1.官民共創エコシステム@前橋市
前回に引き続き、社会システム側のデザインプリンシプル①エコシステムをつくる(協働)に関する事例をご紹介する。前回はデンマークを例にしたが、今回は国内の3つの事例を取り上げる。
一つ目の事例は、群馬県の県庁所在地である前橋市。デジ田交付金事業を活用した前橋市の取り組みについてはご存じの方も多くいらっしゃるかもしれない。前橋市では、まず官民共創による価値創造都市を目指し、10年以上前の2013年からエコシステム構築に注力してきた。
2016年に新しい街づくりビジョン「めぶく。」を掲げてからは官民共創の取り組みが加速する。デジタル活用の議論が深まっていくのは国のスーパーシティ型国家戦略特区の公募に向けた準備が始まった2019年ころからで、ここで議論された構想(デジタルグリーンシティ前橋)を実現するために2022年、官民共創会社めぶくグラウンド㈱が設立されることになる。
デジ田交付金を使って、スマートシティの共通プラットフォームとなるめぶくIDとデータ連携基盤、めぶくIDに紐づく様々なアプリが開発されている。
前橋市の官民共創エコシステムの土台となったのは、2013年度に始まった都市魅力アップ共創推進事業である。社会貢献活動、企業の社会的責任、共通価値の創造等に意欲があり、前橋市が抱える社会的課題の解決や新しい価値の創造に向けて、「自分ごと」として前橋市との連携を図ろうとする企業・団体等からの提案を受付けて、年間50万円以下の予算は前橋市が負担するという事業だ。
従来の行政のやり方だと、民間からどんなに良い提案があったとしても、公平性を担保するために時間と工数(入札手続きなど)をかける必要があり、アイデアをすぐに実現することは難しかった。都市魅力アップ共創推進事業では、前橋市の費用負担がある場合(前橋市の費用負担がない場合には提案者と協定を締結)には年間50万円を線引きとして、契約の期間などを踏まえて随意契約を結ぶことでスピード感あるアイデア実現に貢献した。
契約や協定締結の判断基準は、「提案されたアイデアが前橋市の魅力アップに資するかどうか」。これまでの事業実施件数は、以下の30近くにのぼる。
2.官民共創の土台となった都市魅力アップ共創推進事業
【2013年度】
・セキスイハイム太陽光発電kidsニコニコプロジェクト・・市立第三保育所の屋上に太陽光発電設備を設置。売電収益を市へ毎年寄附し、市立保育所の遊具や楽器等の購入費等に充当する。
・前橋イルミネーション&ライトアップat広瀬川・・広瀬川に架かる「朔太郎橋」周辺のイルミネーション&ライトアップ。
【2014年度】
・塗魂ペインターズるなぱあく塗装大作戦・・るなぱあく(前橋中央児童遊園)の大型遊具のフェンス等の塗装。「塗(トウ)魂(コン)ペインターズ」は全国100塗装店で組織するボランティア団体。
【2015年度】
・地域貢献型電柱広告・・東京電力が設置する電柱広告への地域貢献型の広告設置。
・サッポロ一番 前橋二番カップラーメン・・前橋版オリジナルカップラーメン「前橋二番」の製作。
・前橋ビジョン策定プロジェクト・・官民が共有できる本市のまちづくりの方向性を示すためのビジョンの策定。
【2016年度】
・みんなの輝く☆を見つけよう!プロジェクト・・児童養護施設や児童福祉施設等に通う子どもたちと家族を野球の試合観戦に招待。
・遊休地の有効利用策『コスモス畑』プロジェクト・・市有未利用地に「コスモス畑」をつくり、周知イベントを開催。
【2017年度】
・前橋まちなかポイ捨てごみ調査・分析事業・・まちなか(中心市街地)のポイ捨てごみ分布調査を年2回(夏季・冬季)実施。
・まえばしサイクルオアシスプロジェクト・・赤城山周辺及び前橋市内を走行するサイクリストを対象としたサイクルオアシス(空気入れなどができる休憩場所)を整備。
・自動車運転免許取得支援プロジェクト(タイガーマスク運動支援事業)・・市内の児童養護施設等の子どもたちの自動車運転免許の取得費用を負担する。
【2018年度】
・前橋市内全小学生へのザスパクサツ群馬ホーム戦通年招待事業-キッズサポーター1万人プロジェクト-・・前橋市内全小学生をサッカーザスパクサツ群馬ホーム戦に無料招待。
・アーツ前橋・オープンカフェ事業・・来訪者等が滞留できるようアーツ前橋の敷地内にウッドデッキを設置。
【2019年度】
・Visualization前橋実証事業・・地図情報システム「White Map」を使ったEBPMの推進。
・市民アンケートでのAI活用実証事業・・「住みやすさ」に関する市民アンケート調査における自由記載欄の分析。
・地域への人材還流を促進する高校生向けフィールドスタディプログラム事業・・市内の高校生向けにオンライン学習サイトを活用したフィールドスタディプログラム(インターンシップ)を実施。
・南スーダン応援自販機事業・・スポーツを通じた平和促進事業の専用自販機を設置し、売上を活動支援金とする。
・スポーツシティ前橋事業・・スポーツを通じた前橋市民の健康増進及び交流人口増加に向けた健康事業の実施。
【2020年度】
・LOCAD+(ロカドプラス)を用いた市政情報の発信事業・・位置情報連動型スマホ広告サービス「LOCAD+」を用いた新型コロナウィルス感染の注意喚起。
・ドコモデジタル基盤推進プロジェクト事業・・マイナポイントとキャッシュレス決済の設定サポート、スマートフォンへの切り替えサポート。
・スーパーシティ推進等PR事業・・前橋市版スーパーシティのコンセプトPR動画の作成、周知。
【2021年度】
・まえばし自慢事業・・「まえばし自慢」の写真を募集、市のPRに活用、記録資料として保存する。
・マイナンバーカードに関するアンケート事業・・マイナンバーカード取得率向上に向けたアンケートの実施。
・群馬県12市ボランティアプロジェクト(校門清掃事業)・・前橋市立荒牧小学校の清掃。
・前橋けやき並木ライトアップ事業と連携した前橋の魅力発信プロジェクト・・前橋駅周辺に設置するデジタルサイネージの企業広告料を前橋けやき並木ライトアップ事業に活用。
・広域的な結婚相談・交流事業・・近隣自治体と連携して結婚相談会、お見合い交流会を開催。
・前橋市フレイル予防モデルの創出に向けた協働事業・・高齢者の健康維持・増進のためのフレイル・介護予防事業。
・赤城の恵×新前橋商工会スタンプラリー事業・・「赤城の恵フェア~スタンプラリー~」を開催し、赤城の恵ブランドを知ってもらう。
【2022年度】
・異業種×地方創生プロジェクト・・地域課題の解決や地域共創に繋がる新たなビジネスを考案するためのイノベーション研修の実施。
3.民間主導のスマートシティ
2015年度に実施された「前橋ビジョン策定プロジェクト」から、前橋市の街づくりの基本コンセプトとなる「めぶく。」が生まれた。「めぶく。」には、前橋ビジョンのもと前橋に人が集い、新しい価値がめぶいていく。市役所、民間それぞれが役割を持ってこの芽を伸ばしていこうという意思が込められている。
「前橋ビジョン」の策定をきっかけとして、市内に拠点を持つ有志の企業家たちが「太陽の会」を結成した。この「太陽の会」はまさに民主導の街づくりの母体となる素晴らしい団体で、約款には毎年参画会員の純利益の1%(最低100万円)を前橋の街づくりのために寄付金として拠出することが明記されている。23社の参画から始まり、2024年8月には個人を含めた56の会員を抱え一般社団法人化した。2019年と2023年には紺綬褒章を受章している。
「太陽の会」は2018年、岡本太郎氏が生涯2点しか制作していない太陽の鐘の一つを修復して中心市街地を流れる広瀬川河畔に設置したり、2023年からは中心市街地にあるレンガ通りを改修したりするなど、積極的に街づくりに関わっている。
前橋市のスマートシティの取り組みは、このような官民共創の取り組みを地道に続けてきた延長線上にある1。官民共創の土台があったからこそ2022年に官民共創会社めぶくグラウンドが誕生した。
めぶくグラウンドは、「めぶく。」から始まった前橋ビジョンに、デジタルのエッセンスを加えたデジタルグリーンシティを実現するための母体となった。前橋市は、めぶくグラウンド設立時の出資金と併せて、デジ田交付金を活用して構築したデータ連携基盤を現物出資したことで、5,000万円を超える筆頭株主となっている(普通株式ではなくA種株式を保有)。
4.賑わいを取り戻した前橋の中心市街地
2024年10月、2日間に渡ってマエバシBOOK FESが開催された。中心市街地の商店街に設置されたグリーンシートに、誰でも不要になった本を出品できるイベントで、本を出品した人もしない人も、気になる本を無料で持ち帰ることができる(写真1)。2022年に第1回が開催されて、2024年に2年ぶりとなる2回目が開催された。
写真1 前橋BOOK FESの様子。写真左下は太陽の会によって修復され、広瀬川河畔沿いに設置された太陽の鐘(筆者撮影)
筆者は「デジタルグリーンシティ前橋」のケース教材のインタビューのためにマエバシBOOK FESに合わせて前橋市を訪問した。中心地を歩いているだけで、市役所の幹部やスタッフ、BOOK FESのコーディネーターを任されている街づくり団体の代表、前橋ビジョンの立役者である民間企業のCEO、めぶくグラウンドの役員の方々、太陽の会の関係者など、官民共創の主役的なプレイヤーの方に次々と遭遇して、まるでRPGの世界に入ったようだった。
中心市街地は、10年ほど前にはほとんど人が歩いておらず閑散としていたそうだが、ご覧の賑わいである。BOOK FESでは本のやり取りだけではなく、付随してトークショーやコーヒーマーケット(街歩きの途中に立ち寄った、先の都市魅力アップ共創推進事業の2018年度に登場したアーツ前橋のカフェで飲んだコーヒーはとても美味しかった。前橋には美味しいコーヒー屋さんが多いそうだ)なども開かれていたので、イベント全体としての集客効果ともいえるのだが、前橋ビジョンに共鳴して中心市街地におしゃれなカフェやレストランがオープンし、300年の歴史を誇る白井屋旅館のリニューアルオープンなどに伴って徐々に賑わいが戻ってきているとのこと。
5.官民共創スペース@群馬県庁
二つ目の事例は、前橋市役所から徒歩数分の場所に位置する群馬県庁をご紹介する。2020年に、県庁の最上階32階の展望スペースが官民共創スペースに生まれ変わった(写真2)。NETSUGEN(熱源)と名付けられたこのスペースは、個人会員と法人会員にコワーキングスペースを提供すると同時に、県庁職員がコーディネーター役として常駐。県内企業の様々な悩み相談や事業者のマッチングを行っている。
会員向けのセミナーや交流事業も積極的に開催されており、会員数は右肩上りで増えているという。群馬県の新しい共創の場としての役割を果たし、エコシステムとして機能している。
写真2 群馬県庁32階にあるNETSUGEN。ウッドボードには会員の自己紹介カードが貼られ、興味がある人が直接コンタクトできるようになっている。(筆者撮影)
NETSUGENは県庁の最上階にあるが、一つ下のフロアにはコミュニティスペースGINGHAM(ギンガム)がある。このスペースも元々展望台だったところを改修したもので、人工芝が敷かれたスペースは誰でも自由に遊びに来られる広場になっている。驚くべきは貸出用のキッチンエリアが併設されていることで、1時間500円という破格の値段で借りることができる。住民主催の料理教室などに使われている。
なお、県庁の32階、31階ということで、周りに同程度の高さの建物がないため、NETSUGENとGINGHAMからは赤城山を望む素晴らしい見晴らしが楽しめる。
6.自治体庁舎の概念を覆す「ワタシノ」@小清水町
最後の事例は、北海道小清水町の複合庁舎として2023年5月にオープンした小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」。自治体庁舎の概念を覆す非常に斬新な建物である。「ワタシノ」という名前は、“みんなが集まるワタシノ居場所”という意味を持つ。
小清水町の職務室に加えて、なんとコインランドリー(24時間営業)、おしゃれなカフェ、ラウンジスペース、フィットネスジム、ボルダリングまで備えた複合庁舎である(写真3)。これらのスペースは「にぎわいひろば」と名付けられた。
「ワタシノ」は、この建物の日常的な活用が、災害時に必要な機能(ランドリーや炊き出し)や避難スペース(フィットネスジム)を兼ね備える「フェーズフリー」の考え方を採用している。筆者が訪れたのは休日であったため自治体の執務室は閉まっていたが、にぎわいひろばのカフェやジム、コインランドリーは営業しており、カフェに併設するラウンジスペースには複数の若者のグループが談笑したり勉強したりしていた。
カフェやジムの運営は、地元NPOや企業が公民連携により行っている。小清水町の人口は4,500人と先述した前橋市や群馬県と比べて小規模だが、今後「ワタシノ」は地域のエコシステム創出の役割を果たしていくだろう。
写真3 地下1階、地上2階建の「ワタシノ」。内部は役所と思えないおしゃれな空間。1、2階に町役場の執務室、1階にコインランドリー、カフェ、ジムなどが入る。(筆者撮影)
7.デジタル活用を前に進めるためのエコシステムの役割
今回は、デジタル活用についてほとんど紙幅を割かなかった。行政分野のデジタルトランスフォーメーションやスマートシティの実現には、デジタルツールの導入よりもまず、前橋市で10年以上に渡って実践されているような、官民共創の土台づくりが必要だと考えている。これはこの連載の中心的なフレームワークであるソシオテクニカルの考え方に基づく。
官民共創のエコシステムによって、持続可能なDXやスマートシティのツールや仕組みを構築する。ここでは、国などの補助金に頼って「つくって終わり」の仕組みではなく、民主導で長期的な運営が可能なモデルが求められる。前橋では、官民共創会社であるめぶくグラウンドがその役割を担う。
次のステップは、社会システムのデザインプリンシプル②「消費者とのエンゲージメントを高める(体験価値の提供)」になる。前橋市ではめぶくIDとそれに紐づく様々なアプリが住民向けにリリースされたばかりで、具体的な成果はこれからだ。
デジ田交付金を活用して新しく開発されたアプリの一つを導入した前橋市のこども園にインタビューしたところ、「紙のオペレーションはなくせない中でアプリを導入しても、手間が2重になるので中々使いづらい」というお話があった(詳細は注釈1のケース教材を参照されたい)。このような話はDXを進めておられる現場で必ず出てくるもので、“デジタルによる体験価値の向上”といっても、一筋縄ではいかない現実もある。
この論点については、次回以降引き続き考えていきたい。
1 デジタルグリーンシティ前橋に向けためぶくID、データ連携基盤、各種アプリの詳細については、国際大学GLOCOMケース教材「Digital Green City前橋“めぶく”に集った「民」の力」(https://www.glocom.ac.jp/activities/project/10175)を参照されたい。
櫻井 美穂子(さくらい みほこ)
ノルウェーにあるアグデル大学の情報システム学科、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターを経て2024年より現職。専門は経営情報システム。特に基礎自治体および地域コミュニティにおけるデジタル活用について、レジリエンスやサスティナビリティをキーワードに研究を行っている。近著『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版、2022年)、『世界のSDGs都市戦略:デジタル活用による価値創造』(学芸出版社、2021年)、など。