1.はじめに
国税庁では、令和5年6月に「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション -税務行政の将来像2023-」(以下、「将来像2023」という。)を取りまとめ、これを公表しました。
経済社会のデジタル化・国際化等により税務を取り巻く環境が著しく変化する中で、国税庁として、引き続き、限られた人員・予算の下で「納税者の自発的な納税義務の履行を適正かつ円滑に実現する」という使命を的確に果たしていくためには、その時代に即した税務行政のあるべき姿(グランドデザイン)について税務行政全体を俯瞰して描いた上で、デジタルを前提として、そのあるべき姿の実現に向けた取組を着実・迅速に進めていくことが不可欠だと考えています。
近年、新型コロナウイルス感染症への対応や生活様式の変化も相まって、税務を含むあらゆる分野でデジタル化の波が急速に広まっていますが、特に税務の分野においてデジタルの活用が進展すれば、税務手続が簡便になるだけではなく、単純誤りの防止による正確性の向上や、業務の効率化による事業者の生産性の向上等を通じ、事業者をはじめとした様々な方にメリットをもたらすことが期待されます。また、国税庁としても、事務処理の効率化や得られたデータの活用等を通じて、課税・徴収事務のさらなる効率化・高度化を進めることができることになります。
国税庁では、こうした大きな意義のある税務行政のDXについて、目指すべき方向性や最新の取組内容を発信し、多くの方々と共有することによって取組をさらに加速させるという観点から、今般、従前公表した「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2.0-」(令和3年6月)を改定し、「将来像2023」として公表することとしました。
2.概要
ここでは、「将来像2023」の全体像として、税務行政のDXを推進していく上での3つの柱である「納税者の利便性の向上」、「課税・徴収事務の効率化・高度化」、「事業者のデジタル化促進」の概要と、その実現に向けた取組の指針について紹介します(図表1)。
図表1 税務行政のデジタル・トランスフォーメーション -税務行政の将来像2023-
(出典)著者作成
(1)納税者の利便性の向上
一つ目の「納税者の利便性の向上」については、「納税者目線」を徹底し、スマートフォン、タブレット、パソコンなどといった納税者が使い慣れたツールを使用して、簡単・便利に手続を行うことができる環境を整備するなど、税務手続のあるべき姿として「あらゆる税務手続が税務署に行かずにできる社会」の実現を目標とするものです(図表1 黄色部分)。
(2)課税・徴収事務の効率化・高度化
次に、「課税・徴収事務の効率化・高度化」については、業務におけるデータの活用の徹底を図ることを通じて、組織のパフォーマンスの最大化を目指すというものです。具体的には、業務においてAIやデータ分析、オンラインツール等を活用するほか、地方公共団体や金融機関等、他の機関への照会などもデジタル化を進め、業務を効率化していくことにより、特に必要性の高い分野や悪質な調査・徴収事案等にマンパワーを重点的に配分することを可能とし、組織としてのパフォーマンスを最大化することを目指します(図表1 薄緑色部分)。
(3)事業者のデジタル化促進
最後に、今回新たに追加した柱である「事業者のデジタル化促進」については、国税庁として、事業者のデジタル化を促進する施策に積極的に取り組んでいくことを明確化したものです。これまで、国税庁は「税務手続」のデジタル化を推進することに注力してきましたが、税務手続のみならず、事業者が日ごろ行う受発注や請求・支払、会計・経理、税務処理といった、上流からの事務処理を一貫してデジタル処理で完結できるよう、事業者のデジタル化を促進していきます。そうすることで、税務面でのデジタル化の進展はもちろん、事業者側としても事務処理の正確性や生産性の向上といった効果が期待されます(図表1 青色部分)。
このように、今回公表した「将来像2023」では、国税庁の本来の任務である「適正・公平な課税・徴収の実現」といった観点に加えて、「事業者のデジタル化促進」を通じて「社会全体のDX推進」の観点からも社会に貢献していくことを示しています。
なお、国税庁においては納税者情報を含む守秘性の高いデータを取り扱うことから、こうしたデジタル化やデータの活用を推進していくにあたり、情報セキュリティの確保には万全を期することとしています。
3.「納税者の利便性の向上」に向けた取組
国税庁においては、「納税者の利便性の向上」を図るため“納税者目線”を“徹底”し、各種施策を講じていくこととしています。
具体的には、納税者が行う一連の手続全体を俯瞰し、最適なUI/UX1の改善を図っていくため、典型的な納税者像(ペルソナ)を複数設定し、そのペルソナが税務手続を行う際の流れと、その流れの中での経験である「カスタマージャーニー」を具体化することにより、現状の問題点を可視化した上で、各種施策を検討していく方針を示しています。今回公表した「将来像2023」においては、35歳の給与所得者の申告手続を例とし、カスタマージャーニーを模式的に示した上で、手続全体の将来像を示しています(図表2)。
以下、「納税者の利便性の向上」に関連する主な個別施策について説明します。
図表2 カスタマージャーニーの具体化(給与所得者の例)
(出典)著者作成
(1)「給与情報等の自動入力の実現」(申告手続の簡便化)
確定申告を行う納税者の方々は、これまで様々なデータを自身で入力する必要がありました。今般の「将来像2023」では、今後、申告納税制度の下で、確定申告に必要なデータ(例えば、給与や年金の収入金額、医療費の支払額など)を個別に入力することなく、自動的に申告データに取り込むことで、数回のクリックやタップで確定申告が完了する「日本版記入済み申告書」(書かない確定申告)の実現を目指すことを明確化しました。
これまでも、自動入力の対象データについては、公的年金等の源泉徴収票データや医療費の支払額データを対象とするなど、順次対象を拡大してきましたが、本年2月(令和5年分確定申告)からは、給与所得の源泉徴収票に係る給与情報の自動入力を実現します。確定申告をする方の過半数を占める給与所得者において自動入力が実現すれば、納税者の利便性の向上のみならず、社会全体の効率化にもつながり、我々が掲げる「日本版記入済み申告書」の実現に向けて大きく前進することが期待されます。
なお、この給与情報の自動入力については、令和9年2月以降は地方公共団体に提出された給与支払報告書のデータが連携されることになりますが、本年2月からは、まずは「給与支払者がオンラインで税務署に提出した給与所得の源泉徴収票」のみが連携の対象となります2。
したがって、当面(令和8年まで)の連携対象は、基本的には、税務署への給与の源泉徴収票の提出範囲である「年間の給与等の支払金額が500万円を超えるもの」等に限られることとなりますが、500万円以下の給与に係る源泉徴収票であっても、e-Taxで給与の源泉徴収票が提出された場合には自動入力の対象とすることとしています(図表3)。
いずれにしても、従業員がより便利に申告できるよう、給与支払者において、給与所得の源泉徴収票のe-Tax提出に協力していただくことが重要であり、これについては、デジタル庁や関係団体等とも連携しつつ、本取組の周知・広報等も積極的に進めていきたいと考えています。
図表3 給与情報等の自動入力の実現(申告手続の簡便化)
(出典)著者作成
(2)キャッシュレス納付の推進
国税の納付については、現状、全体の6割以上が金融機関やコンビニ、税務署の窓口で行われています。国税庁では、納税者の利便性向上と現金管理に伴う社会全体の事務コスト縮減を図る観点から、令和7年度までに国税のキャッシュレス納付割合を4割とすることを目指して、キャッシュレス納付の利用拡大に取り組んでいます。特に、毎月の源泉所得税など頻繁に納付手続を行う法人に対しては「ダイレクト納付(e-Taxによる口座振替)」を、毎年所得税の確定申告を行う個人に対しては「振替納税」を中心に、キャッシュレス納付の利用勧奨を実施しています。
また、キャッシュレス納付の推進にあたっては、国税庁だけではなく地方公共団体や金融機関等との連携・協調が重要と考えております。特に地方公共団体の皆様とは、eLTAXの利用勧奨とあわせて、国税のキャッシュレス納付をご案内いただくなど、連携してキャッシュレス納付の推進に取り組んでいきたいと考えております。
なお、令和5年度税制改正により、「ダイレクト納付の利便性向上」に関する新たな措置が執られることとなっています。具体的には、令和6年4月1日以降、e-Taxによる電子申告とあわせて「ダイレクト納付」を利用する意思表示を行うことで、法定納期限に自動で口座引落しを行えるようになります。これにより、申告手続時に納付手続も行えるようになり、より一層「ダイレクト納付」が便利になると考えています(図表4)。
図表4 キャッシュレス納付の推進
(出典)著者作成
4.課税・徴収事務の効率化・高度化に向けた取組(関係機関への照会等のデジタル化)
現在、国税・地方税当局間における情報連携の仕組みを活用し、所得税確定申告書、一部の法定調書、法人納税者の開廃業などに係る申請・届出等の情報をデータ連携しているほか、連携の対象となる情報拡大を図ることで、両当局間における照会・回答や閲覧事務をはじめとした課税・徴収事務について一層の効率化に取り組んでいます。
また、税務調査や滞納整理に際して金融機関などに対して行う預貯金等情報の照会については、これまでは書面や対面により行っていましたが、令和3年10月から対象の金融機関に対してオンラインでの照会を行っています。
これにより、例えば、書面の照会においては金融機関からの回答の受領までに数週間かかっていたのが、オンライン照会では平均2.3日に短縮されたほか、書面・対面での対応が不要となったことにより、国税当局・金融機関双方の事務負担が相当程度軽減されていると考えています。また、この取組は対応いただける金融機関や地方公共団体が拡大することにより、双方のメリットが大きくなるものと期待されます。このため、オンライン照会に対応していない金融機関や地方公共団体に対して、オンライン照会に対応していただけるよう働きかけを行っています(図表5)。
図表5 関係機関絵への照会等のデジタル化
(出典)著者作成
5.事業者のデジタル化促進に向けた取組
事業者のデジタル化促進に向けては、納税者の属性に応じて周知・広報するデジタル関係施策をカスタマイズするなど、事業者のデジタル化を後押しするための周知・広報などに取り組んでいくこととしています。しかし、国税庁の施策は、申告・納税に関するものが中心であり、事業者の業務のデジタル化を促進していくためには、関係省庁や地方公共団体、関係団体等との連携・協力が重要になると認識しています。そこで、各種補助金やデジタルインボイスの周知・利用勧奨など、他省庁の施策と連携するとともに、事業者のデジタル化に向けた共同宣言を出すなど、関係団体や地方公共団体等とも連携・協力しつつ事業者のデジタル化に向けた面的な支援体制の構築を目指していきます(図表6)。
図表6 デジタル関係施策の周知・広報
(出典)著者作成
6.税務行政のDXの推進に向けた基盤について
税務行政のDXを実現するためには、デジタルやデータの活用を前提とした業務改革(BPR)、基幹システムの刷新、デジタル人材の確保・育成に注力することも必要となります。
このため、国税庁ではデータの活用における基盤として、申告書のデータ入力等の内部事務を業務センターで集約処理する「内部事務のセンター化」を全国で実施しています。
基幹システムの刷新については、令和8年度の「次世代システム」の本格導入に向け、「紙からデータ」、「縦割りシステムの解消」、「メインフレームからの脱却」の3つをコンセプトとして開発作業を進めているところです。
デジタル人材の確保に向けては、令和5年度の国税専門官採用試験から新たに試験区分として、国税専門B(理工・デジタル系)を創設しました。従来の法文系の試験科目を設定している国税専門A(法文系)とは別に、基礎数学や情報工学、物理、化学といった、情報系のみならず、広く理工系の学部出身の方が受験しやすい試験科目を設定しています。また、統計学やAIなどを用いたデータ活用を推進していくため、各職員のデータリテラシーレベルに応じて体系的な研修を実施するなど、人材育成にも取り組んでいます。
7.おわりに
以上、「将来像2023」の概要について説明してきましたが、こうした方向性は、国際的な潮流でもあります。例えば、OECDが2020年に公表した「税務行政3.0」(OECD, Tax Administration 3.0)においては、税務行政のDXが進んだ社会の姿として、税に関する手続が納税者の日常の生活や業務の延長線上に組み込まれていくとの構想が描かれています。そして、こうしたことが実現できれば、税務手続の簡便化、手続的な負担の軽減、誤りの防止、税務コンプライアンスの向上、官民双方のコスト削減、生産性の向上が期待できるのではないかとされており、各国においても税務行政のDXの取組が進められています(図表7)。
図表7 国際的な潮流
(出典)著者作成
国税庁としては、こうした諸外国における取組なども参考としつつ、納税者の皆様をはじめ、税務に関連する多くの主体の皆様の声を踏まえながら、デジタルの利点を最大限活かし、本来の任務である「適正・公平な課税・徴収の実現」に加えて、「社会全体のDX推進」の観点からも社会に貢献してまいりたいと考えています。
※「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2023-」の全体版についてもぜひご覧ください。
掲載先はこちら3(国税庁HP)
1 UI:ユーザーインターフェイスの略。画面や音声入出力、キーボードなど、システムにおいてユーザーに対する情報提供や操作手段に関係する要素のこと。
UX:ユーザーエクスペリエンスの略。あるサービス(システム)を使う過程で起きるユーザーの知覚及び反応。(ニーズが満たされることで)達成感を得たり、システムを快適に利用できたりする。
2 現在、給与支払者は、国(国税当局)には源泉徴収票を(年間支払500万円超の者に係るもの等)、地方公共団体には給与支払報告書を(金額基準なし)、それぞれ提出することが求められていますが、令和9年以降は、地方公共団体に給与支払報告書を提出すれば国への源泉徴収票の提出は不要とされ、その提出された支払報告書の全データが国に連携されることとされています(令和5年度税制改正)。
3 https://www.nta.go.jp/about/introduction/torikumi/digitaltransformation2023/index.htm
三輪 和平(みわ かずへい)
国税庁長官官房デジタル化・業務改革室 DX戦略係 係長
令和2年4月に国税庁入庁、デジタルガバメントの実現に向けた税務手続のオンライン化等に従事し、その後、税務署及び国税局での調査経験を経て、令和5年7月より現職。現職では税務行政のデジタル・トランスフォーメーションに向けた取組の総括等に従事。