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2024.08.01

2024年8月号 連載企画 米国におけるデジタルガバメントの現在地(No.2):官民人材の協働によるIT分野の近代化プログラムを通じた公共体験の変革―一般調達局・連邦調達サービス

東京大学先端科学技術研究センター特任助教
井上 拓央

 米国では、大統領府の行政管理予算局が覚書M-23-22「デジタルファーストの公共体験の提供」を2023年9月に公表するなど、デジタルガバメントの推進に向けた取り組みが積極的に進められている。行政情報システム研究所では、米国におけるデジタルガバメントの最新の動向を把握し、日本におけるデジタルガバメントの推進に役立つ知見を得ることを目的として、2023年12月にワシントンD.C.にて現地調査を実施した。連邦政府の取り組みを様々な角度から調査するため、政府の全体方針の策定を主導する大統領府、国民向けデジタルサービスの提供や政府内部のデジタル化を主に担当する一般調達局、デジタル分野における対外政策に責任を持つ国務省、政府の外側に位置する立場を生かしてデジタルガバメントの推進に関与するジョージタウン大学の4か所を訪問し、ヒアリングと意見交換を実施した。本連載企画では、各機関で伺った取り組みの内容や今後の方針等について全4回にわたってご紹介する。

 

1.はじめに

 今回は、国民向けのデジタルサービスの提供や政府内部のデジタル化を主に担当する一般調達局(General Services Administration; GSA)を構成する部局であり調達を通じたIT部門の近代化を担う連邦調達サービス(Federal Acquisition Service; FAS)で伺った内容をご紹介する。GSAは官公庁の建物の建設・管理・保全、及び商業用不動産のリースと管理を担当する政府機関である。また、調達ゲートウェイやBuy.gsa.govといったサービス、ツールの提供を通じて、政府機関や軍による民間セクターの専門サービス・機器・消耗品・ITシステムの調達を支援している。加えて、政府全体の方針策定を通じて、資産管理のベストプラクティスと効率的な政府運営を推進している1。「政府と米国民に、不動産、調達、テクノロジーサービスにおいて最高の顧客体験と価値を提供すること」をミッションに掲げ、政府の将来ビジョンとして「米国民のための効果的かつ効率的な政府」を描いている。バックオフィス部門と米国内の地域ごとの担当部門に加えて、全体に関わるサービス部門として2つの部局が設置されており、FASはそのうちの1つである(もう1つのサービス部局としては公共建物サービスがある)2
 今回の調査では、FASでITソリューションの構築、購入、共有を支援し、IT近代化(modernization)による政府の変革を主導する各種プログラムを担当している技術革新サービス(Technology Transformation Services; TTS)の方々にお話を伺った。

 

2.政府の変革を主導する4つのIT近代化支援プログラム

 TTSでは、IT近代化を支援する4つのプログラムが運営されている(図表1)。センター・オブ・エクセレンス及び18Fは特定の技術、エンジニアリング、プロダクトデザインに特化した専門家チームで、他の政府機関に対してコンサルティングサービスを提供している。GSAは独自の予算を持たないため、TTSでもクライアントとなる政府機関から報酬を受け取り、その中から職員の給与や運営管理費を捻出している。大統領イノベーションフェロー及び米国デジタル部隊は、長年の業務経験を積んできた専門家や大学卒業後間もないアーリーキャリア人材を採用し、特定のプロジェクトを担当することを通じて政府での経験を積んでもらう人材登用プログラムである。

 

図表1 技術革新サービス(TTS)のプログラム内容

名称 役割 メンバー 任期
センター・オブ・エクセレンス(Centers of Excellence; CoE) 特定の技術や分野の近代化を担当。 当該分野で15年以上の職務経験を有する専門家が中心。官民混成。 特になし
18F デジタル公共サービスのエンジニアリング、プロダクトデザインを担当。 エンジニアリング、デザインに関連する多様なバックグラウンドと専門性を持つ専門家。全員が連邦政府職員。 特になし
大統領イノベーションフェロー(Presidential Innovation Fellows; PIF) 専門性を生かし特定分野のプロジェクトを担当。 長年にわたり特定の分野で経験を積んだプロフェッショナル。 1年
米国デジタル部隊(United States Digital Corps; USDC) 専門性を生かし特定分野のプロジェクトを担当。 大学卒業後0〜1年の若手テック人材。 1〜2年

(出典)インタビュー調査の内容を踏まえて筆者作成

 

 センター・オブ・エクセレンス(CoE)及び18Fは他の連邦政府機関をクライアントとしてコンサルティングサービスを提供しているが、各機関は必ずしもこれらの組織に発注する必要はなく、民間企業や各政府機関が独自に保有しているコンサルタントチームに助言を求めることも可能となっている。CoE及び18Fでは基本的に9〜12か月程度の期間でサービスを提供しており、この間、クライアント組織の職員をチームメンバーに引き入れてともに活動することで、支援の手が離れても各機関が問題解決のための新たな方法やアプローチを自力で実施できるような能力開発を行うアプローチが採用されている。このような基本的な考え方において、2つの専門家プログラムは類似しているという。TTSの担当者からは、これらのプログラムではクライアント組織との間で金銭の授受が発生するため提供する助言に基づいて施策を実行することへのコミットメントが得られやすく、ある程度の専門知識をすでに有している専門家を対象とした短期間の就労機会であるフェローシッププログラム(大統領イノベーションフェロー等)よりも長期的なインパクトを起こしやすいとの指摘があった。

 

●CoEのプロジェクト事例:「顧客体験(CX)成熟度モデル」
 CoEの1つである顧客体験(CX)センターが作成した「顧客体験(CX)成熟度モデル」(CX Maturity Model)は、CXとサービスデリバリーの改善に関する大統領令を受けて作成されたガイダンス資料で、政府機関のCXへの向き合い方について成熟度の低いほうから順に「反応的」「戦術的」「戦略的」「基盤的」「顧客中心主義的」の5段階のレベルを設定している。各機関が自らの成熟度レベルを測定する方法や、次のレベルに到達するために採用すべき戦術を理解できるようにすることを目的としてデザインされている。

 

図表2 CX成熟度モデル

(出典)https://coe.gsa.gov/docs/CXMaturityModel.pdf

 

●18Fのプロジェクト事例:DAWSON
 18Fが米国租税裁判所と共同で取り組んだプロジェクト。米国では毎年、納税者と内国歳入庁の間での紛争解決の申し立てが35,000件を数える。しかし、申し立てのプロセスは対面または郵送で行う必要があり、納税者にとっても裁判所職員にとっても負担の大きい状況が長年にわたり続いていた。米国租税裁判所から依頼を受けた18Fでは同裁判所と3日間のワークショップを行い、ユーザーリサーチに基づく反復開発をサポートする新システムの募集要項を作成。GSAの基準を満たす適格な民間事業者と契約を結び、この要項に則って開発された新たなウェブベースのケース管理システムであるDAWSONでは、納税者がオンラインで簡単に申立書を提出できるようになり、また裁判所が無期限に保守・改善できるようになった。

 

図表3 DAWSONの画面例

(出典)https://18f.gsa.gov/our-work/tax-court/

  後者の2つのフェローシッププログラムでは、採用されたメンバーの任期が1〜2年に限定されている。このうち大統領イノベーションフェローには、長年にわたり特定の分野で経験を積んできた専門家が任命される。彼らは1年の任期の間に、専門性を生かした特定のプロジェクトに参加し、短期間でインパクトを与えることが求められている。2024年は21名のフェローが任命されており、その専門分野はAI/機械学習、チェンジマネジメント、サイバーセキュリティ、データサイエンス/解析、デザイン/体験、デジタルヘルス、マーケティング/コミュニケーション、プロダクト、ソフトウェア/クラウドインフラ、戦略/成長、ベンチャーキャピタル/プライベートエクイティと多岐にわたる3
 一方、米国デジタル部隊では大学卒業後0〜1年の若手テック人材が対象とされており、1〜2年の任期の間に連邦政府での経験を積んでもらうことを目的としている。2022年度に開始された新しいプログラムで、初年度、2年目ともに60名程度が採用された。求められるスキルとしては、サイバーセキュリティ、データサイエンス/解析、デザイン、プロダクトマネジメント、ソフトウェア工学の5分野が提示されている4

 

3.民間人材が活躍できる政府を実現する仕組み

 TTSにおけるIT部門近代化の4つのプログラムでは、いずれも特定の分野に関する専門家や専門教育を受けた若手人材を採用することが大きな特徴となっており、適切な人材の確保と、適切に能力を発揮できる環境の整備が重要となる。今回の調査では、TTSが直面する人材採用の難しさと、その問題を解決するための具体的な仕組みについて議論が交わされた。
 第一に、TTSを含むGSAでは、必要なスキルや能力を有する民間人材との効果的な協働を進めるため、他の政府機関とは異なる採用の仕組みが導入されている。具体的には、先に採用された民間人材が、CoEから人材採用担当者としての認可を受けることで、民間から自分以外の専門家を新たに採用する権限を与えられている。民間人材による新たな人材の採用には、連邦調達サービス基金が使用される。この仕組みにより、各専門家チームやプロジェクトは必要なタイミングで必要な人材を確保することが可能になっている。
 民間人材に採用権限を与える制度の実現は、政府職員の誰もが調達に関するエキスパートになるべきとの考え方に基づいている。民間人材も政府職員の一員として、調達に関する研修を受講し、その内容を踏まえて、(1)必要な人材やプロダクト、サービスを確実に入手すること、及び(2)政府が求める要件を確実に満たすプロダクトやサービスを納品するようベンダーに責任を負わせること、という2つの機能を果たすことが期待されているのである。
 とはいえ、連邦政府における従来の調達プロセスでは、契約の締結までに長期間を要するため、プロジェクトにとって適切なタイミングで適切なリソースを獲得することが困難であった。そこで、2つ目のアプローチとして、GSAでは調達プロセスの迅速化に取り組んできた。現在では組織内で共通利用可能な調達内容のテンプレートが整備されており、それらを用いることで通常の政府機関であれば1年程度の時間を要する大型の調達契約についても4か月以内での締結を可能にしている。
 以上のように、GSAでは採用権限の民間人材への付与や、民間の業務プロセスになるべく近い迅速な調達プロセスの実現を通して、政府の変革に必要なスキルや能力を有する民間人材が能力を発揮しやすい環境の整備が進められている。

 

4.クライアントとなる政府機関とのより良い関係性の構築

 TTSの特徴として、他の政府機関がクライアントであるというプロジェクトの性質も挙げられる。独自の予算を有しておらず、クライアント組織から支払われる報酬を活動資金としているTTSにとって、他の政府機関とのより良い関係性の構築は重要性が高い。ところが、政府では組織ごとに異なる文化が存在することから、協働には困難が付き物であるという。調査では、より効果的な協働を進めるために重視するポイントとして、責任者や窓口となる職員の選定が挙げられた。クライアントとの窓口となるTTS側の職員には、業務内容への深い理解のみならず、幹部との円滑なコミュニケーションやプロジェクトマネジメント、ステークホルダーマネジメントといった能力が求められる。そして同時に、クライアント側でもプロジェクトへの強力な支援を提供してくれる幹部級職員を探すことも重要になるという。クライアント組織の側にもプロジェクトの成功に対する十分なコミットメントがなければ、プロジェクトが成功する可能性はきわめて低いからである。
 また、クライアント側の幹部級職員がプロジェクトの強力なスポンサーとなっている場合でも、連邦政府では2年に1回の人事異動サイクルが構築されていることに注意が必要であるという。人事異動により途中でスポンサーシップが失われ迷走するという失敗は、多くのプロジェクトにおいて経験されてきた。このため、TTSでは綿密なアクションプランの立案によって幹部の交代に備えるアプローチが取られるようになっている。アクションプランは「幹部移行計画」(Executive Transition Plan)と呼ばれ、まずはプロジェクトに対する幹部の期待を一旦リセットし、新たな状況を見極めることからスタートする。そして、プロジェクトの要件や成果物についての新たな幹部とのコミュニケーションは、その幹部にとってわかりやすい言葉遣いが心がけられている。新たな幹部からの承認を得るためには、プロジェクトの内容がその時点での政権や組織全体の目標、及びそれらに関する幹部の認識と合致していることが不可欠となり、そのため新たな幹部や政権にとっての目標を正確に理解する必要性が生じるからである。
 連載企画の第2回となる今回は、IT近代化を支援する4つのプログラムで政府の変革を導く、一般調達局(GSA)の連邦調達サービス部門、技術変革サービス(TTS)についてご紹介した。インタビューを通して感じられたのは、長年の業務経験を持つ専門家から最近専門教育を受けた若手に至る様々な立場の個人が有する専門性に対する尊重と、最高の顧客体験と価値の提供というミッションや「米国民のための効果的かつ効率的な政府」というビジョンの達成を優先し、そのために必要な専門性を有する民間人材が働きやすい環境を整えるべく制度や仕組みを調整しようとする姿勢、そしてその姿勢を持ち続けることがより良い成果を生み出すことへの確信であった。官民出身人材の協働によって成果を出し続ける政府機関の実現は、政府による専門性の軽視があっては達成し得ず、また自らが手を動かして政府を変革する意思を持った専門家が不在であっても同様に達成し得ない。両者の協働が絵に描いた餅に終わらないためにも、GSAから学ぶべき点は多いのではないだろうか。
 また、クライアントとなる政府機関から支払われる報酬が運営資金になるという組織の財政的な構造から、必然的にクライアントとのより良い協働の実現も目指されているが、窓口となる職員に求められるスキルの明示や、クライアント側でプロジェクトを支援してくれる幹部を見つけること、クライアント側の幹部の交代に備える移行計画の作成といった具体的な工夫が語られたことも興味深い。現場で共有されている暗黙知の言語化もまた、職員の異動が頻繁に発生する政府機関におけるナレッジシェアの重要な要素となり得ることが改めて確認できた。
 次回は、各省庁のホワイトハウスからの強い独立性と全政府的な連携とのバランスがどのように図られているのかという観点で示唆的なインタビューとなった、デジタル関連の対外政策を担当する国務省サイバー空間・デジタル政策局をご紹介する。

 

1(出典)U.S. General Services Administration. “Background”. https://www.gsa.gov/about-us/mission-and-background/background. 2024年5月30日最終閲覧.
2(出典)U.S. General Services Administration. “GSA Organization”. https://www.gsa.gov/about-us/organization. 2024年5月30日最終閲覧.
3(出典)Presidential Innovation Fellows. “Fellows”. https://presidentialinnovationfellows.gov/fellows/2024/#fellows-select-year. 2024年5月31日最終閲覧.
4(出典)U.S. Digital Corps. “Our Fellows”. https://digitalcorps.gsa.gov/fellows/. 2024年5月31日最終閲覧.

 

井上 拓央(いのうえ たくお)
1995年、長野県長野市生まれ。2023年、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2023年6月より東京大学先端科学技術研究センター特任助教。専門は都市計画理論、場所論、都市空間の分析手法の開発。デジタル庁においてデジタル政策に関するリサーチを担当。一般社団法人行政情報システム研究所では客員研究員として、諸外国の政策デザイン組織やデジタル戦略に関する調査研究に取り組んできた。