量、魚の健康状態など)分析することで生産施設の最適化とプロセスの効率性を高め、システム全体のデジタル化により生産性の向上を図る取組みが進展している。海上養殖に加えて陸上養殖も注目されている。日本では裾野市にノルウェーのPROXIMAR社が合計面積約28,000㎡、タンク容量32,000㎥の循環型水産養殖システム(RAS: Recirculating Aquaculture Systems)を構築し、2025年以降のフル稼働時には年間約5,300トンのアトランティックサーモンを生産する予定となっている。近い将来近くのスーパーではその日に水揚げされた養殖サーモンを購入出来るようになるだろう。この陸上養殖もエネルギー管理を含め高度にデジタル化されたシステムであり、正しく一次産業におけるイノベーションの事例と言えるだろう。

 

図4 ノルウェー・シーフードイノベーション2021

(出典)NCE Seafood Innovation資料より

 

図5 ノルウェーの新養殖技術

(出典)NCE AQUATECH CLUSTER資料より

 

 このようにフィンランド、ノルウェーは人工知能、ドローン、ロボットなどのデジタル技術を林業や水産業などの一次産業分野でも推進している。日本も農業ではスマート農業、植物工場、農産物のトレーサビリティなどの領域でデジタル化が進展しているが、林業、水産業ではまだまだこれからだ。むしろデジタル化が遅れている分、市場としての成長ポテンシャルが大きいこと、そして歴史・文化、事業環境、制度が異なることから北欧のモデルは完全には適合しないので、やはり日本独自の一次産業デジタル化を進めることが肝要だと思われる。そして、将来の可能性として日本型一次産業デジタルモデルが確立出来た場合、それを風土的に相性の良い東南アジアに輸出するというアプローチもあると考えられる。この構想には東南アジア市場に参入したいと考えている北欧諸国も関心を示しており、北欧ー日本連携による新しい価値体系創出と事業機会になることを期待している。

 

中島 健祐(なかじま けんすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 政策研究事業本部 産業創発部 主任研究員
デンマーク外務省投資局を経て当社に参画。ビッグデータ、IoT、人工知能、ロボットといった先端技術を利用したスマートシティやデジタルガバメントなど社会システム全般に関するコンサルティングと企業向け成長戦略策定支援が専門。また通常のコンサルティングに社会デザイン、デジタルデザイン、人間中心デザインの要素を統合した新規事業開発を推進するなど幅広いテーマに従事。

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