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2024.07.01

2024年7月号 連載企画 米国におけるデジタルガバメントの現在地(No.1):連邦政府で進むAI利用の包括的なルールメイキングとユースケースの拡大―大統領府・国家安全保障会議

東京大学先端科学技術研究センター特任助教
井上 拓央

 米国では、大統領府の行政管理予算局が覚書M-23-22「デジタルファーストの公共体験の提供」を2023年9月に公表するなど、デジタルガバメントの推進に向けた取り組みが積極的に進められている。行政情報システム研究所では、米国におけるデジタルガバメントの最新の動向を把握し、日本におけるデジタルガバメントの推進に役立つ知見を得ることを目的として、2023年12月にワシントンD.C.にて現地調査を実施した。連邦政府の取り組みを様々な角度から調査するため、政府の全体方針の策定を主導する大統領府、国民向けデジタルサービスの提供や政府内部のデジタル化を主に担当する一般調達局、デジタル分野における対外政策に責任を持つ国務省、政府の外側に位置する立場を生かしてデジタルガバメントの推進に関与するジョージタウン大学の4か所を訪問し、ヒアリングと意見交換を実施した。本連載企画では、各機関で伺った取り組みの内容や今後の方針等について全4回にわたってご紹介する。

 

1.はじめに

 今回は、連邦政府及び米国のデジタル政策の全体的な方針の策定を主導する大統領府の国家安全保障会議(National Security Council; NSC)をご紹介する。NSCは、大統領が上級顧問や閣僚とともに国家安全保障や外交政策を検討するために設けられている主要な場で、1947年にハリー・トルーマン大統領の政権下で発足して以来、大統領に助言を与え、大統領を補佐し、国家安全保障に関する問題について政府機関間の調整を図ることを役割としている1。現在のジョー・バイデン政権では、国家安全保障、経済安全保障、健康安全保障、環境安全保障の4分野と、国内政策と対外政策との調整の促進を掲げている。大統領が議長を務め、副大統領、国務長官、財務長官、国防長官、エネルギー長官、司法長官、国土安全保障長官、国連米国代表、米国国際開発庁長官、大統領主席補佐官、国家安全保障問題担当大統領補佐官が正規の出席者となっている2
 今回の調査では、NSCで人工知能(AI)活用に向けた政策立案を担当するディレクターを務めているタンタム・コリンズ(Tantum Collins)氏にお話を伺った。

 

2.AIに関する包括的なルールメイキングが進む

 NSCでは、デジタルガバメントに関連して、人工知能(AI)の活用がもたらす可能性を捉えリスクを管理することにおいて米国が主導権を握ることを目的として2023年10月30日に発令された「AIの安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」(Executive Order on Safe, Secure, and Trustworthy Artificial Intelligence; 以下、「AI大統領令」)3の策定をはじめ、連邦政府と米国社会における先端的なデジタル技術の受容と活用を担当している。調査で訪れた2023年12月時点では、コリンズ氏らのチームでは、AI大統領令の内容も踏まえ、国家安全保障分野の方針を取りまとめた「IT国家安全保障覚書」の策定に取り組んでいるとのことだった。
 コリンズ氏によれば、AI大統領令の検討は2023年5月ごろに開始され、約半年間で公表に至った。通常、大統領令は検討開始から公表までに数年を要するが、急速に変化するAIという分野を取り扱うため、極めて短期間でまとめられた。実際の執筆を担当したホワイトハウスのコアチームのメンバーは4〜5人ほどで、このうちの何人かはAIの専門家だが、大統領令では様々な法的措置についても扱うため、それ以外に法律の専門家なども含まれていた。また、法的な問題を話し合うために策定プロセスに参加した外部の専門家などを含めると、全体では1,000人ほどが携わったとされる。今回の大統領令の策定プロセスでは将来的なAIの利用についての考え方が一部の視点に偏ることを防ぐよう意識されており、草案に対しても100人程度がフィードバックを提供するなど、全体を通して多くの関係者の視点が取り入れられた。その効果もあり、公表されたAI大統領令に対する反応は政府・民間ともに概ね好評であったという。
 大統領令はあくまで大統領及び政権の方針を示すものであり、議会のプロセスを経て決定されたものではない。議会においてもAI規制に関する議論は活発化しており、法律案も2023年から何度も提起されていたものの具体的な立法には至っておらず、2024年2月には超党派のタスクフォースが結成されるなど、激しい動きが見られていた4。議会によるAI規制の方向性が見えない中で、バイデン政権がAI大統領令においてAI利用のリスクを指摘し、官民それぞれが説明責任を果たすべきとの方針を打ち出したことは「野心的」5であるとの評価を受けた。2023年は、米国連邦政府が政府内部のみならず社会全体でのAI利用に関する包括的なルールメイキングを進める方向へと舵を切った年であったといえる。

 

●「AIの安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」(Executive Order on Safe, Secure, and Trustworthy Artificial Intelligence; Executive Order 14110)
 バイデン大統領により2023年10月30日に公表された大統領令。ホワイトハウスのプレスリリースでは、その目的を「人工知能(AI)の有望性を捉え、リスクを管理する上で米国が主導権を握ることを確実にする」ことであると述べている。米国におけるAI活用に関し、政府機関やテック企業など広範な主体に対して基準の遵守や責任ある取り組みを求めており、勧告や措置が多岐にわたることから「経済のあらゆる部門の組織に影響を及ぼす可能性が高い」と指摘されている6。具体的には、8つの原則と優先事項が定められている。
1.AIの安全性とセキュリティのための新たな基準の策定
2.米国民のプライバシー保護
3.平等と市民権の前進
4.消費者、患者、学習者のために立ち上がる
5.労働者の支援
6.イノベーションと競争の促進
7.国外での米国のリーダーシップの前進
8.政府における責任ある効果的なAI利用の保証
 「AIの安全性とセキュリティのための新たな基準」に関しては、国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology; NIST)に対してその作成と実施が指示されており、同機関が設定した「AIリスク管理フレームワーク」がガイドラインとして参照されている。
 また、AI大統領令により政府内部におけるAI利用指針の策定を指示された大統領府の行政予算管理局(Office of Management and Budget; OMB)は、2024年3月28日に連邦政府初のAI利用指針として、連邦政府機関によるAIのマネジメントと活用に関する詳細なロードマップ(覚書M-24-10「政府機関による人工知能(AI)の利用におけるガバナンス、イノベーション、リスク管理の促進」; Advancing Governance, Innovation, and Risk Management for Agency Use of Artificial Intelligence)を発表した7

 

3.大統領令に基づき次のステップへ

 NSCが策定に携わったAI大統領令では、連邦政府が次に取り組むべきいくつかのステップとして、各政府機関への要求が示されている。
 第一に、AIの効果的な利用方法について検討すべきという内容が掲げられている。その一例としては、国民からの意見収集が含まれる。AIを利用した意見収集にあたっては、モデルのファインチューニングを実施するか、あるいは内製でモデルをスクラッチから作成することが必要だが、コリンズ氏によれば連邦政府ではいずれの方法においても十分な技術的専門性を有していないという。コリンズ氏は、近い将来には調達や契約のシステムをアップデートすることで、従来は政府と契約することができなかったスタートアップ企業との協働を可能にし、必要な技術を有する人材を政府が取り込む体制が整備されるべきだと考えていると語った。デジタル分野で連邦政府が前進するために必要な技術的ソリューションを構築できるのは、以前から政府と強固な関係を確立している大企業ではなく、スタートアップ企業である場合も多いというのが、コリンズ氏の指摘である。
 第二に、データの品質と透明性を高めることが挙げられている。AI大統領令では連邦政府機関に対し、機械学習モデルのトレーニングに役立つ公開可能なデータを内部で所有しているかどうかを明らかにするよう求めている。また、ビッグテック以外の主体(大学や非営利団体)でも質の高いデータと大量の計算能力を利用できるようにするため、データと計算能力の両方を含む政府提供のAI研究リソースの構築を検討している。さらに、AIを用いた研究を行っている民間企業に対し、モデルの透明性の開示も求めている。これらの要求の背景には、プライバシーが十分に保護された状態でデータを用いてモデルを学習させるインフラの構築にあたって政府が果たすべき役割は「触媒」であるとの認識があると、コリンズ氏は述べた。

 

4.政府での具体的な活用は始まったばかり

 上述の通り、AI大統領令等に基づく包括的なルールメイキングとデータインフラの構築が全政府的に取り組まれようとしている中で、コリンズ氏によれば米国の連邦政府ではAIの具体的なユースケースの拡大が2つの領域で進められている。しかし、いずれも極めて初期段階にあるという。
 第一の領域は、政府機関の組織業務の効率化である。コリンズ氏のチームには、組織の内部調整やマネジメントの改善、職員を適切なリソースに繋ぐといった目的でAIを活用したいとの問い合わせが数多く寄せられており、コリンズ氏は民間企業で業務改善のためのAI活用プロジェクトを率いた経験を持つことから、その経験を活かして政府内部のコンテンツを扱う機械学習システムの構築に取り組んでいる。システムの基本的な機能は、組織内で協働すべき職員のマッチングや、一人ひとりの職員が読むべき文書の提案、組織全体の意思決定に関する判断の支援などである。
 第二の領域は、国民からの意見収集である。国民が、議員に手紙を書くといった従来型の方法ではなく、リアルタイムでもっと深く政府と関わることができるようになるのが理想だが、現時点ではその段階からはかけ離れているという。
 これらのAI活用領域について、コリンズ氏はいずれも「コレクティブインテリジェンス」に関連していると述べた。AIを用いたコレクティブインテリジェンスの取り組みへの関心を持つ職員は多く、具体的なプロジェクトを進めたいと考えられてはいるものの、政府内ではAIに関する深い理解を有する職員が少ないため、具体的なプロジェクトには至っていないという。コリンズ氏は、政府内部にもAIのような新たな技術が何を意味し、自分たちの組織にどのような影響を与えるのかという問題についての好奇心と、探究を進めるエネルギーを持つ職員が数多くいることを指摘しつつ、「2024年の間には、AIを用いたコレクティブインテリジェンスに関して、連邦政府レベルでの具体的な実証実験プロジェクトが開始できることを望んでいます」と語った。

 

コレクティブインテリジェンス(集団的知性/集合知;Collective Intelligence)
 1つの目的に向かって複数の人が知的作業を行うことで、集団が全体として優れた1つの知性のように振る舞うことを示す概念。インターネットの登場前から知の蓄積と活用のためのシステムは存在したが、Webの発達によりその実践が拡大している。多くの知識をクラウドソーシングで集積するインターネット百科事典『ウィキペディア』もその一例とされる。この仕組みをAIと組み合わせた集団学習によるAIの予測力強化も期待されている。

 

5.テクノロジーとの適切な距離感の模索が続く

 AI利用のユースケースがようやく広がりつつある連邦政府内部の現在の状況について、コリンズ氏は「洗練されているとは言い難い状況にある」とした。連邦政府では、米国社会全体と比較して、AIをはじめとする先進技術の受容が遅れていると考えられている。連邦政府が巨大な組織であり変化のスピードが遅いことも大きな要因だが、それに加えて米国における政治とテクノロジーの物理的な距離の遠さにも言及があった。「ロンドンでは、政治の中心地とテックの中心地は地下鉄で20分程度の距離に位置します。これに対し、米国ではワシントンとシリコンバレーの間を移動するには飛行機で5時間かかります。この物理的な距離の遠さが、テクノロジーに対する政府の理解を妨げているのです。」
 コリンズ氏は、英国以外にも例えば台湾、シンガポール、エストニアにおいて行政とテクノロジーが密接な関係性を保っていることを素晴らしいことだとした上で、物理的に比較的小さな国や地域であることが、そのような状況を可能にしているという側面があるとの考えを示した。また、シリコンバレーは米国のみならず世界のテック業界をリードしており、そこで行われる議論には、政府のみならず多くの国民もキャッチアップしていないのではないかというのが、コリンズ氏の見立てだ。シリコンバレーが世界をリードすることで米国に多くの富と雇用をもたらしているという側面も考慮すれば、先進技術に対する受容性においてテック企業・市民社会・政府の間で一定のギャップが存在することについては、一概に良し悪しを判断することはできないとの指摘もあった。
 AIの規制をめぐる議会での議論が紛糾してきた背景にも、テック企業のニーズと市民の権利の保護との間で連邦政府が保たなければならないバランスの難しさが垣間見える。コリンズ氏は、米国では国民が連邦政府によるAIやその他の先進技術の利用に対して常に懐疑的な見方をしている状況に言及した。「連邦政府が開発したチャットボットを使って政治的な課題について議論したり質問したりできますよ、と告知したところで、なかなか受け入れられないでしょう。連邦政府が導入したツールであるということになると、オープンソースのツールや民間企業のプロダクトとは話が変わってきます。包括性や公平性の欠如に対する懸念が生じるのが現実です。」
 一方、独占的な振る舞いや近年のフェイクニュースへの不十分な対応を受け、ビッグテックに対する国民の目も厳しさを増しているという。したがって、AIツールの開発について連邦政府がテック企業を支援するとなると、こちらも批判的な見出しがメディアで躍ることになる。かといって、洗練されたAIシステムを自ら開発する能力は連邦政府にはない。必要なのは、連邦政府とビッグテックが協働し、すべてのプロダクトの安全性を保証することであるとコリンズ氏は述べた。連邦政府とテック業界の連携は既に始まっており、2023年の夏には、多くの大企業がAIの安全性に関する自発的なコミットメントに署名した。
 連邦政府は、AI分野で世界を主導する国内のテック企業の力を削ぐことなく、かつ政府が大富豪をさらに富ませているのではないかとの国民からの厳しい目にも向き合いながら、テクノロジーとの適切な距離感を保って活用と規制のバランスを模索するという難しい舵取りに挑んでいる。今回の調査を通じて、大統領府が全体の司令塔としてその先頭に立っている様子を窺い知ることができた。
 連載企画の第1回となる今回は、政府の全体方針の策定を主導する大統領府で、特にAIをはじめとする先進技術の受容と活用を担当する国家安全保障会議(NSC)の取り組みについて、現地調査でお聞きした内容をもとにご紹介した。コリンズ氏のお話の中で印象的だったのは、連邦政府がAI利用に関して遅れているとの認識に基づき、議論や実装において先行するテック業界の貢献を期待する中で、企業との連携による透明性の向上や説明責任の強化をもって国民からの厳しい目に応えようとする考え方である。「安全、安心で信頼性のあるAI」という政権が目指す方向性は、広範な措置を含むAI大統領令という形で示されたが、その策定プロセスにおいては考えられる将来の方向性について視点の偏りが生じないよう、多くの人々が関与したという点にも注目すべきである。公表された大統領令が官民のステークホルダーから概ね好評であったという連邦政府の経験を鑑みても、デジタルガバメントの推進における政府の戦略的な視点を、透明性のあるプロセスを通じて整理し広く提示することの重要性が再確認されたといえるだろう。
 AI大統領令においても各政府機関に様々な指示や要求が盛り込まれたが、デジタルガバメントの推進には全政府的な戦略との整合を図りつつ具体的な施策を担当する各政府機関での取り組みも重要である。次回は、国民向けデジタルサービスの提供や政府内部のデジタル化を主に担当する一般調達局(GSA)についてご紹介する。

 

1(出典)White House. “National Security Council”. https://www.whitehouse.gov/nsc/. 2024年3月12日最終閲覧.
2(出典)同上
3(出典)White House. “FACT SHEET: President Biden Issues Executive Order on Safe, Secure, and Trustworthy Artificial Intelligence”. https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/10/30/fact-sheet-president-biden-issues-executive-order-on-safe-secure-and-trustworthy-artificial-intelligence/. 2024年3月12日最終閲覧.
4(出典)Reuters. “US House forms AI task force as legislative push stalls”. https://www.reuters.com/world/us/us-house-forms-ai-task-force-legislative-push-stalls-2024-02-20/. 2024年4月15日最終閲覧.
5(出典)AP. “Biden wants to move fast on AI safeguards and signs an executive order to address his concerns”. https://apnews.com/article/biden-ai-artificial-intelligence-executive-order-cb86162000d894f238f28ac029005059. 2024年4月15日最終閲覧.
6(出典)Ernst & Young Global Limited. “Key takeaways from the Biden administration executive order on AI”. https://www.ey.com/en_us/public-policy/key-takeaways-from-the-biden-administration-executive-order-on-ai. 2024年4月15日最終閲覧.
7(出典)White House. “M24-10 Advancing Governance, Innovation, and Risk Management for Agency Use of Artificial Intelligence”. https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2024/03/M-24-10-Advancing-Governance-Innovation-and-Risk-Management-for-Agency-Use-of-Artificial-Intelligence.pdf. 2024年4月15日最終閲覧.

 

井上 拓央(いのうえ たくお)
1995年、長野県長野市生まれ。2023年、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2023年6月より東京大学先端科学技術研究センター特任助教。専門は都市計画理論、場所論、都市空間の分析手法の開発。デジタル庁においてデジタル政策に関するリサーチを担当。一般社団法人行政情報システム研究所では客員研究員として、諸外国の政策デザイン組織やデジタル戦略に関する調査研究に取り組んできた。