2023年度のデジタル行財政改革では、サービスデザインの必要性が明示的に示された。
(略)デジタル化そのものを目的化せず「利用者起点」でのサービス改革を進めることが何より重要である。誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を実現していくためにも、国も地方公共団体も、多様化する住民ニーズをしっかりと捉え公共サービスの利便性を向上できているのか、常に問う必要がある。その実現に当たっては、住民や事業者だけでなく、公共サービスを提供する職員を含め関係する主体全体にとって利用しやすいサービスデザインが重要となる。
「国・地方デジタル共通基盤の整備・運用に関する基本方針」より
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_gyozaikaikaku/pdf/houshin_honbun.pdf
ここで触れられている「サービスデザイン」は、主として利用者起点を示しているが、この例に限らず、日本だけでなく世界中でデザインのアプローチを政策立案に用いる動きがますます活発になってきている。
今回は、あらためて政策のデザイン、つまり政策デザインにおいてデザインがどうして求められるのか、そしてそこで求められるデザイン能力とはどういったものなのかについて検討したい。
1.どうして政策立案にデザインが必要なのか
1-1.政策立案と厄介な問題
冒頭の引用文で触れられているように、行政サービスを利用者起点にしていくために、サービスデザインアプローチをとる必要があることは比較的理解しやすいだろう。
しかし、英PolicyLabをはじめとするような、いわゆるイノベーションラボと呼ばれる官営の政策デザイン組織においては、直接の行政サービスだけでなく政策一般についてデザインアプローチをとる動きが見られている。
これには、行政が扱う課題が「厄介な問題」化していることが一つの理由として挙げられる。「厄介な問題」は本連載でも第7回にて取り上げたが、行政視点であらためて議論してみよう。
「厄介な問題」とは、環境問題や国家間の問題、少子化問題など、「正解がない」問題を指す。英語では「Wicked Problems=意地悪な問題」と記載されるこの問題は、その複雑性と多面性から日本では「厄介な問題」と呼ばれている。この厄介な問題は、1973年にデザイン研究者であるホースト・リッテルとメルヴィン・ウェーバーによって提唱された。
厄介な問題
1.厄介な問題には正解がない。
2.厄介な問題には終わりがない(これで解けたという状態がない)。
3.厄介な問題の答えは「正しいか間違っているか」ではなく、「いいか悪いか」。
4.厄介な問題の解決策が本当にうまくいくかを試す方法はない。
5.厄介な問題の解決は一発勝負であり、試行錯誤する機会がない。
6.厄介な問題は、その要素も解き方も分解できない。
7.すべての厄介な問題は他とは異なっている。
8.厄介な問題同士はつながっている。
9.厄介な問題が存在する理由は複数あり、その理由をどう説明するかでこの問題をどう解決するかが決まってくる。
10.(しかしながら)問題を解く人は間違うことが許されない。起こす結果の責任をとらなければならない。
リッテルとウェーバーの厄介な問題の定義を元に著者が意訳
言葉にするとわかりにくいが、この厄介な問題は、従来の問題である「単純な問題」「複雑な問題」と対比させるとわかりやすいだろう。
単純な問題:解き方は「容易」、正解は「ある」、客観的な解決判定が「可能」
複雑な問題:解き方は「困難」、正解は「ある」、客観的な解決判定が「可能」
厄介な問題:解き方は「不明」、正解は「ない」、客観的な解決判定が「不可能」
政治、経済、文化などが相互に影響し合い、そもそもなにが問題なのかが不明であり、どうすれば解決と言えるのかもはっきりせず、またどこから手をつければよいのかもわからない、そういった問題が「厄介な問題」であり、環境問題などはその代表的なものだろう。
もともと、この厄介な問題はいつの時代でも社会に存在していた。しかしながら、20世紀の社会では、技術の向上など、それ以前に解決すべき問題が山積みされており、明確なゴールを設定してそこに向かっていけばよい状況があった。それが21世紀に入り、社会全体が比較的豊かになり、またインターネットやモバイル端末の普及、経済のグローバル化、さまざまな製造コストの低下などの要因が重なり、世界がよりつながってきたことに呼応して、行政のみならず民間企業の抱える問題も「厄介な問題」が主要な位置を占めるようになってきたのである。
1-2.厄介な問題とデザイン
こういった厄介な問題に対して、デザイン理論家のリチャード・ブキャナンは、デザイン思考が有効であることを述べた。
厄介な問題にデザインが有効である根拠
• 問題の再定義と再構築
• システム思考の活用
• 反復的なプロセス
• 多様な視点の統合
• 創造的な解決策の生成
• 人間中心のアプローチ
• プロトタイピングと実験
Buchanan, Wicked Problems in Design Thinking (1992)
問題の再定義と再構築
デザイン思考は問題を再定義し、再構築することを重視する。これは、新たな視点から問題を見直し、より適切な解決策を見つけるための重要なステップとなる。
システム思考の活用
デザイン思考はシステム全体を考慮することを求める。これは、問題が複数の要因やステークホルダーに関連している場合に特に重要となる。
反復的なプロセス
デザイン思考は反復的なプロセスを採用し、試行錯誤を通じて解決策を洗練させていく。これによって、初期の解決策が不完全であっても、改良を重ねることで最適な解決策に近づくことが可能となる。
多様な視点の統合
デザイン思考は多様な視点を統合し、異なる背景や専門知識を持つ人々の意見を取り入れることで、より包括的な解決策を見つけることを目指している。これは多くの人が関わる厄介な問題において重要となる。
創造的な解決策の生成
デザイン思考は創造性を重視し、従来の枠にとらわれない新しい解決策を生成することを奨励する。これは、厄介な問題に対処するための革新的なアプローチを生むことに寄与する。
人間中心のアプローチ
デザイン思考は人間中心のアプローチを採用し、ユーザーのニーズや経験を重視する。厄介な問題の解決において、解決策が実際に使われる状況や人々の生活にどのように影響するかは特に重要となる。
プロトタイピングと実験
デザイン思考はプロトタイピングと実験を通じてアイデアを具体化し、実際に試すことでその有効性を検証する。正解がわからない厄介な問題において、作って試すことが唯一の評価法となる。
こういった関係によって、厄介な問題に対してデザインアプローチが有効とされている。このことが、厄介な問題の時代における政策立案にデザインが有効となる理由と言えるだろう。
2.政策デザインの実際
2-1.政策デザインのプロセス
では、具体的に政策のデザインとはどういったアプローチで進められるだろうか。英PolicyLabのOpen Policy Making toolkitを例として紹介しよう:
Open Policy Making toolkit|PolicyPab, UK
https://www.gov.uk/guidance/open-policy-making-toolkit
ステップ1:診断(Diagnosis):政策課題の探索
このステップでは、まずチームメンバー、ステークホルダーを確認し、課題意識を共有する。PolicyLabではここでは、ユーザーが誰かを知り、課題がなんなのかを明示することをゴールに置いている。
このステップのために、PolicyLabではいくつかのツールを用意している。「希望と不安のカード」と名付けられた写真が貼り付けられたカードは、プロジェクト関係者が自身の課題意識を言語化することをサポートする。また、ジャーニーマッピング(ユーザーの体験を可視化する)、ペルソナ(ユーザー像を明示する)といったツールも用意されている。
ステップ2:発見(Discoverty):ユーザーニーズの理解
このステップでは、ユーザー調査やデータ分析によって、ユーザーニーズや課題を明らかにする。ユーザーが政策や行政サービスになにを求めているのかの全体像を把握し、政策に発展させる。
このステップでは、エスノグラフィ(文化人類学の民族誌調査)、インタビュー、SNS調査、データサイエンス技術などが用いられる。特にエスノグラフィは、実際にユーザーの環境を訪問し、実環境のなかでの観察を行う。これは、人々が語る「ニーズ」ではなく、人々がどのように生活しているのか、日常生活や職場でなにが必要なのかについての洞察を得ることを目的とした、デザイン分野特有のユーザー調査と言える。
ステップ3:開発(Development):アイデアの創出
このステップでは利用者のニーズに応えるアイデアの創出を行う。既成概念にとらわれない、新しいアイデアを生み出すためのアプローチ上の工夫が行われている。
まず基本のブレインストーミングの進め方としては、1)アイデアを出しやすい環境を作り、2)質の前に量を出し、3)そこから質を向上させていく、というアプローチがとられる。
このステップでは、特にブレインストーミングを行う際の環境について注意が払われている。すべてのアイデアが尊重され、なにを言っても大丈夫、と思える環境でこそ、さまざまなアイデアの幅が担保される。こういった状況をうまく作らないと、「実現性が低い」「高価すぎる」といった(勝手な思い込みによる)理由で、アイデアを出すことをためらってしまうことになる。
ステップ4:提供(Deliver):プロトタイプの作成とアイデアの改善
このステップでは、アイデアについてプロトタイプを作って評価しながら、具体化させていく。抽象的なアイデアを、ユーザーの実際の環境に合わせて可視化・具体化させていくことで、早い段階からそのソリューションがもたらす価値について想像力を働かせることができるようになる。
このプロトタイプは、できるだけコストをかけず、迅速に作ることが推奨されている。PolicyLabでは、ビデオやレゴを使ったり、家に届く通知はがきを作ってみたりというプロトタイピングなどを行っているという。
どうだろうか。プロセス自体にはあまり奇をてらったものは見当たらないと言える。強いて言えば、ステップ2におけるエスノグラフィ(民族誌調査)はあまり一般的ではないかもしれない。しかし、ステップ3でのブレインストーミング、そしてステップ4でのプロトタイピング(試作)は、オーソドックスなものと言えるだろう。
実際のプロジェクトでは、上記プロセスを状況に合わせてアレンジしていくことになる。上記はPolicyLabのものとなるが、フィンランドのSITRAなどをはじめとする世界中のイノベーションラボにおいて、こういったアプローチがとられている。
2-2.デザイン態度
そして、政策のデザインにおいては、上記のプロセスを遂行するときのマインドセットとして「デザイン態度」が求められる。この「デザイン態度」とは、デザイナーがデザイン活動に取り組む際の信念・行動規範・振る舞いから抽出された特徴であり、以下の5点に集約される:
デザイン態度
• 不確実性・曖昧性を受け入れる
• 深い共感に従事することで、人々の理解のしかたを理解する
• 五感をフル活用する
• 遊び心を持ってものごとに息を吹き込む
• 複雑なことから新たな意味を創造する
安藤・八重樫(2017)
不確実性・曖昧性を受け入れる
一般的にデザイナーに求められる要求は、デザイナーから見たとき曖昧で、かつ時には矛盾しているようなものが多い。デザイナーは、そういったとき話を止めるのではなく、自ら「その先」の新しい意味を創出し、それによって問題「も」解決しようとする。
深い共感に従事することで、人々の理解のしかたを理解する
デザイナーはユーザー理解を試みるとき、表面的な観察にとどまらず、「どうしてそう考えるのか」まで思考を巡らす。もちろんデザイナーごとに個人差・個性はあるが、多くのデザイナーは自分なりに、相手に共感することで理解しようとしている。
五感をフル活用する
人はものを感じるとき、単独の感覚だけを用いることはしておらず、持っている感覚をすべて使って理解している。それを理解しているデザイナーは、自身も常に五感を用いることを意識している。
遊び心を持ってものごとに息を吹き込む
問題がシリアスなものであったとして、それを解決しようとしている人がシリアスに向き合えば問題が解決するわけではない。デザイナーは常に、問題に対して、俯瞰した立場、人がそこにどう感じるかを広く捉えた立場から取り組もうとしている。そしてさらにそこに自ら主体的なモチベーションを持って取り組むとき、最も効果的なアプローチは、そこに対して「遊び心」を持って取り組むこととなる。
複雑なことから新たな意味を創造する
デザイナーの取り組みは、混沌(カオス)を最小化する活動と言い換えることができる。問題を解決する、というのはその成果の一部であり、上記の不確実性・曖昧性を引き受けながら、状況全体からそこに呼応する道筋を見いだす行為と言える。
先に述べたデザインのアプローチに対して、ここで述べたデザイン態度を持って取り組むことで初めてデザインアプローチが機能すると言える。つまり、厄介な問題に対して求められるのは、デザイン態度とデザインアプローチの掛け合わせであると言えるのである。
2.3.デザイン態度を育む教育
このデザイン態度は、安藤・八重樫も指摘しているように、決してデザイナーだけのものではない。むしろ、成果を上げているビジネスパーソンに見られる特性と言えるかもしれない。しかしながら、このデザイン態度は、既存の教育やビジネス環境では推奨されないどころか「ふまじめ」と捉えられることすらあった。
厄介な問題に対峙しなければならない現在、より多くの人がこのデザイン態度を持ち、問題に取り組まなければならない。
そのためには、まず初等教育から高等教育まで、あるいは行政および民間企業において、こういったデザイン態度の重要性を認識するところから始めなければならない。
デザイン態度なしに、厄介な問題に対しての成果だけ求めることは無理であり、むしろ強引に「解決したことにする」という状況すら生みかねない。社会全体で厄介な問題であることを認め、こういったデザイン態度を持って臨む姿勢を推進すべきである。
また、これからの社会においては、日本では日本ならではのビジョンを持ち、政策を考えていく必要があるだろう。現在、用いられているデザインのアプローチはそのほとんどがグローバルスタンダード、つまり欧米で開発されたものを輸入して用いている状況にある。これらは、単に翻訳するだけでなく、日本の組織文化、社会、言語、行動様式をふまえ、日本に合わせてローカライズしていくことが必要となる。
また、その先には日本独自のデザインアプローチが必要となることも想定できる。日本の行政に対してのユニークなデザインアプローチを生み出すことができれば、西洋文化に対する東洋文化においての新しい政策立案の切り口としていける可能性もある。
長谷川 敦士(はせがわ あつし)
2002年に株式会社コンセントを設立。企業ウェブサイトの設計やサービス開発などを通じ、デザインの社会活用や可能性の探索とともに、企業や行政でのデザイン教育の研究と実践を行う。経済産業省「高度デザイン人材育成研究会」をはじめとした各種委員等を務める。2019年に武蔵野美術大学造形構想学部教授に就任。Service Design Network日本支部共同代表、NPO法人 人間中心設計推進機構副理事長。著書、監訳など多数。