自治体におけるDXの取り組みが広がりを見せるとともに、BPRへの関心が高まっている。成功例はまだ少ない中、BPRマネジメント手法を確立したのが茨城県東海村だ。株式会社日立システムズ(以下、日立システムズ)との連携協定に基づき共同研究を進めた結果、2021年7月から2023年2月までで全庁4,339業務を可視化(約364,000時間の業務)し、12,680時間に相当する業務削減案を創出、そのうち5,014時間の業務量削減を実行した。同村ではどのようにBPRに取り組んだのか、成功のポイントは何か、そして今後どのような取り組みを進めていくのかについて、東海村でDX推進を担当している佐藤氏と日立システムズの担当者に聞く。
1.きっかけは人口減少、自治体運営継続のためにDXは必須
- 今回、東海村は日立システムズとの連携協定に基づいてBPRに取り組み、業務時間の削減という成果が出ました。まずは取り組みのきっかけ、東海村と日立システムズとの関係について教えてください。
東海村・佐藤:東海村では総合計画に“新しい役場への転換”を掲げ、これを具現化する手段としてDX推進計画である「とうかい“まるごと”デジタル化構想(通称:まるデジ構想)」を策定しています。背景にあるのは、人口減少です。これにより歳入減少が予想されており、自治体の運営を継続していくためにDXの推進は必須です。担当者となった私がまるデジ構想を作り、それを実現していくためにRPAをはじめとしたBPRに取り組み始めました。
日立システムズとの関係は、DX推進計画を立てる前の段階となる2020年度、まずは2業務でRPAを導入することになったときに遡ります。選定の結果、日立システムズと組んで進めることになりました。
RPAの説明会を開催した上で、RPA化したい業務を募ったところ、21課から合計129業務もの応募がありました。その中から2業務を選んでRPA化を実行し、結果として439時間の業務時間を削減することができました。
- RPAでスタートした後、BPRに拡大したということでしょうか。
東海村・佐藤:RPA化に129もの業務の応募があったということにBPRの可能性を感じていたところ、2021年度の初めに日立システムズから一緒にBPRのサイクルを回す仕組みを考えようという提案をいただき、連携協定に至りました。
日立システムズ・佐藤:我々は当時、東海村をはじめとした自治体様に対し、RPA導入のために業務を洗い出すなどの取り組みを行っていましたが、改善案を考える中でRPAだけが解決策ではないという思いを強く感じていました。そこで、東海村と共同研究という形で一緒に課題解決のプロセスを作り、我々がそれを横展開していこうとの考えに至りました。
2.重要な改善案検討
- 全体の流れとして、4プロセスでBPRを進めたとのことですが、具体的にはどのような取り組みを行ったのでしょうか。
日立システムズ・佐藤:BPRを行うにあたって、BPRを4プロセス(目標設定、業務可視化、業務改善、結果確認)に分類しました。
まず目標設定のプロセスとして、労働人口が半減すると言われている2040年までに、どの程度の業務量を削減しなければならないのかを計算しました。ここでは簡易的なフォーマットを準備して、2040年の想定人口・職員数などの情報を基に、毎年の業務削減時間をシミュレーションした結果を目標値として設定しました。
次に、現状把握のために業務の可視化を行いました。業務を削減すると一口に言っても、削減対象の業務がどの程度あるのかを把握しなければなりません。業務の手順などは紙、場合によっては経験で管理しているという自治体が多いことから、1つ1つの業務の手順について見える化を進めます。具体的には、各課のすべての業務について、作業手順、所要時間、実施サイクルなどを業務把握アンケートに入力していただきました。(図表1)。できるだけ記述を少なくする工夫を重ね、4,339業務分を可視化することができました。
図表1 業務把握アンケート
(出典)共同研究報告書より
その後、業務改善の検討へと進みます。ここでは、業務量のABC分析1により、各課で業務量が多いものを洗い出し(図表2)、「改善検討会」を開いて各課の方から業務の内容を聞き取るとともに、我々も東海村の佐藤さんと一緒に1つ1つ手順を確認しながら改善を検討していきました。例えば、作業が重複になっているのではないか、といった観点です。
この業務改善の検討は、2021年度に62業務、2022年度は112業務と、合計174業務について行いました。
図表2 ABC分析の結果(2023年2月現在)
(出典)共同研究報告書より
そこまでできたら、後は計画に従って業務改善を実行します。
最後に結果確認のプロセスとして、目標としていた削減時間に対してどのくらい達成できたのかを確認し(図表3)、来年度以降の計画を見直します。
図表3 実行計画
(出典)共同研究報告書より
以上の活動を通じて、BPRの手法を確立することができました。
- プロセスの中で特にポイントになるのはどのような部分でしょうか。また、RPAの場合のプロセスとの違いは何でしょうか。
細野:可視化についてはツールもあるのでそれほど難しくありませんが、改善の部分はきちんとヒアリングをして考えながら改善案を検討する必要があります。改善検討会を通した各課との対話が、鍵になる作業と言えます。
日立システムズ・佐藤:RPAは解決方法が明確なため、各課から応募のあった業務に対して適用する手法で推進しましたが、BPRのプロセスは少し異なります。BPRは解決方法が多岐にわたるため、すべての業務を明らかにし、業務量の大きなものから改善を検討していくという進め方ができます。
東海村・佐藤:BPRの処方箋がRPAという関係です。
BPRの特徴は、業務量を含めて全体を可視化するので、ABC分析が可能になることです。職員に負荷がかかっている部分は何かという視点で進めることができます。負荷がかかっている業務に対して改善案を考え、その中で、必要のない作業をなくすという決断をすることもあります。
職員の中には変化に対する意識が高い人もいれば、現状が最適解と思っている人もいます。全体を可視化すれば、業務量というエビデンスに基づいて改善・検討しませんかというアプローチをとることができます。
- 改善案が重要とのことですが、改善点はどのように見つけるのでしょうか。
東海村・佐藤:我々だけでも、日立システムズだけでもできません。ITの部分もありますが、非ITの部分もあるからです。日立システムズには、適用できるツールがないかなどの視点で見てもらい、我々は「そもそもその業務は必要か?」などの切り口で改善点を考えました(図表4)。
図表4 改善案検討会の手順
(出典)共同研究報告書より
3.キーパーソン探しと全体のビジョン共有
- BPRプロセスをどのようにして進めていったのでしょうか。
東海村・佐藤:日立システムズとの2年間の共同研究において、1年目は3課、2年目は全29課について業務を可視化し、改善案を検討し、改善案を実行するという流れで進めました。
各課に当事者意識をもってもらうためには、自分たちが変えていくという機運、そして意識の醸成が課題になると考えました。そこで、1年目は改善効果が大きくインパクトが強いものを優先的に即実行して、職員に見てもらい実感してもらうことにしました。改善効果が大きいRPAを用いて数百単位の時間を削減して、職員の研修会で紹介してコメントをもらうといったことも行いました。
東海村に限らないと思いますが、新しいことに前向きな課があれば慎重な課もあります。これは職員も同じことが言えます。そこで、キーパーソンとなる前向きな職員を見つけ、その人が担当する業務にしっかり入り込んで効果を上げ、それを庁内へ周知するという方法をとりました。
- キーパーソンはどのようにして見つけたのでしょうか。そのほかに、取り組みの成功要因となったポイントはありますか。
東海村・佐藤:東海村役場の職員は約420人です。私は以前の配属先が人事だったこともあり、全職員の“人となり”がある程度わかっているというところがありました。
それでも、3課から全29課に拡大したときには、自分一人がキーパーソンを見つけるというやり方は限界がありました。また、各課の職員間で理解が得られず改善が進まないということもありました。
そこで、組織全体でBPRを進めていくためにはビジョンを共有することが大切だと考えました。ビジョンを共有するために行ったことは、職員と村長など経営層の両面へのアプローチです。職員に対しては業務の削減効果を訴求し、業務負担が軽減するイメージをもってもらいました。経営層には職員がBPRに取り組むことで意識が変わり、職員の育成につながり、常に変化を続ける組織に変わることができると伝えました。最終的には住民に対するサービス改善につなげるといった伝え方の工夫などねばり強く重要性を発信し対話を重ねた結果、BPRを受け入れてもらえるようになっていきました。このように、職員と経営層の両面で進めたことでビジョンを浸透できました。
- トップの意識は大切でしたか。
東海村・佐藤:新しい役場へ転換したいという村長の強い思いがあって私はDX担当に配属されたので、そこは大きな後押しとなりました。
一方で、“ある1業務で何時間削減できた”と報告しても、経営層からすると“重要ではあるが、全体から見ると個別の業務だけでは大きな変化と受け止められにくい”ということもあります。推進する側として、実績を積み重ねていくことで組織も変わるということを経営層に示し続けています。
- 各課に実装していくためにどのような取り組みや動機付けの工夫をしましたか。
東海村・佐藤:我々の方ではAI-OCRをはじめとしたツールを揃え、職員が使えるように体験会や研修会を開きました。複雑なものについては相談してくださいと伝え、我々DX所管課が支援をしながら一緒に進めるようにしています。
動機付けについては、人事評価制度のベースとなる各課の組織目標に、BPRに関連するものを掲げてもらう、などの工夫をしています。目標管理評価に入れているBPRにきちんと取り組むことで、実績評価に反映されるという仕組みです。全体で取り組むために必要だと考え、幹部職員が調整してくれ、実現しました。
4.「必ず職員の負担が減る」と信じて突き抜けるメンタリティ
- 取り組みを進めるにあたって難しかったことや苦労した点はありますか。
東海村・佐藤:3課の後に全課に広げる際、可視化、改善検討、実行と進めることができるのかと不安がありました。全職員がその作業をするのに時間を取られることになりますが、その責任を自分は負うことができるのか、と。それでも、3課で実績を作ったこと、その前にRPA化で成果を挙げられたことから、必ず案は出てくると信じて、突き抜けるしかないという思いで進めました。
- 職員から不満の声はありましたか。
東海村・佐藤:表立ってはありませんでしたが、“忙しいのにやってられない”といった思いをもつ職員も少なからずいたと思います。それでも、「これを通過すれば、必ずみんなの業務負担が減るはずだ、やり切ろう。」と自分に言い聞かせ、取り組んでもらいました。そのメンタリティを保つことは、今振り返ると簡単ではなかったです。一緒に推進役をしてくれた部下のサポートがなければできなかったと思います。
BPRだけでなく、DXではそのようなことがたくさんあります。変化に対してアレルギー反応が起きるのは仕方がないとも言えるので、推進部署の職員にとって、いかにしてメンタリティと行動の軸を保つかは重要だと体感しています。壁にぶつかっても担当内、課内などで対話し、目的や進め方を共有していくことで迷いから覚悟に変換できます。本当に同僚に恵まれていると感謝しています。
BPRも進めば進むほど各課のキーパーソンが増えていきます。その方たちと話すと、「あれも変えたい、これも変えていきたい」と前向きなことを言ってくれるので、心強いです。
- ベンダーの立場から見て、東海村の成功のポイントはどこにあったと見られていますか。
細野:3課でスモールスタートし、その後全課に広げていけたことと、改善検討を丁寧に行ったことは大きいと見ています。
改善検討については、DX推進担当、あるいは我々ベンダーなどの第三者の目があることは重要です。外部から見て、こういうことができるんじゃないかという形で支援ができたことはよかったのではないかと思います。
5.各課主導型へ、BPRの次の展開
- 1年で3課、2年目には全29課に拡大し、成果も出ていますが、想定通りなのでしょうか。まだ改善の余地がありますか。
東海村・佐藤:削減時間は2021年度に607時間、2022年度は3,968時間を実現し、2023年度は5,043時間を見込んでいます。多くは、民間からの派遣職員であるIT人材が支援したRPA化など、DX所管課が関与している業務です(図表5)。各課が自ら考えて改善して結果を出すというサイクルはまだ始まったばかりですが、各課がBPRを回していくことが定着していければ今後さらに削減できると見ています。
図表5 2022年度の業務削減実行結果
(出典)共同研究報告書より
なお、取り組みの順番としては、意図して1業務で削減できる時間が多い“費用対効果が高い”業務から取り組みました。しかし、まとめて業務委託すれば削減できるような、“費用対効果”はよくないが削減時間が多いもの、決定に時間を要しすぐにできないものもありました。それら200業務くらいは検討を終えているので、まだ業務数としては4,000ぐらい、つまりこれまでの20倍ぐらいが残っています。
これらは大幅な改善は難しいかもしれませんが、ちょっとした工夫で業務量を削減できる可能性は十分あります。各課がどのような具体的な改善イメージをもつかがキーになりそうです。
- 今後はどのような展望をもっていますか。
東海村・佐藤:現在はDX推進部署が相談を受け、計画を立ててもらい、支援しながら進めていくというやり方をとっていますが、今後は各課にいるDX推進の責任者を中心に進める「各課主導型」にやり方を変えていきたいです。自分たちが可視化したものをベースに、次はこの業務をやろうと戦略的に自分たちで考えながら実行して、マネジメントできる形になれば、東海村として大きく変革できるのではないかと考えています。
また、BPRで可視化した業務の中には全課共通業務もあり、こちらについては、我々DX推進部署がツールを使って変えていきたいです。
- 日立システムズは、今回東海村との連携協定で得られた成果をどのように活かしていきたいですか。
海老原:東海村と取り組んだBPRの研究を活かして、BPRがなかなか進まない自治体様を支援することをきっかけに、お客様の課題解決を通じて事業につなげるような形を考えています。
- 最後に、BPRに取り組む自治体にメッセージをお願いします。
東海村・佐藤:BPRをここまで進めてこられたのは、日立システムズとの共同研究があったからこそです。本当に感謝しています。
BPRは組織的な取り組みです。同じ思いでBPR推進に奔走してくれた上司や部下、通常業務がある中、先行事例を作るために動いてくれた各課の先輩職員、4,400もの業務を可視化し改善を検討してくれた職員すべてが取り組んできた結果です。
どうやって進めるかについては、はじめはキーパーソンを見つけて成功事例を作るという進め方が一番効果的でBPRの理解が得られますし、積み重ねることで徐々に組織一丸となって取り組んでいけるのではないでしょうか。東海村のノウハウは、他自治体の方とも共有していきたいと考えていますので、お気軽にお問合せいただければと思います。
1 「物事を構成する要素は、全体に占める割合に偏りがあり、一部の要素が全体の大部分を占める」という考え方を基にした分析手法。今回は業務時間削減が目標のため、「Aランクを、全体(構成比率累計)の80%の業務時間を占める業務群」と定義し、「業務時間」全体の大部分(8割)を占める「業務」は何か?という観点でABC分析を行った。
佐藤 洋輔(さとう ようすけ)
東海村総合戦略部地域戦略課デジタル戦略担当係長
民間企業を経て2009年に東海村入庁。
2020年に第6次総合計画に掲げる「新しい役場への転換」の具現化というミッションを受け、「とうかい“まるごと”デジタル化構想」を策定。以後、それに基づくDXを推進している。
現在、総務省「地域力創造アドバイザー」「経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー」として、全国の自治体のDX支援も手掛ける。
細野 久嘉(ほその ひさよし)
株式会社 日立システムズ 公共・社会事業グループ DZ(デジタライゼーション)推進部
入社以来、18年にわたり自治体向けパッケージシステムの設計・開発に従事。
現在は、公共社会事業グループにおける新規サービス創生に関する取りまとめを担当。
佐藤 良太(さとう りょうた)
株式会社 日立システムズ 研究開発本部 研究開発センタ
入社以来、流通業向けサービスの開発・運用、及び研究活動に従事。
2018年度以降は、自治体向けサービス(RPA導入、BPR等)の研究活動を担当。
海老原 光雄(えびはら みつお)
株式会社 日立システムズ 関東甲信越支社 茨城支店
入社以来、関東甲信越エリアにて自治体様向け営業に従事。
現在は茨城県内の自治体及び独立行政法人をお客様に活動を担当。