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2024.04.01

2024年4月号 勉強会報告 「勉強会」開催レポート デンマーク流DXの強さを学ぶ(Societal Innovation by design) クリスチャン・ベイソン(Christian Bason)博士  ~テキスト編~

一般社団法人行政情報システム研究所
主席研究員 
木村 典嗣

 デジタル庁と一般社団法人行政情報システム研究所の共催で「勉強会」が2024年2月2日(金)に東京ガーデンテラス 紀尾井カンファレンスで開催されました。
テーマ:デンマーク流DXの強さを学ぶ(Societal Innovation by design)
講演者:クリスチャン・ベイソン(Christian Bason)博士
 デンマークが誇るデザイン分野での第一人者であるクリスチャン・ベイソン博士、令和6年になり1回目の勉強会にふさわしい豪華なイベントとなり、活発な議論が行われた。
 ベイソン博士の講演では、ビジネス(企業や国)の競争力と成功を実現するためだけではなく、社会としての競争力と成功を実現するための秘訣について、デンマークの事例を交えて説明がされました。例えば、デンマークのオーステッド社は、知的財産を競合企業に無償で提供することにより、多くの企業が新規事業としてグリーンや再生可能エネルギーの分野で大幅にスピードアップして取り組まれるようになった。そうしてグリーンや再生可能エネルギー市場の拡大に結び付いた。知的財産を無償で提供することが、オーステッド社にとりましても利益につながった。ポンプと水関連技術の世界的リーダー企業でネットゼロ(エネルギーの使用や排出量をゼロに近づけること)に注力しているグルンドフォス社では、グローバルサウスを含む3億人の人々にクリーンな飲料水を提供するという戦略を掲げています。重視するのは利益の多寡ではなく、どれだけ人々に貢献できるかを同社の戦略の中核としている。ベイソン博士は、「創造性を高め、未来を見据えた新しいビジョンは、美や機能性を備えた人間中心のデザインで実現できる」と講演を結んでいた。

※ デンマークデザインセンター元CEO。1998-2006年までRambøll Managementにてコンサルタント、ビジネスマネージャーを務めたのち、2007-2014年にデンマーク政府のイノベーションチーム「MindLab」の初代CEOを務めた。World Economic Forumの「Future on Agile Governance Council」のボードメンバーやEUのパブリックセクターイノベーションの専門家組織の長を務めた。「Leading public design」など著書多数

 

講演するベイソン博士

 

 今回、協賛企業を募るにあたりイベント趣旨にご賛同いただくことはもちろん、「エンジニア組織」である企業様をパートナーに選ばせていただきました。協賛企業として参加してくださったGDX株式会社様(https://gdx.inc/)はエンジニアとしての専門性を持つ方が社員の7割を超えており、新しいITベンチャーの1つの形を体現されています。

 

【講演内容】

 

 おはようございます。お招きいただき大変光栄です。本日は通訳を介さないためゆっくり分かりやすく話したいと思います。さまざまなテーマがある中短時間で何をお伝えするかを判断するのはどんなときでも難しいことです。
 そこで今回はいくつかの事例をご紹介し、議論のテーマとなる大きな問いに対し、どのような考え方があるのかを見ていきたいと思います。

 

 

 議論するテーマは、ある意味ビジネスの競争力と成功を実現するだけでなく社会の競争力と成功を実現するための秘訣であり手段です。これは新しいものではありませんが、私のお気に入りの画像です。北欧の小国であるデンマークには資源もありません。平坦な国です。鉄鉱石も山もありません。さして規模の大きくない農業国と言ってよいでしょう。それでもさまざまな方法で成功を実現した豊かな社会を築いています。
 格付けにもいろいろなものがあります。余談ですがデンマークでは、格付けにさほど注目が集まりません。政府組織や企業の人間でIMD世界競争力ランキングや国連の電子政府ランキング、世界幸福度ランキング、サステナビリティに関するランキングなどを意識している人はほとんどいません。デンマークがこれらにランクインしたという見出しがメディアに掲載されることがあれば、それが政治家や市民にとって、大いに関心のあるテーマだからですが上位に入ることを当然とも考えています。皆さんはこうお思いになるかもしれません。
 一体どうやってそれを成し遂げたのかと。それについては少し掘り下げてみたいと思いますが同時に、未来に向けた取り組みについてもご説明します。過去だけでなく未来にも目を向けたお話をします。

 

 

 アメリカの政治学者であるフランシス・フクヤマは、数年前に“Getting to Denmark”というエッセイを書いています。そのテーマはデンマークではなく、うまく機能する社会をいかにして築くかというものでした。
 その実現に必要なものとは何でしょうか?デンマークが備えるものの多くを日本も備えています。すなわち、市場経済や民主主義、比較的高い信頼、きちんと機能する公共機関といった要素で、いずれも我々にとってなじみ深いものです。ただ、私は、それらだけではないとも考えています。
 デザインの力も重要な要素ではないでしょうか?デンマークデザインセンターのCEOを退いた今、私は、デザインの素晴らしさやデザインがすべての鍵だということを力説する必要はありません。ただデザインが重要なのは、未来への理性ある判断を下す力となるからです。それこそがデザインです。デザインで、より良い世界を創り出すことができます。それこそがデンマークにおける取り組みでした。デンマークはデザイン社会だとご紹介することが多々ありますが、東京や京都の街を歩いていて私が感じたのは日本も間違いなくデザイン社会だということです。

 

 

 ではデンマーク企業のオーステッドの事例をご紹介しましょう。社名は電磁気を発見したデンマークの物理学者に由来します。しかし、最近までこの会社は、デンマーク石油・天然ガス会社と名乗っていました。約15年前のこと、この企業のCEOは非常に先進的で、前財務省事務次官という経歴の持ち主でしたが、競争の激しい民間の企業のCEOとなり、環境にやさしい企業に生まれ変わるべきだと提案したのです。数年のうちにこの戦略が採用されました。
 現在、同社が生産するエネルギーの90%以上は、サステナブルな再生可能エネルギーです。このような取り組みから数年後、リブランディングの必要性が認識され、社名も新しくするべきだとなったのです。最近私は、同社のCEOから事業に対する考え方や将来の展望について話を聞く機会がありました。

 

 

 オーステッドに関して非常に興味深いのは、国外の風力タービンを製造あるいは、そのインフラストラクチャの整備やサポートをする際、基本的に知的財産を競合企業に無償で提供していることです。大手石油会社も例外ではありません。例えばエクソンモービルもそうです。それはなぜでしょうか?CEOはこのように話しています。グリーンや再生可能エネルギーへの移行に関する新規市場を発展させるには、大幅なスピードアップが必要だからです。皆がこれまで以上に力を合わせる必要があります。皆が学びの速度を加速し、知識を身につければ、その分市場の拡大も迅速に進みます。知的財産や知識の共有は、オーステッドに利するため戦略的にそうしているのです。

 

 

 ポンプと水関連技術の世界的リーダー企業でネットゼロに注力しているグルンドフォス社の事例もご紹介します。同社もサステナビリティが原動力となる企業です。

 

 

 これがグルンドフォス社のポンプでデンマークデザイン賞も受賞しています。機能性が非常に高いだけでなく、作業者にとってきわめて使いやすいことも評価の理由です。

 

 

 しかし、重要なのは、同社がグローバルサウスを含む3億人の人々にクリーンな飲料水を提供するという戦略を掲げていることです。それこそが同社の戦略の中核です。重視するのは利益の多寡ではなく、どれだけ人々に貢献できるかです。戦略の公開にあたりCEOはこう述べています。こうした戦略を展開できるのは、株主ではなく財団が所有する企業だからだと。株主が所有する企業であれば、こうした戦略は展開できないでしょう。

 

 

 次の事例は、全く異なる消費財業界のものです。ナチューリは、プラントベース(植物由来)の食品の製造・生産を行う企業です。これは牛肉不使用のハンバーガーです。少なくともデンマークでは、気候変動を憂慮し、牛肉を食べ続けるわけにはいかないという認識が広がっておりプラントベース食品への移行が提唱されています。

 

 

 規模としては中小企業ですが、ナチューリ社はプラントベース食品業界の全社が加入できる協会のような企業メンバーシップのネットワークを構築しています。ここにはアドバイザーであるボストンコンサルティンググループの名前もあります。同じフードシステムを推進する大手競合企業の数社も構成員となっています。ナチューリが創設した組織に競合企業も参加しているのです。規制当局やマーケティング機関もメンバーです。構成員によるエコシステム全体で、サステナブルなプラントベース食品へのフードシステム移行における価値を創出しています。それはなぜでしょうか?それは新市場への移行を加速したいからです。迅速に進めるほどメリットは大きくなります。市場は拡大します。自社や競合企業、あらゆる構成員にメリットがあるのです。

 

 

 小規模ながら知名度が高いのが、現在、世界で最も価値ある玩具メーカーのレゴです。同社をそのように表現するのは、創造性を育み、革新を起こすためにレゴを活用している企業があることに加えレゴ社がパーパスドリブンな企業であるからです。レゴは、デンマーク語で、“よく遊べ”を意味する“leg godt”の頭字語です。創業者には、当初より、優れた玩具を生み出すというビジョンがありました。子どもには、良い玩具を与えるべきだからです。子どもが手にするべきなのは、すぐに壊れてしまう質の低い玩具、工夫のない玩具などではありません。レゴは、高品質で技巧が凝らされているだけでなく、遊びと学びの体系が整っている玩具です。そして、学びや社会貢献は、レゴという玩具にとどまりません。

 

 

 レゴを所有する財団の1つは、現在建設中のデンマークの新しい小児病院に出資しています。この病院は、現在のデンマーク王妃にちなみ、メアリー・エリザベス病院と名付けられる予定です。この病院に提供されるのは、建設のための資金だけではありません。病院の建設にあたっては、サービスデザインが活用され、小児向けのサービスとユーザーエクスペリエンスのデザインのモデル化を行っています。
 デザインワークショップで、疾患を持つ小児に対し、どのような価値やプロセス、空間を生み出すべきかを明らかにし、それを体現する建物を造るよう建築家に依頼したのです。この病院こそがまさにサービスデザインです。

 

 

 最後に、これは“日々の生活はデジタルである”という意味です。デンマークの公共サービスは、デジタル化が非常に進んでいます。

 

 

 それはなぜでしょうか?その理由の一端がこのフォルダにあります。これは、2022年から2025年にかけての公共機関のデジタル戦略をまとめた資料です。デンマーク政府のデジタル戦略について記したフォルダの表紙には、3種類の政府組織が記載されています。すなわち政府、地方自治体、そして病院を経営するデンマークの各地域です。3つの階層にわたる政府組織が、こうした戦略を策定するのは容易ではありません。中央政府だけで策定し、それを推し進めていたら、さらに時間がかかったでしょう。しかし、97の地方政府と関係機関を巻き込んだことで、市民や学校、高齢者介護、交通など、日々の生活で重要な事柄に関して、直接サービスを生み出す人々が、ボトムアップ的に、関与することが可能になりました。戦略策定にこうした人々が関わることで、戦略に全員の合意が得られます。
 デンマークの公共部門が世界で最も能率的なのは、こうしたことが主な理由でしょう。もう1つ理由があります。デンマークのデジタル庁の長官を務める友人に、先日、こんな質問をしました。「タニヤ。きみはデジタル化を進める上でランキングを意識するかい?」と彼女は「気にしない」と答えました。順位が高いことは認識していますが、デジタル化に成功した理由は、順位を追い求めないからです。
 その基盤は50年前、全国民に国民識別番号を付与したことにあります。それに基づきブロック単位で構築を進め、できるものは何でもデジタル化しました。それが成功の理由です。そうしたインフラがなければ、実現はできなかったでしょう。しかし、合理性を追求し、プロセスを検討し、実現させたのです。

 

 

 公共機関から民間まで多様な事例をご紹介しましたが、共通するのは、ミッションドリブンであることです。いずれも長期的な目標に基づき行動しています。社会における自らの役割を1つの製品や市場にとどまらず、広い視点で捉えています。公共、民間、部門横断を問わずパートナーを求めて、コラボレーションを重視しており、さまざまな点でデザイン主導です。別の言葉で説明しましょう。デザイン主導は、人間中心とも美学とも機能的とも言い換えられます。人間にメリットをもたらし、美しく効果的なものでなくてはなりません。
 これらの3つの側面をさまざまに組み合わせることにより、実に多様な方法で、優れた企業や公共機関は、事業やサービスに取り組んでいます。共通の価値、すなわち市民も海外の人もひっくるめた人々のための価値、環境のための価値、関係するさまざまな組織のための価値の創出を重視したマインドセットと言うことができるでしょう。共通の価値とは利益や財政面の平等のことも指しますが、それは1つの側面に過ぎません。

 

 

 

 この言葉は、ある種、非公式の場での発言のため名前は書いていませんがデジタル庁長官のものです。ここに書かれていることは、必ずしも容易には実現できません。物事は常に変化しているため、合理性の追求は非常に難しいのです。いつ誰にとって、どのように合理的かという議論も非常に難しいものとなる可能性があります。

 

 

 要するに、ミッションドリブン型の変化や企業や社会という考え方に合致した未来のイノベーションについて、私が、学んできたことを一言で述べるとすれば、短期的ではなく長期的な視点で、未来について考えることです。
 そこから開発に着手するのです。クリエイティブな手法やワークショップを活用し、理想とする未来のビジョンやイマジネーションを引き出すのです。問題点から出発するのではありません。社会にとって何が利益となるか、事業の役割とは何か、それを原動力としましょう。
 人々の日々の生活はどうあるべきでしょうか?1つのプロジェクトや製品という視点ではなく、ポートフォリオ視点で考え必要となるさまざまな要素を検証します。プラントベースのハンバーガーを作るナチューリの事例をご紹介しました。同社は、優れた商品を作ることだけに注力しても良い成果を出せるでしょう。しかし、マーケティングやブランディング、そして、規制など、ポートフォリオのさまざまな要素を検討しています。活動の場を生み出す人々やプラントベース食品の規制の面にも影響を及ぼすでしょう。それらも大切です。ボストンコンサルティンググループなど分野横断的に情報を広める、ナレッジブローカーも重要です。ポートフォリオや体系的な視点を持つことで、影響力を大幅に強化できます。競争力獲得だけでなく、コラボレーションの観点からも資金提供を行いましょう。
 例えば、デンマーク政府は、大規模なグリーン化事業に資金を提供しています。また投資を早期に行えば行うほど、リターンも大きくなります。ナチューリの例で言えば、同社は、誰でも参加できる協会を創設しました。そのためには、もちろんコストもかかりますが、設立後は、構成員も費用を負担し、得られる資金や情報、リソースが、急速に増え始めるのです。グリーン化へのミッションに対する。デンマーク政府の取り組みも同様です。
 例えば、政府が1億ユーロを投資したとします。その後、大手企業や公益事業会社が参画し政府以上の出資をしてくれるようになります。説得力のある未来へのビジョンがあれば周囲も取り組みに加わりリソースを使ってどう貢献できるかを考えるようになります。トップダウンは、戦略や経営陣、ポリシーなどハイレベルな要素を指します。ボトムアップは市民や顧客、地方政府のインクルージョン、関与、エンゲージメントです。この2つを同時に検討するのは、それほど容易ではありません。トップダウンで物事を進めるかスタートアップのようにボトムアップを採用するか、どちらか一方にすればずっと簡単です。しかし、どちらも必要なのです。そして、データやナレッジを共有し、オープンになります。分かち合う寛大さを持ち競争力だけを重視せずに知的財産も開示しましょう。
 最後に、投資としてのガバナンスについて述べます。ガバナンスとは?それは共に意思決定を行う方法です。そのためにはルールや手順、場所が必要です。新しい場所を作る必要があるかもしれません。革新的な新しいプラットフォームが、必要になることもあるでしょう。ご紹介した組織は取り組みを進める多様な新しい方法を見つけています。ガバナンスでは、地域と州の地方政府を連携させつつ、デンマークの公共部門をデジタル化するための戦略を策定した例が挙げられます。こうしたイノベーションを“今さらの取り組み”とは言いません。まだこれに取り組む必要性はあります。優れた製品やサービスをデザインする必要性も、特定のプロセスをデジタル化する必要性も残っています。どちらかを選ばなければいけないときや他社と競争しなければならないこともあるでしょう。今、新たに起きていることを目撃しているのは、私だけではないということをお伝えしたいのです。より体系的で影響力があり、長期的な視点に基づく、包括的なイノベーションの取り組みが進行しています。こうしたモデルの転換は、ほぼ180度違うことをすると言えます。新しいモデルの中に旧来のモデルも残るでしょう。しかし、こうした流れが進んでいることは、理解する必要があります。

 

 

 結論をお話ししましょう。私たちは、世界を生み出せる。それこそが世界の真理です。私たちは、世界や組織、サービス、都市を生み出すことができます。私たちは世界を作り、変化を起こします。私たちは、簡単にそのことを忘れてしまいます。その認識も重要なことです。これもまた忘れがちなことですが、私たちは創造性を高め、未来を見据え、新しいビジョンを示し、美や機能性を備え、人間を中心にしたデザインでそれを実現できるのです。

 

 

 ご清聴ありがとうございました。

 

木村 典嗣(きむら のりつぐ)
一般社団法人行政情報システム研究所 主席研究員 博士(工学) 米国PMI認定PMP
国内ITベンダーで、衛星リモートセンシングの画像解析、地球環境データなどのビックデータ解析、防災情報システムの研究に従事。(一財)河川情報センターでは、洪水予報等作成システムの開発支援などに従事。(一財)道路交通情報通信システムセンターでは、道路交通情報提供システムの開発業務やドライバー向け災害情報についての研究に従事。2023年7月から現職。