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2024.07.01

2024年7月号 連載企画 デジタル社会のデザインプリンシプルno.9 デジタル・インクルージョンinデンマーク

国際大学GLOCOM
准教授
櫻井 美穂子

1.ソシオテクニカル実現のための社会システムの要件

 本連載ではこれまで、DX時代のソシオテクニカルな情報システムデザインのための設計指針(デザインプリンシプル)について述べてきた。第7回では社会システムと技術システムに求められる5つのデザインプリンシプルをご紹介した。本稿では、社会システムのデザインプリンシプル①エコシステムを作る(協働)と②消費者とのエンゲージメントを高める――の2点について、2024年5月に行ったデンマーク国内でのインタビューをご紹介しながら理解を深めていきたい。
 第5回でご紹介した「デジタル社会意識調査」の結果と、第6回でご紹介したノルウェーにおけるデジタルアウトサイダーの議論と関係する内容になるので、まずそれぞれについて簡単におさらいしてから、デンマークでのインタビュー概要をご紹介する。

 

2.デジタル化の進展についていけない+否定的な人々は約3割弱

  2022年にオンラインで実施した「デジタル社会意識調査」では、デジタル社会に対する回答者の意識を4つの層(クラスター)に分類した(詳細は第5回連載を参照)。デジタル化の進展をA)良いと思うか、B)関心があるか、C)自分はついていけていると思うか――という3つの質問を尋ね、それぞれへの回答に基づいて回答者を分類した。

【デジタル社会に対する人々の意識別クラスター】
①デジタル活用に積極的な層(日常生活でデジタルサービスを積極的に活用している人々)
②デジタル活用にポジティブな意見を持っているが進展の速さについていけていないと思っている層(取り残されている人々)
③デジタル活用には否定的な層(どのような理由があっても日常生活でデジタルサービスは使いたくない人々)
④中間層(①~③のいずれにも属さない人々、質問に対して「どちらでもない」といった中立的な回答が多かった人々)

 ①は回答者の38%、デジタル積極層と名付けた。②は13%で、置き去り層と名付けた。③は反デジタル層と名付けた。15%だった。中間層は34%だった(図表1)。なお、この調査の結果を様々な場所で発表しフィードバックを受けたところ、「中間層」の名称を変えた方がいいのではないかというコメントがあり、現在検討中である。
 置き去り層と反デジタル層を合わせると28%と全体の半数以下ではあるが、この調査がオンライン調査であることを鑑みると決して無視のできない割合であると考えている。ノルウェーで議論されているデジタルアウトサイダーの議論と論点が重なる。

 

図表1 デジタル社会に対する人々の意識別クラスター

出典 著者作成

 

 連載第6回では、スカンジナビア各国のデジタル政策が1)デジタル必須、2)デジタル・バイ・デフォルト、3)デジタル・バイ・チョイス――の3つに区別されていることをご紹介した。ノルウェーでは日本と同じくデジタルファースト政策を掲げているが、デジタル以外の代替策も用意するという意味からデジタル・バイ・デフォルトの方針をとっているとのことだった。デジタルアウトサイダーとは、デジタルを第一の選択肢にすることが難しい人々のことで、主に高齢者や移民、デジタルリテラシーのレベルが低い人や機器を購入する経済的余裕のない人を念頭に置いている。

 

3.ソシオテクニカル概念における位置づけ

 上記の議論は、ソシオテクニカル概念における社会システムの設計指針における“エンゲージメント”を考える上で非常に重要な示唆を持つと考えている。
 ソシオテクニカルの考え方では、テクノロジーは社会システムの質の向上のために使われる。テクノロジーの“道具的”な目的を実行するだけではソシオテクニカルが目指すアジャイルでレジリエントな全体システムは構築できない。デジタル化による業務の“効率化”という価値を超えて、システムのユーザーとの関係やつながりを変えていくことが、新しい価値創出の第一歩となるはずなのだが、そもそもここでいう「つながり」をどのように設計するのか?を考える上で、デジタル化についていけない人、デジタルアウトサイダーの人たちの観点を盛り込むことが重要である。
 もう一つ関係性が高いと考えられる設計指針は“エコシステム”だ。連載第7回ではプラットフォーム型ガバナンスの重要性を説いたが、本稿の文脈だとコミュニティ形成やシステムのユーザー同士のつながりを指す方が本質的な議論に近づくため、そのような解釈としたい。
 社会システム側の設計指針の3つ目は個別最適化(文脈化)で、最終的にはデジタル活用により様々な情報やサービスのパーソナライズ化を進めていきたいところなのだが、そのために理解するべきはユーザーの“文脈”である。エンゲージメントとエコシステムを通じてユーザーの文脈を理解し、文脈をシステムの設計に反映することが理想だが、現実にはこうした文脈は十分に考慮されないままシステムが開発されていく。

 

4.北欧各国におけるデジタル・インクルージョンの議論

 こうした問題意識を持って、2024年5月にコペンハーゲンに1週間滞在し、様々な人にヒアリングをする機会を得た。デンマークは先のデジタル政策の分類ではデジタル必須の方針をとり、デジタルインフラがないと行政サービスにアクセスできない。行政サービスは日常でそれほど使用頻度がないのだが、日常生活に大きな影響を与えるのは公的個人認証サービスである。こちらがないとあなたがどこの誰なのかを証明することができず、民間サービスにログインできないことになる。
 「デジタル社会意識調査」や2022年6月号でご紹介した「デジタルガバメントに関するニーズ調査」の結果からは、統計的有意差は認められなかったものの、性別の違いがデジタル活用への意識に何等かの影響を与えているのではないかという示唆を得た。この結果を踏まえ、デンマークでのヒアリングでは、主に女性を対象とした。
 ヒアリングは、ちょうど著書『DIGITAL INCLUSION』が出版される直前のデンマーク工科大学(DTU、Technical University of Denmark)のBritt Ross Winthereik教授とのアポイントメントから始まった。この著作はデンマーク・ノルウェー・スウェーデンの北欧3か国の共同研究プロジェクトに基づいている。デンマークではデジタル活用に課題を抱えている人たち(デジタル庁の担当者へのヒアリングでは、その割合を20%と話していた、詳しくは後述)をサポートする人たちの視点から、ノルウェーではデジタルアウトサイダーを特に医療分野から、スウェーデンでは教育分野の視点というように、それぞれ異なる視点からデジタル・インクルージョンについて数年間研究活動を行ってきたという。
 この書籍について詳細な説明は割愛するが、大きなメッセージは、様々な情報システムの「利用」シーンが、そもそも実際のシステム設計に落とし込まれてこなかったのではないか?との問題提起である。冒頭ご説明したソシオテクニカル概念に基づく問題意識と同じ課題認識を持っている。実際のシステム設計からあふれてしまった人たちをどのようにインクルージョンしてくのか?が共通の問いとして議論されていた。

 

5.デンマークにおけるデジタル・インクルージョンの課題

 コペンハーゲン滞在中は、デジタル活用に課題を抱える人(主に移民や高齢者)のサポートをするNPO、30代の子育て中の女性、訪問ヘルパーを育成する専門学校でデジタル教育を担当するスタッフ、デジタル庁のデジタル・インクルージョンの担当者らに話を聞いた。ヒアリングの観点は、主にデジタルを使って良かったこと、難しかったことの2点である。ここでは難しかったことを中心にご紹介する。1

 

Bydelsmødre(NPO):Bydelsmødre はNeighborhood motherという意味のNPOで、移民をサポートする団体。移民の中からデンマーク語が話せる人を訓練し、他の移民のデジタル対応をサポートしている。Bydelsmødreが直接移民一人ひとりに対応するのではなく、移民同士の助け合いをサポートするためのNeighborhood motherを育てようとしているのが特徴である。Neighborhood motherは直訳すると隣のお母さんという意味となる。先ほど述べたとおり、デンマークは国民IDが完全デジタル化しているため、移民としてデンマークにたどり着いた人はデジタルの世界に入れないと生活を始めることができない。Neighborhood motherには男性も含まれるが、ほとんどが女性とのこと。デジタル初心者にとっては、操作を間違えることの恐怖心が想像以上にあること、デジタルに直接的に関係はないが様々な行政文書が分かりにくいことなどを聞いた。

 

SOSU H(訪問ヘルパーの育成学校):訪問ヘルパーの守備範囲は広く、介護者がデジタルを使って申請などを行う際のサポートも求められるが、GDPRの観点からヘルパーが介護者に成り代わってIDやパスワードを入力することができず、ある種のグレーゾーンとなっている。SOSU Hでもデジタルリテラシー教育に力を注いでいるが先生をどのように教育したらよいのか、3年ほど前から様々なプログラムを試行錯誤しながらカリキュラムを作っている。

 

IT café(高齢者向けITカフェ):日本で自治体が高齢者向けに行うITサポートと同様の取り組みが、Ældresagenというデンマーク最大(会員数96万人)のNPOによって運営されている。Ældresagenは英語にするとAssociation for Elderly。IT caféはデジタルに特化したサポートで、コペンハーゲンだけではなくデンマークの様々な地域でÆldresagenのボランティアが活躍している。訪問時には国のITポータルにログインできなくなった高齢女性がサポートを受けていた。IT caféには様々な人がサポートを求めてやってくるが、主に退職後、それまで企業などから受けていたITサポートが受けられなくなった人が多く訪れるとのことだった。訪問したIT caféはコペンハーゲンの中心部から30-40分程度の立地で、スマートフォンのソフトウェアの更新や、スマートフォンの機種変更に伴う各種設定のサポートをすることが多いとのことだった。

 

デジタル庁:デジタル庁ではデジタル・インクルージョンの担当者に話を聞いた。ヒアリングの中で、デジタル・インクルージョンの対象となるデンマーク国民は20%との話があった。デジタル必須のこの国で国民の2割という数字が多いのか少ないのか判断が難しいところだが、デジタル庁では元々この2割の人を対象にサポートプログラムを展開していたという。色々な試行錯誤を経て、今はこの2割の人をサポートする人たちのネットワーキングに力を入れているとのことだった(図表2)。今回訪問したNPOやホームヘルパー、看護師、親族などが重要なターゲットだそうだ。

 

図表2 デジタル・インクルージョンのためのネットワーキング

出典 著者作成

 

30代の子育て女性:2人の女性に話を聞いた。育児の負担がどうしても女性に偏ってしまう現状や、AULAという子育てアプリの使い勝手などを聞いた。AULAは、保育園から中学校までは学校―親間のコミュニケーションとして、高校生以降は学校―本人間のコミュニケーションとして利用が必須となっているスマホアプリとのこと。2人の話に共通していたのは、「もっと人とのコミュニケーションが欲しい」ということだった。ここでのコミュニケーションは必ずしも対面コミュニケーションではなく、オンラインでもよいのだが、何か分からないことがあったときに気軽に尋ねたいというニーズがあった。

 

Ældresagen:Ældresagenの運営に関わるボランティアにも話を聞いた。デンマークでは街中に駐車する際、スマホアプリへの登録が必須となったそうだが、以前駐車しようとしたときにそのことを知らずに戸惑ってしまったという話を聞かせてくれた。また、行政とのメッセージはデジタルでのやりとりが必須となっているが、メッセージアプリが乱立しているそうだ。アプリによって行政と企業からのメッセージが読めたり読めなかったりするため、複数のアプリを確認しなければならず非常に面倒、ということだった。

 

6.エンゲージメントやエコシステム構築は十分実践されていたのか?    

 デンマークのデジタル政策は日本の20年ほど先を走っている。日本とは人口規模も国の仕組みも異なるので単純な比較はできないが、私自身のノルウェーでの労働・居住体験から推測するに、北欧各国のデジタル化はまず「効率化」を第一の目的として進められてきたと思う。人手不足や人件費の高さがその背景にあっただろう。デジタルをベースに社会システムを設計した結果、今はアウトサイダーやインクルージョンの議論をしている。
 今回の訪問を通じて、『DIGITAL INCLUSION』で提起された課題認識は、言い換えれば「人に優しい」デジタル化なのか?ということだと感じた。IT caféは当初はデジタルスキルの基本的サポートがメインだったが、今はより一人ひとりのニーズに合わせたテーラーメイドのサービスになっているという。デジタル必須になったことで、デジタル活用力だけではなく読解力なども含め、これまでよりも個人の能力に頼るようになっている。自然と「できる人」と「できない人」の差が開いていく。
 滞在中、このテーマについてCBS(コペンハーゲンビジネススクール)で働く元同僚と議論する機会があった。彼女は「デジタル活用に課題を抱えているのは少数の人たちであって、国全体として大きな課題であるとは思わない」と言っていた。
 デジタル・インクルージョンの対象である2割をどう捉えるか、の問いに戻るわけだが、今回のヒアリングでは、必ずしもインクルージョンの対象とはなっていない人たちの中にも、現状のデジタル化に不安やニーズを抱えている人たちがいると感じた。これは、「デジタル社会意識調査」では置き去り層に分類される人たちだろう。
 デンマークのデジタル庁ではインクルージョンを実現するための“エコシステム”構築に注力している。その先にはシステムのユーザーとのより深い“エンゲージメント”を見据えている。そもそも社会システム、情報システムの設計時にユーザーとの“エンゲージメント”が十分ではなかったのではないか?という『DIGITAL INCLUSION』の提起は、ヒアリングを終えた今、非常に重要なメッセージとして心に刻み込まれた。

 今後、日本でも同様のヒアリングを行い、2024年末を目途に日本とデンマークで同じ質問項目を使ったオンライン調査を実施する予定である。こちらの結果についても改めてご報告させていただきたい。

 蛇足であるが、滞在中のコペンハーゲンは汗ばむ陽気で、突き抜けるような青空と湿度の低い気候、夜の10時ころまで真っ暗にならないトワイライトな空のおかげで日本よりも快適に過ごすことができた。4月には雪の日もあったと聞いたので、会う人会う人に「あなたはラッキーね!」と言われた。運河の街コペンハーゲンは新緑の盛りで花が咲き誇り、レンタルボート(運転免許がいらないタイプのボートがあると聞いて驚いた)が行き交い、人々が海に飛び込み、初夏と真夏が一度にやってきたような美しさと賑やかさだった。

 

1 本稿執筆のスケジュール上、ヒアリングで聞いた内容の事実確認はせず、そのまま記していることをご承知おき願いたい。

 

櫻井 美穂子(さくらい みほこ)
ノルウェーにあるアグデル大学の情報システム学科准教授を経て2018年より現職。専門は経営情報システム。特に基礎自治体および地域コミュニティにおけるデジタル活用について、レジリエンスやサスティナビリティをキーワードに研究を行っている。近著『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版、2022年)、『世界のSDGs都市戦略:デジタル活用による価値創造』(学芸出版社、2021年)、など。

 

【近著紹介】

『ソシオテクニカル経営:人に優しいDXを目指して』(日本経済新聞出版)
ソシオテクニカル経営とは、ITシステムを単なる効率化の道具としてではなく、人々の幸せや多様なニーズをサポートするものとして捉える考え方。ソシオテクニカル経営の実践に必要なのは、社会システムと技術システムの統合設計。統合設計に必要なデザインプリンシプル(設計指針)を、DXの考えが生まれた時代背景の解説を交えながら紐解く。