1.はじめに
本稿では、デジタル人材の育成・確保に関する地方自治体の現状を解説した後、総務省が示す指針等について概説する。その際、筆者が先進自治体の職員や、自治体でCIO補佐官等を務める人材との意見交換で得られた知見や現場の方々の悩みについて、個人的な意見も含め触れたい。自治体のDXは緒に就いたばかりであり、先行自治体でも、試行錯誤を繰り返している。本稿が少しでも現場でDXを担当する方々の参考になれば幸いである。
2.デジタル人材育成に係る自治体の現状
地方自治体のデジタル化が急務であり、それを担う人材の確保・育成が不可欠であるが、職員の配置や育成に悩む団体は多い。
令和4年のデータになるが、人口5万人以下の市町村で、DX・情報関係業務担当職員が1人以下(他の業務との併任により1人未満のケースも含む)の団体は292にのぼる1(図表1参照)。また、全ての市区町村のうち、職員に対してDX・情報化を推進するための職員育成の取組を行う自治体は1,311団体(75.3%)2であり、何らかの育成の取組は行われているものの、「育成方針を立てることが困難」とする自治体は1,283団体(73.7%)3と多数にのぼる。
図表1 DX・情報関係業務担当職員数
(出典)『自治体DX・情報化推進概要(令和4年度版)』(R5.4月)
3.自治体DX全体手順書
総務省では、「自治体DX推進計画4」を策定し、DXに関して地方自治体が重点的に取り組むべき事項・内容を具体化するとともに、「自治体DX全体手順書(以下、「全体手順書」という。)」等により、各自治体がその実情に応じてDXを推進する資料を提示している。
全体手順書では、DX推進に係る一連の流れとして、ステップ0:DXの認識共有・機運醸成、ステップ1:全体方針の決定、ステップ2:推進体制の整備、ステップ3:DXの取組の実行を掲げており、DX推進のための人材育成に関しては、ステップ2の項目として、考え方や育成手法、先行自治体の事例、国の支援策等を記述している。
昨年8月、市区町村に対してDX推進の課題を調査したところ、組織内における「DXの認識共有・機運醸成」という基本的事項が課題と回答する市区町村が1,452団体(83.4%)5となった。大多数の市区町村では、基幹システムの標準化・共通化、BPRといった個別の課題よりも、DXに関する理解や必要性の浸透、認識共有といった基本的事項が依然として主な課題とされている。全体手順書の流れで言えば、ステップ0の時点で悩む自治体が多いのが現状である。
4.人材育成・確保基本方針策定指針等
若年人口の減少等に伴い、今後ますます若年労働力の絶対量が不足し、経営資源が大きく制約され、地方自治体の人材確保が一層困難化することが想定される中でも、少子高齢化、デジタル社会の進展等により複雑・多様化する行政課題に対応できる人材の育成が急務である。
このため、総務省では平成9年に示した指針を新たに「人材育成・確保基本方針策定指針」として昨年12月、全面的に改正し、各地方公共団体が人材育成の基本方針を改正等するに当たって留意すべき基本的な考え方や人材育成・確保の検討事項を参考として提示する中で、急務となっているデジタル人材の育成・確保に係る留意点は、独立した章を設けて記述した。さらに指針にあわせ、自治体DX推進計画及び全体手順書の改定も行った。
指針や人材確保・育成施策のポイントは図表2のとおりであるが、自治体DX推進計画及び全体手順書の改定のポイント等とあわせ以下、デジタル人材育成を図る上での主な課題や留意点等について、整理して解説したい。
図表2 地方自治体におけるデジタル人材の計画的な確保・育成の推進
(出典)総務省地域情報化企画室作成
①首長のコミットメント、人材育成・人事担当部局とDX推進部局の緊密な連携
1点目は、人材育成・確保基本方針の策定プロセスに関するものである。
地方自治体のDXは、極めて多くの業務に関係する取組を短期間で行うもの、しかも経験のない分野に新たに挑戦するものである。全体最適の見地からの総合調整や部局横断的な取組が必要となる。DX推進部局の職員のみが奮闘しても成し遂げられるものではなく、目の前の業務で忙しい業務担当課を動かすには、首長等の幹部職員のコミットメントが欠かせないが、これは人材育成についても同様である。
さらに、DX推進部局と人材育成・人事担当部局の緊密な連携が不可欠である。全庁的なDX推進のための計画や方針、将来像(それぞれの地方自治体がどのような課題解決を図るか、新たな地域の付加価値を創出し、将来にわたる行政サービスを維持するのか等)と育成方針の連携・接続が重要である。その上で、現在の職員のデジタルスキル等の把握、将来的な業務量や配置必要数の見込み、外部人材の確保の必要性及び任用形態の検討、既存職員による育成の目標人数の設定や、全体の研修計画への位置づけを検討するなど、DX推進部局と人材育成・人事担当部局の双方が主体的に検討し、かつ活発な議論を行うことが望ましい。基本方針の改正等に当たり、それらの検討結果を新たな事項としてデジタル人材の確保・育成に関する内容として盛り込むなどの方法により、デジタル人材の育成・確保に関する方針が策定されることが期待される。
②求められる人材像の明確化
「何を実現するための人材育成なのか」を明らかにする観点から、まずは、全庁的なDX推進のための計画や方針を策定することが求められる。これを全体手順書では、「ステップ1:全体方針の決定」として示している。行政や地域社会のDXは比較的新しい行政分野であるが、DX推進部局のみならず、全ての組織を挙げた取組が必要となる。
このため、先進自治体では「DXとは何か」「自分たちが目指すDXとは何か」を分かりやすく、あるいは自らの言葉で表現しようと心を砕き、職員や地域住民に考え方を浸透させようと工夫がなされている。例えば、DXでは「X」が重要と言及する計画は多いが、大分県DX推進戦略は、『「変革(X)」ですら目的ではない』『ありたい姿(ビジョン)が重要』といった記述が特徴的である。多くの自治体職員にとって、デジタルスキルは「情報システム担当の職員や、DX担当の職員が身につけるもの」という意識が強いのではないかと思うが、それを払拭するための理解の醸成に腐心する様子がうかがえる。
さらに、筆者が所属する総務省地域情報化企画室が行った市区町村への調査の際、「目の前の業務を楽にしてくれるデジタル人材を外部から派遣して欲しい」という趣旨の自由回答が多数寄せられた。心情的には理解するものの、目の前の業務や、日々運用しているシステム、そして、各自治体の組織文化や意思決定プロセス、住民との関係に最も習熟しているのは、各業務の自治体職員であり、自らが関与することなく「白馬の王子様」的な人材が外部から介入して業務が効率化することは期待できない。外部人材の手を借りるとしても、協働してチームとして推進すること、また、自治体職員が力を付け、より良い行政を、より効率的な仕組みをと変革する姿勢と努力が不可欠である。
4②の冒頭で述べたそれぞれの自治体が目指す行政の将来像を実現する上で、各自治体で育成・確保を進めるデジタル人材の人材像を明確化することが重要である。自治体により人口規模や職員数、組織のあり方が異なるため、地域の実情に基づき人材像を定めることが考えられるが、総務省では、高いデジタルスキルを有し、様々なサービスの比較検討や選考ができる「高度専門人材」、デジタルツールを正しく、かつ有効に活用でき、あるいは要件定義を行い発注ができる「DX推進リーダー」、導入されたデジタルツールを活用して業務を行う「一般行政職員」、の3つの人材像を提示している。先行自治体や様々な企業においても、表現は異なるが、職員を「入門・基礎」「応用・実践」「専門」といった概ね3つの人材像に分類し、確保・育成を図る事例が多くみられる。
③求められる人材のレベルごとに確保・育成すべき目標の設定
それぞれの自治体において取り組む政策課題ごとに、どのような組織体制でDX推進を図るかを踏まえ、必要な知識・技能及び配置必要数を検討し、全体としての人材の確保・育成の方針に基づく取組を進めていくことが重要である。その際、先ほど述べた人材像の類型に応じた具体的な数値目標を検討・設定することが必要である。
(1)高度専門人材
デジタル分野では、DX戦略、データ分析・利活用、ユーザー環境、セキュリティ、システム監視・管理など専門性が高度に分化しており、自治体においても、各分野において当該人材が有する専門性を発揮することが考えられ、これらの専門性をもって、デジタル技術を活用した課題解決に係るシステムの実装等に指導的な役割を果たすことが想定される。
デジタル分野では専門性が高度に分化していることから、自治体において取り組むプロジェクトの期間・内容に応じて、どのような専門的な知識・技能を有する人材が必要か、また必要となる人数の規模を検討することが求められる。また、高度専門人材は基本的には外部デジタル人材の活用が期待されるが、各自治体が推進する特定のプロジェクトだけでなく、継続的に当該人材の知識・技能が求められる場合には、必要に応じて当該人材をアドバイザー等として活用できる体制を整えることが重要である。
(2)DX推進リーダー
DX推進リーダーは、デジタルに関する一定程度の知識技能と行政実務の知識・経験を兼ね備え、一般行政職員や高度専門人材と連携し、中核となって実務をとりまとめることができる人材である。必ずしも「情報システム担当課」や「DX担当課」に配属する職員のみを指すものではない。デジタルに関する一定程度の知識は必要であるが、地域課題や政策課題を抽出し、解決策をデザインする中で、関係者を巻き込んで説得し、合意形成していくような対人スキル、デジタル関係の民間企業と業務担当職員の間を円滑に取り持つコミュニケーション能力等が求められる。(新たな)デジタル技術に関心を持ち、それを業務にどのように活かすか、既存のやり方をどのように変えるか、というマインドを育てることが肝要であり、「デジタル」も「行政」も、どちらも分かる人材を育成することが重要である。
先進自治体では、デジタル関連業務の積み上げに基づく手法や、「全ての課に1人ずつ」あるいは「全職員の○%(一定割合)」といった組織運営的な観点に基づき、育成すべき職員数を設定しているケースがみられる。
(3)一般行政職員
自治体において、デジタル時代の住民ニーズに合った行政サービスを提供するためには、一般行政職員についても、デジタルリテラシーを高め、導入されたデジタルツールを正しく、かつ有効に活用して業務を行うことが想定される。また、必要なセキュリティ対策やトラブル発生時の初動対応に関する知識も欠かせない。
一般行政職員は、テレワークやペーパーレス、オンライン会議等を積極的に実施するほか、日常業務において、RPAや各種BIツール等、全庁的に導入されたデジタルツールを活用して、日常業務の効率化に向けた実践を行うとともに、業務に関連するシステムの操作に習熟すること等が想定される。先進自治体のDX担当職員と意見交換する中で、初歩的な質問がDX担当課に数多く寄せられ、日常的に業務が圧迫されているケースもあると聞く。一般行政職員のデジタルスキルの底上げや、組織内にデジタルスキルを有する職員を一定数配置する等のフォロー体制を構築することは、新たな業務の企画立案や調整する余力を創出するために、極めて重要である。
④スキルの明確化
デジタル人材の育成に当たっては、そのスキルの基準を明確にすることも重要である。
経済産業省及びIPA(独立行政法人情報処理推進機構)において、「デジタルスキル標準(DXリテラシー標準、DX推進スキル標準)」の策定や改訂が行われており、民間企業において求められるデジタルスキル、あるいはマインド・スタンスを知る参考となり得る。
しかしながら、民間企業は様々な業種があり、また企業規模も様々である。網羅的に示された上記のデジタルスキル標準を、それぞれの企業でどのように活用するかは経営者、企業次第であり、地方自治体の現場への活用は、難易度が高い。
こうした状況を踏まえ、特に総務省では、地方自治体の外部デジタル人材確保に向けた様々な支援施策を講じているが、その一つとして、「自治体DX推進のための外部人材スキル標準」(令和4年9月総務省作成。以下「スキル標準」という。)を策定し、自治体DXに携わる外部人材が備えておくことが望ましいスキルや経験を類型化している。
先進自治体では、こうした国の施策や資格試験を参考として、職員が身につけるべきスキル項目やレベル、各種スキルの組み合わせを定義・設定している。
一般に、管理職よりも若手職員のデジタルスキルが高いと考えられるため、今後は、職員の申し出により把握したスキルについて、それが行政の現場で活用可能なものかを判断することや、それらの人材を実際に活かすための手法が求められよう。
⑤キャリアパスの支援
キャリアパスのあり方は、特に人材育成・人事担当部局の積極的な検討が求められる。
現在、地方自治体で求められるデジタル人材は、従来の情報政策担当部局が担ってきた庁内の情報システムの構築・維持管理に係る業務や情報セキュリティに係る業務とは異色のものであり、積極的にデジタル技術やデータを活用して、自治体行政を変革していくことが求められる。
後者の役割を果たすためには、繰り返しになるが、デジタルやシステムの知識のみを有するのではなく、デジタル分野の専門性と、行政職員としての専門性のいずれも向上させながら経験を積むことができるキャリアパスが重要である。
一般論になるが、地方自治体の真骨頂は、住民に身近な行政サービスを担当するのみならず、その「総合性」にあると筆者は考える。福祉、介護、廃棄物処理、消防、義務教育など、担当する行政分野は幅広く、そうした住民の課題を「総合的に」担当するのが、地方自治体の性質である。このため、住民が抱える課題に対して、一つの行政分野のみならず、多様なアプローチが可能となる。例えば、経済的に困窮した住民に対して、福祉的な施策のみならず、学校教育や税の賦課、住宅施策等の分野を動員して支えることが、自治体の判断のみで可能である。このため、一般行政職員の育成に当たり、一つの行政分野の専門性を追求するかたちではなく、3年程度のローテーションにより複数の行政分野を担当させ、幅広い業務経験を積ませるかたちで人材の育成を図る人事慣行が、多くの団体で行われている。
こうした中で、デジタル分野の一定の専門性を身につけた職員を、どのように行政組織の中で育成するかについて、各自治体の人事慣行との関係でも検討が必要となり、例えば複線型人事を導入する自治体も登場している。なお、国では、人材の確保・育成について、「人事ローテーションの工夫を検討する等、中長期的な視点に立って、計画的に政府デジタル人材及び高度デジタル人材の確保・育成を推進すること」に留意することとしている6。また、官民ともに人材獲得競争が激しくなる中、先進自治体では、手塩にかけてデジタル人材として育成した職員が退職することにより、業務に支障を来すケースも生じている。今後、職員のやりがいやエンゲージメント向上等につながる取組に加え、例えば給料の調整額の活用や、高度な知識・技能の習得・維持のための研修機会の提供など、高い専門性に対する正当な評価や処遇のあり方についても検討が必要となる。
⑥広域的な連携
官民問わず、デジタル人材の需給がひっ迫している状況に鑑みると、外部人材は広域的な確保が有効であり、その際、都道府県には、広域的な人材確保に当たって積極的な調整や支援を行う役割が期待される。実際に、都道府県単位で高度なデジタル人材を確保し、域内市町村間でシェアする動きが広がっている。
また、小規模自治体ではデジタル分野の研修ノウハウが不足しており、職員への基礎的な研修については、都道府県が主導するかたちや、共同研修の実施、あるいは各自治体で実施する研修に対する講師派遣等の要望があり、そうした連携事例も多数みられる。
さらに、職員一般の人材育成とは異なるが、上述したとおり、小規模自治体では情報担当職員の数がそもそも少なく、DXに携わる他の自治体職員にアドバイスをもらうことが有用という声もあることから、都道府県が主導し、管内市区町村のDX担当職員が情報交換する場や共同で課題解決にあたるネットワーク化の取組が進んでいる。
5.おわりに
地方自治体のデジタル人材の育成について、国が示す内容の考え方や、先進自治体の取組を述べてきたが、国への支援策の要望も大きい。
総務省としても、DX推進リーダーの育成に関する地方財政措置のほか、地域情報化アドバイザーの派遣や総務省・地方公共団体金融機構の共同事業であるDXアドバイザーの派遣7、J-Lisによるオンライン研修、自治大学校をはじめとした各種機関での研修の実施とその充実に取り組んでいるが、その活用状況は地域差が大きく、広く自治体の方々の積極的な活用を期待したい。
さらに、当室では、外部デジタル人材の活用や、自治体のデジタル人材の育成に関して、先進自治体の取組等を踏まえ、各自治体での人材確保・育成を検討する際の参考書的なガイドラインを策定する作業を進めており、検討に悩む自治体の方々におかれては、活用いただければ幸いである。
1 「自治体DX・情報化推進概要(令和4年度版)」(令和5年4月)
2 同上
3 「地方公共団体における職員の育成に関する調査(B調査)」
(令和4年9月)
4 「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」
(令和2年12月5日策定)。なお、様々な施策の展開にあわせ
随時改訂が行われているが、デジタル人材育成については
令和5年12月22日改訂にて各種記述の追加がなされている。
5 「都道府県における広域的なデジタル人材確保等の推進に向けた実態調査」(令和5年8月)
6 「デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン」(令和5年3月31日最終改定。デジタル社会推進会議幹事会決定)第2編第5章
7 「地方公共団体の経営・財務マネジメント強化事業」
八矢 拓(はちや ひらく)
2001年総務省入省、地方財政や大臣官房部局で勤務しつつ、東日本大震災の発生時は岩手県の財政課長ポストを務めるなど、複数の地方自治体への出向経験あり。2023年7月までは愛媛県に赴任し、副知事・CDO等を務める。同年7月から現職で、地方自治体のデジタル人材育成や、都道府県と市区町村が連携したDX推進体制構築の支援等を担当。