米国では、大統領府の行政管理予算局が覚書M-23-22「デジタルファーストの公共体験の提供」を2023年9月に公表するなど、デジタルガバメントの推進に向けた取り組みが積極的に進められている。行政情報システム研究所では、米国におけるデジタルガバメントの最新の動向を把握し、日本におけるデジタルガバメントの推進に役立つ知見を得ることを目的として、2023年12月にワシントンD.C.にて現地調査を実施した。連邦政府の取り組みを様々な角度から調査するため、政府の全体方針の策定を主導する大統領府、国民向けデジタルサービスの提供や政府内部のデジタル化を主に担当する一般調達局、デジタル分野における対外政策に責任を持つ国務省、政府の外側に位置する立場を生かしてデジタルガバメントの推進に関与するジョージタウン大学の4か所を訪問し、ヒアリングと意見交換を実施した。本連載企画では、各機関で伺った取り組みの内容や今後の方針等について全4回にわたってご紹介する。
1.はじめに
今回は、デジタル分野における対外政策に責任を持つ国務省のサイバー空間・デジタル政策局(Bureau of Cyberspace and Digital Policy; CDP)をご紹介する。CDPは、サイバー空間及びデジタル技術に関する外交政策を主導・調整・促進することにより、米国の国家と経済の安全保障を促進する部局である。すべての人がデジタルに接続することでもたらされる機会にアクセスできること、ならびに経済と社会の繁栄を目指し、国際的なパートナーシップの構築も担当している1。
2.4つのユニットがデジタル政策を担当
CDPは2022年4月に設立された比較的新しい部局である。アントニー・ブリンケン国務長官が担当する主要政策領域の1つである「近代化アジェンダ」の一環として設立され、国務省が21世紀型の課題に応えるためのスキル・能力の構築、デジタル政策、ICTインフラの整備、サイバーセキュリティ、デジタル空間の自由、インターネットガバナンスに関する対外政策を担当している。議会の承認を得て任用される次官補級の幹部であるナサニエル・フィック無任所大使によって率いられており、フィック氏が米国政府の対外的なデジタル政策に関して責任者を務めているといえる。情報・コミュニケーション政策(Information and Communications Policy)、国際サイバーセキュリティ(International Cybersecurity)、デジタル空間の自由(Digital Freedom)、戦略計画・コミュニケーション(Strategic Planning and Communications)の4つのユニットがデジタル政策を担当している。
3.「デジタル庁」を置かず複数の政府機関が連携
CDPのディレクターへのインタビュー調査では、国務省が連邦政府全体のデジタル政策の中で果たす役割と、他省庁との連携のあり方について伺った。米国連邦政府では、全政府的な戦略についてはホワイトハウスが主導しており、国内向けの公共サービスは行政管理予算局(Office of Management and Budget; OMB)が、対外政策は本連載の第1回で紹介した国家安全保障会議(National Security Council; NSC)が担当している。一方で、連邦政府は非集権的な構造となっており、各省庁・機関が自らの問題意識やニーズに合わせてリソースを調整することができる柔軟性を有している。このため、CDPではNSCと大きな方向性は共有しつつも、独自性を保って政策の実施を進めることができているとのお話があった。
米国連邦政府にはデジタル政策を包括的に担当する「デジタル庁」が設置されていないが、その背景には、各省庁の独立性を重視する連邦政府の構造がある。1990年代以降、インターネットの普及に伴いデータやデジタル分野の政策の重要性は認識されていたが、新しい政策分野であるため専門の担当省庁が設立されることはなかった。しかし、その間にもデジタル技術とデータ利用は急速に進展し、各省庁においてデータ・デジタル政策に関連する小さな部門の設置が進んだ。結果として、デジタル政策は必要に応じた省庁間協力のプロセスによって進められるようになっており、協力体制は政策課題ごとに異なっている。省庁間協力の枠組みは、その大部分が議会によって規定されたものである。しかし、実態と政策との間に大きな乖離が見られると、いずれかの政府機関がそれを認識し、その機関が主導して必要な人材を獲得し、他の省庁の協力を得て具体的な取り組みを実施することも認められている。
このような体制のもとで、CDPでも対外政策の側面を有する複数の政府機関と緊密に連携している。今回のインタビューでは、CDPが実施している省庁間連携の好例として、国際開発庁(U.S. Agency for International Development)や商務省国際貿易局(Department of Commerce International Trade Administration)との連携によるデータ政策への言及があった。それ以外に、公共部門による物品やサービスの調達を担当する一般調達局(General Services Administration; GSA)とも、米国内で導入されている調達規制の国際的な法整備に対する適用可能性の観点からの検討を共同で進めているという。また、サイバーセキュリティ分野では国務省に外交サイバーセキュリティセンター(Foreign Affairs Cybersecurity Center)が設置されており、国家サイバーディレクター室(Office of the National Cyber Director; ONCD)や国防総省、国土安全保障省のサイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency; CISA)といった各機関と連携して、政府全体としてサイバーセキュリティ戦略の策定や政策の実施に共同で取り組んでいるとのお話があった。
4.重要政策で日本と緊密に連携
今回のインタビューでは、デジタル政策における日本との緊密な連携の重要性について多くの言及があったことも印象的だった。具体的な協力分野としていくつかの領域が示されたが、最も強調されたのはデータへのアクセスであった。CDPではG7加盟各国の政府と連携し、OECDのガバメントアクセス宣言(Declaration on Government Access to Personal Data Held by Private Sector Entities; Trusted Government Access Declaration)の策定を担当してきた。この宣言は、民主主義国家が個人データをインテリジェンスや法令の施行に利用することを目的として設置するセーフガードについての基準を定めたものである。
■ガバメントアクセス宣言(Declaration on Government Access to Personal Data Held by Private Sector Entities; Trusted Government Access Declaration) |
また、データの流通も緊密な連携が続けられてきた分野であるという。アジア太平洋経済協力(APEC)の枠組みでは、CDPは日本政府とともに越境プライバシールール(Cross-Border Privacy Rules; CBPR)に関する国家間の調整や、APEC域外の国家にも枠組みを拡大するための制度化に向けた議論を重ねてきた。多国間枠組みの中でデータの流通という問題に関するパートナーを有することは望ましく、その意味でDFFT(Data Free Flow with Trust)の提案をはじめとする日本のこれまでの関与はきわめて有用かつ建設的であるとのコメントがあった。
■越境プライバシールール(Cross-Border Privacy Rules; CBPR) |
5.国際的な枠組みづくりにあたっての考え方
CDPが国際的な枠組みづくりに取り組む際の基本的な考え方についてもお話を伺った。ディレクターを務めるブランドン・ハック氏によれば、データ・デジタル政策を国家間で議論するときには、データ活用に関連するプライバシー権についての国民から政府への期待は国によって異なるという事実を認識することが重要であるという。経済成長と引き換えにオンラインでのプライバシー権を放棄することを国民が受け入れている国も多い一方で、個人の権利を重視する地域もある。G7やG20、OECDといった広範なエコシステムでは、データの取り扱いに関するこうした観点での複雑な力学が働いている。このような信頼と期待の不平等の結果として、国によって異なる国内ルール(プライバシー法など)が策定されている。そこで、国民の政府への期待に関するベースラインとなる理解は共通しつつも、結果的に策定されるアウトカムとしての法制度は国によって異なっているという相互運用性のあるモデルを採用することが必要になる。ハック氏は、CBPRフォーラムがその良い例であると述べた。ベースラインとなるプライバシー原則がOECDで定められており、異なる法的な伝統を持つすべてのメンバー国の間で合意できるようになっているという。
6.政策の継続性の担保
CDPはバイデン政権下において、ブリンケン国務長官の任務遂行を円滑化するために組織された部局である。将来的な政権交代の可能性がある中で、CDPとしてデータ・デジタル政策の継続性をどのように担保するのか。この点について、ハック氏はCDPが議会の超党派の支持を得て設立された部局であり、担当政策の大まかなフレームワークはトランプ前政権時代に定められた内容を踏襲しているため、2024年に予定されている大統領選挙で政権交代が起きた場合であっても、政策は一貫性をもって継続されるとの見通しを示した。ただし、部局のトップを務めるフィック無任所大使は議会上院の承認により任命されるポストであるため、政権交代が起きた場合には交代もあり得る。加えて、国務省内の他の次官補級幹部の交代によってCDPの所掌範囲や方針が影響を受ける可能性もある。このような変化を経ても継続性が担保されるのは、国務省で20年以上の職務経験を有する筆頭副次官補級の幹部たちの存在によるものであり、それ以外の職員も基本的には留任されるという。また、国務省では以前から、民間や他の政府機関との間での人材の流動性が高く、特に幹部級職員では官民の移動が頻繁に起こっている。そのような状況でも、決定された政策的方向性が属人的な要因で迷走することがないよう組織のガバナンスが効いていることが示唆された。
連載の第3回となる今回は、国務省サイバー空間・デジタル政策局(CDP)をご紹介した。2022年に設立された新しい部局ではあるが、米国連邦政府における省庁の独立性と、政策課題に基づくニーズに応じた省庁間連携に対する積極性のもとで、データ・デジタル分野の対外政策を中心的に担う立場としての責任感が強く意識されていることが窺えた。特に、データ流通のように各国の利害が複雑に絡み合うトピックに関しては、多国間枠組みの中で日本を含む諸外国の政府と戦略的に対話や交渉を進めている。デジタル政策が政府内部の業務効率化や国民の利便性向上といった目標に留まらず、外交・安全保障における重要な論点になっていることを改めて認識する機会となった。日本政府においても、中長期的な視点をもった戦略的な国際連携の推進が求められている。次回は、連邦政府の外側に位置するアカデミックな組織の立場から政府や社会全体のデジタルトランスフォーメーションに貢献するジョージタウン大学ビークセンター(Beeck Center)での調査内容をご紹介する。
1 U.S. Department of State. “Bureau of Cyberspace and Digital Policy – Our Mission”. https://www.state.gov/bureaus-offices/deputy-secretary-of-state/bureau-of-cyberspace-and-digital-policy/#:~:text=The%20Bureau%20of%20Cyberspace%20and,and%20people%20everywhere%20can%20prosper. 2024年7月3日最終閲覧.
井上 拓央(いのうえ たくお)
1995年、長野県長野市生まれ。2023年、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2023年6月より東京大学先端科学技術研究センター特任助教。専門は都市計画理論、場所論、都市空間の分析手法の開発。デジタル庁においてデジタル政策に関するリサーチを担当。一般社団法人行政情報システム研究所では客員研究員として、諸外国の政策デザイン組織やデジタル戦略に関する調査研究に取り組んできた。