道路交通情報や気象情報や車両プローブデータなどの交通環境情報は、自動車産業以外にも公共分野や民間企業で様々な用途での活用が期待されている。これらの交通環境情報が、より使いやすい形式で流通するための仕組みづくりが重要である。そこで、交通環境情報ポータル「MD communet®」を構築し、一般公開している。4月号では、MD communet®の機能と公共分野での利用について解説した。本稿では、MD communet®の機能について簡単に説明し、交通環境情報の民間での利用事例について紹介し、今後の交通環境情報の方向性について記していく。
1.交通環境情報ポータル「MD communet®」とは
フィジカル(現実)空間のセンサーからサイバー(仮想)空間に膨大なデータが集積されるSociety 5.0では、データ連携の仕組みが求められている。自動運転の実現に向けて整備される高精度地図データや道路交通、車両プローブ等の収集データは、交通環境情報として自動車産業以外にも様々な産業での活用が期待できるとし、これらの情報がより安全に使いやすい形で流通できるための仕組みづくりが求められていた。内閣府では、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期自動運転において、これらの情報のみならず、産業界や官がもつ地理系データの有効活用を促進するための取組として2019年度にNTTデータが公募に採択され、2021年4月に交通環境情報ポータル「MD communet®」を公開した。MD communet®は、現在会員がおよそ100社/団体が参画し、NTTデータにて運営を行っている。
MD communet®では、世の中に散在するモビリティ分野の多種多様な交通環境情報をポータルサイト上でメタデータを一元的に集約している。サービス創出をするためのコミュニケーションの場を様々な形で提供することで、利用者の新たなサービスの創出、そのための官民連携のマッチングを支援している。また、MD communet®では、データ加工などのテクニカルサポートをすることでサービス化や課題を解決するための支援をしている。
図表1 MD communet®ホームページのトップ
(出典)交通環境情報ポータル「MD communet®」ホームページ
2.企業の課題解決に向けて
(1)物流ドライバーの負担を軽減する新たなサービスの創出
兼松株式会社、株式会社データ・テックと共に車両の走行データを活用した配送先情報案内サービス「みせナビ®」のサービス開発を行った。その中でMD communet®はサービス企画支援・データ加工処理開発をテクニカルサポートとして実施をした。
みせナビ®とは、デジタルタコグラフから取得した車両走行データを用いて、配送先ごとに異なる搬送ルール(プロファイル情報)を自動生成し、音声でドライバーに通知するサービスである。物流事業者の中では、人手不足により新人ドライバーを雇う中で知らない道や店舗に駐車する際に間違えた駐車をしてしまい、クレームを受けることやうろつき運転で事故に繋がる等の課題があった。それらの課題に着目し、MD communet®のテクニカル支援として、過去のドライバーの運転データから店舗ごとのルールを判定することを試みた。搬入先が近づくと「まもなく200mで搬送先入り口です」といったようなアナウンスが流れ、続けて「お客さま駐車場には駐車しないでください」「後ろ向き駐車してください」など、どのように駐車すべきかドライバーにアナウンスされるようにした。実証実験では、本サービスを通じてドライバーの負担軽減、業務効率化や安全性の向上に寄与することが確認できた。今後2024年問題に寄与するサービスとして商用化を視野に取組予定である。
図表2 みせナビ®概要
(出典)当社作成
(2)「渋滞の先頭が見たい」そんなお客様の声から生まれたサービス
MD communet®のマッチングを通じて、アルプスアルパイン株式会社、株式会社ゼンリン、株式会社NTTデータの3社でモビリティデータを活用し、全国の交通課題をはじめ、地域・社会課題の解決に向けた協業を開始した。最初の取組として、ドライブレコーダーの映像を解析することにより、渋滞の原因を特定できないのかについて検討した。渋滞の原因と周辺状況をもとに渋滞を回避するルートを提案することができ、渋滞の回避により渋滞にはまりたくないという課題の解決に繋がるのではないかと考えた。会員の中から賛同いただける企業を募り、プロジェクトが始まった。
まずは、沖縄県でレンタカー車両に搭載したドライブレコーダーにより画像、映像を収集し、リアルタイム性の高い情報についてレンタカーを利用する観光客へ提供するためのプラットフォームの実証実験を実施した。観光客などのドライバーは、レンタカーから収集された画像をもとに、Webサイト上の地図からスマートフォンなどを通じ、特定の観光地や市街地の道路や道路周辺状況、駐車場の画像や映像を確認することができるようにした。
これにより渋滞の状況や発生原因、目的地周辺の混雑状況の把握を促すことで、混雑しているエリアを回避して移動するといったドライバーの行動変容に結び付き、効率的に観光地を回れることで観光客の移動に関する満足度の向上や、地域住民の移動に影響がある交通渋滞の緩和等に貢献できると考えられる。今後、実証実験の結果も踏まえ、観光客だけでなく、住民や事業者に対して、情報提供を通じて行動変容を促し、県全体の移動の効率化を図り、交通課題の解決を目指している。
図表3 渋滞回避情報提供サービスの概要
(出典)NTTデータニュースリリース
3.モビリティデータ活用の可能性を求めて
MD communet®では、これまで様々な企業・団体への課題ヒアリング、マッチング、実証実験などをサポートしてきた。一方、データの活用方法やサービスのマネタイズに苦慮している企業・団体が多いという実情がある。MD communet® OPEN INNOVATION PROGRAM 2023(以下:本プログラム 図表4)では、このような課題を解決するために、現在のMD communet®のコミュニティやモビリティ業界内のネットワークを飛び超え、MD communet®の会員である3社(あいおいニッセイ同和損害保険株式会社、住友ゴム工業株式会社、株式会社ハレックス)それぞれが挑戦したい社会課題解決をテーマに設定し、3社の所有する技術やデータと他の事業者が有する技術やアイディア、ソリューションなどが組み合わせることで、既存の領域を超えた新しい化学反応が生まれることを期待し、2023年9月から公募を開始、12月に採択企業と採択タイトルが決定した。2023年12月以降、ホスト企業と採択企業で事業内容や短中長期の事業計画などの検討が進められている(図表5)。
図表4 プログラム概要
(出典)MD communet® ニュースリリース
図表5 本プログラムで実施しているホスト企業ごとの募集テーマや事業概要
(出典)当社作成
交通環境情報の活用は、モビリティ分野だけに閉じたものではなく、人やモノが動く場所やシーンでの活用が想定されている。MD communet®は様々な事業者で構成されているが、それでもモビリティ分野を生業としている事業者が多く、業界内でのマッチングで新しい着想には至らないことが課題であった。交通環境情報の活用可能性を広げ、社会課題解決に貢献するためには、多分野の事業者のアイディアやアセットと組み合わせて共創を生み出すことが必要ではないか、そんな思いから新たに立ち上げたのが本プログラムである。MD communet®の会員が解決したい課題をコンサルティングしながら明確化させ発信、パートナー企業となる採択企業を決定、インキュベーションを行い、PoC等を通じて事業化を進めていく。今後もこのような取組みを通じて、共創による社会課題解決に取り組んでいく。
4.新たなステージへ
MD communet®では、前述に上げたようなOPEN INNOVATION PROGRAM等の新たな取組みを通じて会員との共創による社会課題解決に資する取組を推進すべく、課題・ニーズの収集を行っている。更に、2023年度より開始した内閣府SIP第3期スマートモビリティプラットフォームの構築において、NTTデータは中核となるJapan Mobility Data Spaceの構築を採択した。Japan Mobility Data Spaceは、モビリティ分野を中心に地域やエリア、プラットフォームごとに分散管理されたデータを連携させ、サービス開発に必要となるデータの取得、検証環境の提供やサービス事例・ノウハウの横展開が可能となるような仕組みとして実現し、データ・ツール・サービス・人を繋ぎ、一気通貫でサービス創出まで行うことができるプラットフォームを目指している。
NTTデータは今後、MD communet®で交通環境情報を用いた社会課題の解決に取り組んできたノウハウを活かし、「Japan Mobility Data Space」の設計や開発、実証・評価に取り組み、社会実装を目指している。さらに、MD communet®のサービス向上によりモビリティ分野のデータ利活用、サービス創出を加速させていく。
交通や移動の効率性や機能強化はもちろんのこと、生活環境やライフスタイルの変化に合わせた柔軟な対応、ひいては人々のウェルビーイングの実現を目指し、地域や社会の課題解決に貢献をしていく。
図表6 Japan Mobility Data Spaceで目指す姿
(出典)NTTデータニュースリリース
地域の移動課題を解決したい、移動データを活用して新たな取組を行いたい、街づくりやマーケティングのために移動需要を可視化させたい等、モビリティ領域では、様々なニーズがあり、それを実現できる技術・サービス・アセットがたくさんある。MD communet®は様々なニーズに応えるため、人・データ・サービス・技術を繋ぐコミュニティツールとして、これからも活動を続けていく。是非MD communet®のHPを閲覧していただきたい。
交通環境情報ポータル「MD communet®」
https://info.adus-arch.com/
データカタログサイト
https://portal.adus-arch.com/
【プロフィール】
中島 紋衣(なかじま あやこ)
総合商社、メーカ勤務を経て現職。入社後は、ITS領域における将来ビジネス創出に向けて、交通環境情報ポータル「MD communet®」の立ち上げ~企画・運営、モビリティサービスのビジネス企画のほか、官公庁向けプロジェクトに従事。