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2024.01.09

2024年1月号 トピックス 東京都とGovTech東京が考える、行政DXの未来

一般財団法人GovTech東京
理事長
宮坂 学

東京都デジタルサービス局
局長
山田 忠輝

構成/内田 伸一
取材/狩野 英司
撮影/端 裕人

 

 2023年9月から事業を始動した一般財団法人GovTech東京は、東京都と都内区市町村のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速・進化すべく新設された団体である。ガブテック(Government+Technology)を冠する名の通り、行政分野のデジタルサービス開発や技術支援を担う専門家集団として、都のデジタルサービス局と協働する。都の設立の狙いは、まず何より区市町村を含む東京全体のDX推進における柔軟性や機動力の向上であろう。他方、その先には都内区市町村や全国自治体のDX人材育成、さらに「ガブテック業界」の発展を含む広いビジョンがあるという。GovTech東京の理事長に就いた宮坂副知事と、東京都デジタルサービス局の山田局長にその真意と目指すところを伺った。

 

1.GovTech東京の意義と組織

- 最初に、従来もデジタルサービス局を中心に積極的なDXを進めてきた東京都が、庁外の組織としてGovTech東京を新設した狙いを伺えますか。
山田:少し遡ってお話しすると、近年、2019年の宮坂副知事就任、翌年のデジタルサービス局発足という経緯のなかで都庁DXの取り組みは本格化しました。庁内デジタル環境の整備も、ペーパーレス、ファックスレスから始まり、現在では庁内会議でも、紙資料ではなく大型モニターを前に議論するスタイルが定着してきたと思います。
 行政手続きのDXも、今年度中に全体の70%についてデジタル化を完了させようという段階に来ています1。今後は都民や事業者の皆さまにも「デジタル化で色々と便利になった」と感じていただけるレベルの「都民の実感を伴う改革」を達成目標に据えています。
 GovTech東京はこの流れをさらに推進すべく設立され、その役割は非常に大きいものです。例えば専門人材を集める際も、現行の公務員制度では給与・勤務体系などが一種の制限になってしまう面がありました。今回、一定の自由度が利く組織を都庁外に新設したことで、都政DXの加速に貢献できると考えます。加えて、GovTech東京は都内62区市町村のDXもお手伝いできると考えており、有効な取り組みは広く発信することで全国にも波及させていきたい。そうした日本の行政DXの起爆剤的な役割も期待しています。
宮坂:都政のDXは「アナログからデジタルへ」という段階を超え、「デジタルからより高品質のデジタルへ」が大きなテーマになると考えています。例えば従来のDXが、郵送やファックスで対応してきた業務のデジタル化だったとすれば、そこからさらに「より使いやすいデジタル」へと、DXの達成度と共に課題の質も変化している。そうしたなかで、従来の体制のみでは難しい高度な領域も、GovTech東京は担えるはずです。
 区市町村との連携に関して少し補足しますと、簡略な試算の結果、都民の日常的な行政手続きのうち都で行うものを1とすると、区市町村で行うものが10ぐらいあるのですね。つまり、都民がデジタルガバメントの成果を実感できるには、これが区市町村レベルまで広がる必要がある。東京都で言えば62の区市町村全てが各々のデジタルガバメントを達成できたとき初めて、「最近、東京はデジタル化しているね」と評価していただけると思うのです。こうした大きな観点での取り組みにおいても、GovTech東京の役割は重要になるでしょう。

- GovTech東京新設には、組織運営上はどのような利点があるとお考えですか。
宮坂:ひとつには、私自身が副知事として都政の現場を見てきたなかで、デジタルサービス開発というカルチャー(文化)と、現在の東京都庁のカルチャーとは、多くの面でかなり異なることが認識できました。民間企業でも、従来の基幹業務と大きく性質の異なる新規事業に挑む際、外部に新会社を作って進めるケースがよくあります。今回、経営的視点から見ても、一旦思い切ってデジタル開発にフィットする外部組織で進めるのが良いと判断しました。
 例えば先ほど山田局長から話があった勤務条件等の柔軟さは、優れた専門人材の採用において有利になります。他に、意外と大きいと思っているのが各プロジェクトにおける担当者の在籍期間です。公務員制度での運用になると、特に部長・次長などリーダーの多くは2年ほどで交代していきます。しかし、デジタルサービス開発は――特に行政のスケールでは――多くの場合4、5年をかけたサイクルで、企画、開発、リリース、そして運用と保守・改善と回っていくものが多い。そうした際にもGovTech東京では、行政側のリズムに対応しつつ、企画段階から実運用までやりきる人材を残せます。一見すると地味ながら、品質確保等の点で大きな利点かと思っています。

- 一方で、不要な分断が生じないようにするなど、分担・連携のうえで課題もあるかと想像します。これについてはいかがでしょう。
山田:当然、都庁とGovTech東京がタッグを組む形で進めるべきだと考えます。一般的に、DXは単に技術を導入すれば済む話ではなく、多様な関係性のなかで、現場固有の実態に即した形で実現していくことが肝要でしょう。これは行政のDXも同様です。行政側の知識・経験と、デジタル側の技術・経験が両軸となって各々の役割を果たしつつ、互いをリスペクトしながら推進していくことが必須かと思います。
 都庁内にも、福祉保健、建設など様々な部局があります。我々デジタルサービス局は各現場からのDXをめぐる要望を整理し、それをGovTech東京に投げかけることで、具体的で実現可能なアイデアを提案してもらいます。その提案を受けて行政の立場からニーズやコストが適正か判断し、承認したものをGovTech東京で開発してもらう流れです。これまではデジタルサービス局が外部の専門人材を招くなどして要所をつないできましたが、GovTech東京の誕生で、今後は行政側と開発側の連携がより上流から密に行えると思います。

 

山田忠輝氏

 

宮坂:連携のあり方は先例も参考にしています。民間でも昨今、流通や小売など、デジタルを必要としているがそれが専門ではない企業が、外部にDX系会社を新設して人材を集める形をとっています。こうした新設DX会社は技術力・機動力に優れ、親企業全体についても、また各地方支所などの現場でもDXの橋渡しができる。一方で逆の例もあり、当初は分離させたDX会社を改めて本体側に統合して総合力・求心力を高めるケースです。つまり唯一解があるのではなく、遠心力と求心力のいずれを効かせる局面かという判断になるのでしょう。我々は今回、いまは遠心力と機動力だと考えてこの判断になりました。
 こうした動きは韓国やデンマークの行政現場でも見られ、東京都では前例のない形ですが、だからこそ参考にしたいと思いました。理想的なあり方は、発注主と下請けではなく「横の関係での連携」です。常に2者で共に動こうという意味から、私はスキューバダイビングの言葉をとって「バディ制度」と呼んでいます。公務員だけで取り組んでも、またはデジタルの専門家だけで作っても、DXはうまくいかない。餅は餅屋というか、両領域から詳細を知る2人がバディを組んで対等な関係で動くことが、成功の秘訣だと考えるに至りました。

- 今後、GovTech東京は具体的にどのような活動をしていくのでしょう。
山田:まずはやはり都政のDX推進がありますが、同時に都内62区市町村のDX推進にも寄与したいと考えています。例えばGovTech東京での人材確保・育成を発展させる形で、そうした人材の登録制度を整え、DX人材確保に苦労されている区市町村にもニーズに応じたご紹介ができる仕組みです。また、区市町村の現場で動く情報システムは現状個別に構築されていますが、そこに共通の基盤を作れたらとも考えています。様々な共有を通じて、連携力や効率化、さらにスケールメリットを活かしたコスト節約にもつなげたい考えです。
宮坂:キーワードは「共同化」、つまり62(区市町村)+1(都)で共にできることを増やしたいのです(図表1)。ソフトウェアやハードウェアのみならず、現場を担う人材の採用や教育研修、また各種のデータ整備にも可能性があるでしょう。こうした動きは従来の都庁にも一部、例えば調達や法務の領域ではありましたが、GovTech東京設立を機にこれを正しく発展させたいのです。各自治体側の具体的な意見も伺うなかで、例として公共施設の利用予約システム、学校の先生方の校務システム、避難所での登録システムなど、いまは自治体ごとに用意しているものを共同化できる可能性は各所に感じます。もちろん、国が担うべきものや、地方自治の原則に準じるべきもの、また中には個別の背景を活かすべきものもあるでしょう。他方、防災や水道、消防など広域で対応できれば効率化や品質向上につながる部分もあるはずです。
 本来、デジタル化はこうした共同化でこそ活きる性質を持っている。その際に原価がかからない、あるいは低く抑えられるのも大きな利点です。ただ、このあたりの議論が十分なされる前に現場ごとでシステム導入が始まってしまった一面もあると感じています。ですからここで改めて、国・都道府県・地方自治体の役割分担と共同化の可能性を探りたいのです。

 

図表1 区市町村DX:デジタル人材共同活用の新たな仕組み

(出典)東京都「東京のDX推進強化に向けた新たな展開」

 

- その際も、GovTech東京のような組織形態にはやはり利点があるでしょうか。
宮坂:はい。まだ情報公開できないことも多いのですが、既にいくつか取り組み始めていることもあります。何より、従来のDXがプロジェクトチーム的、タスクフォース的に取り組まれてきたものを、ひとつの法人格を持つ継続的な組織にしたことは大きいはずです。例えばGovTech東京には区市町村代表の方に評議員として入っていただいており、区市町村と協力し合う起点としても、常時機能させたいと考えています。官民、そして学の世界も交えた協働の場にもしたいと思っています。
 GovTech東京が掲げるビジョン「情報技術で行政の今を変える、首都の未来を変える」はそこにもつながります。そのためには、国のデジタル・ガバメント推進方針で挙げられた3つの実現目標に真摯に対応していくことが重要だと考えています。
 1つ目の「デジタルファースト」(個々の手続・サービスが一貫してデジタルで完結する)については、都でも東京デジタルファースト条例(令和2年成立・翌年施行)などを経て、一応の達成を見ています。他方、「ワンスオンリー」(一度提出した情報は、二度提出することを不要とする)と「コネクテッド・ワンストップ」(民間サービスを含め、複数の手続・サービスをワンストップで実現する)については、重要なデータをお預かりするうえで慎重な対応が求められ、また国・都道府県・区市町村の垣根や部局の縦割りも超えた連携が必要なため、ハードルがより高いのですが、取り組むべき課題であることは確かです。
 関連して、私としては、デジタル化に関して「東京モデル」のようなものよりも、日本全国で応用できる、しっかりした「ジャパンモデル」をひとつ作れたらそれで良いと考えています。都は国のデジタル庁とも距離感は近いですから、しっかり連携して一緒にジャパンモデルを目指すことで、国や区市町村のやりたいことをつなぎたい。これは他の道府県にも応用できるはずで、そうした大きな夢を抱いています。

 

2.行政におけるDX人材の確保・育成

- 昨今、行政分野におけるDX人材の確保・育成の課題も議論されています。GovTech東京でも活動の重要な柱となりそうなこの部分についても、ぜひお聞かせください。一般的にDX人材をめぐる課題には、専門人材そのものの不足と、職員全体のリテラシーの不足という2側面があるようにも思えます。それぞれをどのように認識していますか。
山田:DXの専門人材については、東京都は、かなり積極的に獲得に注力してきました2。主に任期付職員の形で一定の確保が進みましたが、都の行政規模からするとまだ十分とは言えません。一方、DX人材は全国で引く手数多の状況ゆえ、難しさもあります。さらに都全体で見れば、特に小規模な自治体では都庁以上にご苦労があるとも思われます。前述の通り、GovTech東京設立を機にこの点も区市町村と協力しながら強化していきたいと考えています。
 組織全体のリテラシーについては、都では職員を対象にオンライン研修などを通じてその強化に取り組んでいます。また、これらも区市町村から参加していただける形とすることで、東京全体のリテラシーを向上させていけたらと思います。
宮坂:ひとつ未来への希望が持てると思ったのが、2022年度から高校で「情報I」が必須科目になり、2025年度からは大学受験でも出題対象となったことです。私も教科書を読んでみたところ、大変良い内容で、ITパスポート試験に近いくらいの水準でした。これを学んだ世代が数年後には社会を担っていくことで、我が国全体のデジタル技術のリテラシーも向上することを期待します。これまでは働き始める際にワードやエクセルをある程度使えれば良いような風潮だったのが、今後は誰もがコンピューターサイエンスの基礎を学んでくるとすれば、この違いは大きい。むしろ今後は先輩世代のリテラシーがより問われるかもしれません。
 他方、DX人材という際に一番大事なことは、「デジタルを活かして業務を改革したいという意思」だと思います。それがないと、いくら知識があっても変化は起こせない。先日「SoftBank World 2023」で孫正義氏が話していたのですが、米国企業の51%が生成AIのChatGPTを活用しているのに対し、日本は7%だそうです3。もちろん都庁は使えるようにしたのですが、やはり職員には新しいテクノロジーにも敏感でいてほしいですし、それが自分たちの行政にどう影響し得るかという知的好奇心のある人こそが、DX人材だと私は思います。そうした人を、技術もわかる人たちが支えれば良い。ウィル(意思)のないスキル(技術)では宝の持ちぐされですから、前者をどう高めていくのかも重視します。

 

宮坂学氏

 

 変革とはアイデアのオープンマーケットのようなものでもあるとすれば、そのマインドを組織という市場でどう広げていくのかを考える際、マーケティング理論も応用できると思います。キャズム理論で言えば、最初の段階、全体の2.5%にあたるイノベーター(革新者)層への普及から始まりますが、多くの行政組織内に1、2%くらいはそうした人材が既にいらっしゃるはずで、まずそれをきちんと見つけてあげること。そのうえで、彼ら彼女らを孤立させず協働できる場を作ること。研究室などもそうですが、やはり近い考え方や目的意識を共有できる人が周りにいると、化学反応や新しいアイデアも生まれます。都庁では2021年のデジタルサービス局設立が大きかったと思います。なお現在、都庁側のデジタル人材は同局で集中管理し、そこから他局に人材を送り出す戦略をとっています。
 キャズム理論では、イノベーターから、さらにアーリーアダプター(初期採用層)を含む全体の16%を超えて広がっていく際に、越えるべき大きな溝があると言われます4。都庁のDXコンセプト普及はこの段階に向かっており、最も大変な局面でもありますが、越えればメインストリームに入ってきますし、半数を超え多数派になれば変化は加速していく。そこを目指して、仲間を作りながら少しずつ広げていくのみです。
 そのためには、実際にDXで組織に貢献した人を、正当に評価してあげることも大事でしょう。都庁内でもデジタルアワードを新設し、褒め称える文化を醸成することで「デジタルで仕事は変えられる」という考え方を、実感と共に広げていきたいと考えます。

 

3.区市町村との連携・相互支援

- 区市町村との協働や相互支援では、都がGovTech東京と共に牽引役を目指す考えもありますか。
山田:ここでも先ほど宮坂さんの挙げられた「共同化」がキーワードだと思います。システムやサービスの購入利用の場面だけではなく、こうしたサービスがあると良いという意見や、議論すべきテーマを互いに出し合っていけたらありがたいです。そのうえで、これはGovTech東京と一緒に開発しようとなるケースも十分あり得るでしょうし、こうした過程のなかで共にDXを盛り上げていけたらと思います。
宮坂:もうひとつ可能性を感じるのは、区市町村間の横のつながりです。現在、62区市町村の全CIO(Chief Information Officer:情報化統括責任者)と定期的にお話しする機会を持っており、大変優れた知見をお持ちの方も多くおられます。そうした方々をつなぐことも重要でしょう。常に都が牽引役になるのではなく、区市町村のつながりで進めた方がスムースな場合もあるでしょうし、何よりデジタルにも通じた行政実務の方々のコミュニティが育っていくと素晴らしいと思っています。
 先ほどの共同化の話でツールやシステムの共同調達などが可能になると、こうした横の連携も一層発展しやすいのではと思います。アイデアやコンセプトだけではなく、実際に使う「道具」も共同で揃えられると、一気に横展開がしやすくなる。これも連携の生む可能性として大変期待しています。

 

 

- 行政分野におけるDX人材のキャリア形成については、キャリアパスのモデルを示すことなども含めてじっくり育てる方法や、外部への積極的な派遣などで広がりを重視する方法などもありそうです。いま東京都が描いているDX人材像をお聞かせください。
山田:都庁側で専門人材という際には、2種あると考えています(図表2)。ひとつは任期付き(都庁の場合は最長任期5年)で勤務するデジタル技術の専門人材。こちらは今後GovTech東京側で採用を一本化します。もうひとつは、都庁の中で育てていくICT職としての専門人材です。私からは後者のお話をさせていただきますと、数年前からICT職の枠と試験制度を設けて採用しています。任期は定めず、他の公務員と同様の制度内で働いてもらいます。技術面では、任期付きの専門人材にはまだ追いついていない状況ですが、今後も増員しつつレベルも高めていく考えです。行政の内側で勤務してもらう場面と、GovTech東京のような開発に入ってもらう場面と、双方を行き来することでバランス良く知識・経験を身に付けてもらいたいと思っています。
 将来はここから管理職を担える人材が生まれることを期待しています。現在デジタルサービス局長を務める私はICT人材というより行政側の人間ですが、都庁の中でも都市整備局や建設局では、その領域における技術職出身者が局長を担っています。デジタルサービス局も、数年後には専門領域出身の課長や部長が生まれ、ゆくゆくは局長もICT人材が担うべきだと考えています。そのためにも、GovTech東京や、ときには民間企業の中にも入っていく形を含め、切磋琢磨して経験を積んでもらえる育て方をしていきたいです。

 

図表2 東京都の専門人材

(出典)東京都「東京のDX推進強化に向けた新たな展開」

 

- 都庁の中長期的なICT人材育成においても、GovTech東京は併走するということでしょうか。
宮坂:はい。そこで目指すのは行政とデジタル技術の二刀流人材ということですよね。任期付採用の方々も行政のことを覚えてもらいますが、やはりこちらは技術メインになるでしょう。他方、長い目で見ると、やはり二刀流的人材の育成は重要だと思っています。これからのICT人材が、例えば学部卒で入ってきて、20歳過ぎから60歳過ぎまで40年間勤め上げるとする。そのなかで20年は行政のエキスパートを、20年は開発畑を経験すれば、なかなかの人材に育つはずですよね。そうした人が百人、千人単位に増えていくと、庁内各局にCIOを配するような体制も、また区市町村から要望を受けてそうした人材を派遣することも可能になると思っています。
 GovTech東京では、国のデジタル庁や民間のスタートアップ企業、大企業のプラットフォーマーなどへ職員を一定期間派遣して経験を積んでもらうことも検討しています。他方、デジタルサービス局の側でも庁内各局に人材を送ったり、区市町村や政策連携団体、国の行政機関に派遣したりすることで、行政とデジタル、双方の専門性を備えたエキスパートを育てたい。簡単ではありませんが、やはり先行する土木や電気などのインフラもこうした人材育成を怠らなかったおかげでいまがあると思うので、時間をかけてもしっかり育てることが本当に大事だと考えています。
 なおGovTech東京で採用するデジタルの専門人材は、最長5年の任期で集中して力を発揮してもらいます。その後は民間企業に戻る人もいると思いますが、そこでもつながりを育てたい。民間で行政の仕事をしてくださる大手システムインテグレーターやプラットフォーマー、さらにスタートアップ企業との間でも、行政と技術の両方がわかる人が増えると理想的です。日本のデジタルガバメントの発展は、行政側が成長するのと同時に、この「ガブテック業界」の成長もカギだと思うのです。そうしたなかで、都や区市町村と関連業界が互いに牽引し合う存在になると、素晴らしいと考えています。

 

4.全国の行政現場へのメッセージ

- 最後に、行政のDX現場で働く読者の方々へのメッセージがあればぜひお願いします。
山田:去る9月に東京都とGovTech東京は合同で、都の目指すDXの将来像「東京デジタル2030ビジョン」5を発表しました。今後の労働者人口が減少していくなか、行政サービスの水準とその担い手を維持していくため、危機感とも言える課題意識を持って策定したビジョンです。今日お話ししたように、行政のデジタル化は東京だけで完結できる話ではありません。多くの人々は人生を通じて住む場所や働く場所も変わっていくとすれば、どこへ行っても行政サービスを快適・便利に受けられるのが理想の姿でしょう。そのためにも、全国を見据えたDX推進を目指したい。我々も有効な技術やアイデアは積極的に発信しますし、他の道府県の皆さまとも協力し合うことで、日本全体のDXを進化させたいと考えています。
宮坂:行政や街づくりというのはテクノロジーの塊とも言えます。ですから、テクノロジーへの知的好奇心をもっと上げていくことは、いま全ての公務員に必要だと思うのですね。明治時代に普及した電灯をめぐるこんな話があります。それ以前の江戸時代は灯りといえば蝋燭で、火事ばかりで大変だということでガス灯になり、さらに電灯へ変わっていった経緯があるそうです。ところが、最初に導入した国会議事堂で漏電による火災が起きてしまった。このとき、やはり電気は危ないという話も出たそうですが、そこで諦めず事故防止策やそのためのルールづくりなどたゆまぬ課題解決を続けた結果、現在の社会インフラが実現しているわけです。これは自動車などもきっとそうですね。
 新技術というのはその活かし方において確かにリスクもありますが、先達の公務員たちはテクノロジーによる改革に貪欲だったように思うのです。だからこそ急速な近代化も成し得たし、道路を作ったり、地下鉄を掘ったりと、アジアでも先進的な都市開発を続けてきた歴史がある。
 そこには、テクノロジーに対する好奇心、さらに言えば、テクノロジーを活かせば街が良くなるのだという、前向きな信念があったように思います。当然、課題にも常に向き合う必要がありますが、私は東京がこの「テクノロジーと共にしっかり生きていく」ということに、もう一度本気でチャレンジすべきだと考えています。行政の現場は休みなく動き続けているため、並行しての改革は大変ですが、やはり地道にやり続けないといけない。実際いま、アジアの多くの都市はそうしており、我々より新テクノロジーの取り入れ度が早いところもあります。技術による都市の発展への気概を取り戻すことは、デジタル領域に限らず、私たち行政の仕事にいま必要ではと思っています。

 

 

1 対象となる行政手続きは約28,000プロセス。このうち55.5%が2023年6月末時点でデジタル化済とされ、都は同年度末までに70%(約20,000プロセス)の達成を目指す。
参考:「東京DXネクストステージ キックオフイベント」(2023年9月11日)における宮坂氏プレゼンテーション資料。

2 2020年の17人から、2023年には10倍以上の200人規模(東京都+GovTech東京)となった(https://speakerdeck.com/prsection/20230911-02?slide=4)。なおGovTech東京は約50人の体制で始動、うち10数名は民間出身者で、30名弱は都職員が派遣されている。

3 「SoftBank World 2023」(2023年10月3日〜6日、ザ・プリンス パークタワー東京)での特別講演における説明。

4 この溝(キャズム)を乗り越える段階では、「新しさ」だけでなく「安心感」が求められる。DXに関して言えば、使いやすさ、品質、信頼性などが関わる領域であろう。

5 https://www.digitalservice.metro.tokyo.lg.jp/2030vision/presentation/

 

宮坂 学(みやさか まなぶ)
東京都副知事、GovTech東京理事長。1997年ヤフー株式会社入社、2012年同社代表取締役社長、2018年同社取締役会長を歴任。同社を退社後、2019年7月に東京都参与に就任し、同年9月に副知事に就任。2023年9月に副知事に再任され、CIOとして都政のデジタル化を推進中。2023年9月に事業を始動させた一般財団法人GovTech東京では代表理事を務める。

 

山田 忠輝(やまだ ただてる)
東京都デジタルサービス局局長。1994年に都庁入庁。知事本局知事秘書担当課長、財務局財政課長、財務局主計部長、政策企画局次長などを経て、2023年4月から現職。横浜国立大教育卒。一般財団法人GovTech東京には評議員のひとりとしても関わる。

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