※本連載記事は、「行政&情報システム」2023年10月号にも特集記事として転載しています
アジャイルのアプローチを取り入れたサービスデザインの進め方に「サービスデザインスプリント」が挙げられる。本稿ではサービスデザインスプリントの概要を紹介し、そのメリットや教育的効果などを紹介する。
1.サービスデザインスプリントの誕生
「サービスデザインスプリント」と呼ばれる、サービスデザインを短期間で実践するアプローチがある。
サービスデザインは、もともと特に決められたプロセスがあるわけではないが、一般的にリサーチ(調査)によって真の課題を見いだし、そこに対して解決策を具体化していくという流れが標準的な進め方となる。このプロセスとしては、英デザインカウンシルが定めた「ダブルダイヤモンド」プロセスがよく知られている(図1)。ダブルダイヤモンドは2005年に最初に定義され、その後バージョンアップしているが、このもともとのものがいまだに幅広く活用されている。
図1 ダブルダイヤモンド
(出典)英デザインカウンシルの図をもとに筆者が作成
ダブルダイヤモンドは、1.発見(Discover)、2.定義(Define)、3.開発(Develop)、そして4.供給(Deliver)という4つのフェーズによって構成される。1と2は、「正しい問題を見つける」フェーズ、3と4は「問題を正しく解決する」フェーズとなり、それぞれのフェーズでダイヤモンド(ひし形)を描くように発散と収束を行うことから「ダブルダイヤモンド」と呼ばれている1。
通常、このアプローチにしたがってサービスデザインのプロジェクトは企画されるが、問題の探索(最初のダイヤモンド)において、数週間〜数ヶ月程度の期間が必要となることも多い。特に、企業や自治体などにおいて、「課題はなんであるのか」といった認識にきちんとした合意が必要であったり、裏付けに基づく説明責任を果たす必要があったりする場合などは特にその傾向が強い。
また、解決策の探索(二つ目のダイヤモンド)も、アイデアを広く拡散させ、それぞれについてプロトタイプ(試作)を作る、ということを行うと、こちらも数週間〜数ヶ月という時間が必要となる。
しかしながら、本質的にはデザインプロセスはこのダブルダイヤモンドのように直線的には進まない。解決策を見いだしてから課題がなんであったかわかったり、逆にどこから調査してよいかわからなかったりするようなときに、まず調査の前にプロトタイピングしてみることが有効であるようなことも多い。
こういった状況を踏まえ、直線的にプロセスを進めるのではなく、小刻みに何度もプロセスを実施する、という進め方が求められていた。そういったなかから生まれたのがサービスデザインスプリントとなる。
1 History of the Double Diamond(ダブルダイヤモンドの歴史)
https://www.designcouncil.org.uk/our-resources/the-double-diamond/history-of-the-double-diamond/
2.サービスデザインスプリント
サービスデザインスプリントは、その名の通り、アジャイル開発における「スプリント」、すなわち1〜4週程度の反復される工程単位から名付けられている。
「デザインスプリント」とは、短い期間のなかで一通りのデザインアプローチを実施するものであり、大規模なプロジェクトの場合、スプリントは1回の反復を意味し、複数回スプリントが実施されることになる。
デザインスプリントは、期間とそのなかでの具体的なタスクがあらかじめ定められていることが特徴となる。デザインスプリントにおいては、初日にどういったタスクをやる、といったようなことを規定し、時間がきたらそこで検討を打ち切る。意思決定にはチームメンバーで投票を行うことが多い。また、個人でやるワーク、グループでやるワークといったものもあらかじめ決められていることが多い。
参考までに、株式会社コンセントで実施しているサービスデザインスプリントにおけるタスクの例を図2に示す。
図2 コンセントサービスデザインスプリントにおけるタスク
(出典)筆者作成
もともと、こういった時間枠を定めたデザインプロセスは製品デザインや工業デザインの時代から頻繁に行われてきていた。これがアジャイル開発のアプローチでの知見と合わさって、近年では「デザインスプリント」として知られるようになった。
なお、デザイン分野でのスプリントでは、デザインスプリント(デザイン一般のスプリント形式での実施)、サービスデザインスプリント(サービスデザインのスプリント形式での実施)、といった名称に加えて、組織によってデザイン思考スプリント、ユーザーエクスペリエンススプリント、などとさまざまな呼称・やりかたがある。
サービスデザインスプリントでは、ある程度枠を決めたものから、プロジェクトごとにタスクを設計するような自由度の高いものまでさまざまなバリエーションがある。
一般的にはアジャイルの進め方にならい、まずスコープ(範囲)を決めるところから始まり、チーム組成、1〜4週間のスケジュール作成を行い、スプリントを始める。また、1回のスプリントを終えると、繰り返し(イテレーション)のため、次のテーマの設定を行う。
よく知られたデザインスプリントとして、Google Ventures方式のデザインスプリントがある。これは、元Google VenturesパートナーのJake Knapp氏が、2016年に書籍『Sprint』のなかで提案したもので、アイデアを素早く出し、プロトタイプを創作し、検証を行うという内容のデザインプロセスを1週間(5日間)で実施するものとなる。このなかでは5日間のそれぞれのタスクが具体的に決められている。
氏は「Sprints offer a path to solve big problems, test new ideas, get more done, and do it faster.(スプリントは、大きな問題を解決し、新しいアイデアをテストし、より多くのことを成し遂げ、より速くそれを行うための道筋を提供する。)」と述べる。
つまり、デザインスプリントは短期間であるが一連のデザインプロセスを実施するということでスピードを実現し、それによってより多くのことができるようになるということを主張している。これがデザインスプリントの一番の意義と言えるだろう。
サービスデザインの教科書として知られている『This is Service Design Doing(TiSDD)』では、サービスデザインスプリントの基本構造として図3のようなタスクの実施があることを示している。そしてさらに同書では、実際のところは図4のように、1回のスプリントのなかでも、かならずしも一直線にプロセスが進むわけではない、ということも述べている。
図3 サービスデザインスプリントの理論的進め方:サービスデザインスプリントの基本構造はこの図のようになる
(出典)『This is Service Design Doing』の図をもとに筆者が作成
図4 サービスデザインスプリントの実際:サービスデザインスプリント内のデザインプロセスはそれ自体が反復構造になっている
(出典)『This is Service Design Doing』の図をもとに筆者が作成
3.サービスデザインスプリントの実践
サービスデザインスプリントを実施することで得られるメリットは大きい。
ここでは、実際に筆者がサービスデザインスプリントをプロジェクトで実施した経験をもとにその意義を考えてみよう。
筆者らは、独自に6週間のサービスデザインスプリントを開発した(長谷川, 赤羽 2018)。このスプリントはさらに2週ごとのスプリントとなっており、それぞれのフェーズをディレクション、デザイン、プロトタイピングと名付けている。
最初のディレクションフェーズでは、ユーザーリサーチとプロジェクト方針策定を行う。このサービスデザインスプリントを行う前提として、なんらかの仮説やおおまかな方針はすでに用意されていることが多いが、それでもこのスプリントでは必ずユーザーリサーチを行う。ここでのユーザーリサーチはできるだけユーザーの実利用環境の観察を行うことが望ましく、プロジェクトメンバー全員でユーザーの価値観についての意識をそろえるためにもメンバー全員で訪問を行う。このリサーチに基づき、ユーザー像をチーム内で検討し、どういった方向で解決を考えるかの意思決定を行う。
続くデザインフェーズでは、さまざまなデザイン、つまり解決策の方向性を検討する。このデザインフェーズ内ではなるべく多くのパターン検討を行うことが望ましい。
最後のプロトタイピングフェーズでは、絞られたデザイン案(解決策)について、実際に体験可能なプロトタイピングを行い、そのプロトタイプに基づいて実際の利用者による検証を行う。アプリなどのプロトタイプであればツールなどを用いて仮にでも操作できるようなものを作成しそれらを用いる。期間内に制作が難しいようなものであれば、VR(バーチャルリアリティ)などを使ったり、あるいはそのサービスの広告などを作成したりして、それをもとに判断してもらうような評価を行うこともある。この検証に基づき、プロトタイプには改善が施される。
このサービスデザインスプリントは、ある程度の規模のプロジェクトを行っているとき、施策仮説が出たような段階で実施される。要は仮説を形にするために実施をするような考え方である。このため、プロジェクトのなかで、時期をずらして複数回スプリントを実施するようなこともある。
「こういう方向性があるのではないか」といった、仮説から6週間のスプリントを経て、具体的に触れられるプロトタイプが、しかも検証を行った上で提示されるインパクトは大きい。ある程度の規模の企業や組織などでは、1〜2ヶ月程度の頻度で開催される定例会などでは、案が出たその次の会でプロトタイプが出てくることはそもそもまれであろう。
検討においてプロトタイプがあると、議論が具体的になる。また、たとえ課題があったとしても具体的なプロトタイプを前にすることで反対意見でも、どう改善すればよいか、の議論を行いやすいため、生産的な議論となる。なにより、デザイナサイドが起案した案は、通常非デザイナ人材からはぱっと理解されないことが多く、こういったスプリントを経て具体化することで、紙の企画書ではなかなか議論が空中戦になり進まなかった状況が一転したりする。
また、このスプリントはエージェンシー(デザイン会社)側と事業会社側の双方が参加して行われる。このため、事業会社側からのオリエンテーションがデザインチームに渡され、デザインチームが解決策を提案し、というキャッチボールが発生する従来型のやりとりに比べると情報伝達が大幅に効率化され、状況の理解やデザインのディテールのチューニングに大きく寄与する。
また、それ以上に6週間のスプリントを経てチームメンバー内での相互理解が進むため、「一つのチーム」として結束が強まる。これは、組織において特に新規のサービスを生み出し、その後運営していくことを考えたとき、大きなメリットになると言えよう。
ここまで、サービスデザインスプリントのメリットを挙げてきたが、課題も多く見られる。
まず一番大きな課題は、サービスデザインスプリントを管理・遂行する人材に高い能力が求められることと言える。一般にスプリントを管理するにはアジャイル開発自体の経験が求められるが、サービスデザインスプリントにおいては、さらにサービスデザインの知識と経験も求められる。このサービスデザインスプリントを担える人材の確保は、特に事業会社ではこれから重要となるだろう。また、同時にスプリントを実施するタイミング、扱うテーマの選定を見極めることも大きな課題となる。
これに加えて、サービスデザインスプリントを実施する際に、メンバーにはスプリント期間中に深いコミットを求められることも通常の事業会社などでは課題となる。多くの事業会社などでは、複数の業務を担当していることが多いため、一つのプロジェクトにある程度の期間集中するためには部門全体での協力体制が必要となる。これは人材面だけでなく、スプリントを実施する場所についても言えるだろう。通常デザインスプリント実施においては、期間中プロジェクトブース(プロジェクトウォールームとも呼ばれる)を確保して、占有することが求められる。これも企業内でプロジェクトにそういった場所を割くことへの理解が必要となるだろう。
4.教育としてのサービスデザインスプリント
ここでちょっと趣向を変えて、サービスデザイン教育としてのサービスデザインスプリントを考えてみよう。
いま、公共組織・民間企業ともにサービスデザイン教育が求められている。
行政であれば、公共サービスのさらなる充実、市民との共創の推進、地域課題の探索などにおいてサービスデザインのアプローチが有効であると考えられている。
サービスデザインとはなにか、と問われるとき、以下の5つの視点で捉えられることが多い:
1.マインドセットとしてのサービスデザイン
2.プロセスとしてのサービスデザイン
3.ツールセットとしてのサービスデザイン
4.多分野に共通する言語としてのサービスデザイン
5.マネジメント手法としてのサービスデザイン
サービスデザインの実践経験を積むことによってこれらの視点は養われていくが、特にサービスデザインを学び始めたばかりの人にとってこれらの全体像はつかみ取りにくいものであろう。
サービスデザインの主要なツールである、カスタマージャーニーマップやペルソナといったものはとっつきやすくはあるが、それらを知っただけではなかなかどう使いこなすかまで理解することは難しい。
そういったとき、「まずはプロセスを一通り回す」ものであるサービスデザインスプリントは、個々のツール類を有機的に接続するために大変効果的になる。自身でツール類の依存関係についてのイメージがもてるようになり、また、各ツールの限界なども自ずと見えてくるようになる。
こういった効果が見込めるため、筆者らの行う研修プログラムでも最後の集大成としてサービスデザインスプリントを実施することが多い。
また、上記の5つの視点のうち、4の共通言語としてのサービスデザイン、5のマネジメント手法としてのサービスデザインについては、特にサービスデザインを実践する人々を監修する、マネジメント側にも強く求められるものであると言えるだろう。このため、サービスデザイン実施経験のないマネジメント層にもサービスデザインスプリントを体験してもらうことで、これらの知識を、サービスデザインへ向き合う態度と共に理解してもらうことが可能となる。
このように、サービスデザインスプリントの一通り全体的にプロセスを実施することは、教育的効果も高いと言える。
5.まとめ
ここまでサービスデザインスプリントについて、その大枠と、実践からの視点、そしてさらには応用として教育的効果までを概観してきた。
サービスデザインは、いまようやく社会で標準的なプロセスとして普及が始まってきている。そういったなか、このサービスデザインスプリントを活用する観点はこれからさらに必要とされていくだろう。
【参考文献】
マーク・スティックドーン, ヤコブ・シュナイダー, THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics - Tools - Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計, BNN新社(2013)
長谷川敦士, 赤羽太郎, サービスデザインスプリントの提案, 日本デザイン学会第65回春季研究発表大会 (2018)
長谷川 敦士(はせがわ あつし)
2002年に株式会社コンセントを設立。企業ウェブサイトの設計やサービス開発などを通じ、デザインの社会活用や可能性の探索とともに、企業や行政でのデザイン教育の研究と実践を行う。経済産業省「高度デザイン人材育成研究会」をはじめとした各種委員等を務める。2019年に武蔵野美術大学造形構想学部教授に就任。Service Design Network日本支部共同代表、NPO法人 人間中心設計推進機構副理事長。著書、監訳など多数。