1.はじめに
岐阜県DX推進計画は、「県民生活を豊かに・安心に・便利に」というコンセプトのもと令和3年度に策定され、行政のデジタル化、市町村行政のDX支援、各分野のDXを三本柱として、113プロジェクトに細分化し「誰一人取り残されないデジタル社会である岐阜県」を目指しています。
プロジェクトの1つに、学校の働き方改革プロジェクト(詳細:第4次岐阜県教育振興基本計画 教職員の働き方改革)があります。校務の効率化・簡素化、業務の平準化により長時間勤務、多忙化などを解消し、教員の教材研究や児童・生徒と向き合う時間を確保する(本業に集中する)ものとして、社会の未来を作る教育分野に不可欠なプロジェクトです。
一方、令和5年6月に文部科学省から高校入試の手続についてデジタル化の通知があり、令和6年4月にデジタル庁において「高等学校入学者選抜のデジタル化に関する調査研究」のとおり検証が行われたところです。
岐阜県は働き方改革プロジェクトの1つの施策として岐阜県公立高等学校入学者選抜(以下「高校入試」)の手続の改善に取り組みました。全国に先駆け、出願から受検票ダウンロード、採点集計、出願者の情報連携といったエンド・ツー・エンドの一貫したデジタル化(高等学校入試DX*1、以降「フル・デジタル化」)を実現し、大きな成果をあげることができました。本事例が他団体へ一助となれば幸いです。
2.高校入試業務の概要
1)現状の課題
教職員は、慢性的に多忙な状況が続いている中で、高校入試のシーズンに突入すると、試験対策・三者面談・調査書作成などの作業により忙殺されます。特に高校入試の手続では、中学校側では申請書類などの紙媒体のチェック・仕分け・郵送、高校側では紙媒体からの手入力や受検票の郵送などアナログ的な作業となり、全国的に出願ミスなどの事故も起きています。
この様な状況下において、本業(教職員しかできない業務)、外部委託すべき業務、デジタル化により効率化すべき業務に細分化、かつ最適化することで教職員の負荷軽減を図ることとしました。
しかしながら、中学校の校務支援データ・高校入試のデータ・高等学校の校務支援データは、出願者の情報で紐づけられるにも関わらず、バラバラに存在していることが、デジタル化の阻害要因になっていました。
こうした状況が続いた背景としては、課題を認知していても具体的なデジタル技術に精通した人材が上手く関われなかったことでありました。
2)WEB出願システムの概要
上記課題を解決するために、岐阜県では「WEB出願システム」を開発しました。高校入試の手続は、出願者の情報が「バケツリレー」のように出願・受検料納付・合否判定などの各バケツに次々と引き継がれていき、最終的に入学のゴールのバケツにたどり着いた情報を高等学校の校務支援システムへ流し込む仕組みです。バケツリレーの仕組みや高校入試に必要な情報を適切に、かつ効率的に一元管理するシステムが「WEB出願システム」です。
本システムの機能は、出願者の情報管理や願書の申請・受検料支払い・受検票ダウンロードなどの出願機能、中学校の校務システムから出願者の出欠状況・内申点・調査書などの情報を受け取る機能(中学校連携機能)、高等学校の校務支援システムへ入学後の学籍管理や成績管理などの情報を受け渡す機能(高校連携機能)、WEB出願システム全体の管理者機能からなります。
図1 WEB出願システムのイメージ
毎年約13,000人の出願者と、約1,190人の中学校教職員、高校教職員などの関係者を支えるシステムを開発するにあたり方針は大きく2つありました。
一つ目は岐阜県の良さである全日制・定時制における併願ルール(第1・2・3志望の同時出願)を踏襲すること。このルールによる出願申込パターンは、約2,000通りあり、それを踏襲する必要がありました。
二つ目は優先度を考慮しながらも考えられる限りの徹底した効率化を目指すこと。具体的な内容は、以下のとおり利用者の操作性や機能など多岐に及びます。
・出願時の整合性の自動チェックを行い間違ったパターンを表示させない
・受検票ダウンロードや高校側の校務支援システムの連携だけでなく、中学校の調査書データ連携などのフル・デジタル化
・合否や学力検査得点のスマホでの確認やクレジット、コード、コンビニ決済 など
3.人材不足への対応
プロジェクトの推進主体である県教育委員会の県職員(以下「教育委員会チーム」)は、業務には精通しておりますが、システム構築やプロジェクト管理に精通しているわけではありません。システムなどに詳しい人材を集めることが難しい中で、デジタル技術の適用、調達手続、品質評価など多岐にわたる知見が必要な場面で、ぎふDX支援センター*2が支援を行いました。以下に主な支援内容を記述します。
1)調達仕様書の作成支援(調達段階)
上述のシステム化方針を達成するために、今回の調達方式は、具体的な業務要件を明記し、価格重視で望む一般競争入札(最低価格方式)としました。調達仕様書に記す要件定義が網羅されているか、記載内容の記述レベルで応札業者は理解できるか、システム構築中の課題をどう管理していくか、他にも開発委託費について財政部門への説明の補助など、ぎふDX支援センターが幅広に調達仕様書の作成支援を行いました。
2)パッケージの岐阜県向けカスタマイズ(調達段階)
高校入試の手続をデジタル化するパッケージは複数ありますが、岐阜県が期待する機能を網羅するパッケージは存在しませんでした。ぎふDX支援センターと検討した結果、高校入試の手続はバケツリレーのわかりやすい業務であることから影響は局所化すると判断し、以下の機能はパッケージを岐阜県向けのカスタマイズにより追加しました。
・中学校の校務支援システムと調査書などのデータ連携機能
・学力検査得点の確認機能
・出願確定後の受検料支払い機能
・受検票発行機能
3)プロジェクト管理(構築・運用段階)
オンライン画面操作など運用が大きく変わるため、出願者や教職員に対する不安を解消し、円滑な運用を迎える必要がありました。またシステムの利用ピーク時においても適切な画面レスポンスやシステムリソースとなっていることを検証する必要がありました。これらの対策は、運用テスト期間中に出願体験を行うことで対処しています。出願体験は、実際に出願予定の方や職員関係者の方の約9割(約12,000名)が参加し検証いただきました。実際の画面や運用に慣れていただくだけでなく、システムの検証も確認することができました。
4.結果・導入効果
導入初年度にも関わらず関係皆様の協力により、1月の出願申請開始から始まった本番運用は3月27日に無事終了することができました。
受検者数は13,329人となり、受検料の支払い方法が収入証紙から複数の納付手段と変更となり、ほぼ想定どおりの分布となりました。また、ヘルプデスクへの問合せは730件となっており、問合せしてから1時間以内の回答率が89.2%となっています。これらの状況は、WEB出願システムが、大きな混乱なく円滑な運用に漕ぎつけたと捉えています。
表1 受検料の支払い状況
表2 ヘルプデスクへの問合せ状況
導入効果について、定量的と定性的な観点から述べます。
1)定量効果
(1)労務の削減
システム導入による廃止作業と効率化作業の削減時間を積算すると年間:約35,000時間となり、WEB出願システムは高校入試業務の効率化に大きく貢献しています。
さらに削減時間は費用に換算すると1.5億円/年(約7.5億円/5年)となり、WEB出願システムの導入費用(初期+運用費用)を鑑みても、費用対効果は十分に見込むことができます。
表3 導入効果
(2)業務の削減度合い
令和5年度の本番運用終了後のアンケート結果を記します。業務削減に対して高等学校は全校から肯定的な回答をいただきました。一方、中学校では、システム導入に伴い業務が増えたというところがあります。これは、中学校の校務支援システムに対して不慣れな中学校があったことや外国につながる生徒(外国人生徒、及び日本国籍ではあるが親や自身のルーツや経歴の一部が外国にある生徒)の「出願指導」などにおいて、日本語対応がなされておらず、英語、ポルトガル語、中国語、タガログ語といった複数言語対応のマニュアルなどの準備が不十分だったためです。今後、習熟度向上により改善点が見込まれるとともに、誤操作につながらないよう配慮した管理画面の工夫などのさらなる最適化が求められます。
表4 WEB出願システム導入による入試業務の削減割合(アンケート結果から)
2)定性効果
以下のとおり多くの感謝の言葉をいただきました。
【高校教職員から】
・高校現場での大幅な業務量とストレスの削減となった。本校の先生方からは「入試改革ありがとう!」の声がたくさん飛び交っていました。
・非常にスムーズな運用がなされ、選抜業務の負担軽減のみならず、入学検査の受検番号に欠番がないことなど、ミスの未然防止にもつながる部分もあり、近年の事務的改善において最も効果を感じている。
【中学校教職員から】
・中学校の進路事務に係る作業及び心理的な負担が軽減され、大変ありがたかった。
・中学校の校務支援システムとの連携も含めてデジタル化により、事務的なミスが起こる可能性がかなり低くなったと思う。とてもわかりやすいシステムだった。
・出願体験などにより、具体的にどのようにすればよいのかをイメージできたことが大変ありがたく、家庭も学校も緊張感を持ちつつ安心して本番を迎えることができた。
【保護者の方から】
・家庭の責任がこれまでよりも大きくなった感じを受け、不安感は増したが、合否発表や得点情報の提供などもわかりやすく、入試を終えてみると、全体としてわかりやすいシステムとなっていると感じた。
・最もありがたいことは、「合格発表」の確認がこのシステム上でできたこと。スマホですぐにつながり合否を確認できた。その後、説明会に間に合うように学校に出向けた。(開示会場の前に受検票を手に並ぶ手間がなかった。)
・残念ながら不合格となりました。合格を喜んでいる子の中で自分の子供の悲しむ顔を見なくて正直ほっとした。自分の子が悔しさをバネにできるかなど、いろいろ考えてしまったから。そんな中で学力検査の得点を見て本人の納得性が高まったように感じとることができたのは良かった。誰一人取り残されないデジタル社会というのは、今回のような本人の選択が自然とできるやさしい社会であって欲しいと思う。いろいろ考えて対応くださり心から感謝している。
・上の子供の時(紙での出願)と比べて、格段に楽になった。受検料のWEB決済システムがとても良かった。コンビニでもOKだったので、これまでのように「収入証紙」を購入しにいく手間がなく、公共料金の支払いの感覚でできて便利だった。振込が完了しないと「受検票の印刷」に進めないシステムになっていて感心した。
【委託業者の方から】
弊社にて構築しているWEB出願システムは、パッケージ製品でありながら導入自治体様の要項に寄り添った柔軟なカスタマイズ性を強みとしております。
構築にあたっては、本番稼働までの納期や、岐阜県様独自の要項への対応、運用面のご支援など苦労した部分はありましたが、熱心な県教委の皆様のご尽力をいただいたことで、中学・高校の先生方や、保護者を含めた出願者の方々、皆様に喜んでいただけるシステムをご提供することができたことは大変ありがたく思います。今後も引き続き社会の発展に貢献する企業を目指してまいります。
株式会社 システム研究所 内山純也プロジェクトマネージャー
5.おわりに
今回のプロジェクトを通して2つの気づきがありました。
一つ目は教育委員会チームが本当に素晴らしい働きをしたということです。システム構築未経験の方々が中心となり、企画から構築・運用まで2年でやり遂げたことは賛辞の言葉しかありません。
また、波及効果として保護者の方にデジタル化のメリットを実感いただきました。さらに教育委員会チームの皆さんが高等学校の教職員の経験者ということもあり、働き方改革を的確に理解し、改善意識を高く持ち、かつ必ず成し遂げるという強い意志と熱意を持ったことが成功要因です。そのおかげで文部科学省にもご協力いただくことができました。
二つ目は、デジタル庁が進めるアナログ規制見直しの効果についてです。国はデジタル社会の実現に向けた「構造改革」を図るため、書面掲示など例規で義務付けられているアナログ規制を改革しています。令和5年6月に成立した「デジタル規制改革推進のための一括法」に基づき、都道府県にも「地方公共団体におけるアナログ規制の点検・見直しマニュアル」を発出しています。アナログ規制の点検項目には「書面掲示」「往訪閲覧・縦覧」が含まれており、デジタル社会に向けて「所定の場所に来訪が必要なこと」が問題とされており、岐阜県も点検と対応を進めているところです。
今回の高校入試の合格発表や学力検査得点の確認は、まさに「書面掲示」「往訪閲覧・縦覧」を改善し、デジタル社会に向けて一歩踏み出した状況と言えます。保護者の方のコメントを見て、改めてその効果を実感しています。
今後もDX推進にあたり、県民の利便性向上と我々職員の効率化を両方同時に実現することを心掛け、かつデジタル化のメリットを体感いただく取組みを重ねていくという姿勢を続けることで、県民の方にも理解いただける、豊かに、安心に、便利な地域を目指して常に成長していく岐阜県でありたい、そう思っています。
*1 高等学校入試DX
デジタル庁の資料(高等学校入学者選抜のデジタル化に関する調査研究)にて記載された用語。
「高等学校入学者選抜デジタル化の実施理念」における高校入試の手続においてWEB出願システムと校務支援システムがともに活用済とし最もデジタル化が進んだ状態(デジタル3.0)のこと
https://www.digital.go.jp/policies/education/2023report#high-school-entrance-exam-research
*2 ぎふDX支援センター
岐阜県清流の国推進部デジタル推進局が事務局となり職員、民間企業からのDX相談をワンストップで受ける組織。ぎふDX支援センターが対応するだけでなく、既存の相談窓口やぎふDXサポーター企業へ橋渡しなどを担う。
https://www.pref.gifu.lg.jp/page/231469.html
阿部 修二(あべ しゅうじ)
千葉県出身。横浜市立大学物理学科卒。1988年富士通入社。30年間にわたり、行政、電力、通信といった社会基盤システムの企画や開発、運用、プロジェクトマネジメント(PM)などに関わる。2019年に岐阜県職員として転籍。総務部次長(情報化推進担当)を経て22年4月、清流の国推進部デジタル推進局副局長(現職)。